《剣聖①》第九回
剣の腕は微妙で、優れているとも、その逆とも云い難い鴨下だが、こうした先見の明はあった。それは誰もが認めるようになるのだが、今は傍らにいる左馬介にすら分からなかった。
梅が綻びる早春が巡った。鴨下も漸く道場暮らしに慣れ、左馬介は幾らか肩の荷が軽くなっていた。当然、その分の気苦労は自分の剣筋の極めへと回せた。暫くは鴨下に気を削がれていたが、それも無用となっていた。忘れていた他を抜きん出る新技も編み出せそうだ…と、前途の夢も膨らんでいた。
去年は未だ入門していなかった左馬介だが、道場の梅見や桜見の宴席の末端に連なることになった。そんな行事があることも知らなかった左馬介であったが、初めての宴ということでは鴨下と全く同じ立場なのである。本来、宴席などは、道場主の幻妙斎が一言の下に却下するほど忌み嫌う催し事なのだが、一馬の言によれば、どうも道場への出資者である代官所の樋口半太夫の招きで、恒例となっているらしい。出資は道場の運営に係わることだから、幻妙斎も無碍には出来ず、渋々ながら認めて続いてきた節があった。無論、幻妙斎は顔を出さず、代行として師範代が招かれた門弟の先頭を切って皆を連れて行く…と、いつか一馬は左馬介に話したことがあった。




