《剣聖②》第三回
知識よりも実際の技でしか腕の向上はないのである。そういうことで、左馬介にとって、幻妙斎の出現を期待した自らが情けなかったのである。この時から、左馬介の剣に対する捉え方が著しく変化していった。
端午の節句が過ぎると、下駄履きの足裏がいつの間にか汗ばむようになる。雪駄に足袋でも冷えた冬の足元も、春先には足袋も取れ、そして今頃からは下駄履きである。その下駄履きの足も風呂の湯温が徐々に上がっていくように、季節とともに快適から蒸れへと変化する。そして秋には、ふたたび快適となり、やがては冷えを伴って足袋を欲するようになる…といった按排だ。この足元の感覚は、勿論、手先だってそうなのだが、剣を構えたときの運びと微妙に関連を持っているのである。一年を通して考えれば、厳寒の冬以外は生理的に辛さを感じるといったことはないが、それでも夏場は汗ばんで臭ったりして、不快感を覚えることはあった。今年に入って初めて、左馬介はその感触を覚えていた。梅雨入りには未だ少し早かったが、それでも初夏を思わせる暖気が流れる暑い一日であった。昼の賄いの片付けも終わり、午後の形稽古が始まる迄の僅かな休息の時が流れていた。




