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《教示①》第十六回
その証拠に、先に投げ落とされて摑んだ木刀が、しっかと手に握られ金縛りに遭遇したかのように離れない。これが、左馬介自らの意志ではないことを如実に物語っていた。
━ このお方は、人の動きまでも自由に操れるのだろうか… ━
そんな素朴な疑問が、ふと左馬介の脳裡を過った。焚き木は相変わらずパチパチと音をたて勢いよく燃え続けている。
「一太刀、相手をしようと思うがのう…。その前に云っておくことがある」
幻妙斎の白髭が、ふたたびモゾっと動いた。左馬介は一瞬、ギクッ! とした。
「この世に長居致したが、この儂もそう長くはない。何れは、この妙義山に朽ち果てるであろう。故にのう、汝にはそれ迄に堀川の流儀を全て伝えたいと、ここに呼んだ次第じゃ」
左馬介は耳を欹てて幻妙斎の声に全神経を集中した。
「今日はこれ迄にする。もう山を降りい。明後日より今、遣わした木刀を持ち、ここへ来るがよい。一日に付き、一太刀を遣わす」
左馬介は言葉が出ず、黙って頭を垂れ一礼した。そして、ゆったりと腰を上げると一目散に岩場を駆け下りていった。




