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《教示③》第十一回
しかし、いざ実施という前に、左馬介は肝心なことを忘れていることに気づいた。それは、手燭台が直接、木箱へは収納出来ないという基本的なことである。即ち、燈明皿に油を入れ、そこへ燈心が入り、その燈心に火が灯っているところを考えねばならなかったのだ。要は、火が灯された燈明皿を燭台から外して木箱へ入れ、上手く滝壺を抜けられた暁に、ふたたび木箱に入った燈明皿の灯りを手燭台へと戻すということなのだ。この一工程を、ついうっかりと忘れていたことに左馬介は気づかされたのである。左馬介がうっかりしていたぐらいだから当然、鴨下や長谷川はそのことに気づいてはいない。
「一寸、待って下さい!」
「どうした、左馬介」「何か?」
と、同時に声を出し、鴨下と長谷川は急に制止した左馬介に驚いた。
「いや…全般にはいいのですが、少し具合が悪いようです」
「えっ? よく分かりませんが…」
「手燭台は、そのまま木箱の中へは入れられませんよね」
「ん? …それは、そうだな。その細部を詰めておらなんだか。俺も年の所為か、少し手抜かりが多くなったわ」




