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《教示①》第十五回
「おおっ! 受けおったのう…。流石は儂が見込んだたけのことはある、見事じゃ! 早う上へ参れ…」
幻妙斎はそう掠れ声で云うと、微かに笑った。実のところ左馬介は木刀を手にしている自分に驚いていた。秘められた自らの腕前を初めて自身で知ったからである。予期せぬ幻妙斎の行動に、それを受け止めた俊敏さは、左馬介が今迄に体感していない己が能力であった。
左馬介は漸く平坦な上部まで登りきった。するといつの間にか、幻妙斎はふたたび杖を傍らへ置き、静かに座していた。左馬介が幻妙斎のほん手前まで近づいて立ち止まる。束の間の静寂が二人を包み込んだ。焚かれる朽ちた木枝のみがパチパチと弾けて唯一の音を奏でている。左馬介の内心は、恐れ多いという気持で、とても自分から声は掛けられないのだ。
「上がったと見えるのう。…まあ、そこへ腰を下ろし、暖を取るがよかろう」
瞼を閉じたまま不動の姿勢で座し、幻妙斎は白髭をモゾっと動かせながら告げた。恰も、全て見えるが如きであった。左馬介は云われるままに操り木偶のように座した。自らの意思ではなく、身体が勝手に動かされたのである。




