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《剣聖③》第二十二回
どうも賄い番のことを云っているようだ…とは、左馬介にも理解出来た。
「では、俺はこれで戻る…」
「そうか…。いつもながら御苦労なことだな」
樋口は軽く会釈をすると井上の前から消えた。左馬介と鴨下は夕餉の仕度を整え終わり、手抜かりがないかを確認する。確認しながら、樋口さんが去ったな…と、会話の途絶えより感知する左馬介であった。一方の鴨下は手抜かりがないかの一事だけで余裕などない。
「今年も秋月さんと二人のようですね」
漸く確認を終え、溜息を一つ吐いて鴨下が切り出した。
「そのようです…」
鴨下にも井上と樋口の会話は聞こえていたようだ。自分のことを鴨葱と云われていたことには、取り分けて腹を立てている風にも見えない。鴨下の性格からなのか、或いは慣れの所為か…、その辺りのところが左馬介には分からなかった。
「以前から樋口さんはあのように勝手気儘ですか?」
「えっ? …ああ、樋口さんですか。はい、あの方は別格なのです」




