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《修行③》第二十六回
名前からして面白く、後日、門弟達の多くから、“鴨葱”と呼ばれる羽目になるこの男が来訪したことを、神代以外の門人は誰も知らない。
神代が玄関の衝立の後ろで眠っていると、「頼もう!!」と大声が響き、一人の無精髭を生やした見るからに、みすぼらしい男が入ってきた。外っ面からして豪快な風貌のその男に、さすがの神代も一瞬、怯んだが、
「おお…、これはお待たせ申した…」
と、すぐさま勢いを盛り返して応じた。
「お初にお目にかかりまする。某、鴨下葱八と申す者でござる。以後、お見知りおかれよ」
「これは御丁重に…。身共は神代伊織と申す門人の一人でござる。こ、此度は案内役を仰せ付かってござる故、これより一通り、場内をご案内つかまつる…」
神代は慣れぬ言葉遣いに呂律が回らず、咬みながら鴨下を見下ろして告げた。
「お世話になります…」
言葉遣いを和らげた鴨下が軽く頭を下げると、神代は、「さあ、どうぞ上へ…」と、黒漆で光る敷居を指さした。




