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《教示②》第八回
背後から長谷川が覗き込んで云った。左馬介はギクッ! として、思わず振り返った。
「なんだ、長谷川さんですか。もう組稽古は終わったんですか? それじゃ次、私が…」
左馬介が腰を上げようとすると、長谷川は、「いや、お前はいい。妙義山のことがあるだろう」と云いながら、左馬介の両肩を手で押さえつけ、そのまま腰を下ろさせた。敢えて逆らうこともないように思えたので、左馬介は元いた位置へ座り直した。そして、書き込んだ数枚の懐紙を見つつ確認する。
「何やら事細かに書いておるな…」
長谷川は未だ離れずに左馬介の背後に立っていて、懐紙を覗いてひと言、そう吐いた。この長谷川の纏わりには、流石に左馬介も幾らか腹立たしく思えた。だが師範代である以上、『邪魔ですから…』とは心で呟くのみで直接、云えない。仕方なく、適当に相槌を打って暈し、話を紛らせた。長谷川はそれ以上、深く詰問をせずその場を立ち去ったので、左馬介は漸く安堵して、自らが書いた動作を実際に体現しつつ頭に叩き込んだ。合点がいかない所作は、幾度も遣り直す。そうこうするうちに四半時が流れた。




