《霞飛び①》第五回
長谷川は静かに、そう云った。鴨下も当然、分からない。滝壺を抜ける工夫とは異なり、左馬介が命じられた次の課題は、一に心の有りように兆すところが大きいのだ。行動範囲として考えれば、さ程も難儀に思えぬ左馬介なのである。飛び降りて着地をした瞬時に両脚に加わる力と、それを跳ね返す力の感覚…。これは偏に、心域で如何に捉え、瞬間に身体へ伝える…即ち、反射的な身体に覚え込ませる感覚なのである。
「首尾よくいきますよう、祈っております」
他人行儀な云い回しだが、現場を鴨下が知らないことを踏まえれば、それも仕方がないように左馬介には思えた。長谷川も同じ思いなのだろうが、口にはしなかった。二人は深く追究することなく堂所を去った。左馬介も膳を片付け、椀などを洗った後、小部屋へと戻った。漸く薄闇が辺りを覆い始めた頃で、未だ眠る刻限ではなかった。
左馬介は畳の上で大の字になり巡っていた。
━ 初めて妙義山への洞窟へ入った時、先生は堀川一刀流の流派の全てを自分に伝えたい…と言われた。…では、やはり、この自分に皆伝を允許されるお積もりなのか…。鴨下さんや長谷川さんと話していた今し方まで、自分はこのことを忘れていた ━




