《剣聖③》第七回
獅子童子が走り去って間もなく、疾風の如く忽然と幻妙斎が現れた。竹刀の動きが、いや、全ての動きが一斉に止まり、全員の視線は、光背の如く陽光を背後に受けて立つ幻妙斎へ注がれた。その杖を突いて立つ姿は実に神々しい。門弟達は、ただ放心状態で棒立ちするのみである。その中を緩やかに幻妙斎が歩いて進む。その威圧感に、誰もが語り掛けられない。
「如何した? 皆、稽古を続けるよう…」
枯れた声でボソッと幻妙斎は放った。その声は、全員に云い聞かせようというのでもない。そうは云われても、師の姿をせいぜい一度見たか、或いは一度も見ていない連中ばかりなのである。萎縮して、すぐに稽古を再開しようとする者は誰もいなかった。師範代の井上ですら棒立ちであった。幻妙斎は云い終えた後、二間ばかり歩んで宙へと舞い、トンボをきった。そして、音をたてることなく神棚前へと着地した。更に、床に設えられた座布団の上へ静かに座す。この現実を嘗て目の当たりにした者は今の道場に誰もいない。
皆の動きが元へと戻った。誰彼から動いたというのではないが、元の稽古風景へと戻ったのである。左馬介も当然、その中の一人として動き始めていた。




