《教示②》第二十八回
となると、櫓を手にするのは、もう片方の手である。それで果たして漕ぎ抜けられるのか…という問題であった。確かに、かろうじて漕ぎ続けることは出来そうだ。しかし、砕け落ちる瀑水が降り注ぐ直下辺りは、速く漕ぎ抜けなければ恐らく舟を沈没させてしまうことになるに違いない。滝へと突入する時点ですら集中力と必死さが要求される難所なのである。では、どうする? 包んだ燭台を頭に載せ、それを何ぞで首へ括りつけて泳ぎ抜けるか…との策が次に左馬介の脳裡へ浮かんだ。これは、上手くすれば成功しそうである。だがやはり、問題となるのは舟を使った場合と同様に、砕け落ちる瀑水が降り注ぐ直下を通過する瞬間にあると思われた。孰れの策にしろ、問題がありそうだ。ここは矢張り、二人にも考えて貰おうか…と、左馬介は鴨下や長谷川に声を掛ける算段を想い描いた。何か他の良策、手立てが二人の口から飛び出すかも知れないと判断したからである。
風呂を出て、のんびりと一人の食事を済ませると、左馬介は、まず鴨下の小部屋へ立ち寄った。入口で、「あっ、これは左馬介さんでしたか。…まあ、どうぞ、散らかってますが…」と、鴨下は歳長にも拘らず相変わらずの低姿勢で対応し、左馬介を小部屋内へと招き入れた。




