《剣聖②》第九回
だから、左馬介は外出の届を自筆で認め、許可印を師範代の井上から貰えば事が足りた。管理番を任されているという役割上の特典もあり、外出の容易さの便宜は、他の者に比べれば数段、認められ易いということもあった。井上に出入届を持っていくと、案の定、許可印は容易く貰うことが出来た。
十五日の早暁、誰もが目覚めぬ頃に起き上がると、左馬介は少し早めの洗顔を済ませ、朝餉の準備だけはしておく。一日と十五日の月、二度の閉門日は、稽古がない分だけ食事の刻限が早まるのである。しかも、左馬介にとって、今日は外出をする日なのだから急ぐ必要があった。井上に云ってあるとはいえ、鴨下一人なのだから心もとなく思え、一応は一馬に助勢を頼んでおいた。左馬介は朝餉の準備を整え終わると、残飯で握り飯を三ヶ作り、竹の皮に包んだ。そうしておいて、漸く空が白み始めた頃、道場を後にした。
左馬介の進路が千鳥屋であることは疑う余地がない。だが、千鳥屋に今、蟹谷がいるということは、まず有り得ない。道場にいると分かっている蟹谷に会えない、もどかしさは募るが、客人身分となっている蟹谷とは、道場の決めで会って口を利くことも、ままならないのである。道場には戻っているのだから…と素人目には映るが、そうはいかぬのが堀川なのであった。




