《教示①》第十一回
「寂しくなりますね…」
「ははは…。今迄でも充分に寂しいではありませんか。それに妙な云い方ですが、各日いないということは、逆に考えれば各日はいる、ということです」
「あっ! そうでした。それはそうです…」
話が途切れ、二人は同時に笑い出した。久しくなかった笑声が厨房の中に響いて谺した。鴨下も長谷川と同じく、それ以上は深く訊かなかった。それも道理で、左馬介が道場から消えてしまう…とうことはないのだ。ただ、日々見られた顔が各日となるのは、どうしようもない。その程度なのだから、長谷川や鴨下が深く追究しない訳である。当然、左馬介がいない日は、師範代の長谷川も立って観ていることは出来ず、下手な鴨下と組稽古をしなければならない。そのことは分かっている二人である。
事も無げに梅見の宴も終わった。そして十日ばかりが瞬く間に流れ、幻妙斎の云った月初めが巡った。左馬介は二人に告げることなく早暁の暗闇に出立した。妙義山までは堀江道場から平坦路で五町ばかりだが、山の麓から登山道を歩めば、思いのほか時を要することを左馬介は知っている。以前、他意もなく漠然と登りたいと思え、そうしたこともあった。




