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《霞飛び②》第三十回
影番である故に、唯一、客人身分でありながら皆の前へ出現出来る人物である。それは周知の事実であるから、三人とも仰天するほどには驚かない。
「久しぶりだ、、長谷川。元気でやっておるか? おお…左馬介!それら鴨下もいたか…」
「これは樋口さんじゃないですか。随分と御無沙汰しております」
珍しく、普段は使わない敬語で長谷川が話をする。左馬介、鴨下ともに軽く会釈をして樋口を迎えた。
「今日は、何ぞ御用でも?」
「それよっ。…まあ、先生の野暮用とでも云っておこうか。別に他意はないのだ…」
「そうでしたか…」
長谷川は得心したのか、それ以上は訊かなかった。左馬介が観たところ、偏屈者で通っていた樋口も既に当時の面影は薄れ、すっかり柔軟になったようである。実のところ、樋口は幻妙斎に左馬介の様子を逐一、知らせるように命じられていたのである。勿論、そのことは禁句であったのだが…。
「ごゆるりと、されませい…」
舌を噛みかけた長谷川に替わり、左馬介が労う。




