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《剣聖①》第八回
「今池…。そんなお近くでしたか。すると、樋口さんのお父上の直轄地ですねえ」
「樋口さんというと、葛西の樋口静山殿ですか?」
「そうです。樋口さんは代官をしておられる樋口半太夫殿の次男坊なんですよ」
「へぇ~! それは知りませんでした。初耳です」
左馬介の説明に、鴨下は大仰に驚いた。
「さあ、そろそろ上がりますか?」
鴨下に声を掛け、左馬介は浴槽から上がった。鴨下も続けて上がる。二人は、終い湯を桶に汲み、糠袋で身体を洗い始めた。ひと通り洗い終えると、ふたたび浴槽で暫く温まった。春先とはいえ、外気は未だ冷えを留めている。
「それじゃ、湯を落としますよ」
「はい…」
左馬介が浴槽底の木栓を抜くと、湯は勢いよく落ち始めた。
底から凡そ一尺ほどまで落ちたとき、左馬介は一端、木栓を戻した。底に残った少ない湯で、檜の木肌に付いた湯垢を洗い落とす為である。左馬介の説明がなくとも鴨下には大凡、何をしようとしているのかが分かった。




