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《旅立ち》第十六回
暗黙のうちに幾らかの金子が父より支払われたのを自分が知らないだけなのか、或いは、幻妙斎には別に出資する者がいて門弟達からは金子を受け取る必要がないのか、将又、別の事由によるものなのか…。そうした疑問が消えては浮かび、左馬介は気になりだしたのである。山場下総守が、この堀川道場の後見をしており、更には道場に関与するあらゆる諸費を勘定出ししていることを左馬介が知るのは、それから数ヶ月も先のことであった。
「おう、待たせたな!」
ふたたび、大男の神代が、流れる汗を拭きながら現れた。拭いている布は、雑巾とも見える薄汚れた襤褸布である。
「暫く後に大広間の方へ来るように…。場所は先ほど回ったから、分かっておるな? 今、皆が着替えをしておるでな。細かなことは、師範代が明日に致せ、と仰せられた故、今日のところは、皆に挨拶だけでもして貰おうか」
「はい!」
神代の顔を見上げて、左馬介は大きめの声を素直に返した。その返答に満足したのか、神代は微笑んで奥へと消えた。




