《剣聖①》第十二回
暖かい…と迄は云えないが、苦になる寒さではなかった。この程度ならば、酒の勢いで丁度、頃合いの外気になりそうだ。左馬介は最後尾を鴨下と並んで歩きながら、そう思った。草鞋も、この朝は幾らか軽かった。
代官所の副収入にもなっている梅林は、堀川道場と葛西代官所の丁度、半ばに位置した。梅林までの距離は、どちらも約一里だから、道場と代官所とは大よそ二里ばかり離れている計算になる。梅林が代官所の副収入になるというのは、花が散った後になる梅の実によるもので、大粒の葛西梅は結構な値で取り引きされたからである。無論、代官所の収入は幕府の収入になるのだが、近郷百十余戸を含む直轄地の管理費等にも回されていた。当然ながら、堀川道場へ下賜される金も、その中に含まれた。
一里といえば誰の耳にも、かなりの距離…と聞こえるが、日々、鍛錬を重ねる堀川の連中が早足で歩けば、そう大した距離ではなかった。皆、物見遊山の気分で、ゆったり歩いているつもりなのだが、何故か足の方が勝手に動いていた。先頭を切る井上と久々に見る蟹谷の姿が不意に止まったのは、梅林まで十町ばかり手前だった。




