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《霞飛び①》第十八回
「秋月には歳末の試合で負けたが、あれから半年以上になる。随分と腕を上げたろう?」
「いやあ、それ程でも…」
「ははは…、こ奴、謙遜しおるわ」
今日の樋口は陽気で、いつもの苦虫を噛み潰した偏屈者の感じがしない…と、左馬介は思った。いつの間にか左馬介と樋口のみの会話となり、もう一人の鴨下は座っているだけの置いてけ堀で、恰も借りた猫の態様をなしている。
「他の皆さんは如何されておられますか?」
左馬介は、訊きたかったことの一つを訊ねた。
「ああ…、塚田、長沼、それに山上のことか。奴らは、それぞれ適当な金蔓を見つけて商家に入り込んでな。…山上と千鳥屋の経緯は知っていると思うが、そのまま続いておる」
よく考えれば、客人身分になった者達は同じ道場でも別棟の客人部屋へ移り住んで、道場の決めで例外を除けば、門下の者と顔を合わせられないのである。逆に、門下の者も姿を垣間見ることはあっても声はかけないし、また、かけられなかった。しかも素泊り宿の感で寝るだけに帰る客人部屋へは、戻るのが門限の間際であった。




