《剣聖①》第一回
賄いの準備は毎度のことながら、やはり、せねばならない。況してや、新入りを仕込む別の意味の負担もある。それは手間だけではなく、心理面での負担も含む。そして、剣筋を極めるための隠れて行う稽古もある。左馬介の日々の生活に、余裕など出来る筈もなかった。
左馬介の時とは少し異なり、朝餉の後になって井上は皆を大広間へと集めた。自分が入門に際して皆を紹介されたのは、確か…朝稽古の直後だったな…と、左馬介は大広間に座して巡っていた。腹が満ち足りた故か、座るどの顔も、左馬介には安らいで見えた。
正面の上座に井上が威風堂々と座り、皆を従えて待つ。暫くして下座の廊下より鴨下葱八が入り、大仰に座して皆に平伏した。
「鴨下殿、頭を上げられよ」と、井上が柔らかな声を掛けた。鴨下は緩慢に頭を上げた。偏屈者の樋口もこの日は列している。
「師範代の井上孫司郎でござる。以後、御入魂に願いたい。これより、ここの面々を順に紹介つかまつる。まず右奥より、貴殿を案内した神代伊織、続いて長沼峰三郎、樋口静山、間垣一馬。左奥より、塚田格之助、山上与右衛門、長谷川修理、秋月左馬介でござる」
井上は威厳を込めて順に門弟を紹介していった。




