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《剣聖①》第二十回
暈されれば人間、知りたくなる。だが、途切れた話で接ぎ穂がなかったから、左馬介は如何とも、し難い。
「今の話、私、知ってますよ」
予想外の鴨下の言葉だった。一馬は何かの弾みで知ったのだろうが、道場暮らしが近々、二年になる長谷川も知らないその訳を、新参者の鴨下が知っていること自体が訝しかった。
「えっ? どういうことですか? だって、鴨下さんは未だ入門されて僅かですよ?」
「はい…。その訳をお話しますと道場へ着いてしまいますから止めますが、掻い摘んで要点だけ云いますと、実は葛西宿の千鳥屋さんと私は入魂の間柄なんです…」
左馬介も、一馬も、そして長谷川さえも、これには驚かされた。そのような鴨下の人間関係などは、想像だに、していない。
「すると、千鳥屋の方からお聞きになったということですか?」
「ええ、そうです」
隣りを歩く左馬介の顔を眺めながら、鴨下は肯定した。そういうことなら得心出来る…と、左馬介は思った。
鴨下が千鳥屋と懇意だということは、鴨下が入門前に葛西宿へ来ていたことを意味する。




