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天球のカラビナ  作者: イツロウ
07-覚醒者の選択-
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083


 083


 審問会を終え、翌朝の昼。

 クロトは静止軌道ステーションから降り、海上のアース・ポートの広場にいた。

 まだ記憶を取り戻してから1日と経っていない……が、いきなり取り戻したこともあってか、クロトは2000年以上の時の経過を実感していた。

 ここから見えるのは海だけだ。

 つい数時間前まで道中で幾度となく見てきた景色だが、全てを思い出したクロトにとってこの海は全く別の物に思えた。

 昔の自分……いや、記憶喪失中の自分ならば海棲ディードという魑魅魍魎が蠢く恐ろしい場所に思えたが、今の自分にとっては単なる海だ。

 ディード……クロイデルが海中にいることに変わりはないが、もはや恐るるに足る相手ではない。

 比喩表現でもなんでもなく、指先一つで破壊できる雑魚の群れにすぎない。

 今まであんなのを怖がっていた自分が愚かしく思えるほどだ。

 世界が違って見えるとはこのことを言うのだろうか。

 そんな事を考えつつ黄昏れていると、不意に上空に気配を感じた。

「……出かけるのか」

 上空から合成音声で声を掛けてきたのは機械の巨人、ゲイルだった。

 ゲイルは音もなく空から降りてくると広場に着地し、クロトの正面に立つ。

 クロトはその巨体を見上げ、応じる。

「ああ、取り敢えずDEEDとの対話の場をセッティングするために色々と先方にも説明しないといけないからね」

「審問会のことは知っている。ブレインメンバーが決定した以上、私がお前を止める道理はない。だが……」

 言葉の途中でゲイルは巨大な鞘から巨大な日本刀を抜き、その切っ先をクロトの顔面に向け、続ける。

「もしまた人類を裏切るような真似をすれば再び斬る。今度こそ確実にな」

「……はいはい、わかってるよ」

 クロトは返答しつつ、刀の切っ先を手で軽く弾く。

 巨大な刀はその重量を感じさせないほど簡単に押し返され、刀を握っていたゲイルのアームも大きく後方に動いた。

 それはクロトとゲイルの実力差を如実に現しており、それを感じ取ってか、ゲイルはあっさりと刀を収めた。

(それにしても二人とも遅いなあ……)

 これからクロトはゴイランに向かうつもりでいた。

 今は律葉とティラミスが上から降りてくるのを待っているのだが、中々一行に降りてこない。

 女の身支度は時間がかかると言うが……先に降りてからかれこれ1時間は経つ。

 まあ、律葉にとっては新天地に向かうに等しいわけだし、しっかりと準備しておいて損はない。

 かく言うクロトもそれなりに身を整えていた。

 服装は猟友会の戦闘服は取り上げられてしまったので、取り敢えず七分袖の黒いシャツに同じく黒のジーンズを履いている。

 全身真っ黒なコーデだが、その中で唯一ベルトのバックルだけが太陽光を受けて鈍い光を放っていた。

 狩人にあるまじきラフな格好だが、今の自分には“力”がある。もはや戦闘において身に着るものなど関係ないのだ。

 武器も同じである。

 今の自分は黒の粒子で自由自在に武器を作ることができる。それこそ素手でも十分なくらいだ。

 髪も整えておいたほうが良かったかな、と、前髪を弄っていると、ゲイルが再び話しかけてきた。

「DEEDとの交渉か……。本当にお前は酔狂な事を考える。戦力差は歴然、3000万を労働力として使うなら力で支配すればいいだけの話だというのに……全くもって私には理解できない。……うまくいくとは思えないが頑張るといい」

 反対しているのだか応援しているのだか分からないセリフを聞きつつ、クロトはその内容についてではなくゲイルの対応について文句を言う。

「ねえゲイル、一応立場的には同等なんだしその上から目線の物言いは止めてくれないか」

「止めるつもりはない」

「そうかい……」

 即答である。全く、機械のくせに人間の命令を聞かないとは……やはりどこかイカれてるんじゃないだろうか。もし壊れているならさっさと修理してほしいものだ。

(あ……)

 “修理”という言葉をきっかけに、クロトはゲイルに話題を振る。

「ねえゲイル、玲奈にメンテナンスしてもらったって聞いたけど、不具合は無かったかい?」

「問題ない。むしろ不具合があるのはお前の方だろう。……二度言うが、人類に仇をなすような事があれば迷うことなくお前を斬る。くれぐれも注意して行動することだ」

「おっかないロボットだなあ……」

 これも人類への忠誠心からくる発言だと思うと心強いが、2回も脅されたこちらとしてはあまり気分の良いものではない。

 そんなこんなでゲイルと話していると、軌道エレベーターのレール上にエレベーターユニットの姿を確認できた。

(ようやく来たみたいだね……)

 クロトはポケットから携帯端末を取り出し、時刻を確認する。

 画面には14:20と表示されていた。僕が到着したのが13時丁度だったので、1時間と20分も広場で日向ぼっこをしていたことになる。

 まあ、待つのには慣れている。2000年以上の時を過ごしてきた自分にとってこの程度の時間は誤差の範囲内だ。

 やがてエレベーターは地表に到着し、中から律葉とティラミスが出てきた。

 律葉はすぐに広場にいるクロトを見つけたのか、大きく手を振る。

 ティラミスも律葉の真似をして両腕をブンブンと振っていた。

 随分と準備に時間が掛かったというのに、律葉の格好は相変わらずだった。

 長袖のポロシャツに黒のスラックス、そしてその上に白衣を纏っているだけだ。てっきり防弾チョッキやヘルメットでも着込んでくるかと思っていたが……見当外れだったらしい。

 そんな律葉とは打って変わり、ティラミスは白のパーカーに同じく白のフリルスカート、そしてスカートの下にも同じく白のニーソックスを履いていた。

 一体どこで調達したのやら……

 もしかしてティラミスの服を選ぶために時間がかかったのではなかろうか。

 クロトが邪推をしている間に二人は広場へと移動し、ある程度まで近づくと挨拶してきた。

「おまたせ真人」

「お待たせしましたクロト様」

 二人は挨拶するも、その視線はクロトではなくゲイルに向けられていた。

「ゲイルと何かあったの?」

「いや別に、ちょっと雑談してただけだよ」

 斬り殺すなんて事を言われて脅されたわけだが、ここで言っても心配させるだけだし、特に伝えることもないだろう。

 それよりも今はゴイランに向かうのが先決だ。

「それじゃ行こうか」

 クロトはろくに会話もしないで早速広場からドックに向けて移動を開始する。

 律葉とティラミスもクロトの後を追って広場の向う側にある階段へと向かっていく。

 去り際、クロトはゲイルに告げる。

「じゃあねゲイル。護衛任務頼むよ」

「言われなくとも」

 ゲイルはそう応じると再び天高く舞い上がり、軌道エレベーターの周囲を旋回し始めた。

 それを見届けると、クロトは視線を正面に戻し、ドックへ急ぐことにした。

 


 広場から移動すること10分。

 クロト達はドック内にいた。

 直接海と繋がっているここは船着き場であり、大型タンカーどころか戦艦が入れるほどの広さがある。

 ……が、そこには船は一隻もなかった。

 律葉はドック内をぐるりと見渡した後、呆れ口調で告げる。

「……で、船も何もないけれど、どうやって海を渡るつもり?」

 クロトはその言葉を予想していたのか、即座に応じる。

「船を造るよ」

 このクロトの言葉にティラミスは驚きと戸惑いが混じったような口調で問いかける。

「造るって……今からですか?」

「まあ見ててよ」

 クロトは一歩前に出て桟橋のギリギリまで移動すると、海面に手のひらを向ける。

 するとクロトの手のひらから瞬時にして大量の黒い粒子が放出された。

 放出された黒い粒子は互いに結合し、物体を構築し始める。

 最初はモヤモヤとした球体を形作っていた黒い粒子だったが、時が経つにつれ段々とその形状をはっきりさせていき、3秒もしないうちにあるものを完成させた。

 それは、全体が漆黒に染められた簡素なボートだった。

 瞬時に船が出来上がる様を目の当たりにし、律葉は感嘆の声を漏らす。

「うわあ……報告では聞いてたけど、改めて便利な能力ね」

 ティラミスも律葉に続いて感想を述べる。

「すごい、すごいですよクロト様!!」

 そう述べつつティラミスは黒いボートに近づき、指先でボートをツンツンとつつく。

 突付かれたボートはゆらゆらと揺れていた。

「これまでさんざん黒い粒子で武器やら防具やら作ってたんだ。このくらい朝飯前だよ。……さ、乗った乗った」

 クロトは率先して黒いボートに乗り込み、まだ桟橋にいる二人に手招きする。

 ティラミスは軽くジャンプしてボートに飛び乗り、律葉は一旦端に腰掛け、恐る恐るボートに乗り込んだ。

 律葉はボートの底面を靴で何度か叩き、感触を確かめていた。

 ……底が抜けるとでも思っているのだろうか。

 クロトはそんな律葉の不安を取り除くべく説明する。

「大丈夫だよ。僕の黒の粒子はかなり頑丈だからね。ちょっとやそっとじゃ壊れたりしないよ」

「そう……そうよね」

 律葉は納得したようで、底面に手をついてゆっくりと座る。

 ティラミスはよほど船が気に入ったのか、船首に腰掛け、足を前に投げ出し、ぶらぶらさせていた。

 クロトはボートの側面の縁に腰掛け、視線をドック出口に向ける。

「じゃあ出発するよ」

「うん……って、どうやって動かすの?」

 律葉の疑問も最もだった。

 ボートにはエンジンも操縦席もついておらず、所謂救命ボートに近い造りになっていたからだ。

 クロトは人さし指を左右に振り、律葉の疑問に答える。

「この粒子は僕の意思通り動かせるね。舵も推進装置も必要ないよ」

 自分で言うのも何だが、全くもって便利な能力である。

 隼のPKほど万能ではないが、応用力はそれなりにあると思う。

 律葉はクロトの答えを聞き、問い返す。

「なるほど……。じゃあ、わざわざ船じゃなくても良かったんじゃない? それこそ空飛ぶ絨毯とか作れそうじゃない」

「落ちたときのことを考えると空を飛ぶのは危険かなと思って。それに、空飛ぶ黒い物体がいきなり現れたらDEEDのみんなも驚くだろう?」

「そうよね、彼らは飛行機どころか車すら発明できてないものね……」

 これから彼らとは対話せねばならないのだし、あまり刺激しない方がいいに決まっている。

 律葉を納得させたところでクロトは改めて宣言する。

「じゃあ、出港するよ」

 クロトの掛け声の後、ボートは音もなく水上を進み始め、ドックから外へと移動していく。

 ドックから出るとクロトは徐々にスピード上げ、船先を西へ……ゴイランの港に向ける。

(ざっと3時間ってところかな……)

 普通の船なら3日はかかるが、このボートは特別性だ。というか抵抗と揺れを減らすために海面と接触していない。

 ……夕方には着きそうだ。

 そう思いつつ、クロトはボートの速度を更に上げ、大海原へと漕ぎ出した。



 出発してから数分後、船の感覚にも慣れてきたのか、早速律葉は雑談を始める。

「……それで、あの時発着場前広場にいたのはどんな人達なの?」

 律葉はリリサ達について質問してきた。

 一応は1年以上一緒に行動していたわけだし、やはり興味があるのだろう。

 言葉は通じないが、彼らの情報を伝えておいて損になることはない。何より、いい時間潰しになる。

 そう考えたクロトは素直に律葉の要求に応じることにした。

「あのメンバーは狩人って言われてる戦闘能力が高い個体でね、軌道エレベーターを調べるために船であそこまで来たんだよ」

「へー……で?」

「え?」

「“え?”じゃないわよ。そんなことくらい報告書で読んで知ってるわ。もっと詳しく教えてほしいの」

「詳しくって……どのくらい?」

 律葉は白衣の内側からタブレット端末を取り出し、画面に目を落とす。

「一応隼の報告書ではリスクレベルや外見的な特徴は記載されてるけど、性格まではわからないじゃない?」

「そこまで知ってどうするんだい……」

「仲良くなるのよ。真人の友達は私の友達も同然だもの」

「……!!」

 当然のごとく友達と言い放つ律葉に、クロトは驚きを隠せなかった。

 律葉もDEEDに親兄弟を殺されている。玲奈ほど過剰反応はしていないが、嫌悪感くらい持っていると思っていたのだが……。まさか友だちになるつもりだったとは予想だにしなかった。

 動揺しつつクロトは確認を取る。

「でも、彼らはDEEDだよ? 大丈夫なのかい?」

 律葉はタブレット端末から視線を逸し、船首に……水面に足を突っ込んで遊んでいるティラミスを見つめ告げる。

「そうね。彼らはDEED……でもティラミスと話してみて分かったの。彼らも私達と同じ、感情のある生き物だって」

「律葉……」

 正確にはティラミスはDEEDではなく僕と同じ改造された人間なのだが……

 まあ、人外という意味では同じカテゴリーに分類されるわけだし、細かいところは突っ込まないでおこう。

 律葉は視線をクロトに移し、続ける。

「これから彼らと共生していくんでしょ? 仲良くなるに越したことはないわ」

「……その言葉だけで救われるよ」

「そう?」

「うん」

 玲奈やブレインメンバーの殆どがDEEDを駆除対象か、単なる労働力としか見ていない。

 確かに彼らは人類を滅ぼしたDEEDだ。憎まれるのも当然だ。

 しかし、隼や律葉、それに榎谷主任もDEEDを“人”として見てくれている。

 クロトはその認識を共有できるだけで嬉しかった。

「じゃあとりあえず……」

 律葉は言葉を区切ると座ったままずりずりと移動し、クロトの足元まで近付く。

 そして、タブレットの画面をクロトに向けて含みのある言い方で問いかけた。

「この女の人達の性格とか特徴……ついでに真人との関係についても詳しく教えてほしんだけど?」

 画面にはリリサやジュナ、そしてモニカの画像データが表示されていた。

 どの画像もほぼ正面から撮られており、まつ毛の本数が分かるくらい解像度も高かった。

 隼、いつの間にこんな写真を撮っていたのだろうか……

 律葉はかなり彼女たちと僕の関係が気になるようで、じっとこちらの目を見つめていた。

 クロトはしどろもどろに言い返す。

「……と、棘のある言い方だなあ。確かに女性陣とは仲がいいけれど、律葉が思っているような関係にはなってないよ」

 クロトのこの言葉に対し、律葉は呆れた様子で首を振る。

「どうだか。真人って恋愛に関しては鈍感というか、天然なところがあるものね」

「同感です」

「ティラミス!?」

 唐突に会話に参加してきたのはティラミスだった。

 さっきまで前にいたのに、いつの間にこちらに来たのだろうか。というか、どこから話を聞いていたのだろうか。

 ティラミスはメガネを押し上げ、間髪入れず言葉を続ける。

「クロト様は人の好意に対して鈍感なところがあります。私がどれだけクロト様のことを慕っているか、クロト様はその10分の1も分かってないと思います」

 ティラミスは頬を膨らませ、若干不機嫌そうだった。

 何故か自分が悪者にされたみたいで気分が悪い。

 クロトはティラミスに体を向け、必死に釈明する。

「そ、そんなことはないよ。僕はティラミスの事は信頼してるし、気持ちも分かってるつもりだよ。大体10分の1って……どんな基準で言ってるんだい?」

「もちろん……私の主観です」

 そう言い放ったティラミスは何故かドヤ顔を浮かべていた。

「主観って……そんな勝手な……」

 そんな自分勝手な基準で責められる謂れはない。

 反論しようとしたクロトだったが、ティラミスの言葉に阻まれてしまう。

「まあ私の気持ちはともかく……クロト様はリリサ様やジュナさん、それにモニカさんからどう思われているのか、考えたことがありますか?」

「え?」

「ですから、メンバーの女性陣からどの程度好意を持たれているのか、考えたことがあるのかという話です」

「好意……」

 ティラミスに告げられ、クロトは改めてタブレット画面に映し出されているリリサ、ジュナ、モニカの顔を見る。

(好意ねえ……)

 リリサには奴隷扱いされているし

 ジュナには結構な頻度で暴言を吐かれているし

 モニカとは事務的な会話が多いような気がする

 僕からしてみれば旅立ちのきっかけをくれたリリサには感謝しているが……それ以外の二人には特別思い入れというものはない。

 まあ、仲間としての絆はあると思うが、それが好意かどうかと問われると返答に困る。

 律葉はかなりクロトの女性関係について興味があるらしく、ティラミスの話に食いついた。

「ティラミス、女性メンバーについて詳しく教えてくれない?」

 律葉はクロトに向けていたタブレットの画面をティラミスに向け直す。

 ティラミスは律葉の命令のまま、画面を指差しまずはリリサについて説明し始めた。

「まずメンバーのリーダーであり、一番強くて一番美人なのがこのリリサ・アッドネス様です」

 それは言い過ぎ……と、突っ込みを入れる間もなく律葉はリリサの名を呟く。

「リリサ・アッドネス……真人がゲイルに攻撃される原因となったスヴェン・アッドネスの娘ね」

「あれ、知ってたの?」

 クロトの純粋な問いにリリサは肩をすくめる。

「隼のテレパスなら頭の中を覗くことくらい簡単よ。リリサの記憶を読み取ってスヴェンの娘だと判断したんでしょ。……それにあのブレスレットの存在を知っているってことは彼女がスヴェンと親しい仲であったことの証拠。……そもそも姓が一緒だし」

「なるほどね……」

 やはり隼の超能力は便利だなぁとしみじみ思っている間にも話は進む。

「まあそれはそれとして、美人のリリサさんはどんな人なの?」

 ティラミスは自らの小麦色の頬に指先を当て、「んー」としばらく考えてから答える。

「一言で言うと……女傑です。狂った槍と書いて“狂槍”と呼ばれるほどの凄い槍の使い手で、狩人の中でもトップクラスの実力者です。性格は見た目に反して男勝りといいますか、サバサバしているというか、真っ直ぐで芯の強い人です」

 ティラミスの説明を受け、律葉はリリサを一言でまとめる。

「いわゆるクール系美女ね」

「まあ敢えて分類するならそうだと思います」

(クール……かなぁ?)

 見た目は確かにクールだが、総合的に判断するとワイルドな気もする。

 そんなことを考えている間にも話はどんどん進んでいく。

「続いて、メンバー内で一番頭が良いのがモニカさんです」

 ティラミスは画面のモニカを指差しつつ説明を続ける。

「彼女は狩人ではありませんが、カミラ教団の学者さんです。性格はおとなしめですが、一度興味を持つと視野狭窄に陥る事が多々あります。私も彼女の好奇心のせいで大変な目に遭いました……」

 そう語るティラミスは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 教団の地下施設で色々実験台にされたとは聞いているが……一体どんなことをされたのだろうか。

 ティラミスは気を取り直し、話を再開する。

「とにかく物静かな人です。が、気が弱いというわけではなく、嫌なことは嫌とはっきり言えるしっかりとした人でもあります。あと射撃もそれなりに上手いですね」

 説明後、律葉はまたしても一言でまとめる。

「……インテリ系美少女ね」

「美少女……でしょうか?」

 ティラミスは意見を求めるようにクロトを見、首を傾げた。

 クロトは困り顔で応じる。

「僕に振らないでよ。と言うか彼女、常に口元を隠してるから未だにまともに顔も見たことないし……」

 モニカは襟高のコートを常に着込んでいるのではっきりと顔の全体像を見たことがない。

 唯一分かるのは目元のみ。三白眼で瞳はグレー、目元には濃い隈。

 美少女と判断するには情報が少なすぎる。が、あのプライドの固まりのフェリクスが好意を抱くくらいだ。何かしらの魅力があるのは間違いないのだろう。

 などと呑気なことを思っていると、ティラミスが爆弾発言をした。

「何言ってるんですか、顔どころか裸を見たじゃないですか」

「裸!?」

 律葉は過敏に反応し、驚きの表情をこちらに向ける。が、驚いていたのもほんの一瞬で、すぐにその表情は犯罪者を見るような、侮蔑と軽蔑が混じったようなものになった。

 ……確かにティラミスの言葉は真実だ。

 僕はセントレアに向かう道中で湖で水浴びしている彼女の裸を見てしまった。

 だがあれは故意ではない。事故だ。

 クロトは誤解を解くべくはっきりとした口調で述べる。

「あ、あれは事故だよ事故!! というか夜だったし暗くてよく見えなかったから」

 必死に弁明するクロトだったが、ティラミスは更なる爆弾を投下した。

「……ちなみに私とリリサ様も見られました」

 ティラミスは何故か頬を赤らめもじもじしていた。

 そんなティラミスの反応を見、律葉は酷く冷たく、抑揚のない声で告げる。

「へえ、見たんだ。裸」

 律葉がクロトに向ける視線からは底知れぬ怒りが感じられた。

 事故で女性の裸を見ただけでこれだ。もし浮気をしようものなら問答無用で刺されるだろう。

 ……胃が痛い。

 これならまだ球体DEED1000体と戦闘していたほうが楽なくらいだ。

「怖いよ律葉、そんな目で見ないでくれるかな……」

「……」

 無言が怖い。

 ティラミスも重い空気を感じてか、強引にジュナの説明を始めた。

「つ、次はジュナ・アルキメルさんです。彼女はやたら攻撃的といいますか、乱暴な性格の持ち主ですね。あと無鉄砲です」

「そんなに乱暴かい? 僕はそうは思えないんだけれど……」

 確かにジュナは攻撃的、直情的だが、乱暴者かと言われると疑問が残る。

 クロトの反論にティラミスは指を立てて説明する。

「それはクロト様に対してだけ優しいだけです。一応は彼女のお兄様の命の恩人ですし、特別な感情を抱いているのは間違いないと思います」

「へえ、特別ねえ……」

「だから目が怖いよ……」

 律葉に睨まれているクロトを助けるためか、ティラミスは即座に話を再開する。

「先程乱暴と言いましたが、メンバー内の女子にはとても親切で、私はよく髪を梳いてくれたり、遊んでもらったりしています。リリサ様とも仲良く稽古している姿をよく見かけますし、仲間意識が強い人なんだと思います」

「確かに、ジュナは任侠というか、そういう絆を大事にしているところはあるよね」

 彼女が絆を大事にしているのは、エンベルの孤児院で多くの子供達と一緒に育ったからだろう。

 律葉は二人の説明を聞いた上で、またしても一言でまとめる。

「つまり……ヤンキー系美少女ね」

 ……言い得て妙である。

 まあ一般的な女性と比べて眼光も鋭いし言葉遣いも荒いし仕草も厳ついし不良なのは間違いないが……。

 ヤンキーはともかく、美少女なのは間違いないだろう。

 ティラミスは最後に自分を指差し、告げる。

「後は私だけですが、私に関しては説明しなくてもお分かりですよね」

「ええ、あなたは妹系美少女よ」

「はい、その通りです」

「“その通りです”じゃないだろう……」

 ティラミスは僕にとってはある意味特別な存在だ。

 何故なら、彼女は僕と同じくDEED因子を体内に有する改造された人間だからだ。

 いつ、どこで、どんな経緯で彼女が作られたのかは分からない。が、DEEDじゃないのは確かだし、正真正銘の仲間である。

 彼女もいずれ僕と同じように黒の粒子を出せるようになったりするのだろうか。

 クロトが考えている間、ティラミスは遅れてクロトに問いかける。

「じゃあクロト様は私をどんなふうに思っているんですか?」

「えーと……」

 クロトは数秒悩んだ挙句、律葉と同じ答えにたどり着いた。

「うん、確かに娘か妹だね……」

 正直、目に入れても痛くないくらい可愛らしい少女だ。

 モニカや律葉にも可愛がられているし、母性本能や父性本能をくすぐる何かを持っているのだろう。

 クロトの答えを聞き、ティラミスはため息混じりに言う。

「はあ……やっぱり10分の1も伝わってないです。私は恋愛対象外だということですね……」

 しょんぼりするティラミスだったが、クロトはティラミスのその言葉に引っかかりを覚え、問題点を指摘した。

「待って待って!! それだとまるでさっき紹介した3人が恋愛対象になりうるみたいな言い方じゃないか」

「違うんです?」

 ティラミスは無邪気な顔で首を傾げる。

「違うよ!!」

 クロトは全力で否定した後、これ見よがしに律葉の肩を抱く。

「僕には律葉がいるんだ。それ以外の女性にうつつを抜かすような男じゃないよ。僕は!!」

 クロトの誠意の篭った叫びも虚しく、律葉は淡々と告げる。

「さあどうだか。男は浮気する生き物だって言うし」

 もうここまでくるとわざと言っているのではないかと思えてくる。

 どうしようもなくなったクロトはついに心が折れてしまった。

「律葉……僕を困らせないでくれよ……」

 唯でさえDEEDとの交渉の件で頭がいっぱいなのだ。これ以上悩み事を増やさないで欲しい。

 そんなクロトの心中を察してか、律葉は今までの冷たい態度が嘘だったかのようにクロトに抱きつく。

「冗談よ冗談。愛してくれてありがとね」

「……」

 クロトはこの言葉で安堵した。そしてどっと疲れた。

 結局自分は誂われていただけではなかろうか……

 律葉は5秒とせずにハグを止め、ティラミスに問いかける。

「ところでティラミス、付き合いは短いけれど私のことはどう思う?」

 律葉はにぱっと笑い、自らの顔を指差す。

 ティラミスは顎に手を当て逡巡した後、柄になく真面目に語りだす。

「律葉様は……知的という意味ではモニカさんと似ているかもしれません。ですが内向的ではなく外向的な感じですね。顔立ちも整っていますし、笑顔が素敵です」

 クロトは同意の意味を込めて強く頷く。

 ティラミスは更に続ける。

「そのカチューシャもチャームポイントとして立派に機能していると思います。ですが、そのせいで少し子供っぽく見えます。髪を留めるのならヘアピンなどにしたほうが……」

「これはいいのよ」

 律葉はカチューシャを撫でるように触り、微笑する。

「……思い出の品ですか?」

「いいえ。習慣というか体の一部と言うか、これを付けてないと逆に頭に違和感があるのよね。幼稚園児の頃からずっと付けているから……」

「幼稚園児?」

 ティラミスは言葉の意味がわからないようで、解答を求めるべくクロトに顔を向ける。

 クロトはその無言の要望に応じ、簡潔に説明する。

「3歳くらいからずっと付けてるってことだよ」

 自分で解説して、その事実にクロトは少し驚く。

 律葉との友達としての付き合いは中学生からだが……まさかそんなに昔から付けていたとは知らなかった。

 クロトは改めて律葉の頭部を観察する。

 癖っ毛のあるショートカットの髪は頭頂部から後頭部にかけてふわりと広がっていて、その複雑なウェーブは無秩序ながらもバランスが取れており、不自然さは全く無く、きちんとした髪型として成立していた。

 律葉はティラミスにさらに質問する。

「……で、私、みんなと仲良くなれそうかしら」

 ティラミスの返答は芳しくなかった。

「言葉の壁がありますからね……正直難しいと思います。でも、みなさん気さくで良い方達です。悪意を向けるようなことだけはしないと思います。それだけは保証します」

「そう……」

 律葉は少し不安げな表情を浮かべていた。

 やはり意思疎通ができないのは大きなハンデだ。通訳できるにはできるが、それでは本当に仲良くなれない気がする。

 まあ、交渉が上手くまとまれば幾らでも会う機会はある。そう悩むことでもないだろう。

「あ、男性メンバーについても話しておきましょうか?」

 ティラミスは思い出した様に言った。が、律葉は首を左右に振った。

「いやいいわ。報告書の内容で十分。フェリクスって狩人は双剣使いのナルシストで、ヘクスターっていう鍛冶職人は武器マニアなんでしょ?」

「その通りですが……」

「それだけ分かれば十分よ」

 あれだけリリサやジュナやモニカについては情報を得たがっていたのに、男には興味がないらしい。……謎である。

 ……その後2時間、他愛もない話をしていると水平線の向こう側に陸が見えてきた。

「そろそろ陸が見えてきたわね」

 あっという間の船旅だった。

 竜型クロイデルの筋肉やら骨やらを使って一生懸命船を作ったり、その船で長時間危険海域を航行したのが馬鹿らしく思えるほど快適な旅だった。

 律葉は陸上にある物に興味津々なようで、若干前のめりになっていた。

 目を輝かせている律葉に対し、クロトは一応釘を刺す。

「上陸したら今までの常識が通じない世界だと考えたほうがいい。何がきっかけでトラブルが起きるかわからないからね。僕の指示は絶対遵守してね、律葉」

 クロトの警告に対し、律葉は真面目に応じる。

「……了解よ」

 そのままクロト達3名は海上を航行し、段々と近付いてくるゴイランの風景を眺めていた。


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