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天球のカラビナ  作者: イツロウ
07-覚醒者の選択-
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 過去の出来事を話し始めてから1時間。

 最初はクロトの説明に納得できない様子だったメンバー達だったが、今は全面的にクロトの言葉を信じていた。

 何故なら全てが理論的であり、確たる証拠も残っていたからだ。

 その証拠というのは……簡単に言うと“映像”だった。

 クロトが軌道エレベーターから持ってきた携帯端末……その端末は軌道エレベーターのサーバーとリンクしており、DEEDに襲撃を受けている都市の様子がプロジェクター機能で地下の暗い壁一面に映し出されていたのだ。

 映像内では巨大な黒い球体に為す術もなく破壊されていく戦闘航空機や、蹂躙されていくビル群。そして、混乱の中逃げ惑う人々の姿がしっかりと且つ鮮明に記録されていた。

 中世レベルの知識しか持っていない彼らにとって、この映像は衝撃的だったに違いない。

 そして、巨大な黒い球体が圧倒的な戦力でもって文明の結晶を破壊していく様に恐怖を覚えたことだろう。

 この姿を見た後ではあれだけ苦戦していた竜型ディードも可愛く思える。

 映像を流しつつ、クロトは説明を続ける。

「このように、二千年前の人類は地球外生命体……通称DEEDと呼ばれる者の侵略を受けて甚大な被害を受けたんだ。世界中のありとあらゆる都市が侵略され、多くの人間が……推計100億の人が命を落としたんだ」

「100億か……今では考えられない人口だな。本当にそんなにいたのか?」

 クロトはエヴァーハルトの問いに律儀に応じる。

「核融合発電が実用されるようになってからエネルギー問題は解決した。次は水を巡って戦争が起きたんだけれど、それも濾過システムの開発で事なきを得たんだ。その後もアルゴリズム解析を用いた流通システムの効率化やインフラ整備の速やかな普及で人類はどんどんその数を増やしていき、宇宙開発も盛んに行われるようになったんだよ」

「全く想像もつかない話だな」

「ですね。雲を掴む用な話です……」

 エヴァーハルトとモニカは難しそうに呟く。

 他のメンバーは全く話についていけておらず、考えることを放棄していた。

 クロトは映像を指差しつつ話を戻す。

「この巨大な黒い物体……DEEDを倒すべく、人類はとうとう核ミサイルの使用を決定したんだ」

「かく……?」

 首を傾げるジュナを見て、クロトは核ミサイルについて噛み砕いて説明する。

「とにかく、とても威力の高い爆弾だと思ってくれていい。町一つ簡単に吹き飛ばせるほどのね」

「具体的にはー?」

 カレンの間延びした問いに、クロトは簡単に計算してみる。

「そうだね……セントレアの10倍……いや、100倍広い範囲を粉微塵にできるくらいかな」

「うわー……すごいわね、それ……」

 流石のカレンも驚いている様子だった。

 その程度の威力の攻撃なら今のクロトでも簡単に発揮できるのだが……言ってもみんなを不安がらせるだけだと思い、クロトは自重した。

 クロトは話を区切る意味合いを込めて咳払いし、DEEDについて話を戻す。

「……でも、その核を大量に投入したにも関わらず、彼らには全く通用しなかった。地面を抉り、地形を変えるほどの威力をもってしても彼らを排除することができなかったんだ」

 映像が切り替わり、無数の核ミサイルが巨大な黒い球体に命中し、光と爆風を放つ様子が映し出される。

 無数のミサイルがDEEDに命中するも、DEEDはピンピンしており、逆に長い触手を伸ばして周囲の戦艦や爆撃機を一掃していた。

「……」

 この暴力の権化のような圧倒的な戦力を見て、メンバーたちは声も出ない様子だった。

 ……今思い出すだけでも忌々しい。

 律葉も過去を思い出してか、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていた。

 ……この核攻撃のせいで陸地もボロボロになってしまった。

 日本も北海道が消滅したり、露国には大穴が空いたり、南米もアマゾン地域がぐちゃぐちゃになったり、ハワイ諸島も完全に消滅してしまった。

 核は毒を撒き散らす兵器だ。

 DEEDを駆逐するはずが、人類はほぼすべての大陸を人の住めない汚染された土地へ変貌させてしまったのだ。

 苦い思い出だ。大失敗とも言える作戦だ。

 だが、あの時の人類は核攻撃を行う以外に道はなかった。そうでなければDEEDに各大陸を蹂躙され、人類は死滅していたのだ。

 そんな事を思い出しつつ、クロトは話を再開する。

「人類は選択を余儀なくされたんだ。……戦うか、逃げるかをね」

 クロトのこの言葉にフェリクスは即座に返す。

「選択も何も、生き残ってるってことは……戦ったんだろ?」

「そうだね。でも人類も一枚岩じゃない。……多くの国家や共同体が逃げることを選択したんだ。さっきも言ったけれど、当時は宇宙開発が盛んに行われてて、テラフォーミング技術も高い水準に達していた。だから地球外への脱出を試みたんだよ」

「宇宙か……今の我々の科学水準からはどんな技術が用いられているのか、想像もできないな」

「ですね……」

 エヴァーハルトとモニカは再び悩ましい表情を浮かべる。

 例によって他のメンバーは思考を放棄していた。

 が、カレンは素朴な疑問をクロトに投げかけた。

「で、脱出した連中はどうなったのー?」

 先程まで律葉の命を狙っていたカレンだったが、今は大人しく話を聞いていた。

 一応猟友会の会長として、話を聞いておかねばならないと判断したのだろう。

 クロトはカレンの問いに憶測で応じる。

「聞いた話だとかなりの人数がシャトルに乗って地球を離れて行ったはずだけど……それ以降のことは何も聞いてないね。火星のテラフォーミングに成功していれば連絡があっても不思議じゃないけれど、今のところその徴候もないね。テラフォーミングには成功したが、この二千年で死に絶えたか、何らかの事故で死に絶えたか、そもそもテラフォーミングを上手く行えなかったか……地上からでは確認しようがない状況だよ」

「ふーん……」

 クロトの話が理解し難かったのか、カレンは自分で質問したにも関わらず返事は適当だった。

 クロトは宇宙に関する話をさっさと切り上げ、次の話に移行する。

「地上に残された人類はDEEDと戦うことを選んだんだ。当初は劣勢に続く劣勢だったけれど、様々な兵器や武器が開発されていったんだ。……そんな中、DEEDに対してとても有効な兵器、そして技術が生み出された……」

 言葉を引き継ぐように、リリサはクロトを指差し、告げる。

「……それがクロトやあの黒衣の男、そして機械の巨人ってわけね」

 先に言われてしまったが、クロトは気にすることなく“兵器”について説明することにし、映像を切り替えてゲイルの姿を映し出した。

 全員が映像に釘付けになる中、クロトはゲイルについて細かく説明し始める。

「この機械の巨人……ゲイルは当時の最先端技術を用いて生み出された人型戦闘兵器なんだ。彼は量子コンピュータにより重力制御を行うことができ、それにより飛行能力や高い出力を実現し、武器にもその技術を転用できた。そんな彼らはDEEDに対してとても有効的な兵器だったんだ。当時はたくさんいたらしいんだけれど、今となってはゲイルしか残っていない。でも、人間の安全圏を築きあげるのに大いに役立ってくれた」

「……」

 専門用語が出たせいか、皆ぽかんとしていた。

 クロトは咳払いし、先程の説明を簡単にまとめる。

「とにかく、この巨人は金属を鎧を身に纏ったとても強い兵器だってことだ」

 モニカは映像を眺めつつ、ぽつりと呟く。

「人間がこれを造り上げたんですか……我々にもできる日が来るのでしょうか」

「5万人が地上に降りれば間違いなく技術革新が起きる。モニカは頭がいいから今後そういうプロジェクトに関わることもあるかもしれないね」

「そうですか……」

 ゲイルが人の手で作られたことを知り、モニカは何やら興奮気味だった。

 やはり、こんな状況下であっても研究者という性には逆らえないようだ。

 ……これ以上ゲイルに関して説明しても仕方がない。

 そう判断したクロトは画像を切り替えて次に移ることにした。

 映し出されたのは黒衣を身に纏った赤髪の男……隼だった。

 クロトは「次に移るよ」と前置きをし、隼について説明する。

「赤髪の彼は米国の脳科学者によって人体を改造された、所謂改造人間だね。……これは彼から実際に聞いた話だけれど、米国は超能力の解明に成功し、それを効率的に、かつ最大限の力を発揮するべく、ネクタルという物質を大勢の被験者に注入したらしい」

 説明中、解説を求める声が飛び交う。

「超能力って……あの超能力?」

「米国……ってカミラ教団みたいなもの?」

 話の腰を折りたくなかったクロトだったが、ここに来てティラミスが助け舟を出してくれた。

「超能力というのは手を触れずに物を動かしたり、言葉を発しなくても考えを読み取れたりする、超常的な能力のことです。で、米国というのは国の名前です。当時は世界で最も高い軍事力を有していました」

 ティラミスの説明に、ジュナもモニカも納得した様子だった。

 あとで褒めておこう。

 ティラミスに心の中で礼を言いつつ、クロトは話を再開する。

「話を続けるけど……この改造施術はリスクが高く、実用化にこぎ着けたのはたったの7例だけだったんだ。でも、その7人だけでも一騎当千の如く力を発揮し、特に彼、隼はDEEDの大群を一瞬で高熱でドロドロに解かせてしまう程の力を有していたんだ。はじめは順調にDEEDを屠っていた彼らだったんだけれど、結局DEEDの猛攻に耐え切れず、彼以外は命を落としてしまったらしい」

 隼から聞けたのはこの程度の話だった。

 過去に一度、他のメンバーについて話を聞いたことがあったが、隼は話すことを頑なに拒んだ。

 つらい過去は話したくないものだ。よほど悲惨な死を迎えたのだろう。

 それを看取った隼の心中はどうだったのか……僕にテレパスが使えれば隼の心中も分かるのだろうが、あいにく僕には超能力は備わっていない。

 まあ、隼が話したくないのだから、無理に聞き出すこともないだろう。

 当時の僕もそう思い、深く追求することを止めたのだ。

「クロト……?」

「ん? ああ、ごめんごめん」

 隼の事を考えている間、ぼんやりしていたらしい。

 クロトは気を取り直して映像を切り替える。

 そこにはブルネットのロングヘアーに淡い青の瞳、色白の肌に薄紅色の唇をもつ女性の姿が映っていた。

 服装はかなり軽装で、黒のチューブトップにスパッツという、なかなか扇情的な格好をしていた。が、腰にはホルスターが巻かれており、中には黒い拳銃が収められていた。

 フェリクスは彼女の姿が映るやいなや表情が明るくなる。

 確かに彼女は美人だし、言葉では言い表せないような色気を身に纏っている。

 が、仮にも敵対している人物に心奪われるとは……男としては仕方がないが、狩人としては失格なような気がした。

 クロトは満を持してトキソについて説明する。

「この長髪の彼女……トキソも赤髪の彼と同じく改造された人間だよ。体内であらゆる化学物質を合成し、毒を自由に散布することができる歩く化学兵器といったところだね」

 簡単な説明だった。というか彼女に関してはこれ以上のことは知らない。

 何故なら彼女はついこの間合流してきたばかりの、いわば新人だからだ。

 だが、彼女の戦闘能力についてはクロト達は嫌というほど身をもって経験していた。

 クロトはラグサラムでの件についてメンバーに告げる。

「実は彼女、あのラグサラムの遺跡を守っていたんだ。でも僕らにあの場所を破壊されて軌道エレベーターに来たというわけ。……あの毒が全て彼女から発せられていた物だと言えば彼女の凄さがわかるんじゃないかな」

「確かに、よくよく見てみるとあの時のヒトガタに見えなくもないわね……」

「あの時は必死でしたから……男か女かすら私にはわかりませんでしたよ」

 リリサとモニカは映像を……トキソの顔をまじまじと見つめていた。

 確か、あの施設でリリサとモニカとダンシオさんはトキソと一戦交えている。

 結果、リリサとモニカは撤退、ダンシオさんもトキソに片腕を持って行かれたわけだが……彼女が本気を出していれば一瞬で3人共ドロドロに溶かされていたに違いない。

 むしろ腕一本で済んでよかったのかもしれない。

 ……そんなことを言うとジュナが絶対に怒るので、クロトはその考えを心の中に留めておくことにした。

 これ以上ジュナに兄の仇を見せるのも何だと思い、クロトは早々に映像を切り替える。

 そこには自分の姿が……球型のDEEDに対してジャベリンを投擲するククロギ・マナトの記録映像が映し出されていた。

「最後は僕だ」

 映像の中の自分は黒い粒子で構成された長槍を投擲し、一撃でDEEDを爆散させていた。

 そんな映像を横目に、クロトは自身について語りだす。

「僕は……DEEDの遺伝子を自身の遺伝子に内包させた、いわば人造DEED。成功例は僕一人だけ。そのために300人近い被験者の方々が命を落としたんだ」

 暗い表情で語っていると、気持ちを察してくれたのか、ティラミスがこちらの隣まで移動し、ぴたりと寄り添った。

 その状態でティラミスはクロトを見上げ、言う。

「クロト様、ここからは私に説明させて下さい」

「……わかった」

 僕自身のことを紹介するのは何だか気恥ずかしいし、ティラミスが説明してくれれば僕も客観的に自分のことを見られるような気がする。

 ティラミスは「では失礼して……」と告げると淡々と僕の能力について述べていく。

「クロト様の力はそれはもう絶大でした。自分の何千倍もの質量を持つ敵を地平の彼方まで殴り飛ばせる力を持ち、体の9割以上を失っても瞬時に再生する驚異的な回復力を持ち、不眠不休で1000年以上戦闘を継続させられるだけの体力と強靭な精神力を持ち合わせていました」

 随分と詳細な情報だ。……多分、玲奈か律葉あたりから聞いたのだろう。

 ティラミスの過剰な持ち上げっぷりに早速ジュナが突っ込みを入れる。

「流石にそれは盛りすぎだろティラミス。不眠不休で1000年って……人間じゃねーだろ」

「その通り、クロト様は人間を超越してるんです」

「……」

 ティラミスの正論に反論できなかったのか、ジュナは無言のまま文句を止めた。

 自己紹介が終わったところでクロトは本題に入ることにした。

「地上に残された僕達人類は決意したんだ……コールドスリープの限界時間である二千年後までに、地球上のDEEDを一匹残らず駆除すると。残された5万人の人類が安心して暮らせる土地を作ると……」

「……ん、ちょっと待て」

 ここでまたしてもジュナが反応を示した。

「じゃあオレ達は何なんだ?」

 ジュナは考えをまとめるためか、サイドテールを指先で弄りながら話を続ける。

「DEEDに住処を奪われてカラビナに避難した人類は冷凍睡眠に付いた。……でも現にオレたち人類はここにいる。辻褄が合わなくねーか? わけがわからないんだが……」

 どうやら真実を……彼らにとって辛い事実を話す時が来たようだ。

 クロトが彼らがDEEDの子孫であると告げようとしたその時、唐突にエヴァーハルトが口を開いた。

「それについては私から説明させてはくれまいか」

 エヴァーハルトは真剣な眼差しでクロトを見ていた。

「……そうか、あなたはスヴェンから全てを聞いていたんだったね」

「うむ」

 エヴァーハルトは全ての事情を知っている。

 ならば、僕の口から真実を告げるよりもカミラ教団の一員である彼から説明を受けたほうが、メンバーのみんなも納得しやすいかもしれない。

「どうしたのー? どっちでもいいから早く教えてくれないー?」

 ジュナに加えてカレンも答えを求め始めた。

 そんな二人に対し、エヴァーハルトは単刀直入に告げた。

「――我々がDEEDなのだ」

「……はい?」

 エヴァーハルトの言葉に事情を知らぬメンバーは目を点にしていた。

 そんなことも構わずエヴァーハルトは詳しく説明し始める。

「現在地上で生活を営んでいる3000万人……その全員がかつて“人類”を滅亡寸前にまで追いやった侵略者そのものなのだよ」

 この説明にはフェリクスも、そしてヘクスターも動揺していた。

「待て……待てよ、マジで意味不明なんだが」

「俺達がDEED? DEEDっていうのはクロトが見せてくれた黒くて丸い怪物のことだろう?」

 困惑するメンバーたちにエヴァーハルトはとどめの一撃をさした。

「もっと簡単に言ってやろう。我々は人の形をしたDEED。……人類を殺戮した後、人の形を真似て生み出された生命体なのだよ」

 ここまで説明して理解できないほど頭の弱い者はメンバー内にいない。

 しかもその事実がカミラ教団の部長クラスからの発言となれば、疑いようもなかった。

「オレ達がDEED……嘘だろ……」

「いや、そんなことより……じゃあ、いま俺たちを襲っているあのディードは何なんだ?」

 フェリクスの当然の疑問に答えたのはクロトだった。

「名前こそ似ているけれど、あれは正確にはディードじゃない」

 クロトは再度映像を切り替える。

 そこには洋上に浮かぶプラント……クロイデルプラントが映し出されていた。

「自律増殖型殲滅兵器……『クロイデル』だ。これはDEEDを倒すために天才科学者によって設計されたもので、自身で最適な形を造り、敵を殲滅する兵器だよ。ターゲットはもちろんDEED因子を持つ個体。……つまりは君達なんだ」

 よくよく考えてみると玲奈も面倒な兵器を造り上げてしまったものだ。

 味方にするとこの上なく頼もしいが、敵に回すと厄介だ。特にあの圧倒的な物量……狩人の力を総動員させても全てを排除するのは不可能だ。

 まあ、自分の力なら簡単にプラントを壊せるのだが……それをやってしまうと玲奈に怒られてしまう。というか、人類5万人への裏切り行為になってしまう。

 そんなことを考えていると、リリサが顎に手を当てて呟いた。

「なるほど、だからさっき“ディードを地上から消し去る事もできる”って言ってたのね……」

「まあ、そういうこと」

 クロイデルという完成されたシステムを人類がそう簡単に破棄するとは思えない。が、攻撃対象の設定変更など、プログラムを書き換えればDEEDにとって無害な存在になることは間違いない。

 リリサは続けて素朴な疑問を告げる。

「それにしても、どうして“ディード”って名前がつけられたのかしら。偶然にしては出来すぎじゃない?」

「確かに、DEEDとディード……偶然ってレベルでは片付けられないね」

 どうしてだろうか。律葉になら分かるだろうか。

 しかし、悩む間もなくエヴァーハルトが即座に答えを告げた。

「それについては簡単な話だ。大方、過去の文献を読んだカミラ教団の研究員が付けたのだろう。全身黒くて人類を襲う怪物……共通点がありすぎるからな」

「なるほど……」

 妙に納得できる説明だ。

「ねえ、クロイデルについてもっと教えてくれない?」

 話に割って入ってきたのはカレンだった。

 猟友会の会長としてクロイデルについての情報はできるだけ知っておきたいのだろう。

 クロトは望みどおり詳しく説明することにした。

「クロイデルは開発された当初はDEEDを倒すために働いていたんだけれど、君達がヒトの姿を模すようになってからは生活圏を制限するために戦闘レベルを最弱に設定し、活動区域も限定化させていたんだよ。動物の形状を取ったのも君達に違和感を感じさせないためだと思う」

 もしクロイデルがアクティブモードのままなら、DEEDは文明を築く間もなく滅びていただろう。

 クロトから説明を受けたカレンは情報を処理しきれなかったのか、フラフラと額を押さえる。

「私達が侵略者の子孫で、おまけにディードは人類の殲滅兵器……もう、頭がこんがらがってきたわ……。この話、冗談抜きで真実なのよね?」

 エヴァーハルトはカレンに近寄り、体を支えつつ応える。

「ああ、これは事実だ。各地に散らばった高度文明の残滓、そして先程から君達が見ている映像記録が何よりの証拠だ」

 特に映像は彼らの先入観を打ち砕くのに大いに役立った。

 テレビもない時代に動画を見せられたのだ。高度な文明を目の当たりにして、それを信じない人間はそうそういない。

 メンバー全員が事実を受け入れたようで、みんな沈んだ雰囲気を醸し出していた。

 ショックなのは理解できる。が、これが事実なのだ。

 フェリクスはまだ疑問があったようで、クロトに問いかける。

「……俺達がDEEDだってことは分かった。でも、どうして本物の人類は侵略者の子孫である俺達を全滅させなかったんだ? さっきの話でも戦闘レベルを最弱に設定したとか言ってたが……見たところ、黒くて丸い怪物より俺達のほうがずっと弱いだろうに」

「それは……」

 と言ってクロトは返答に困ってしまう。

 何故なら、彼らを生かしておいたのは人類のための生活基盤を作らせるためだったからだ。

 そんな人をモノ扱いするような事実を簡単に言い出せるわけもなく、クロトはしばらく語尾を伸ばしたまま悩んでしまう。

 が、エヴァーハルトがまたしても答えを告げてしまった。

「それは簡単だ。君達を労働力として使うためだ」

「労働力?」

「そうだ。5万人の人類が目覚めたとして、彼らだけで文明を築き直すには大量の時間と労力を必要とする。……だが、われわれDEEDを労働力として使えば効率的に復興ができるというわけだ」

 エヴァーハルトの言葉を聞き、フェリクスはクロトに声を上げた。

「おいクロト、まさか人類は俺達を奴隷にするために生かしてたってのか!?」

「落ち着いて」

 迫りくるフェリクスをかわしつつ、クロトは冷静に告げる。

「まだ奴隷にすると決まったわけじゃない。地球に住む者同士、友として共存していけないか、それを模索するために僕はカラビナから戻ってきたんだ」

「共存……」

 フェリクスの動きが止まり、同時にエヴァーハルトが補足する。

「うむ。条件次第ではかつての高度文明の恩恵を受けられるどころか、ディード……いや、クロイデルから攻撃されることもなくなる。平和で安定した生活を送ることができるようになるかもしれないのだ」

「エヴァーハルトさんの言うとおりです。僕は5万人の人類と3000万人の新人類との架け渡し役としてここにいるんだよ」

 だが、二人の説得も虚しく、フェリクスは嫌疑の眼でクロトを見ていた。

「そんなの信用できるかよ。奴隷にされてこき使われるくらいなら最後の最後まで抗ってやるぞ」

 やはり説得するのは難しいのだろうか。

 どうすれば効率的に分かってもらえるのだろうか。

 一人で方法を模索していると、不意に隣からリリサが現れ、そのままフェリクスの正面に立った。

「……父の案なの」

 リリサはその言葉を皮切りに、スヴェンと僕が交わした約束について語りだした。

「本来なら人類は問答無用で私達DEEDを皆殺しにするはずだった。でも父がクロトにこの案を提示して、私たちは交渉の余地を手に入れることができたの」

「そう、なのか……」

 今こうして生きていられるのもスヴェンの提案があったからこそだ。

 もしスヴェンが僕と出会っていなかったらとうの昔にDEEDは全滅させられていた。

 その事実を受け入れたのか、フェリクスは勢いをすぐに失った。

 リリサには感謝だ。

 話がまとまったところでエヴァーハルトはネクタイを締め直し、今後について話す。

「……まずは交渉の場に立つことが先決だ。とにかく私はこれらの事実をカミラ教団のメンバーに伝える。クロト君も我々が交渉に応じることを彼らに伝えてはくれまいか」

 クロトは勝手に話をすすめるエヴァーハルトを呼び止める。

「待って下さい。あなた一人で教団を説得できるんです?」

 この問いかけに対し、エヴァーハルトは胸をドンと叩き、自信満々に告げる。

「無論だ。スヴェンが命がけで作ってくれたこのチャンス、ムダにするつもりはない」

「……信じます」

 もし教団の説得に手間取っても僕が手伝えば問題ない。まだ期限まで1週間ある。

 ここでエヴァーハルトと出会えたことはかなりラッキーだった。彼を通せばカミラ教団の上層部とも簡単にコンタクトを取れるはずだ。

「それじゃあ律葉、僕たちは軌道エレベーターに戻ろうか」

 クロトもブレインメンバーに報告するべく、律葉と共に軌道エレベーターに帰ろうとする。

 しかし、ここで律葉の悪い癖が出た。

 律葉は目を輝かせながら、興奮気味に語る。

「折角外に出られたのよ? カミラ教団にも興味があるし、そのセントレアって街も見てみたいわ」

「わがまま言わないでくれ……危ないだろう」

「むしろ私がみんなに付いていったほうがいいんじゃない?」

「……どういう意味だい?」

 律葉は人差し指を立て、得意気に言う。

「クロイデルはDEED因子に反応する……だったら人間の私がいれば道中絶対に襲われないわ」

「それも一理あるね。でも……」

 それは認められない。と言う前に律葉はこちらに飛びついてきた。

「お願い真人、私、この人たちのこともっと知りたいし、仲良くなりたいの」

 何が律葉をここまで駆り立てるのだろうか……

 研究者なのでDEEDが築き上げた文明に興味があるのは理解できるが、命をかけてまで調べる価値があるものでもないと思う。

 だが、律葉の頑固さは自分がよく分かっている。

 ここまでの同行を認めた時点で僕の負けは決まっていたのだ。

 クロトはため息を付き、律葉の要望に応じることにした。

「わかったよ……それじゃあティラミス、律葉の事を頼めるかい?」

 クロトの命を受け、ティラミスは背筋をピンと伸ばす。

「任せて下さい。カレンさんには不覚を取りましたが、今後は絶対に大丈夫ですので」

「信じてるよ」

 そう言いつつも、クロトは心の中で報告したらすぐに合流しようと考えていた。

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