《剣聖③》第二十回
左馬介は、腕は別として、心理面の自分は未だ未熟なのだ…と自戒した。今年は客人身分になる者はいなかったのだが、来年は井上を筆頭に神代、塚田の三人が、ごっそりと抜けるのだ。左馬介は、しっかりせねば…と、心を新たにするのだった。
次の日から左馬介の剣に対して取り組む姿勢が変化した。それは眼には映らぬもの故に、門弟達の誰一人として気づかない。それもその筈で、稽古時は刀の所作に集中していたから気づく訳がないのだ。では、どこが変化したのか。それは、稽古を終え竹刀や木刀を刀掛けへ戻す寸前にあった。左馬介を含む門弟達は稽古を終え、いつもの手順で稽古場を後にしようとしていた。午前は竹刀、午後は木刀を側板に設けられた刀掛けへ続々と戻し、門弟達は去っていく。その中には当然、左馬介もいた。いつもならば何げなく戻す左馬介の挙動は、一瞬だが変化していた。ほんの一瞬なのだから、皆が気づかなかったのも仕方のない所である。
戻す直前、左馬介は刀を持つ腕を髷の上へ押し戴くと、両瞼を閉じた。そして次の瞬間には、いつもの仕草で刀掛けへ戻したのである。水滴が地へと落ちるか落ちないほどの瞬時なのだから、誰もが気づかなかった、いや、気づけなかったのも頷ける。




