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《剣聖①》第十七回
見上げれば梅花の群落である。桜花には及ばないにしても、桃花とはいい勝負になりそうな一帯の開花である。一馬も左馬介も、暫し花に見蕩れていた。風がないにも拘らず、花びらが時折り降り注いで舞い落ちた。
「その後、剣筋の方は乱れが消えましたね」
ぽつり、と一馬が訊いた。
「はあ…。どうのこうのと考えておる余裕もなくなりましたから…」
「そうでしたね。鴨下さんが来られて、左馬介さんも教える立場におなりでした」
「そういうことです。賄い方の責任もありますから、何かと…。鴨下さんには悪いのですが、とても鴨葱だ、とは…」
「ははは…、葱八さんで鴨葱ですか? 上手いこと云いますねえ。まあ、そんな名でもありますが…。今の状況は、夏場辺りになれば、お慣れになって楽になりますよ」
「そうでしょうか?」
軽く笑って、左馬介は一馬へ返した。そして暫くは花を愛でながら雑談などを交わした。既に昼は過ぎた頃の陽の高さである。
「付かぬ事をお訊きしますが、道場を去られた皆さんは、どうされておるのでしょう?」




