285/612
《剣聖③》第二十五回
安全と同時に、抜け出せる困難さも含んでいるのだ。賊は匕首を片手に握り、前方からの侵入に備えて威嚇する。
その時、左馬介、鴨下、長沼、そして賊の四人へ何処からか声が響いた。
「ははは…。御事ら、つまらぬことで騒いでおるのう。恰も独楽鼠の如きじゃて…」
四人の顔が声のする方向へと一斉に動く。土塀の上には、悠然と杖を突いて立つ幻妙斎の姿があった。いつ現れたというのか…。誰しも知らぬ、ほんの束の間の出来事であった。神の降臨とは正にこれだ…と、左馬介は瞬時に思った。
「そこのお方、峰三郎の部屋に目ぼしい物はござったかな? この道場に住まい致す者で金目ごときを隠し持つ者は恐らくいない筈じゃがのう…」
そう云うと、幻妙斎はふたたび声高に笑いながら話を続けた。
「裏門を開けておいた故、そこより逃げらるるがよかろう。皆の者、手出しは一切無用!」
言葉が途切れると同時に幻妙斎の姿は土塀から消滅していた。現れた時と同じく、疾風の如き身軽さであった。




