420/612
《霞飛び②》第八回
左馬介は顔を洗い、上半身、諸肌となって水で拭っていると、漸く起き出した鴨下が顔を見せた。
「おはようございます。やはり早いですね。いやあ、勝てませんよ、左馬介さんには…」
「ははは…、歳では鴨下さんに勝てません」
「えっ? …ああ、それだけは…」
そう云って、鴨下はバツ悪く笑った。二、三の雑談をしていると、そこへ長谷川も現れた。
「おう、やはり早いなあ…」
そう先手で云われては、「はあ…」 と暈すしかない。鴨下とは違う存在感が長谷川にはあった。いつもと変わりがない長谷川や鴨下に比し、既に左馬介の心は新たな旅立ちをしているが、こうした朝の挨拶では一昨日と何ら変わらない。潜在する心のみにその兆しがあった。
朝餉を終え、左馬介は暫くの間、道場裏の川縁を歩いた。そして、飛び降りの稽古をした五尺ばかりの段差を飛んだ。やはり、霞飛びの初歩は完成をみたようである。それは、足裏に受ける衝撃で分かった。以前は痺れにも似た感覚がズシン! ときたものが、今は何もなく無なのだ。




