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《剣聖①》第十一回
というのも、左馬介は酒宴というものを未だに知らなかったからである。千鳥屋の一件では、幸いにも道場の留守居を命じられ、謹慎処分とはならなかったが、酒宴には出ず終いであった。振り返れば、人生で初めての経験だ…と、左馬介は思えるのであった。
三日が経ち、道場閉めの日がやってきた。この日は梅見で代官所へ招かれる日でもあった。この三日の間、実のところ左馬介は心を乱していた。しかし、三日経った今は、なるがままよ…と、気分も、ふっ切れている。そうなれば人は強くなるもので、この三日間、心を乱していたのが嘘のようで、左馬介は、何も恐れるものがない心境だった。
「おいっ、行くぞっ!」
この日は朝稽古がないから、汗を流すこともなく、全員、すんなりと朝餉を食べ終え、自室で寛いでいた。 井上が、まるで稽古を始めるような真剣な眼差しで皆の小部屋を巡り、出発
を告げた。
二列縦隊で一同が代官所の招いた梅林へ向かったのは辰の下刻であった。天候は幸い、雨の降る気配などはなく、寒くて辛い…と思えるほどの外気ではなかった。第一、底冷えを起こす冬名残りの風がない。




