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《剣聖①》第十回
その梅見の宴席が近づいていた。師範代の井上が、そのことを皆の前で伝えたのは、昼稽古の後だった。
「今日の稽古はこれ迄とする。さて、今年も恒例の梅見の宴が催されることとなった。昨日、代官所から文箱が届き、期日は七日後の道場が閉まる十五日に招待するとあった。皆も心するように…。久々に蟹谷さんとも心置きなく話が出来るぞ。以上じゃ…、解散!」
そう云い終えた井上は稽古場を後にした。残された門弟達は、刀を刀掛けに戻すと、ざわついて話しだした。
「何分にも、よく分かりませんので、良しなに御願いを致します」
左馬介は一馬に頭を下げた。一馬はその言葉を聞き、思わず笑った。
「ははは…、別に頼まれるほどの大したことじゃありません。要は、皆で楽しんでいればいいだけです。今度は謹慎の心配もありませんから、鴨下さんと安心して参加して下さい」
年始には、千鳥屋の饗応で謹慎蟄居の処分を受けた一馬の言だから、間違いがないように思えた。
「はあ、そう云って戴くと安心ですが…」
廊下を進みながら、左馬介は小声で云った。楽しくはあるが、不安も混じる妙な気分だった。




