《剣聖③》第九回
真っ先に指名された神代は二、三歩、前へ進み出た。そして、正面中央に座す幻妙斎に一礼し、竹刀を構えた。既に井上は側面へと移動している。幻妙斎と神代伊織の間を遮るものは何もなかった。神代は幻妙斎を意識したのか、ややぎこちない動きながら、いつも通りの形を竹刀で描いた。
「よしっ! 次は塚田!」
一礼して神代が下がると、塚田が進み出て一礼し、形を披露した。こうして順々に門弟達の名が井上によって呼ばれ、幻妙斎の面前で形の披露が続けられた。勿論、幻妙斎の影番役を務める樋口静山の姿はこの場にない。左馬介が名を呼ばれ、一通りの形を披露したところで、井上が、「これまで! …以上です」と、幻妙斎に告げ、幻妙斎に対し一礼した。鴨下は未だ見習いの身だから、対象から除外された格好であった。井上が幻妙斎に形披露の終了を告げた後、暫くの間、沈黙が場内を覆った。そして突如、幻妙斎が微笑を浮かべ、厳かに語りだした。
「儂が観たところ、御事らの剣は残念ながら未だ熟せず…と、いったところよのう。だが一人、左馬介の剣には工夫しようとした跡が見て取れる。まあ、それも飽く迄、しようとした跡が見て取れる、というだけじゃが…。のう、左馬介!」




