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天球のカラビナ  作者: イツロウ
07-覚醒者の選択-
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087


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(気になる……気になって仕方がねえ……)

 ゴイランを出発してから数刻

 カミラ教団が過去の文献を参考に造った高速艇の船上にて

 ジュナは律葉のことをじっと見ていた。

 機械のエンジンを二機も搭載し、海上を滑るようにして高速で進むこの船の推力にも驚かされたが、そんなことよりもジュナは今律葉の事が気になって仕方がなかった。

(あいつ、クロトとどういう関係なんだ……?)

 旧知の仲、それこそ2000年前からの仲だということは理解できた。が、あの女は単なる仲間ではない。

 親しげに会話していたり、妙に距離も近かったし、何よりクロトは彼女のことをまるでお姫様のように扱っていた。

 別れ際もクロトは不安げな表情を浮かべていたし、彼女のことを大事に思っているのが良くわかった。

 何にせよ、クロトと特別な関係にあるのは間違いない。

(もしかして……兄妹……いや、恋人とか?)

 正直に言うと、私はクロトのことをかなり気に入っている。

 彼さえ良ければ私と兄と子どもたち、全員でエンベルのあの屋敷で暮らしたい。

 カラビナの調査さえ終わればそれも叶うと思っていたが……これまで以上の厄介事を抱え込んでしまった今、そんな事を言い出せる雰囲気ではなかった。

 そもそも、誘ったところでクロトが私の誘いに乗ってくれるとも限らない。

 クロトのことを気に入っていると言っておいてなんだが、これまでクロトには少しきつめに接しすぎた。

 原因は私が短気だからだ。

 ……いや、好戦的、威圧的と言ったほうが良いだろうか。

 私は自分が男勝りな性格であることを自覚している。

 私は女であり、男と違って体格や筋力に劣る。それでもダンシオ兄さんの力になりたくて、狩人として生きることを選んだ。

 幸いなことに私には狩人の才能があり、兄もそれを認めてくれた。その事自体はとても嬉しかった。

 だが、兄の狩りに同行するようになってから、同じ狩場の狩人から小馬鹿にされることが多々あった。

 それは私が女で、しかも少女だったからだ。

 だからこそ私は他の狩人共にナメられないように気を強く持とうと決意し、それを意識的に実行してきた。

 始めのうちは男口調にも荒っぽい仕草にも慣れなかったが、今は自然とそれを実行できている。……というか、しっかりと体に染み付いてしまった。

 結果、女っ気の欠片もない大鎌使いの上級狩人になってしまったのだ。

 別に後悔はしていない。好戦的な性格は狩人にとって重要なファクターだ。

 この性格のおかげで物怖じすることなく化物と対峙できるし、技の上達速度も格段に上がったと確信している。

 しかし、このぶっきらぼうな性格のせいで円滑なコミュニケーションができなくなったのも事実だ。

 女同士なら仲良くできるし問題ない。だが、男相手となると本能的に威圧的になってしまう。

 この部分を少しでも改善し、クロトに普通に接することができるようになればチャンスはある。

 私は性格はアレだが、容姿にはそれなりの自信をもっている。

 女らしい仕草ができるようになり、話し方も普通の女の子のようにできれば女としての魅力はぐんと上がる。

 そうなればクロトに興味を持ってもらえるだろうし、好感度もぐんと上がるはずだ。

(……って、何を考えているんだオレは)

 ジュナは先程までの自分の思考を恥じ、思わずため息を漏らしてしまう。

 これではまるで恋する乙女だ。

 クロトのことは気に入っている。だが、それは恋とか、愛とか、そういうものではない。……と思う。

 同じ狩人として信頼しているのだ。

 それ以上でもそれ以下でもない。男も女も関係ない。私はクロトという人間が気に入っているのだ。

 だからこそ一緒にあの屋敷で皆で暮らしていきたいと思った。

 ……でもクロトが男であるという事実は変わらない。

 だから、私に興味を持たせるために女という武器を使うのも仕方のないことなのかもしれない。

(腹括るしかねーよな……)

 まずはクロトの好感度上げること……もとい、クロトと仲良くなることが重要だ。

 先刻の様子から察するに、クロトはあのカチューシャの女と密接な関係にある。このままでは全てが終わった後、あの女のもとに向かうのは明白だ。

 つまり、すべてが終わるまでに自分の魅力を磨き、クロトに自分の魅力をアピールできればいいのだ。

 アドバンテージはあの女にある。だが、諦めるつもりはないし、挽回のチャンスもある。

(ぜってー勝ってやる……)

 恋は戦いとはよく言ったのもだ。

 私は戦いにおいて絶対的な自信がある。それがタイマンなら尚更のことだ。

 ……相手の情報をできるだけ多く掴み、弱点に最大限の攻撃を行う。

 そうすればクロトをゲットすることができるはずだ。

 律葉を睨みつつそんな事を考えていると、視線に気づいたのか、あちらの視線もこちらに向けられた。

「……!!」

 ジュナは反射的に目を逸らしてしまう。

 その際、船の操舵室にガッシリとした体躯の持ち主、エヴァーハルトの姿を見つけた。

 エヴァーハルトは大きな手でハンドルをしっかりと握りしめ、操船に専念していた。

(気になると言えば、こいつも気になるな……)

 彼はカミラ教団の中でも高い地位にいる研究員であり、モニカの上司に当たる男だ。

 教団の研究者というのは皆研究に没頭し、戦闘能力など皆無だと思っていたのだが……この男は私のその固定観念を完璧に壊した。

(支部の地下でのあの動き……ありゃあマスターレベルを越えてるだろ……)

 エヴァーハルトはカレン会長と私達の戦闘に割って入り、瞬きする暇もなくカレン会長を制圧した。

 カレン会長は“純潔”の二つ名を持つ最強の狩人だ。そんな彼女をあの男は事も無げに組み伏せた。

 不意打ちならまだしも、真正面からあのカレン会長を無効化したのだ。

 まさに圧倒の一言に尽きる。

(全く次から次へと……わけわかんねーな……)

 この世界の現実……いや、真実を突きつけられただけでも十分頭が混乱しているのだ。これ以上考え事をしていると頭が茹でってしまう。

 そう判断したジュナは考えるのを放棄し、短いため息と共に仰向けに寝転がる。

 船尾の床から見える夜空は澄んでおり、無数の星が瞬いていた。その光景はジュナの気持ちを少しだけ落ち着かせた。

「はぁ……」

 船底からエンジンの振動が背中に伝わる。

 その振動は妙に心地よく、船の揺れと相まって凝り固まった筋肉を程よくほぐしてくれた。

 気持ちが落ち着いたところでジュナは視線を船首に向け、改めて律葉を見る。

 律葉の周りにはティラミス、リリサ、モニカ、そしてカレン会長が集まっており、皆腰を下ろして和気あいあいと談話していた。

 ……ちなみにフェリクスとヘクスターはゴイランに残っている。

 カレン会長の代わりに葬儀を取り仕切ることになったからだ。二人ともこちらに同行したかったようだが、狩人である以上は会長の命令には背けない。

 なんとも可愛そうな奴らだ。

 ……それについてはともかく、律葉はティラミスを介してちゃんと会話できているようで、時折笑い声が船尾まで聞こえていた。

 一体何を話しているのだろうか。

 クロトに関することだろうか。

 気になって首を横に向けたまま船首の方を見ていると、またしても律葉と目が合った。

「!!」

 また目を逸らしそうになったジュナだったが、今度は逃げることなく律葉を見返す。

「……」

「……」

 二人は互いの瞳を食い入るように見つめ合う。……が、それもほんの2,3秒のことで、律葉は笑顔をジュナに向けて小さく手を振ると、再び女子たちとの談話に戻った。

 ジュナは止めていた息を吐き出し、視線を夜空へと戻す。

 ……なんだか負けた気分だ。

 戦闘能力は間違いなく私のほうが上だ。喧嘩になっても余裕で勝てる。

 だが、今現在私が敗北感を抱いているのは事実であり、彼女のほうが一枚上手だと言わざるをえない。

 ……どうもあの女は苦手だ。

(変な女だな……)

 人というのは多かれ少なかれ他人に対して“壁”を作る。

 親しい仲ならば壁は薄いが、初対面で、しかも殺されそうになった相手となれば分厚い壁を作っていても不思議ではない。

 しかしあの律葉という女には警戒心の欠片もない。それどころかほんわかしているというか、優しいオーラに満ちあふれている。分け隔てなく、自然体でみんなと接している。

 危機管理能力のない馬鹿なのか、それとも類まれなる博愛精神の持ち主なのか。

 もしかしたら全ての行動が計算尽くなのかもしれない。

 ……何にせよ彼女には言葉では言い表せない魅力がある。

 私が興味を持つくらいなのだ。みんなも興味を持って当然だ。

 ジュナはため息をつき、夜明け前の空を見上げる。

 既に空は淡い青に染まりつつあり、その色と対を成すように水平線付近は橙に輝いている。

 先程まで数多煌めいていた星の数も減ってきていた。

 綺麗なグラデーションに染まる天を見上げつつ、ジュナは再びクロトに思いを馳せる。

(クロトのあんな顔、初めて見たなあ……)

 律葉と話しているクロトは実に活き活きとしていた。笑顔も自然で、彼女のことを本気で大事に思っていることが伝わってきた。

 やはり私ではクロトと釣り合わないのだろうか。律葉に勝つことはできないのだろうか。

 そんなネガティブな思考に陥っていると、不意に近くから可愛らしい声が聞こえてきた。

「ジュナさん」

「うわっ」

 耳元で囁かれ、ジュナは思わず跳び起きてしまう。

 その反射速度は実に見事であり、コンマ3秒と経たないうちにその場から2mほど距離を取り、臨戦態勢を取った。

 が、声の主の姿を見てジュナは早々に肩の力を抜いた。

「ティラミスかよ……」

 ジュナの目の前、膝を抱えて座り込んでいたのは白いパーカーを身に纏った可愛らしい眼鏡っ娘、ティラミスだった。

 ティラミスはこちらが跳び退いた意味が理解できなかったのか、首を傾げて不思議そうにこちらを見上げており、そのきょとんとした表情も愛らしかった。

 いつもの私なら問答無用で罵声を浴びせつつ張り倒すところだが、この可愛い少女を相手にそんなことはできない。

 ジュナはティラミスに歩み寄り、ヤンキー座りで目線を合わす。

「……いきなりなんだよティラミス、びっくりしたじゃねーか」

「すみません……まさか私の気配に気付いていないとは思っていなかったので……」

「む……」

 確かにティラミスの言う通りだ。

 いつもの私ならばティラミスの足音にも簡単に気づけたはずだ。どうやら考え事をしていたせいで周囲への警戒が甘くなっていたらしい。

 これでは狩人失格である。

 自分の不甲斐なさに落ち込みつつも、ジュナは会話を再開する。

「で、なんだ。話があるんだろ?」

 ティラミスはこくりと頷き、船首を指差す。

「ジュナさんもあちらで皆さんとお喋りしませんか」

「はあ?」

 ジュナは何気なくティラミスが指差した方向に目を向ける。

 船首にいる女子たちは全員がジュナを見ていた。

 律葉は笑顔で小さく手を振っており、リリサは琥珀の双眼で見つめており、モニカは手招きしており、カレンは自分の隣のスペースをぽんぽんと叩いていた。

 どこからどう見ても歓迎ムードである。

(……)

 ジュナは迷っていた。

 そもそも、律葉を警戒していたから船尾まで移動したのだ。

 ほかの皆は平気で彼女と接しているが、やはり私は彼女のことが苦手だ。

 クロトを手に入れるためには律葉から話を聞いておいたほうがいいのだろうが、今はまだ早い。というか、彼女の口から“クロトは私の恋人です”なんて言葉が出たら、それこそ戦意喪失してしまう。

「オレは別にいい」

 短く告げて背を向けようとしたジュナだったが、ティラミスはしつこく誘ってくる。

「そんなこと言わないでください……律葉様もジュナさんと色々と話がしたいそうですよ。特にクロト様について」

「クロトについて……?」

 ジュナは改めて律葉を見る。律葉は相変わらずニコニコしていた。

 イラつく笑顔である。その天真爛漫な笑顔を見ていると、ふとジュナは名案を思いついた。

 彼女とクロトが親密なのは間違いない。そして彼女がクロトに好意を持っているのも明白だ。

 だったらクロトが女にだらしない奴だと言ってやれば……幻滅させてやれば彼女はクロトの事を嫌いになるのではないだろうか。

 まさに名案である。

 今まで私は彼女と対決することだけを考えていたが、争う必要もない。クロトの悪評を流してクロトから離れるように仕向ければいいだけである。

(やべえ、オレ天才かもしれねー……)

 まさかこんな作戦を思いつくとは……つくづく私も悪女である。

 思い立ったが吉日。早速クロトの悪口をあの女に聞かせてやろうではないか。

 ジュナは内心ほくそ笑みつつ、仕方がない体でティラミスの提案を受け入れる。

「わかったよ、行きゃいいんだろ……」

 ジュナはおもむろに立ち上がるとだるそうに背伸びをし、乱れたミニスカートを整える。

 そして、わざとだるそうな表情を浮かべ、頭を掻きながら船首へと向かった。

 到着するとジュナはカレンの隣にどかっと腰を降ろし、片膝を立てる。

 ティラミスもすぐに戻ってきて、律葉の隣にぴたりとくっついて正座した。

 ジュナが来て早速モニカが口火を切る。

「ようやく来ましたね。後ろで何をしてたんです?」

「別に、寝てただけだ。……お前らこそ何を話してたんだよ」

 この質問に答えたのはリリサだった。

「これまでの経緯を少々、ね」

「経緯?」

「そう、この1年の旅での出来事を彼女に話していたのよ」

「……で、ラグサラムの話になったからあなたを呼んだわけです」

 リリサの言葉を引き継ぐように、再びモニカが喋る。

(ラグサラム……)

 ジュナはラグサラムでの出来事を思い出す。

 遺跡を調査した際、私はクロトとティラミスと共に退路確保をするべく遺跡の外でディードと戦っていた。

 内部での出来事は兄から聞いたが、詳細までは分からない。

 それを踏まえてジュナは言い返す。

「別にオレから聞かなくてもいいだろ。あの場所にはリリサもモニカもいたわけだし、お前らが話してやればいいじゃねーか」

 百聞は一見にしかず、だ。

 だがモニカは引き下がらない。

「いいじゃないですか。ダンシオさんの事も聞きたかったですし。……あの人についてはジュナさんが一番良く知ってるでしょう?」

「そりゃそうだけどよ……」

 そういえば兄貴は今頃どうしているだろうか。

 片腕をなくしたところでへこたれる兄貴じゃないし、屋敷の子どもたちと仲良くやっているのだろう。

 そんなことを考えていたジュナだったが、ふと視線に気づき気を取り直す。

 その視線は律葉から向けられていた。

 律葉は無言でジュナを品定めするように見ていた。

「……なんだよ?」

「……」

 律葉は応えず、ジュナを舐め回すように観察し続ける。

 拒否することもできず見られるがままじっとしていたジュナだったが、そう長くはなかった。

 しばらく見つめた後、律葉は満足げに頷き、ティラミスに耳打ちし始める。

 ティラミスは律葉から言葉を受け、同意するように頷いていた。

 内容が気になったジュナはティラミスに問いかける。

「おい……なんて言ったんだ?」

 ティラミスは特に悩むでもなく応答する。

「ジュナさんがクロト様から聞いた通りの可愛らしい人だと言ってます」

「かわ……!?」

 意外すぎる言葉にジュナは一瞬戸惑う。

 クロトが自分の事を可愛いと思っていたことに動揺してしまったのだ。

(クロトが……オレを?)

 私も女だ。可愛いと言われれば心が動く。それがクロトからの言葉となれば尚更だ。

 一瞬固まってしまったジュナだったが、動揺を悟られぬよう慌てて言い返す。

「テ、テメー、誂ってんじゃねーよ。クロトがそんなこと思ってるわけねーだろ」

「……そうでもないみたいですよ、ジュナさん」

「モニカ?」

 会話に割って入ってきたのはモニカだった。

 モニカは口元を覆っている襟を鼻の頭まで覆い言葉を続ける。

「律葉さんが言うには、リリサさんは“クールビューティー”で私は“インテリ美少女”だとクロトさんは思っていたらしいんです」

 モニカはそう言いつつ、恥ずかしげに頬を赤らませる。

 “インテリ美少女”と思われていたことが嬉しかったみたいだ。

 モニカの反応を見てクロトの発言が本当だと悟り、ジュナは狼狽えつつ応じる。

「そう、なのか……」

 ……ヤバい。予想以上に嬉しい。

 今の今までクロトの悪評を広げようと思っていたのだが、そんな事を聞いてしまっては心が揺らいでしまう。

 そんなジュナに追い打ちをかけるようにカレンも煽る。

「自信もちなさいよ。女の私から見てもジュナはかなり可愛い部類よ?」

「いや、あいつがオレのことをそんな風に思ってたとか、信じられなくてな……」

「まあ、性格はお世辞にも良いとは言えないけど」

 カレンは意地悪っぽく笑う。

 ジュナはその厭味ったらしい顔を睨みつける。

「一言余計なんだよ……」

 折角いい気分が台無しだ。……が、おかげで少し冷静さを取り戻せた。

「お三方、話が脱線してますよ」

 ティラミスに注意され、カレンはすぐに謝り、話題を切り替える。

「悪かったわ。ラグサラムに入ってからの話だったわよね」

「その通りです。その為にジュナさんを連れてきたんですから」

 ティラミスはコホンとわざとらしく咳払いし、ドヤ顔でジュナに告げる。

「ではジュナさん、よろしくお願いします」

「お願いしますって……」

 丸投げとはこの事である。

 ティラミスの言葉の後、皆の視線が一気にジュナに向けられる。

 このままラグサラムでの事を皆に語るのも悪くないが、だらだらと喋っていると機を逃してしまう。

 ジュナは数秒考えた後、単刀直入に律葉に話しかける。

「ちょっといいか」

「……?」

 声を掛けられた律葉は自分の顔を指差し、首を傾げる。

 憎たらしい仕草である。美人であるだけに余計憎たらしい。

 ジュナは意を決し、問いかける。

「単刀直入に聞くが……お前ってクロトの、その、恋人なのか?」

 ……言ってやった。

 とうとう言ってやった。が、言葉が理解できないのか、律葉は不思議そうな顔をしていた。

 通訳を頼むべくジュナはティラミスに視線を向ける……が、通訳するまでもなくティラミスが答えた。

「はい、クロト様と律葉様は恋人同士ですよ」

 ティラミスの即答にジュナは思わず頭を垂れる。

(マジか……)

 一応確認のために質問したのだが、予想に反して結構なショックだ。

 ジュナの呆気にとられた態度を見て、周囲の女子達は呆れ口調で告げる。

「今頃気づいたんですか?」とモニカ

「雰囲気で察しなさいよ」とリリサ

「やっぱりジュナってお子様ねー」とカレン

 この連続攻撃に、ジュナは思わず問い返す。

「は、え? お前ら全員分かってたのか?」

「もちろんよ。というか何その顔……もしかしてジュナ、クロトの事好きだったの?」

 リリサに図星を突かれ、ジュナは冷静さも忘れて慌てふためく。

「ち、ちげーよ!! あんな野郎好きになるわけねーだろ。頭おかしいんじゃねーの?」

 ジュナは苦し紛れながらも、本来の目的であるクロトについて悪評を流し始める。

「大体あいつはだらしねーんだよ。優柔不断だし鈍感だし、あんな奴のことを好きになる女の気がしれねーな。水浴びも覗いてたって聞いたし、ろくでもない野郎だよあいつは」

 ジュナは言い切り、周りの反応を窺う。

 これを聞けば律葉とかいう女もクロトに幻滅するはずだ。

 ……が、その予想はあっさりと崩れ去る。

「律葉さん、こう言ってます」

 声を発したのはティラミスだった。ティラミスは律葉に耳打ちされながら言葉を紡いでいく。

「……確かに真人は肝心なところで鈍感で気が利かないけれど、そんな欠点を補って余りあるほど優しい男の人……らしいです」

 ティラミスを翻訳機代わりに律葉はさらに続ける。

「彼といるだけで心が休まる。幸せな気分になる。……彼と出会えて本当に良かった、と言っています」

「……」

 律葉の目は真剣だった。

 それは、愛とか、恋とか、そんな言葉で計れるようなものを超越していた。

 彼女はクロトのことを完璧に信頼している。一心同体とかそんな生易しいものではない。

 私とは覚悟が違う。根底からクロトに対する認識が違う。自分か如何にクロトに対して邪な気持ちを抱いていたのか、思い知らされた。

(負けた……)

 完敗だ。

 私が何を言おうと彼女の心は揺るがないし、それはクロトについても同じだろう。

 これではいくらクロトの悪口を言っても意味が無い。それどころか彼女から反感を買ってしまうことになる。

 ……今のところは引いておこう。

 戦いは始まったばかりだ。チャンスはまだある。

 取り敢えずジュナは律葉から不審に思われぬよう、話題を切り替える。

「そっか。こんなに愛されてクロトの野郎も幸せ者だな。……ところで、お前自身の話は聞いてないな。特技とかあるのか?」

「それは私がお答えします」

 ティラミスは律葉から離れ、腕を組んで自慢げに語りだす。

「彼女、近衛律葉様は高度な教育を受けた高レベルな学者さんです。腕っ節は常人ですが、頭の良さならカミラ教団のメンバーをも凌駕するでしょう。そしてクロト様の持つ特殊な力……あの力を発現させたのも彼女です。彼女にとってクロト様は救世主であり、クロト様にとっても彼女は救世主というわけです」

 一気に言い終えるとティラミスは律葉を見てドヤ顔で親指を立てる。

 どう反応すればいいのか迷ったのか、律葉は照れ笑いしていた。

「なるほど、固い絆で結ばれているというわけね」

 リリサは顎に手を当て、ふむふむと頷く。

「まさにその通り、ラブラブですよ」

「まさかあのクロトが彼女持ちだったとはねえ……アイバールの村のあの娘、可哀想に」

「アイバールの娘……?」

 ティラミスの疑問の言葉にリリサは詳しく説明し始める。

「そうアイバール。クロトは記憶喪失中に1年間その村で過ごしてたんだけれど、一緒に住んでたミソラって金髪の女の子と随分と仲が良かったって聞いてるわ」

 初耳である。

 新情報に興味を示したのか、その場にいる女子全員がリリサの言葉に耳を傾ける。

「クロトにとってミソラは大事な存在だったみたいよ。彼女が病に倒れた時も薬を買う金を工面するために身売りをしたり、喧嘩に巻き込まれそうになったところを身を挺して守ってあげたり……もし私がクロトと出会わなかったら、あのままあの娘と結婚してたんじゃないかしら」

「け、結婚!?」

 ティラミスは素っ頓狂な声を上げる。

 他の女子も声を上げないまでも驚いたようで、目を丸くしていた。

 律葉もただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、慌ててティラミスに通訳を頼んでいた。

 ……これは意外な展開だ。早速チャンス到来である。

 記憶喪失だったとは言え、クロトがミソラという娘と1年以上も同棲していた事を知れば、流石の律葉も動揺せざるを得ないだろう。

 恋人が1年も他の女と仲良く暮らしていたとなれば、浮気同然である。

 どんな清い女でもその事実を見過ごすことなどできないはずだ。

 そんなジュナの予想は的中した。

「―――!? ――?」

 律葉は明らかに慌てた素振りでリリサに問い詰める。言葉が通じないことを忘れるほどの衝撃だったようだ。

 律葉はその事実に遅れながら気付き、ティラミスに言葉を告げる。

 ティラミスはその言葉を通訳し、リリサに伝える。

「リリサ様、律葉様がそのミソラという女についてもっと聞きたいそうです」

「そう言われても……金髪の美人だったこと以外は覚えてないわよ。でも1年以上も同じ屋根の下で一緒に暮らしていたんだから、何かあってもおかしくないわよね」

 ティラミスはリリサの言葉をリアルタイムで律葉に伝える。

「~~!?」

 すると、律葉は先程までとは比べ物にならないくらい狼狽え始めた。

 取り乱した律葉を落ち着かせるべくティラミスは彼女の背中を優しく撫でる。

「落ち着いてください律葉様、記憶喪失中の恋愛は浮気に入りませんって……」

 この一連の顛末を見てカレンは一言告げる。

「意外と嫉妬深いのねー、フフ……」

 律葉の慌てふためく様子が可笑しかったのか、カレンはニヤついていた。

「私の見る限りクロトは彼女にゾッコンみたいだし、心配する必要はないと思いんだけどなー」

 カレンの冷やかしめいた言葉にモニカは呆れ口調で告げる。

「はぁ……ラグサラムの話を聞かせるはずが、いつの間にかガールズトークになってますね……」

「いいじゃない。私、色恋沙汰は大好物だし、それに見てて面白いじゃない」

 カレンは再びフフッと笑い、次の標的をリリサに定める。

「律葉の気持ちは十分すぎるほど分かったけれど、リリサの方はどうなの? クロトのこと好きだったりするわけ?」

 急に話を振られたにも関わらず、リリサはごく当たり前のように応じる。

「信頼はしてるわ。最初は頼りなかったけれど、今は命を預けてもいいって思えるくらい信頼してる。クロトの強さは本物よ」

「随分と持ち上げるじゃなーい。やっぱり好きなんだ?」

 しつこく迫るカレンだったが、リリサの口調は変わらない。

「事実を言ったまでよ。それに、クロトは私との“約束”をちゃんと果たしてくれた。結果は残念だったけれど、それだけでも信頼するに値するわ。もしあいつが困ったら間違いなく助けるわ」

 所謂“戦友”というものだろうか。

 ジュナはリリサの言葉を聞いて内心ホッとしていた。もしリリサもクロトの事を好いているとしたらこれ以上厄介な恋敵はいない。

 私と違ってリリサは戦闘能力も容姿も上だ。勝てるイメージが全く沸かない。

 カレンもリリサに恋愛感情が全く無いことを悟ったのか、「あ、そう」と言って、早々に話題を切り上げた。

 カレンは続いてティラミスを見るも、すぐに首を左右に振った。

「ティラミスは聞くまでもないかな……」

「クロト様は私の尊敬するお兄様です」

 力強く宣言するティラミスを「だよねー」と一蹴し、カレンは最後にジュナを標的にする。

「……で、ジュナは? さっきは有耶無耶にされたけど本音ではどう思ってるのー?」

「オレもリリサと同じだ。普通に良い奴だと思ってるぞ。普通にな」

「ふーん」

 カレンは第六感で何かを感じ取ったのか、ジュナの顔を見つめる。

 カレンの目は弓なりになっており、赤みがかった金色の瞳はジュナの心の中を見透かしているようだった。

 その瞳にぞっとしたものを感じ、カレンは勘ぐられないように矢継ぎ早に言葉を続ける。

「ク、クロトは兄貴の命の恩人だし、短い間だけど一緒に旅した仲間だ。フェリクスやヘクスターと比べたら随分いい奴だと思うぞ、オレは」

 短い間を置いて、カレンはさらに責める。

「ふーん……それってつまり、メンバーの中ではクロトが一番好きってことだよね?」

「だから好きとかそういうのじゃねーよ。単純にクロトは良い奴だって言いたいだけだ」

 ジュナの声は若干うわずっていた。

 カレンはその些細な変化すら見逃さない。

「……好きなんでしょ?」

 カレンは頬杖をつき、確信した様子でジュナを見つめる。

「だから……オレは……その……」

 ジュナは何か言い訳を考えようとしたが、クロトのことが好きである事実は変わらず、言葉に詰まってしまう。

 このままだとヤバい。

 とうとう私も終わりか……そう思ったとき、モニカが助け舟を出してくれた。

「いい加減この話は止めませんか。ほら、律葉さんも混乱しちゃってるじゃないですか」

 モニカの隣、律葉は皆の話を必死に理解するべくティラミスの肩をがっしりと掴んで前後にブンブンと振っていた。

「落ち着いてください律葉様、これだとまともに通訳できませんー」

 ティラミスの力なら律葉を止めることは容易いが、立場もあってか、どうすることもできないようだった。

 狼狽える律葉を眺めつつ、リリサは思うところを述べる。

「しかし不便ね。言葉が通じないなんて」

「いえ、私が3日で覚えられたくらいです。律葉様なら一日もあれば覚えられますよ」

「だといいんだけれど」

 うまい方向に話題がそれた。

 ジュナはさらに話題を逸らすべく、ゴイラン支部の地下で見た映像について話だす。

「でもよ、あの動画ってやつで見たけど、未だにあのクロトがあんなデタラメな力を使えるだなんて信じられないよな」

「確かに。旅の途中で何度か力を見てきたけれど、あれだけデタラメな存在だったとは思いもしなかったわ」

 リリサの言葉にモニカは頷く。

「そうですね。特に竜型のディード……もとい、竜型のクロイデルとの戦闘では他の追随を許さない圧倒的な力を発していましたからね」

「報告は聞いてるけど、あのウツボも独りで殺っちゃったんでしょ? 私達狩人が全員で全力で戦っても勝てるかどうか疑問ね」

 そんなカレンの疑問にティラミスは素早く、そして自慢げに応じる。

「失礼ですけど、勝つどころか勝負にもならないと思います。2,000年前のDEED駆除の時も全力を出したことはないらしいですし」

「それほんと? 全く末恐ろしいわねー……」

 ティラミスの言葉を聞いて全員がカレンと同じ事を思っていた。

 ――底が知れない

 もしクロトが敵だったら……と考えるだけで鳥肌が立つ。

 映像でクロトの能力は嫌というほど思い知らされた。もし仮に狩人たちが戦いを挑んだとしても、圧倒的な戦力を前に為す術もなくやられるだろう。

 全員がクロトの力の強大を再認識し、不安からか不意に言葉が途切れる。

 しかし、その中でリリサだけは揺るがなかった。

「……でもクロトはクロトよ。どんな強大な力を持っていたとしても私達の仲間には違いないわ。それに、皆の言う通りクロトは“良い奴”よ。敵になるなんてあり得ないわよ」

 リリサの言葉は皆の心に突き刺さり、先程まで感じていた不安感はすっかりなくなった。

 暗くなりかけた空気も元に戻っていき、明るい雰囲気になっていく。

 ……が、またしてもカレンが水を差した。

「そうだといいんだけどねー」

 それは悪意のこもった言葉だった。

「……やけに突っかかるわね、カレン」

 リリサもいい加減カレンの茶々に苛ついたのか、キッと睨みつける。

 そんな鋭い視線を無視し、カレンは長々と喋りだす。

「本来なら私達は“クロイデル”って怪物に皆殺しにされるはずだった。でも、スヴェン・アッドネスがクロトと懇意になったお陰で生き伸びることができた。それどころか太古の技術を手に入れ、今より高度で豊かな生活を送れるかもしれない」

 カレンは一呼吸置いてトーンを落とす。

「……でも、“かもしれない”ってだけで“確実”じゃないわ」

 急に深刻な口調になったカレンに、モニカは問いかける。

「……何が言いたいんです?」

「今回、鍵になるのはどう考えても“クロト”よ。だからしっかりとこちら側に引き込んでおかないと駄目ってわけ」

「具体的には?」

「そりゃあ、これしかないでしょー」

 カレンはそう言ったかと思うと、おもむろに自分の胸を両手で持ち上げ上下に弾ませた。

 その意味を理解できない者はいなかった。

 そして、理解したと同時に全員が驚愕の表情を浮かべた。

「!!」

 呆気にとられているメンバーを無視してカレンは詳細を述べていく。

「クロトは化け物じみた力を持ってても所詮は男。美人の魅力には敵わないわ」

 カレンは薄い桃色の髪をゆっくりとかき揚げ、艶めかしいうなじを露わにする。

「人類の未来の為にもしっかりとクロトに気に入られなさいよ。問答無用で押し倒してもいいくらいだわ」

 あっけらかんというカレンに対し、女子たちの反応は様々だった。

 リリサは「馬鹿馬鹿しい……」と言ってその場を立ち去り

 モニカは「そんなこと……でも、人類が生き残るためには……」と困惑の表情で俯き

 ティラミスは怒りを露わにしてカレンの目前に立った。

「クロト様は律葉様の恋人です。そんなことは私が許しま……むぐぐ……」

 カレンは文句を言うティラミスを後ろから羽交い締めにし、強引に黙らせる。

「お子様はちょっと黙っててねー」

 ティラミスは最初は抵抗していたが、完全に技がキマって抜けられず、数秒としないうちにカクリと頭を垂れた。

 カレンはティラミスを律葉に押し付けると、ジュナの隣に腰掛けてごにょごにょと耳打ちし始めた。

「ジュナ、あんたクロトのことそれなりに気に入ってるんでしょ? くだらないプライドなんて捨ててアピールしなさいよ」

 ジュナも小声でカレンに返す。

「でも、クロトには律葉っていう恋人が……」

「恋人が居ようが居まいが関係ないでしょー。積極的に出て悪く思わない男なんていないわよ」

「……」

 これは好機である。しかもカレン会長のお墨付きだ。

 しかし“色仕掛け”といういやらしいワードが頭から離れず、ジュナは素直になれなかった。

「……そこまで言うなら自分でやれよ」

 ジュナはカレンを槍玉に挙げる。が、カレンは即座に首を横に振った。

「私は無理よ。クロトとはついこの間出会ったばかりだし。色仕掛けをするならメンバーの中から選ぶのが当然の判断だと思うんだけど?」

 正論である。

 が、ジュナは引き下がらず別のメンバーに矛先を向ける。

「それならリリサにやらせればいいじゃないか」

「リリサは無理そうかなー」

「そうか? オレが言うのも何だが、リリサはかなりの美人だろ」

「確かに美人には違いないけど、色香が足りないっていうか、戦士の匂いプンプンさせ過ぎなのよねー。それに本人も乗り気じゃないみたいだし」

 カレンの言葉を聞き、ジュナはちらりとリリサを見る。

 リリサは既にこの場から離れており、船側から不機嫌な顔を海に向けていた。

 カレンはモニカについても言及する。

「モニカも一応可愛いけれど、積極的に誘惑できるとは思えないのよねー」

 それは同感である。

 むしろモニカは押される側の人間だ。体も平坦……というか痩せ気味だし、クロトの好みを知ってるわけじゃないが、欲情するとは思えない。

 カレンは視線をモニカから外し、再び耳元で囁く。

「その点ジュナは見込みあるわよ。若いしツヤツヤだし。何よりあんた本人がクロトのことを気に入っているもの。……人類のためにもジュナには頑張ってもらわないとねー」

「頑張れって……いくら会長でも言って良いことと悪いことが……」

「あら? もしかして自信がないの? だったらモニカに頼むしかないけど。いいのかなー?」

 カレンは明らかにこちらを挑発してきた。

 ここまで言われて辞退するのは格好悪い。……というより女として情けない。

(やってやろうじゃねーか……)

 ジュナはカレンの口車に載せられることにした。

「……オレも狩人だ。そこまで言うなら覚悟決めてやるよ」

「お、さっすがー」

 カレンはジュナの決断が嬉しかったのか、ジュナの背中をぱんぱんと叩く。

 その音に反応してか、今の今まで思考停止状態だったモニカが話しかけてきた。

「あれ、二人で何を話してるんです?」

「何でもない。向こうについてからの段取りを確認してただけよ」

「そうでしたか」

 モニカはジュナがハニートラップを強要された事も知らず、カレンの嘘を簡単に信じた。

「それじゃジュナ、気負わずに頑張りなさいねー。応援してるわよ、フフ」

 カレンはそう言うとすっと立ち上がり、未だ気絶中のティラミスを介抱するべく律葉が座っている場所へ歩いていった。

「あのクソ女め……」

 まんまとしてやられたが、あのカレン会長が私を指名したということは、他人から見て私とクロトはお似合いに見えるということなのだろうか。

(さて、どうしたもんか……)

 複雑な状況になったなあと思うジュナだったが、逆に周知の事実となるのだから不審がられる事なく堂々とクロトにアタックできる。と、前向きに考えるジュナだった。

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