089
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軌道エレベーターに帰還してから数分後
クロトは中軌道ステーション内、中央区にある会議室へ赴いていた。
会議室は強固な扉でロックされており、扉の前には4名の兵士が……銃器を携えた兵士が待機していた。
クロトは中に入るべく、彼らに軽く挨拶する。
「みなさん、ご苦労様です」
「!!」
クロトの声に反応して兵士たちは銃器を素早く持ち直し、銃口をクロトに向ける。
想定外の事態に少し驚いたクロトだったが、ただの銃弾程度ではかすり傷も負わない事を思い出し、落ち着いて彼らの様子を観察することにした。
表情からは不信、不安、そして恐怖の色が感じられた。
「ひ、膝を付け!! 両手を頭の後ろに!!」
兵士からの指示を耳にし、ようやくクロトは合点がいった。
(なるほど、一応ここは機密区画扱いだったね……)
この先には一般人にはおおっぴらにできない秘密情報が、特にDEEDに関する資料などが保管されている。
つまり、ここを通行できるのはブレインメンバーを始めとした研究者や管理者だけだ。
彼らはさしずめ門番と言ったところだろう。
「……わかったよ」
クロトは彼らの指示に従い、床に膝をついて両手を後頭部で組む。
すると2名の兵士が銃を降ろして近付いてきて、ボディーチェックを始めた。
(なんだかなあ……)
アース・ポートの広場にいた皆は救世主として僕を扱ってくれ、歓迎してくれた。だが、少しでも事情を知っている者にとっては僕は未だに“得体の知れない化物”だ。
実際、DEED駆除中の僕の記録映像を見て恐怖を感じないものなどいない。
核兵器を用いても倒せなかったDEED、そんなDEEDを凌駕する圧倒的な力を持った存在。そんなものが目の前にいるのだ。彼らの反応は至極当然だ。
が、やはり怖がられるとこちらとしても少し傷つく。
クロトは場をなごませるべく笑顔を浮かべ、彼らにねぎらいの言葉をかける。
「起きて早々機密区画の警護任務……。まだ体調も良くないだろうに、君達も大変だね」
クロトの声掛けも虚しく、二人の兵士はボディーチェックを続ける。が、数秒ほどして言葉が返ってきた。
「……まあ、任務ですから」
返事をしてくれたのは若い兵士だった。ヘルメットにゴーグル、さらにフェイスガードまで付けていたので顔は見えなかったが、声のトーンから分析するに20代前半の男性に間違いなかった。
「君、出身はどこ?」
さらに切り込んで世間話に持ち込む。
すると警戒を解いてくれたのか、素直に応えてくれた。
「……サウスダコタです。わかります?」
「わかるわかる。あれだよね、歴代大統領の顔が彫ってる岩があるところ。この間通ったけれど、まだちゃんと残ってたよ」
「え、本当ですか?」
「うん、殆ど浸食されてゾンビみたいな顔になってたけどね」
「そうなんですか、フフ……」
歴代大統領のゾンビフェイスを想像したのか、若い兵士は思わず笑ってしまう。
だが、その笑い声は別の兵士の厳しい言葉によってかき消されてしまった。
「おい、勝手に喋るな」
「す、すみません」
若い兵士は短く謝ると止まっていた手を再度動かし、ボディーチェックを再開する。
その後数十秒にもわたる念入りな検査を終えると、ようやく兵士が言葉を発した。
「クリアー」
「こっちもクリアです」
その言葉を受けて銃を構えていた兵士は銃口を下げ、安堵のため息を付いていた。
クロトは若い兵士に再度声を掛ける。
「もう立ってもいいのかい?」
「あ、はい。もう大丈夫です」
確認を取るとクロトは兵士たちを刺激しないようにゆっくりと立ち上がり、ボディーチェックの際に乱れた服装を軽く整えた。
こんなボディーチェック、黒い粒子を使える僕にとって全く意味が無いのだが、彼らが満足したのだから良しとしよう。
そんなことを考えつつシャツの裾を整えていると、若い兵士が謝罪の言葉を述べた。
「お手間を取らせてしまってすみません」
「いやいや、これまでの2000年間に比べたらこの程度の時間、一瞬に等しいよ」
クロトは冗談めかして応じる。が、若い兵士は特に笑うでもなく真面目な口調で言葉を続ける。
「でも、未だに信じられないです。あなたがあの侵略者を一匹残らず駆除しただなんて……」
冷凍睡眠していた彼らにとって、DEEDの脅威に晒されていたのはつい先日のことなのだ。
それが一瞬で消え去ったなんて事実、信じられないのも無理はない。
さらに付け加えるなら、そんな偉業を成し遂げたのが目の前にいる若造となると余計に現実を受け入れがたいのだろう。
これでも数々の修羅場を潜ってきた。やはりこの若い外見が彼ら兵士を懐疑的にさせる要因となっているのだろうか。
「僕、そんなに軟弱そうに見えるかなあ……」
クロトは思っていたことをふと呟いてしまう。
すると、若い兵士は慌てた様子で手のひらを左右に振った。
「いえ、自分はそういう意味で言ったのではなく……」
ここまで畏まられると何だか自分が悪者に思えてくる。
今後、兵士さんと共同作業することもあるだろうし、なるべく仲良くなっておきたい。
そう考えたクロトは彼らと打ち解けるべく、自らの過去を晒すことにした。
「……実際僕は軟弱者かもしれないね」
この言葉は意外だったのか、4人の兵士は面食らった様子でクロトの話に耳を傾ける。
「実はこの力を手に入れるまでの数年間、僕は地下シェルターで過ごしていたんだ。いつ敵が来るかわからないから殆ど眠れなかったし、眠れたとしても悪夢にうなされたり、自殺を考えたこともあったくらいだよ」
「そう、だったんですか……」
でも、律葉という恋人がいたから頑張れた……なんて恥ずかしいことを言えるわけもなく、クロトは早々に話を切り上げる。
「でももう敵はいない。だから皆には安心して過ごしてほしいし、希望を持ってもらいたいんだ」
外敵に怯えて日々を過ごすあの絶望感は嫌というほど理解している。
彼らを元気づける意味も込めてクロトは更に続ける。
「僕の他にもパイロやゲイル、それにトキソもいる。これから何が起きても君達を絶対に守り抜く。だから君達も僕達のことを信用してほしいな……なんて」
さすがにクサすぎるセリフだっただろうか。
照れながら頭を掻いていると、4人の兵士は示し合わせるでもなく敬礼のポーズを取った。
「ククロギさん、先程の非礼をお詫びします」
「英雄に銃口を向けるだなんて……どうかしていました」
どうやら彼らからは信頼を得られたみたいだ。
カリスマ性があれば言葉などなくとも慕ってくれるのだろうが、それを求めるのは我儘というものだ。
「いいんだ。分かってもらえて嬉しいよ」
クロトは兵士の真似をして微笑みつつ敬礼した後、改めて扉へ向かう。
「それで、お偉いさん方は中に?」
「はい。ククロギさんが帰還したとの報告を受けてすぐに中に入られました」
「わかった。ありがとう」
クロトは軽く手を振って礼を言うと、扉の開閉スイッチを押して中へ足を踏み入れる。
扉の先には長い通路があり、更に向こうにスライド式のドアを確認できた。
「それじゃ、引き続き任務頑張ってね」
「はい!」
若い兵士の元気な応答を背後に聞きつつ、クロトは通路の向こう側……会議室へ向かうことにした。
暗い通路を進んでいくと、会議室の手前に男の姿を見つけた。
その男は脈打つように赤い光を放っており、暗闇でかなり目立っていた。
……間違いなく隼である。
隼もこちらを見つけたのか、軽く手を挙げて声を掛けてきた。
「よう、遅かったじゃねーか」
「先に来てたんだね……」
「あの大量の果物は調理場の連中に預けてきた。今は皆でフルーツパーティーするよりもお前の報告を聞くほうが重要だからな」
「確かにそうだけれど……いいのかな」
「何だよ、俺がいちゃまずいことでもあるのか?」
隼は腕を組み、不満げに足裏で床を叩く。
クロトは仲間はずれにされた子供のような隼の表情を見つつ、説明する。
「隼はテレパス能力で他人の思考を読み取ることができるだろう? 中にいるブレインメンバーにとって、頭の中を覗かれるのは気持ちのいいことではないと思うんだ」
「馬鹿か。俺はそんなセコい事しねーよ」
隼は芯の通った人間だ。卑怯な方法や陰湿な事が大嫌いな性格である。
隼が他人の心を盗み見するような人間でないことは僕が一番知っている。
「わかってる。でも、あちら側は隼のことを信用してないかもしれない」
「それを言っちゃお終いだろ……」
不満げに告げる隼にクロトはフォローを入れる。
「僕と隼は2000年以上の付き合いだけれど、冷凍睡眠していた彼らにとってはたったの数週間だからね。信用できない彼らの気持ちも分かってあげようよ」
「……はぁ」
クロトの言葉に納得してか、隼はため息をついて言葉を続ける。
「俺も狩人連中のことは気になってんだ。報告が終わったら俺にも聞かせろよ」
「うん、約束するよ」
「よし、ならいい」
クロトの返答を聞くと、隼は踵を返し、通路の向こうへと姿を消してしまった。
何だかんだで隼も1200年近く人型DEEDを見守ってきたのだ。3000万の命を生かすのか、殺すのか、気になるのも仕方のないことだろう。
(さて、入りますか……)
クロトは気を取り直して会議室のドアを開き、中に入る。
中の広さは30畳ほどだろうか、そこまで広くはない。四面は硬そうな金属の壁があり、それは天上も床も同じことだった。
そんな会議室の中、中央の丸テーブルにはブレインメンバーが集まっていた。
ブレインメンバーは全員で8名だが、室内に律葉と玲奈の姿はなく、6名の男性陣がオフィスチェアに腰掛けていた。
静かな空間の中、真っ先にクロトに声を掛けたのは白衣姿の男だった。
「仕事が早いね玖黒木君。戦闘能力は勿論のことだが、交渉能力も高いようだ」
クロトに賞賛の言葉を告げたのは、ぼさぼさの髪に無精髭を生やした痩せ型の男性……榎谷博士だった。
榎谷博士は律葉の上司にあたる科学者で、律葉からは“主任”と呼ばれている。
僕の体にDEEDマトリクス因子を埋め込んだのも彼だ。
彼がいなければ、それこそ人類は確実に滅亡していただろう。
クロトはそんなことを考えつつテーブルに歩み寄り、空いていた椅子に腰掛けた。
「いえ、交渉がこれほどスムーズに進んだのは博士の優秀な部下のおかげですよ」
「そうかい。近衛君も中々やるね……」
「すまないが……」
そう前置きして話に割って入ってきたのはブレインメンバーの一人、スーツを着た男だった。
「世間話は後にして先に報告を聞かせてくれないか。この報告は今後の我々の方針を大きく左右する重要なファクターとなるのだからね」
他のブレインメンバーも概ね意見は同じのようで、クロトと榎谷博士を冷ややかな目で見ていた。
「すみません……」
クロトは気を引き締め、報告会を始めることとした。
「結論から報告しますと……彼らに対立の意志は全くありませんでした。むしろこちらが保有している科学技術に興味津々です。技術レベルが向上するのは彼らにとっても喜ばしいことのようです」
概要を述べると、方々から安堵の声が聞こえてきた。
「そうか。これで当面の問題はほぼクリアといったところか……」
「正直、DEEDと分かっていても人間の形をした物体を殺戮するのは気分のいいものではない。平和に事が進むならそれに越したことはない」
「ですね。姿形も知能レベルも同等で独自の文化も発展している。消してしまうには惜しいです。というか早く彼らを研究したいです」
軍事関係者や科学者が各々の意見を述べる中、目付きの鋭い中年の軍人が問いを投げかけてきた。
「報告は報告として聞き入れる。しかし、疑うようで悪いが……それは本当に信用に足る情報なのかね?」
「ええ、カミラ教団の幹部にも接触しましたが、戦力差は痛いほど理解しているようでした。対立は絶対にありえないと考えます」
ここで榎谷博士もフォローに入る。
「まさにその通り。私もここ数日でパイロ君が記録したアーカイブにざっと目を通しましたが、彼らの知能レベルは高い。高いからこそ圧倒的な戦力差を十分に理解できるし、恐怖心を抱くこともできるのですよ」
「……ドクターがそこまでいうのなら、信頼しても問題なさそうですな」
概要は皆理解してくれたようだ。……玲奈を除いて。
(玲奈……)
ここに顔を出さないということは、事前の計画通りにDEEDを全て駆逐するという意思表明に思えてならない。
どうにかして納得させられないものだろうか……
(まあ、玲奈については後で隼と律葉に相談してみようかな……)
うだうだ考えていても仕方がない。
概要の説明を終えたクロトは卓上モニターに映像データを転送し、詳細な報告に移る。
「これが先程言っていたカミラ教団の幹部、エヴァーハルトです」
ガタイのいい、精悍な顔つきの男が画面に表示される。
グレーのワイシャツに赤のネクタイ、黒のスラックスというシックな服に身を包んでいるが、体型は明らかに格闘家のそれであり、なんとも言えない風格があった。
「そしてクロイデルと戦うために組織された猟友会、そのメンバーがこちらです」
エヴァーハルトに続き、カレン、リリサ、ジュナ、フェリクス、ヘクスターが画面に表示される。
カレンやリリサは普段見ている通りの美人っぷりだったが、意外にもジュナも肩を並べられるくらい色香があった。
粗雑な性格に男口調、気に入らないことがあればすぐにキレるあのジュナとは思えない。
この資料用に作成された高精細3D映像のようにおしとやかにしていれば、現実のジュナもちょっとは可愛げのある少女になることだろう。
ブレインメンバーは狩人たちの映像は勿論のこと、添付された基本情報も食い入るように見ていた。
そんな中、皆の気持ちを代弁するかのようにスーツの男は端的に述べる。
「これが人型DEEDか……予想を遥かに上回る人間っぷりだ。未だにこの人型があの黒い球体の怪物と同じ因子を持っているとは思えないな」
他のメンバーも頷きながら言う。
「確かに、事情を知らない一般人から見れば人間と区別は付かないでしょうな」
「ここまで完璧に模倣されると何か恐ろしいものを感じるなあ」
姿形は同じだが、人間とは全く違う生命体……
不安を覚えるのも無理はない。
そんな不安を払拭するべく、クロトは話を先にすすめる。
「パイロや僕の報告書にもあるように、彼らは比較的穏やかな人々で、安定した社会を築いています。それに、クロイデルという脅威にも屈することなく立ち向かっている彼らのタフネスさは素晴らしいと考えます」
クロイデルは本来DEEDを殲滅するために造られた兵器だが、DEEDを殲滅した後は人口増大を防ぐための装置に成り下がり、ひたすら彼らの生活圏内を制限してきた。
人が増えれば領地も増やさねばならない。
人型DEEDはその問題を狩人という戦士を投入することで解決しようとした。あまつさえ、クロイデルを“狩る”ことで資源を得てきたのだ。
これを逞しいと言わずして何を逞しいというのか。
そんなタフネスの強さには榎谷博士も同意のようで、「なるほど」とつぶやきつつモニターに映る狩人たちをつつく。
「先程玖黒木君は人型DEEDが安定した社会を築いてきたと言ったが……彼らが戦争や紛争を起こさなかったのは、ひとえにクロイデルという外敵がいたからだろう。共通の敵の存在は同族間での結束力を高める。……意図せず彼らの結束力の強化を後押しすることとなったわけだ」
この榎谷博士の発言は、その場の空気を凍らせた。……が、それも一瞬のことで、矢継ぎ早に榎谷博士は補足する。
「だが、副作用としては許容範囲内だろう。むしろ交渉するにあたって人型DEEDが一枚岩なのは都合がいい。そう深刻に考えるほどのことではない」
榎谷博士の“交渉”というワードに反応し、スーツの男は話の舵を切る。
「交渉といえば……彼らはこちら側になにか要求を?」
男の言葉にクロトは首を横に振る。
「いえ、エヴァーハルトに言伝を頼んだだけで、まだ具体的な事は決まっていません。が、先程も報告した通り、こちらと対立するつもりは全く無いと話していました」
対立したところでメリットは全く無い。
ディードを……クロイデルを操作していたのが人類だと知れると大勢の人型DEEDから反感を買う恐れもあるが、そのあたりはエヴァーハルトが上手く説明してくれることを期待しよう。
榎谷博士もクロイデルについて考えていたのか、考えを述べる。
「まあ、彼らにしてみればクロイデルという脅威が無くなる可能性があるだけでも、この交渉に前向きになるのは当然だろう。案外スムーズに事が運びそうだ」
そんな楽観的な言葉に異を唱えたのは軍属の中年男性だった。
「……本当に危険はないのだな? 狩人という戦闘能力の高い個体はこちらのクロイデルを破壊できるほどの戦闘能力を有している。人類側が油断したところを一斉に攻撃されたら甚大な被害を被ることになるぞ」
「そんなに心配するなよオッサン」
唐突に聞こえてきたのは青年の声。
声の主は天井近くであぐらを掻いて浮遊しており、そんな芸当ができるのは隼以外にいなかった。
何もない空間からいきなり出現した……いわゆるテレポーテーションという能力だろうか。つくづく芸の幅が広い超能力者である。
隼は全員の視線を浴びつつ地面に降り立ち、空いていた椅子に腰掛け、おもむろに背もたれに背を預けた。
隼はブレインメンバーから文句が飛んで来る前に単刀直入に告げる。
「はっきり言わせてもらうが、人類に危険が及ぶことは有り得ない。……1200年前から連中の産業・文化・軍事力、その他もろもろについてテレパスを駆使して徹底的に調べ上げてる。仮に交渉がうまくいったとして、その後に連中が人類を攻撃するなんて愚行を起こすわけがない。それに、オッサンが言うようなシナリオが発生したとしても、武装した兵隊には敵わないだろうよ。そもそも人類が油断しなけりゃいいだけだ。……そんなビビリ精神で人類を引っ張っていけるのか?」
「む……」
隼に一気に畳み掛けられ、軍属の中年男性は反論できない様子だった。
勝手に入ってきて言いたいことを言う。身勝手な奴である。
だが、隼が言っていることは紛うことなき事実であり、クロトも強く同意していた。
「パイロ、報告会に出席するのは勝手だが、最低限のマナーくらい守ったらどうだ」
「へいへい」
スーツの男の注意に対し、隼は目も合わさず適当に応じる。
……隼の出現でせっかくの報告会がグダグダになってきた。
そんな空気を察したのか、榎谷博士が話を次の段階に進めた。
「よし、では、向こうの準備が整い次第、適当な島で会談を行うとしよう」
「島、ですか?」
クロトの素朴な疑問に対し、榎谷博士は即座に応じる。
「当たり前だろう。ここに呼ぶのは論外、向こうの陣地に足を踏み入れるのもリスクがないわけではない。となると、周囲を海で囲まれた孤島が警備面から考えても適当だろう?」
「確かにそうですね……」
カミラ教団の本部あたりで会談を行うのではと思っていたクロトだったが、思っている以上にブレインメンバーは人型DEEDを警戒しているようだ。
人類側に手を出せばどんなしっぺ返しを食らうか、重々承知なはずだ。その点で言えば危害を加えられることなどまずありえない。
それでも警戒に越したことはない。
ブレインメンバーが前向きに共存の道を検討してくれているだけでも有り難いことなのだ。ここは素直に彼らの意見を受け入れるのが得策だろう。
話が纏まったところで、スーツの男が指示を出す。
「ということで、すまないがククロギ君には向こう側の代表……エヴァーハルトに会談を行う旨を伝え、そのまま彼らと同行して会談場所まで来てくれ。パイロには会談場所のセッティングを頼むことにする」
スーツの男は二人に指示を出した後、ブレインメンバーを見渡す。
他のメンバーは特に反対意見を述べるわけでもなく、小さく頷いていた。
どうやら今後の方針が決定したようだ。このまま会談も上手くいくよう願うばかりだ。
「了解です」
「了解」
クロトと隼が返事をすると、報告会は終わったと言わんばかりにブレインメンバーはそれぞれ自由行動を開始し、ある者はそそくさと会議室から退室し、またある者は隣のメンバーと意見交換したり、中には真剣な表情で資料に目を通しているものもいた。
そんな中、いの一番にクロトに言葉をかけたのは榎谷博士だった。
「せっかく帰ってきたのに、とんぼ返りですまないな」
「いえ、仕事ですから」
クロトは榎谷博士のねぎらいの言葉に笑顔で返す。
このミッションを行えるのは自分以外にいない。期待されている以上、その期待には最大限応えたい。
榎谷博士からのエールを素直に喜んでいると、隼が近寄ってきた。
「さて、めでたく会談の段取りも決まったことだし、取り敢えずセントレアに行こうぜ」
隼はクロトの肩を軽く叩き、出口へと向かう。
クロトは榎谷博士に軽く会釈して別れ、慌てて隼の後を追う。
「ちょっと、隼は会談場所のセッティングを頼まれたはずじゃ……」
「そんなの10分もありゃできるだろ」
「そうだけどさあ……」
確かに隼のPKを駆使すればセッティングどころか、島一つ作り上げるのも容易い。
ならば先にセッティングを済ませたほうがいいのではないだろうか。
そう提案しようとしたクロトだったが、それよりも先に隼が理由を告げた。
「俺は一秒でも早くお前の仲間と話がしてーんだ」
「……え? それってどういう……」
隼は歩みを止め、クロトと向かい合う。
「今までは人類側の情報漏えいの危険を考えて接触禁止だったが、これからは堂々と接触できるし交流できる。一緒に食事したり、街を案内してもらったり……まあ、そういうことだ」
言っていることは至極まともなのだが、表情はニヤけており、リリサやジュナなどの綺麗どころとお近づきになりたいというのがまるわかりだった。
一応は人類の今後が左右される大事なイベントなのだ。少しは緊張感を持ってほしい。
(はぁ……全く隼は変わらないなあ……)
隼の楽天的な性格に呆れるクロトだったが、彼らを好意的に思ってくれていることは素直に嬉しかった。
「わかったよ。律葉もティラミスも待ってるだろうし、早く行こう」
「……いや待て、プレゼントとか持っていったほうがいいよな? 第一印象は大事だっていうし……」
隼は珍しく真剣な表情でプレゼントについて考えているようだった。
そんな隼にクロトは無慈悲に告げる。
「第一印象も何も、この間アース・ポートの広場でみんなの武器を海に投げ捨てたばっかりじゃないか」
「あー……」
アース・ポートで接敵した際、隼はまだ記憶が不完全だった僕を含めたメンバー全員の武器を……ヘクスターの渾身の作品を海の底に沈めてしまった。
しかもそれをPKで行ったのだ。第一印象としては最悪。次に会えば警戒されること間違いなしだ。
「まあ……なんとかなるだろ」
「なるかなあ……」
隼の適当すぎる言葉を耳にしつつ、クロトは出発の準備を行うことにした。




