096
96
それはアルプス山脈の地下深くで発見された。
人を模して造られた複数体のDEED。
早々に処分されるかと思われた彼らだったが、冷凍睡眠から覚めた人類の生活基盤を作るために利用されることとなった。
近い未来に処分されることを運命づけられた彼らは、様々なテストと検査の後、野に放たれた。
エヴァーハルトはその時の1体だった。
彼らの中にあったのは自己保存と種の繁栄という強い命令。それは造られた時に魂に刻まれた本能であった。
彼らは生活と自衛のために集団生活を始めた。
その集団の中でエヴァーハルトは異質な存在だった。人型DEEDとして未完成のまま生まれ落ちたせいか、彼には生殖能力がなく、老いることもなかった。
50年も経つと第一世代は病気や怪我や老衰で死に絶え、彼は集団内での指導者となった。
世代を重ねるごとに人口は爆発的に増え、文明も発展し、生活も豊かになった。 市場も生まれ、学問も生まれ、娯楽も生まれた。
そして、統治権や利益の独占のため紛争も起きた。
この頃にはエヴァーハルトは指導者という肩書を捨て、面倒ごとを避けるために地下に居を構えて生活していた。
ただ、遺物の研究や新技術の開発は続けており、カミラ教団という組織を隠れ蓑に陰から文明を発展させていった。
500年の歳月が過ぎると、複数の勢力圏の発生に伴い生活域は指数関数的に広がっていった。
……それを阻むように出現したのがクロイデルだった。
いきなり現れたそれは、境界の外側へ出ようとする人々に攻撃を加え、敵対する者に対しても容赦がなかった。
共通の外敵が現れたことで人々は争いを止めて結束し、カミラ教団を筆頭に理想的な統治形態を形成するに至った。
エヴァーハルトは外敵に備えてカミラ教団の研究施設を中心に街を作り、強固な外壁をつくり、敵を駆除する兵士を育てるべく猟友会を立ち上げた。
生活領域を限定されたせいで人口は減少していき、一定数になると増えることも減ることもなくなった。
人々の生活レベルも下がり、それは文明の停滞を意味していた。
しかしエヴァーハルトにとっては統治するのに都合がよく、彼は探究活動にのめりこむことができた。
エヴァーハルトの主な目的はあらゆる情報の収集だった。
あの黒い生命体はどこからやってきたのか。どうして人々に危害を加えるのか。退ける方法はあるのか……。
来る日も来る日も研究と調査に貫徹した。
黒い生命体を“ディード”と命名したのもその頃だった。
遠い過去に、地下深くで第1世代と一緒に連れ出され、建造物内で身体検査を受けた時に“ディードという外敵が人類を破滅に追いやった”という旨の会話を何度も何度も耳にしていた。
当時は意味を理解できなかったが、調査の過程で英語という言語が用いられていたことが判明し、その解析が進んだ結果、彼らの言葉の意味を理解できたというわけだ。
エヴァーハルトはディードの観察と研究をひたすらに続けた。
700年が過ぎた頃。数々の遺産を調査し、残されていた文献も読み漁り、十分な知識や技術が身についてきた頃。
エヴァーハルトは観測できていない海域があることに疑問を抱いた。
以前よりその周辺では船が襲われ沈んでいて、調査が進んでいなかったのだ。
消息不明点を地図上で重ね合わせると、それは連続した線となり円弧を描いた。
その円の中心に何があるのか。
それこそが遠くに見える高い塔。天にまで伸びる人工建造物だった。
あの塔を登った先に全ての答えがある。
天と地、あるいは過去と未来を接続する象徴として、エヴァーハルトはその塔の名称を登山用具の名を借りて“カラビナ”と名付けた。
徹底的に調査をすると決めたはいいものの、直接カラビナへ向かうのは海棲ディードに阻まれ不可能だった。
遠くから観察しようと望遠鏡を作る努力もしたが、見えるのは外壁のみで肝心の塔の根本は水平線が邪魔して視野にすら入らない。
最終的に頼ったのは猟友会でもカミラ教団でも高く評価されていた探検者、スヴェン・アッドネスだった。その評判は確かなもので、彼はたった数年で重要人物であるククロギとの接触に成功した。
スヴェンからの報告を聞いてエヴァーハルトは歓喜すると同時に絶望した。
数年後に自分たちが処分されることを知ったからだ。
回避する方法はないか。生き残る方法はないか。エヴァーハルトは考えに考え、たどり着いたのが共存共栄の道だった。
スヴェンに言伝を頼んだところ、ククロギはその案を受け入れてくれた。罪深い我々DEEDの末裔を許してくれた。
しかし、数日としないうちにスヴェンは消息を絶った。
……交渉は決裂したのだ。
勝ち目はない。逃げ場もない。確実に滅ぶ。
そんな絶望の中で一縷の望みが現れた。
それはククロギその人だった。
彼は記憶の大半を失っていたが、スヴェンの報告にあった腕輪を付けており、その戦闘力も人智を超えていた。
記憶を失ってもなお、彼は我々に協力してくれた。
今度こそ共存共栄の道を歩める。
しかしその道も途絶えた。もう交渉の余地はない。
ならば抵抗するほかない。皮肉にもククロギがいない今がチャンスともいえる。
外敵は排除する。そのための準備も怠っていない。クロイデルに対抗しうる兵器も完成している。
賽は投げられた。あとは決意するのみである。
「――そんな思いつめた顔すんなよ」
考えごとをするエヴァーハルトに声を掛けたのはパイロだった。
現在、エヴァーハルトはカレンと共にパイロのテレキネシスによって空を高速で移動しており、目下には夜の闇に染められた黒い大陸が広がっていた。
そんな闇の中でパイロのみが赤い光を発していた。
光っているといっても体全体が輝いているわけではなく、肌が露出している部分……頭部とジャケットコートから出ている手首と足首が脈打つように明滅を繰り返しているだけだった。
不思議な光景である。空を飛んでいるのに風圧も浮遊感もない。これも彼の持つサイキック能力の一端なのだろう。
すぐ隣にいるカレンも同様の環境下にあるようで、桃色の髪は乱れることなく微動だにしていなかった。ついでに言えばぐっすりと休んでいた。
海上の孤島から離陸して60分近く経つ。
これからどうするつもりなのか、エヴァーハルトはパイロに話しかける。
「質問してもいいか?」
エヴァーハルトの問いかけに反応し、パイロは体の正面をエヴァーハルトに向ける。
その無茶苦茶な飛行態勢を見てエヴァーハルトは驚く。が、構うことなくパイロは質問を先読みして答えた。
「とりあえずクロイデルプラントを制御下に置く。それが無理そうならプラントご とぶっ壊す。クロイデルが使えなくなれば労働力をDEEDに頼らざるを得なくなるからな」
「そうか……」
脅威を取り除いてくれるのは有難い。しかし、問題はその先である。
戦うか、もう一度対話の席を設けるか。
戦うことになれば両者ともに甚大な被害が出る。ともすれば共倒れしかねない。
一応彼は“人類”側の人間だ。クロイデルプラントの破壊は大きな不利益になると思うが、そのあたりのことをどう考えているのだろうか。
エヴァーハルトは再度問いかける。
「協力してくれるのはありがたい。しかし、プラントを破壊すると人類側が困るし、君にメリットはないように思える。……本当に信じていいのか?」
エヴァーハルトからの問いにパイロは視線を斜め上に向けて腕を組み、思案の表情を浮かべる。
何か特別な理由でもあるのだろうかと思いきや、返ってきたのは意外な言葉だった。
「言われてみりゃ確かにそうだな」
「……」
開いた口が塞がらない。
こちらは必死になって生き残るための方策を考えているのに、パイロは損得すら考えずに行動している。そのおかげで助けてもらえたので文句は言えないが、彼に発見されないように地下でひっそり過ごしていた自分が惨めに思える。
そんなエヴァーハルトの反応を感じ取り、パイロは言い訳気味に弁明する。
「そんな目で見るなよ。いろいろありすぎて今は頭ごっちゃになってんだよ」
そもそもククロギが相手に捕縛されたのは想定外中の想定外だ。一番近しい彼が動揺するのも無理はない。
「とりあえず猟友会の本部まで送るから、そういう話は明日にしようぜ」
「確かに。そうしたほうがよさそうだ」
何はともあれ休息が必要だ。
パイロが進行方向へ体を向けたのを確認すると、エヴァーハルトも少し目を閉じることにした。
(メリットねえよなあ……)
エヴァーハルトから指摘を受け、パイロは改めて自分が置かれている状況を考えていた。
果たしてクロイデルプラントを止めていいのだろうか。
そもそも自分の火力でプラントの防衛機構を突破できるのだろうか。
前者については、クロイデルはツールとして非常に優秀なので破壊するより残しておきたい。無力化して権限を掌握するのが理想的だ。プラントを一つ持っていれば交渉の駒に使える。
後者については時間との勝負になる。
すぐにでもプラントは戦闘特化のクロイデルを製造し始め、防衛機構を強化し防衛ラインも拡張される。何千何万という群体で動くあの兵器には敵わない。
完全に防衛機構が整う前であれば突破も難しくない。しかし、情報も何も得られない状態で突っ込むのは無謀だ。
軌道エレベータ周辺の防衛網が完成すればゲイルが出てくる可能性もある。ゲイルがクロイデルプラントの防衛に加わるとプラントへのアプローチはほぼ不可能になる。
正直、ゲイルの戦力を見誤っていた。
装甲も硬いし機動性も桁違いにチューンアップされている。逃げるのは容易いが、正面からぶつかると十中八九負ける。というか死ぬ。
負けると分かっている勝負に臨むほど俺は馬鹿ではない。
……そもそも、孤軍奮闘してまで彼らDEEDを守る必要があるのか。
特別彼らに思い入れがあるわけではない。
可哀想だとは思う。だが人類の安全を担保するため排除することに異論はない。 そもそも最初はそういう案だったはずだ。DEEDが人の形を模したせいでこのような厄介な事態に陥っているのだ。
真人の案は理想論であり、前提として真人の絶対優位性が必要だった。何が起きても“暴力”でDEEDを支配できることが必要最低条件だった。
パワーバランスが崩れた今、DEEDとの共生はリスクが高すぎる。玲奈の指示に素直に従ったほうがいいかもしれない。いや、そうするべきなのだろう。
玲奈の独断は許しがたいが、それを加味しても身内同士のいざこざはデメリットにしかならない。
やり方に問題があったのは事実だが、彼女の気持ちも理解できる。
真人も殺されたわけではない。無力化されて生きている。
律葉もティラミスも真っ先に保護されたし、メンバーも眠らされただけで実害はない。
白旗でも振ってエレベータに戻ろうか。監禁は免れないだろうが、何も考えずに真人についてきた自分にも非はある。
(駄目だ、頭が働かねぇ……)
うだうだ考えるのは性に合わない。
パイロは赤の短髪をフード越しにガシガシと掻き、猟友会本部がある街セントレアへ急ぐことにした。
猟友会本部1階、エントランス。
夜中とあって内部は仄暗く、日中は賑やかな広い廊下も今は閑散としていて人影は見られない。
外から見ると中規模の平たい建物にしか見えないが、実際に中から観察すると広く感じる。
現在いるエントランスから見えるのは廊下に沿って等間隔に配置されている木製のカウンターテーブルくらいなもので、それぞれに備え付けられた卓上ランプが綺麗な木目模様を浮かび上がらせていた。
なんとも幻想的で不思議な光景だ。
長い期間屋外で生活していたせいで空間把握能力が衰えているのかもしれない。年は取りたくないものだ。
館内に入ってからぼんやりと内部を観察していると、不意にエヴァーハルトが正面に立ち、感謝の言葉と共に頭を下げた。
「改めて礼を言う。あの窮地から助けてくれて有難う」
立場はどうであれ、かしこまってお礼を言われるとやはり恥ずかしい。それが見た目初老の男性ならば尚更のことである。
パイロは視線を逸らして頬をかく。
「いや、そもそもこっち側の内輪もめが原因だし、巻き込んじまって悪かったな」
「その“内輪もめ”がなければ問答無用で我々は殺されていた。少しだけの猶予かもしれないが、生存の可能性をくれた君には感謝の念しかない」
「可能性ねえ……」
彼らが生き延びる可能性はあるのだろうか。
クロイデルプラントが本格的に稼働すれば、ものの数週間で彼らは絶滅する。
あの兵器は巨大球体型DEEDを容易に破壊できる戦闘能力を有している。そんなものと戦おうと考えること自体ナンセンスだ。
仮に破壊できるとしても、群体で動く無尽蔵の自律兵器を……最高の抑止力を手放すのはあまりにも勿体ない。
悩ましい。
思考がぐるぐる回っている気がする。疲労が蓄積しているからだろう。
方針を決めるのは早いに越したことはないが、まずは食事と睡眠が必要だ。
メシと寝床を確保するためにこの場所までエヴァーハルトを運んできたのだ。
パイロは考えることを放棄し、エヴァーハルトに用件を告げる。
「そういう話は後にして、先に休ませてくれ。腹の虫も鳴りっぱなしだ」
エネルギーは血液代わりに体内をめぐっている“ネクタル”から供給されているし、脳の特定箇所に微弱な電気信号を送って睡眠に近い状態にもなれる。
しかし、食べて寝るほうが遥かに効率がいい。
「わかった。色々あってそこまで気が回らなかった。……カレン、案内を頼めるか」
特に異論もないようで、エヴァーハルトはパイロの要求を承諾し、カレンに案内役を命じる。
そのカレンはというと、エントランスのソファで寛いでいた。
両脚を折りたたんでソファの上で横になり、ひじ掛けに頭部を預けてリラックスしている。
桃色の髪はひじ掛けを乗り越えて床へ流れ落ちていた。
そんな体勢のままカレンは不平不満の声を上げる。
「えー、アタシも疲れてるんですけどー。職員にやらせりゃいいじゃない」
「いや、彼には君の部屋で休んでもらおうと思っていてね。鍵を持っている君にしか案内を頼めない」
ここでようやくカレンは上体を起こして胡坐をかき、本格的に抗議する。
「なんでよー。普通に嫌なんだけどー」
「彼一人だと他の職員や狩人と予期せぬトラブルが起こる可能性もある。しかし、猟友会トップの君と一緒なら問題は起きないだろう」
「確かにそうだけどさー……。だったらエヴァーハルトの部屋でもいいじゃない」
言われてみればその通りである。
カレンの反論に対し、エヴァーハルトは理由を説明する。
「私の自室があるカミラ教団本部地下には彼に見られたくない極秘情報が沢山ある。わかるだろう?」
この説明で合点がいったようで、カレンは諦めたように「わかったわよー」とつぶやきソファから立ち上がった。
極秘情報がどのようなものなのか気になるが、本人を前にして口にしている時点であまり極秘とは言い難い。
ソファから離れたカレンはパイロの傍らまで接近し、おもむろに顔を覗き込む。
まじまじと観察され少し照れるパイロだったが、そんなことはお構いなしにカレンは値踏みするように金色の瞳で見つめ続ける。
あまり不安や恐怖は感じていないようだ。純粋に興味本位で観察している。
そんなカレンの顔を眺めつつ、パイロは思案を巡らせる。
カレンと一夜を共にできるのはうれしいが、ゆっくり休める気がしない。
無論、こちらから手を出すつもりは毛頭無いし、そんな度胸は自分にはない。
しかし、向こうから言い寄られたら自制できる自信はない。それほどまでに彼女は魅力的なのだ。
本当に彼女の部屋で寝ていいのか、パイロはカレンに確認する。
「エヴァーハルトはああいってるが、お前はそれでいいのか?」
「……フフッ」
唐突にカレンが吹き出した。それは睨めっこに耐えられなくなった時の反応に似ていた。
理解が追い付かず、パイロは困惑してしまう。
「何笑ってんだよ」
「いやー、よくよく見るとかわいい顔だなあって」
「……は?」
人の顔を見て笑っているだけでも十分すぎる程失礼だというのに、かわいいなどと言われると舐められているとしか思えない。
さすがのカレンも失言だと感じたのか、矢継ぎ早に付け加える。
「いや、あれだけ狩人の間で恐れられていた“黒衣のヒトガタ”がこんなに若々しい男だなんて、未だに信じられなくて。フフ……」
何が面白いのか分からないが、カレンの笑い声は止まらない。
呆れるほど無邪気な笑顔だ。
こんな能天気女でも猟友会の会長が務まるのかと思うと、いろいろ悩んでいた自分が馬鹿に思える。
「そろそろ解散しよう。頼んだぞカレン」
「りょーかいりょーかい」
カレンは呼吸を整えつつエヴァーハルトに応え、階段へ向けて移動し始める。
パイロもフードを被りなおし、カレンの後を追う。
二人が上階へ消えたのを確認すると、エヴァーハルトも猟友会本部を後にした。
猟友会本部西棟3階。
このフロアには猟友会会長執務室があり、主に会長の事務作業のほか、重要事項の会議などが行われている。
人の出入りは1階や2階に比べると極端に少なく、3階はフロア自体が東棟と西棟で独立しているため、普通の狩人には縁遠い場所である。
会長執務室は四方を窓のない壁に囲まれ、飾り気のない深紅色で覆われている。お世辞にも広い部屋とは言い難いが、必要最低限の機能は備わっていた。
そんな堅苦しい会長室とドア一枚挟んで隣の部屋。建物の角に位置するその部屋こそカレン・ソーンヒルの私室だった。
私室の内装は会長室とは正反対の様相を呈していた。
角部屋であることを最大限に生かし、外側の二面の壁には大きな窓が嵌め込まれている。木枠のガラス窓は腰の位置から天井までを占領しており、外から大量の月明かりを招き入れていた。
月明かり降り注ぐ室内はというと、床は白毛の絨毯で覆われ、部屋の中央にはキングサイズのベッドが鎮座していた。
ベッドの周囲にはタオルケットや毛布の他、衣類や靴が無造作に置かれていて、ベッドの上も枕元以外は複数のシーツが入り乱れて複雑な皺を形成していた。
そんなベッドの上にて、食事を終えたパイロとカレンはまどろみの時間を過ごしていた。
会話はない。
ただただおいしかった料理の余韻に浸っていた。
腹も満たされたし今後に備えて早く眠りたいパイロだったが、ベッドに腰かけたまま動けずにいた。
ベッドで寝るべきか、床で寝るべきか。
ベッドのサイズはとても広く、5人でも6人でも余裕で横になれる。お互い邪魔になることはないだろう。
床も床でふかふかの絨毯が敷かれている。寝心地はベッドに劣るが、気兼ねなく眠ることができるだろう。
どちらにせよ、それを決めるのは部屋の主であるカレンだ。人間だれしも見られたくないものや触れられたくないものがある。郷に入っては郷に従え。この部屋ではカレンのルールに従うのが作法である。
隣に視線を向けるとカレンは仰向けに大の字で寝ていた。既に睡魔に襲われているようで瞼は半分閉じている。警戒心のかけらもない。
カレンは戦闘服から部屋着に着替えており、全身を保護する革製の服とは打って変わって、肩紐のロングキャミソールしか身に着けていなかった。
キャミソールのスカート裾からはすらりとした色白の脚が伸び出ており、シーツの上で月光に照らされ、圧倒的な存在感を放っていた。
玉の肌とはこのことを言うのだろう。
何百何千とクロイデルと戦闘してきたはずなのに、傷どころか痣の一つも見当たらない。純潔の二つ名は伊達ではないということだ。
それにしても、よくこの華奢な体でクロイデルとやりあえるものだ。筋肉組織や骨構造が頑強なのは間違いないが、体の構造以外にも要因があるように思えて仕方がない。……全くもって不思議である。
純粋な興味で脚や体のラインを観察していたパイロだったが、数分と経たずに終わりを迎えた。
「はずかしいんだけどー」
小さく呟いたのはカレン当人だった。
流石は狩人というべきか、不穏な空気を感じ取ったようだ。カレンは四方に伸ばしていた手足を胸元に引き寄せ、両腕で脚を抱え込んで丸まった。
表情は見えない。
下心がなかったと言えば嘘になるが、それが表に出てこないほど見惚れていた。 美術品を見ているときのあの感覚といえば分かりやすいだろうか。
高嶺の花というか何というか、触れると壊れてしまいそうな、そんな危うさがある。
いつもなら歯の浮くような誉め言葉を連呼していただろうが、どうしてもそういう気分になれなかった。
パイロはカレンから視線を外すとベッドに背を預けて仰向けになる。そして頭の後ろで手を組んだ。
視界に入るのは継ぎ目のないのっぺりとした天井。絨毯に反射した月光がまだら模様を描いている。
静かで心地いい。
久々にホルモンバランスを弄らなくても自然に睡眠できそうだ。
カレンはまだ興奮冷めやらぬようで、衣擦れの音やシーツとの摩擦音が度々耳に届いていた。人工島からここに来るまで眠っていたようだし、まだ寝るのには早いのだろう。
パイロは何気なくカレンに聞いてみる。
「なあ、お前らこれからどうするんだ?」
具体性のないふわりとした問いだったが、幸いにもカレンは沈黙が嫌いなようで食い気味に反応してくれた。
「敵が来ると分かってるんだからとーぜん戦うつもりだけど、間違いなく死んじゃうよねー」
「呑気なもんだな。怖くねーのか?」
「怖くて当然でしょ。でも、そんなこと口が裂けても言えない。アタシ一応猟友会のトップだし?」
「それはご立派なことで。お前が死なないように俺も頑張らねーとなあ」
「気遣ってくれるんだ。なんか意外ー」
「意外って……お前なあ、俺を何だと思ってるんだよ」
「こうやって話すまでは他のクロイデルと同じで問答無用で殺しにかかってくる怪物だと思ってた。クロトの知り合いって分かってからもちょっと近寄りがたかったし、黒装束もちょっとダサいと思ってた」
「最後のは関係ないだろ。せっかく助けてやったのに礼の一つも言えねーのか」
「お礼かあ……確かに、お礼しないといけないよね――」
淀みなく続いていた会話が唐突に途切れる。言葉を選んでいるのか、話すのが面倒になったのか。
気になったパイロはカレンの様子を確かめるべく首を左側へ向ける。と、予想外の光景が目に飛び込んできた。
目の前にカレンの顔があったのだ。鼻先同士がくっつくほど近く、赤味がかった金色の瞳にはこちらの動揺した顔が映っていた。
いつの間に移動したのか。会話に集中して全く気付かなかった。いや、それよりも近い。
かつてこれほど至近距離で、こんな美人と見つめ合ったことがあっただろうか。いや、一度もない。
驚いていたのもほんの数秒の事で、カレンは微笑みながらこちらの腕に側頭部を乗せた。いわゆる腕枕である。
何も反応できず、頭部の重さとサラサラの髪の感触を二の腕に感じていると、カレンが耳元で囁いた。
「……好きにしていいよ」
熱くて甘い吐息まじりに発せられたその言葉は、理性を吹っ飛ばすには十分すぎるほど強烈で艶やかだった。
カレンの頬は紅潮しており、体をもぞもぞさせて身悶えている。
そんなカレンを目の前にしてもパイロはなんとか平静を保っていた。何故なら、不自然すぎるほど強引なアプローチだったからだ。
パイロはカレンの思惑を言い当てる。
「エヴァーハルトに命令されたのか?」
カレンと懇意にさせて懐柔するつもりなのだろう。全くもって原始的な手段だが、俺にとっては最適な方法であるのが悔しい。
パイロの指摘に対し、カレンは目をぱちくりさせる。
その後数秒ほど固まっていたが、合点がいったようで「なるほどー」と前置きして答える。
「別に命令されてないけれど、男と同じ部屋で一晩過ごすってことは、普通に考えたら“そういうこと”だよねー」
どうやら自覚していなかったらしい。カレンは自己肯定の言葉を続ける。
「エヴァーハルトの命令なら仕方ないよねー」
“上官からの命令”という免罪符を得たことで理性の枷が外れたのか、カレンは容赦なく襲い掛かってきた。
カレンは瞬時に体を半回転させてパイロの上に飛び乗りマウントポジションを取る。続けて両足を腰に絡ませてホールドし、体の前面を密着させた。
実に見事な組技である。流石は猟友会随一の実力者、対人戦闘に関してもエリートだ。
そんなことを呑気に考えていると、不意に下腹部を手で触られた。
「……!?」
驚いたのも束の間、カレンは指先を器用に動かして、腹部から胸部にかけてシャツのボタンを外しつつ這い上がってくる。
同時にカレンのキャミソールも摩擦によって脱げていき、肩から胸元にかけて肌が露わになっていた。
――やばい、こいつマジだ。
パイロは遅ればせながらテレキネシスを発動し、カレンの動きを押さえ込むべく力を加える。
しかし、密着状態の人体にダメージを与えることなく拘束するのは非常に難しく、カレンの人並外れた高い身体能力のせいもあってか、侵攻を止めることは困難を極めた。
思わずパイロは叫ぶ。
「おいおい脱ぐな、脱がせるな、近づくな!!」
ここまで積極的に迫られると逆に引く。ムードも何もあったものじゃない。
「そんなこと言って、まんざらでもないくせにー」
カレンはパイロの上着を完全に剥ぎ取り、自身もキャミソールの肩紐を外して半裸状態になった。
そして、とうとう肌と肌が触れ合った。
鼓動が伝わる。
滑らかで柔らかく張りのある肌。
傷一つない絹の肌。
テレキネシスで抵抗しつつカレンの感触を堪能していると、不意に鎖骨付近に液体が付着した。
それは生暖かく、カレンの頭の位置から考えて涙だと瞬時に理解できた。
カレンはその涙を誤魔化すかのようにパイロの首元に顔をうずめる。
「ここまで来たら引き下がれない。おねがいだからぁ……」
カレンの声は震えていた。
それは狩人の長とは到底思えない、年相応の女性の涙声だった。
明らかに正常ではない反応を見て、パイロはサイコメトリーでカレンの脳内を覗き見る。
彼女の頭の中は恐怖で埋め尽くされていた。
人工島での出来事が繰り返しフラッシュバックしているようだ。死に面した強烈な記憶……忘れたくても忘れられるものではない。
死に直面したことで彼女自身の自己保存本能が、体を重ねたいという性的欲求を強めている。そう考えればこれまでの一連の言動も納得できる。
そんなパイロの予想通り、カレンは震えた声で弱音を吐く。
「お願い、不安でたまらないの。早く忘れたい……忘れさせてよぉ……」
哀れだ。
あの勇猛果敢な狩人が、プライドを捨てて泣きじゃくり、恐怖を別の感情で紛らわせようとしている。彼女のこんな姿を見たくはなかった。
ここで彼女を受け入れても一時しのぎにしかならない。
根本原因を取り除かなければ“この方法”に依存してしまう。今後も恐怖を紛らわせるために誰とでも体を重ねることになる。薬物にも手を出しかねない。トラウマのせいで武器を手にすることすらできなくなるかもしれない。
それだけは認められない。
彼女にはこれまで通り自信満々の猟友会の会長でいて欲しい。
どうして彼女にここまで肩入れするのだろうか。
もしかすると、昔の自分と重ね合わせているのかもしれない。
(同情か……)
2,000年前。
かつてDEEDを掃討していた頃は毎日悪夢にうなされていた。敵を目前にすると胸が苦しくなり、目がくらみ、足に力が入らず、体の震えが止まらなかった。
そんな恐怖を克服するために、俺は脳細胞に電気刺激を与えて負の感情を鈍らせていた。痛覚や疲労感も感じないようにしていた。この方法でメンタルケアをしていなければ間違いなく廃人になっていただろう。
全くもって情けない話だ。しかし、今の彼女には必要な施術だ。
「……カレン」
パイロは胸元で泣きじゃくる女性の名を呼び、両手で泣き顔を包み込む。そして、親指の腹で涙を拭った。
肌に触れて安堵したのか、カレンの表情が和らいでいく。
「おやすみ」
優しく告げた後、パイロは過去の自分にしていたように脳の数カ所に極々微弱な信号を送る。
カレンはすぐに夢の世界へ旅立ち、糸の切れた人形のように頭を垂れてこちらの胸元に倒れ込んだ。
暫くすると静かで落ち着いた寝息が聞こえはじめ、パイロは肩の力を抜いて大きなため息を吐いた。
これでひとまずは大丈夫だ。昨日の今日でトラウマを完全克服するのは無理だが、彼女の性格を鑑みればそんなに時間はかからないはずだ。
(さてと……)
このまま一晩中カレンの胸部の柔らかな感触や腹部から太ももにかけての絶妙な弾力を堪能したいところではあるが、流石にこの体勢を保つのは肉体的にも精神的にも辛い。
そもそも半裸のまま放置するのは倫理的に考えて流石にまずい。
パイロはベッドのシーツを慎重に操作してカレンの体に巻き付ける。肌が完全に隠れるように白いシーツで簀巻きにすると、なるべく振動を与えぬようにベッドの中央部に移動させた。
簀巻き姿のカレンは実に滑稽で可哀想だったが、パイロにはこれ以上どうすることもできず、どうにかする気力も残っていなかった。
ひどく疲れた。
カレンの抱擁から解放されたパイロは窓の前まで移動し、窓ガラスを鏡代わりにして、半ば強引に脱がされたコートやシャツの乱れを整える。
外れたボタンを留めながらパイロはふと考える。
これまで色々な女性と相対してきたが、体を求められたのは初めてだ。しかもただの女性ではなく超がつくほどの美女である。そんな美女が積極的に迫ってくる……。まさに夢にまで見た理想的なシチュエーションだ。
しかし残念ながら、当の本人は全く昂ることなく至極冷静だった。情けないにも程がある。
(ほんと、ヘタレだよなあ)
一応は女好きの遊び人を公言している自分たが、相手の心理状態を把握できるせいで関係を持つことに躊躇いを感じている。
相手の考えを読めたとしても、相手の気持ちまで変えることはできない。
逆もまた然りである。
最悪の場合、相手の思考に影響されて墓穴を掘ってしまい、関係に亀裂が入ることもある。
対人戦闘では圧倒的に便利な能力だが、他の用途で使えるほど自分は器用ではないということだ。
くよくよ考えていても仕方がない。とりあえず寝よう。
パイロは別の寝床を探すべくカレンの私室を後にした。
夜が明けて早朝。
猟友会本部の広い食堂、その隅にある4人掛けテーブルにて
パイロはコーヒーの香りを堪能しつつトーストを食べていた。
トーストに塗られているバターは混じり気なしの100%天然物で、無論パンも手作りである。石窯で焼かれた分厚いパンは噛み応え抜群で、もちもちして食感も味も申し分なくおいしい。
ただ、コーヒーについては自前で用意させてもらった。というのも、こちらでは嗜好品の生産に偏りがあるからだ。
酒類は豊富で大衆に行き渡っている。しかし、煙草はほとんど生産されていない。茶葉も薬扱いで、珈琲豆に至ってはその文化すらない。
彼らDEEDの生活地域内に珈琲豆が自生していないの原因だ。こればかりはどうしようもない。
そんなこんなで、いつでもどこでもコーヒーを飲めるように、炒った豆をガラス瓶に入れて黒い外套の内側、タクティカルベストのポケットに保管している。
ちなみに、強壮薬や覚醒剤、抗生物質や各種メディカルキットやレーションもこのベストに保管してある。
武器は携帯していない。奪われると厄介だし、そもそも扱いに慣れていない。
唯一頼れる武器は人体改造によって得られたPKだ。
その能力を最大限効率的に運用するためにも集中力は欠かせない。いわば、自分にとっては頭が武器だ。……物理的な意味で。
良質な睡眠の確保と心的ストレスの排除には最大限気を遣っている。
食事は単なるエネルギー補給だけでなく、覚醒・睡眠・ストレスコントロールにおいて重要なファクターであり、質を妥協することは許されない。
……というのは半分建前で、単にコーヒーが好きなので自前で淹れているだけだ。PKを行使すれば器具なしでキレのある一品を作成可能である。
あとは雑誌などがあれば完璧なのだが、そればかりは流石に創りようがない。
静かな食堂で黙々と朝食を摂っていたパイロだったが、マグカップを口元に持っていった際に首が傾き視界が広がり、食堂の入り口に初老の男の姿を捉えた。
それは強靭な体躯と高い知能を有するカミラ教団のトップ、ドミナス・エヴァーハルトだった。
シックなワイシャツに皺ひとつないスラックスを履いていて、その佇まいからは全く老いを感じない。
エヴァーハルトは軽く手を振って挨拶し、イスとテーブルの合間をぬってパイロの座る席へ歩み寄っていく。
リラックスタイムが終わったことを心の中で嘆きつつ、パイロは挨拶に応じた。
「よう、朝早いんだな」
「君こそ、ゆっくり休めたようでなによりだ。……隣、座ってもよろしいか?」
ここで拒否したらどうなるのだろう、と子供じみたことを考えつつパイロはテレキネシスで空いている椅子を引く。
エヴァーハルトは「ありがとう」と言うとイスの横まで近づき、「では失礼して」と断りを入れてから着席した。
パイロは数秒と掛からずコーヒーを飲み干し、エヴァーハルトに視線を向けた。
ここを出る前に一言挨拶するつもりだったのだが、出向く手間が省けて好都合だ。
まずは話を聞いてやろうと気楽に構えていたパイロだったが、予想だにしない言葉に耳を疑うことになる。
「カレン君から相談を受けたのだが、彼女曰く“一晩中君の相手をして一睡もできなかった”らしい。……英雄色を好むというが、節度を守ってほしいものだ」
「はぁ?」
寝耳に水である。
シーツで簀巻きにされてぐっすり眠っていた女の言い分とは思えない。
「ちげーよ、俺はあいつに……」
パイロは誤解を解くべく説明しようとした。が、食堂のカウンター席に身を隠して顔をのぞかせている桃色髪の女の表情を見て言葉を止めた。
パイロの視線の先にいたのは、いたずらっぽく笑みを浮かべるカレンだった。
(ガキかよ……まったく)
昨晩の醜態を見られたままでは気が済まなかったのだろう。俺をからかうつもりでエヴァーハルトに虚偽の訴えを行ったようだが、なんとも質の悪いいたずらである。
少し苛ついたパイロはしたり顔のカレンを睨みつける。すると、カレンは慌てた様子でカウンター裏からキッチン入口の柱の裏に隠れた。
しかし全く反省している気配はなく、その証拠にクスクスという笑い声がここまで届いていた。
まあ、こういう小賢しい悪戯ができるのは精神が安定している証拠だ。今は彼女が廃人にならなかったことを素直に喜んでおこう。
「ほう……」
エヴァーハルトは二人の無言のやり取りを見て神妙な面持ちで首を傾げていた。
わざわざ説明することもないだろう。何をどう思われようが俺には関係のないことだ。
カレンもカレンで満足したのか、小さく手を振るとキッチン奥へ姿を消した。
「迷惑をかけたようだ。すまない」
「気にすんな。それより本題に入ろうぜ」
パイロは特に追及はせず、話を切り替える。エヴァーハルトがカレンの件だけでわざわざ出向いてくるわけがない。
その考えは正しく、エヴァーハルトは単刀直入に要望を告げた。
「我々はクロイデルが本格的に攻めてくる前に住民をこのセントレア市に避難させ、要塞化するつもりだ。ついてはその手伝いを……」
「無理だ」
パイロは即答し、テーブル表面を指先でコンコンと叩く。
「今回の侵攻はクロイデルプラントを潰さない限り終わらない。警備が手薄な今がプラントを制圧する絶好のチャンスなんだよ。俺に付いてくるのなら話は別だが、無理だろ?」
「そうかもしれないが……守りを固めてからでも遅くはないと思わないか」
「話にならねーな」
守りを固めたところで狂暴化したクロイデルから街を守る術はない。そんなことはエヴァーハルトも重々理解しているはずだ。
仮に要塞化するとしても、迫ってくるクロイデルの集団を押しとどめ、破壊するなり行動不能にする手段がなければ何の意味も……
(……!!)
パイロはある可能性に思い至り、エヴァーハルトを問いただす。
「まさか、クロイデルに対抗できる策があるのか!?」
「それは……その……」
エヴァーハルトは言い淀み、気まずそうに視線を逸らす。
明らかにその挙動は策が存在することを示唆していた。
もし仮にクロイデルを破壊できる方法、もしくは破壊できる兵器を持っているとなると別の問題が発生する。
クロイデルを破壊できるということは、俺やゲイルに匹敵するだけの戦力を有していることになる。つまり、人類にとって脅威になりうるのだ。
そんなことが知れれば人類側は問答無用でDEEDを攻撃する。労働力不足だとか、インフラ設備が必要だとか、そういうレベルの話ではない。人類は自身の安全のため容赦なく一切合切を焼き払うだろう。
パワーバランスが崩れる事態になれば流石の俺も見過ごせない。だから……
――聞かなかったことにしよう。
1,000年近く地表を観測・管理していて唯一確認できなかったのがカミラ教団施設地下研究所だ。十中八九強力な兵器があるに違いない。
彼らにそれを使わせてはならない。
使ってしまえばこれまでの真人の努力が水の泡だ。
最悪の場合、人類とDEEDが共倒れすることもありうる。
想定以上に事態は複雑化している。最悪のシナリオを回避するためにも、自分のなすべきことを成そう。
改めて使命を自覚したところで、パイロは席を立つ。
「……変なことを聞いて悪かったな。また何かあれば連絡する」
「気を遣わせてすまない」
「勘違いすんなよ。このくらいの信頼関係のほうがいい。お互い、深入りしすぎると色々と動きにくくなるだろうしな」
知らないほうがいいこともある。私情が絡むとろくなことにならない。
パイロは席を立ち、黒いコートの襟を正し、深めのフードで赤髪を隠す。そして、テーブルに置かれていた黒革のグローブ手に取った。
「無理だけはするなよ。じゃあな」
告げると同時にパイロはテレポーテーションを発動し、セントレア市街地上空へ瞬時に移動する。
周囲を見渡すと、海の向こうに天に向かって伸びる一筋の線……軌道エレベーターを確認できた。
今すぐにでもクロトを助けに行きたいところだが……正直あのデカブツを倒せる気がしない。ゲイルの重力操作能力は応用性にも長け、威力も抜群。作戦を練らない限り勝機はない
やはりクロイデルプラントを押さえるのが上策だ。休息も十分とれたし、戦力的にも問題ないだろう。
パイロは早朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込むと、クロイデルプラントがある北極海に向けて飛翔を開始した。




