《剣聖①》第二十三回
これには、井上を筆頭に門弟達も度肝を抜かれた。剣筋の方は今一だが、人は何か、取り柄があるもんだ…と、左馬介は思った。しかし、今日の酒宴のことを、あれこれ考え巡っていてはいけない…とも思えた。左馬介には、堀川道場で一際、秀でた剣筋を工夫するという大命題があったのである。たった一日のことながら、酒宴に己が身を置いたことの不埒さが許せない無垢な左馬介なのである。だが、その不埒さは、左馬介の一存では如何ようにもならない道場の決め事なのだから、憤懣遣る瀬ない、その捌け口は、どこにもなかった。
翌朝、やはり心の蟠りからか、早く目覚めた左馬介は、そのまま隠れ稽古をすることにした。辺りは早暁というには如何にも早過ぎる暗黒の闇で、寅の下刻ぐらいである。無論、左馬介にはその時分であろう…という程度の感性での認識しかない。時を知る術は寺で撞かれる鐘だが、生憎、葛西の円広寺の住職が体調を崩し、臥せっていた。その為、鐘の撞き手がなく、鳴らない日々が続いていたのである。因みに、堂所でこの話が出ると、皆は、『寺へ医者が通うとは皮肉な話よ…』と、食べながら笑い合った。━ 新しい剣筋 ━ と云えばひと言だが、そう容易く編み出せないのが剣の道の厳しさである。




