《剣聖②》第六回
「権十なら蟹谷さんの顔は知ってますね?」
「ええ、そうなんです。それで、奴が蟹谷さんに声を掛け、二人が少し話をし、別れて歩きだした時…」
「先生が疾風の如く現れたとか?」
「はい、正にその通りの言です」
「その内容については?」
「いや、そこ迄は…。何も聞こえなかったそうです。と、云いますのも、権十は軒に隠れて二人の様子を窺っていただけだそうで…」
「そうですか…。実はその辺りが知りたいところなんですが、仕方ありません。機会があれば、直接、権十に訊いてみます」
鴨下は軽く会釈して去った。左馬介は小部屋へと戻った。
権十が道場へ顔を見せたのは半月が経った頃である。左馬介も、つい忘れてしまっていたのだが、権十の帰り際に、ふと想い出し、その去った後を追った。道の三叉路に地蔵尊を祀る小さな堂があった。権十は立ち止まると、その堂の前で静かに両手を合わせた。少し遅れて迫っていた左馬介は、すぐ追いついた。左馬介が権十と同じように彼の横で手を合わせると、瞼を閉じていた権十は気配で横にいると感じたのか、驚いて矢庭に瞼を開けた。そして、横に立つ左馬介を垣間見た。




