表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天球のカラビナ  作者: イツロウ
07-覚醒者の選択-
83/107

082


 082


 静止軌道ステーション中央区、エレベーター発着場。

 この場所は地上と起動ステーションを結ぶ唯一の場所である。

 軌道エレベーター建設当初は研究者や技術者、そして物資の運搬に使われていたこの場所だが、数年もしないうちに観光名所となり、観光誘致や宣伝をせずとも年間数百万人規模の観光客が行き来する場所となった。

 観光客の目当ては勿論、宇宙から見える地球の景色である。

 ……何もない宇宙空間に浮かぶ奇跡の惑星、地球。

 澄んだ蒼と豊かな緑で構成されているそれは、地球上の歴史遺産や文化遺産が束になっても叶わぬほど圧倒的な美しさを誇る景色であり、軌道エレベーターに大量に人が集まってくるのも当然の事象であった。

 そして、彼ら観光客は大量のお金を落としていく。

 そんなお金の匂いを嗅ぎ付け、多くの商業施設が軌道エレベーター内に展開された。

 無重力体験施設など、様々な区画に様々な施設が生まれ、このエレベーター発着場にも土産屋やレストランなどが多く出店された。

 そんなお店の一つ、エレベーター発着場にあるオープンカフェ店にて。

 クロトは隼と二人で4人がけの丸テーブルに座っていた。

 大型空港の発着ロビーの軽食コーナーを想像すると分かりやすいだろうか。

 空港だと大勢の人々が行き来し、賑やかなのだが、ここエレベーター発着場は静寂に包まれていた。

 このエリアに居るのは2人だけ。照明も仄暗く、雰囲気は暗い。

 だが、強化ガラス越しに見える景色……満天の星空は文句なしに綺麗だった。

 そんな最高の景色を肴に、2人はオープンカフェ店の無数のテーブルのうちの一つの丸テーブルを勝手に借り、紙コップに入った真水を飲んでいた。

 本当はオシャレにカフェラテにハニーシロップがたっぷりかかったパンケーキでも食べたいのだが、それは贅沢というものだ。

 今はこの星々の輝きが見えるきれいな景色で満足しておこう。

 味のしない水を啜りつつぼんやりと宇宙を眺めていると、不意に足音が聞こえてきた。

 音から察するに人数は2人。

 響き具合と間隔も考慮すると片方は女性、もう片方は少女。

 聴覚を頼りに想像できるのはここまでだ。

 クロトは紙コップをテーブルに置き、音が聞こえてくる方向に目を向ける。

 すると、こちらに向かって歩いてくる2つの人影が見えてきた。

 そんな人影に隼は声をかける。

「おー、遅かったじゃねーか」

「ごめんごめん」

 返ってきたのは律葉の声だった。

 しばらくすると律葉の姿がはっきりと見えるようになり、隣を歩く少女……ティラミスの姿も確認できた。

 こちらから確認できるようになったということはあちらからも見えるようになったわけであり、クロトを発見したティラミスはいつも通り名前を叫びながら走り寄ってきた。

「クロト様ー!!」

 ティラミスは30mほどの距離をツーステップで駆け、例のごとく抱きついて……もとい、体当たりしてきた。

 椅子に座っていたこともあってか、クロトは受け身を取ることができず慣性の法則に従って吹き飛ばされ、周囲の椅子やテーブルを巻き込んで盛大に転んでしまった。

 常人なら骨の1つや2つ折れてもいいくらいの衝撃だが、あいにく自分は人間ではない。

 クロトは満足げに抱きついているティラミスの顔を見つつため息を付き、椅子やテーブルを押しのけて立ち上がる。

 その頃には律葉はテーブルに到着しており、特にこちらのことを心配するでもなく席についた。

 クロトはティラミスを引き剥がすと無理やり椅子に座らせ、自らも座る。

 4人がけのテーブルが埋まると、すぐに律葉が明るい声で告げた。

「無罪放免おめでと、真人」

 ティラミスも律葉を真似て言う。

「おめでとうございます、クロト様!!」

「どうも……」

 審問会を無事に切り抜けられたのは本当に良かった。

 もしあの場で断罪でもされていたらと思うと背筋が寒くなる。

 こうやって無事に無罪を勝ち取ったのも律葉や榎谷さんのお陰だ。

 特に榎谷さんには頭が上がらない。

 強靭な体に改造してくれたもの彼だし、その上僕の考えを支持してくれている。

 今度会うことがあれば精一杯お礼を言おう。

 そんなことを考えていると、隼が周囲を見渡しつつ律葉に問いかけた。

「あれ、玲奈は?」

 隼のセリフを聞いてクロトは今更になって玲奈がいないことに気付く。

 律葉はすぐに隼の問に応じた。

「ああ、玲奈は解凍作業やらゲイルのメンテやらで忙しいから来られないってさ」

「何だよつれねーな。折角の再会だぜ? 1,2時間位サボってもいいだろうに」

 隼は赤髪を掻き上げるとそのまま後頭部で手を組む。

「私もそう思うんだけれどね……」

 律葉は前かがみになるとテーブルに頬杖を付き、憂いの表情で言葉を続ける。

「……隼は審問会のこと知らないから言うけど、玲奈、DEEDとの対話案を最後の最後まで否定してたの。だから真人と顔を合わせにくいんじゃないかな……」

 律葉はそう告げた後、クロトの顔をちらりと見る。

 何か発言を求められているような気がし、クロトは思うところを述べることにした。

「まあ仕方ないよね。普通の人にとってはDEEDは殺戮者であり人類の敵だからね。玲奈の考えはよく理解できる。でも今地上に住んでいるDEEDは人類を破滅に追いやった化物じゃない。……みんな親切でいい人たちだよ。一度でも対話すれば玲奈も分かってくれると思うんだけれど……」

 玲奈は賢いが頭が固いのが難点だ。

 100%人類の安全が保証できなければ賛同してくれることは無いだろう。

 DEEDを許せとは言わない。が、妥協くらいはしてほしいものだ。

「真人、随分とDEEDのこと信頼してるみたいだけれど。……本当に人を襲ったりしないわよね?」

 律葉の真剣な眼差しに、クロトは正直に答える。

「こっちが攻撃しない限りは大丈夫だと思うよ」

「でもこの間向こう側の船をゲイルが破壊しちゃったじゃない。報復とか考えてないかしら……」

「それは……」

 クロトは問いに答えられなかった。

 ……人はDEEDを恐れている。

 ……そしてDEEDも人を恐れている。

 これはお互いにお互いの事を知らないから、情報不足だからだ。

 だから今度の対話で少しでも情報交換できれば信頼とまではいかないが、交渉の余地がある相手だと認識させることはできるはずだ。

 それをきっかけに交流できれば共存の道も夢ではない。

 兎にも角にも対話が必要なのだ。

「……つーか、難しく考えすぎなんだよ」

 2人で口論していると、唐突に隼が間に割って入ってきた。

「今の俺達にとってDEEDは単なる労働力だ。使えそうなら使って、無理そうなら皆殺しだ。……大体戦力差を考えろよ。連中が束になって掛かってきても俺一人で丸焼きにできる。人類に危険が及ぶ可能性なんて0%だ」

 隼はそう言いつつ、椅子の脇に置いていたクーラーボックスを弄り始める。

「とにかくDEEDと対話することは決まったんだ。今は面倒くさい話は止めてメシでも食おうぜ」

 隼は言葉を終えると同時にクーラーボックスから何かを取り出し、テーブルの上にドンと置いた。

 置かれたのは握りこぶしサイズの真っ白な四角い物体だった。

 その物体はプラスチック製の小皿の上に載せられており、振動を受けて微かに揺れていた。

 豆腐にしては光沢がないし、杏仁豆腐にしては特有の甘い香りがない。

 ……一体何なのだろうか。

 隼は特に何を言うでもなくクーラーボックスから次々と同じ物体を取り出し、卓上に並べていく。

 せっせと働く隼を眺めつつ、クロトは考える。

“メシ”と言うからには食べ物に違いないのだろうが、一体何で構成されているのだろうか。

 3人してその四角い物体を見つめていると、律葉がみんなの気持ちを代弁してくれた。

「これ、なに? 保存食は全部ダメになってたと思うんだけれど……」

 律葉に問われ、隼は待っていたと言わんばかりに説明し始める。

「これは魚肉の加工品、いわゆる蒲鉾(かまぼこ)だな。見た目はアレだけど味は悪くないぞ」

「ああ、なるほど……」

 確かに、言われてみれば蒲鉾っぽい。

 謎の白い物体の正体がわかったところでクロトは隼に別の問いを投げかける。

「それで、他には?」

 クーラーボックスの中には他にどんなごちそうが入っているのだろうか。

 期待を込めて質問したクロトだったが、返ってきたのは無慈悲な言葉だった。

「いや、これだけだ」

「これだけって……かまぼこだけ?」

「その通り」

 隼は蒲鉾を4皿ほど出し終えるとクーラーボックスを閉じ、椅子に座りなおす。

「他に何かないのかい? 流石にこれと水だけじゃ弾む会話も弾まないよ……」

 別に自分は食わず嫌いでもグルメでもないが、流石に食卓にこれだけだと寂しい気がする。

 律葉やティラミスも明らかにテンションが低く、蒲鉾の載った皿を見つめてしょんぼりとしていた。

 暗い雰囲気を悟ってか、隼は早々に言い訳を始める。

「いやあ……実は干し肉やチーズ、乾パンもあるんだが……」

「じゃあそっち出しなさいよ」

 律葉の素早い突っ込みに隼は赤髪を掻きながら応じる。

「そっちは数が限られててな。5万人をしばらく養うことを考えればそう簡単に出すわけにもいかねーんだよ」

「そうだったわね……」

 律葉はすぐに納得したようで、大人しく引き下がった。

 5万人分の食料となると膨大な量になる。少しでも切り詰めなければいけないこの時に無駄な浪費は避けるべきだ。

 特に肉は貴重なタンパク源だ。計画的に配布しないとDEED云々以前に5万人が餓死してしまう。

(肉……?)

 クロトはふと疑問を抱き、隼に問う。

「でもどうやって肉を手に入れたんだい? もしかしてDEEDから強奪を?」

「強奪とは人聞きが悪いな。山間部の鹿なんかの草食動物を適当に狩って加工したんだよ。角や毛皮は地方の商人と物々交換したりしてチーズやパンを手に入れたってわけだ」

 どうやら真っ当な方法で手に入れた肉らしい。チーズやパンも頑張れば作れないことはないが、効率を考えると交換したほうが良かったのだろう。

 どのくらいの貯蓄があるか不明だが、さっきの発言から察するにそんなに多くはなさそうだ。

 律葉もそれを悟ってか、悩ましい表情で告げる。

「しかし食糧事情は深刻な問題ね……」

 隼は蒲鉾を手で掴み、齧りながら応じる。

「ああ、カロリーを摂るだけならここいらの魚肉で賄えるが、栄養バランスを考えると穀類や野菜も欲しいところだ」

 律葉は蒲鉾に手を付けることなく、水の入った紙コップを手にしつつ告げる。

「あと、飲み物も水だけじゃ味気ないし、お酒は無理にせよ、せめて甘いジュースくらいは欲しいわね」

 隼と律葉はそれぞれ蒲鉾と水を口に入れた後、深い溜め息をついた。

 やはり“食”は人間にとってエネルギーの源だ。

 美味しいものを食べればそれだけで活力が湧いてくる。逆も然りである。

「……ごめんみんな。僕のせいだね」

 クロトは無意識のうちに謝っていた。

 頭を下げるクロトにティラミスは寄りかかる。

「どうしてクロト様が謝るんです?」

「もともとの計画では5万人が目覚める前に地上の人型DEEDを全て駆除する予定だったんだ。地上には食料や家畜が大量に備蓄されてる。それを糧にしばらく生活して、農業や漁業を行っていく予定だったんだ。僕が共存なんて言わなければ今頃みんな……」

 もし計画通りに事が進んでいれば、今頃5万人みんなが温かいスープや旨い肉料理やおいしい酒を思う存分たらふく胃袋に収められていたことだろう。

 だが僕のせいで地上にすら降りることができず、あまつさえ食べるものは味の薄い蒲鉾である。

 蒲鉾を悪く言うつもりはないが、やはり主菜にはなりえない。

 軽く自己嫌悪に陥っていると、隼がフォローの言葉を放った。

「それは言いっこなしだぜ真人」

 律葉も隼に続く。

「そうよ。こんな食事がずっと続くわけじゃないし……3000万のDEEDを使役できればこちらの5万人が無駄な労働をせずとも食糧を得られる。これって大きなメリットよ」

「……そう言ってくれるとありがたいよ」

 少なくともこの2人だけは僕のことを信じてくれている。その期待に応えなければ男がすたるというものだ。

 クロトは気を取り直し、目の前に配膳されている蒲鉾を口にする。

 予想通り味は淡白だ。が、そう悪いものではない。

 ティラミスもクロトを真似て小さな口で蒲鉾に齧りつく。

 律葉は蒲鉾を指先で突付きつつ話を進めていく。

「とにかく、問題はDEEDとの交渉ね。さっきの審問会ではアテがあるとか言ってたけれど、本当に大丈夫なの?」

「カミラ教団の研究員と知り合いなんだ。彼女を通せば教団のトップと話すのも難しくないと思う」

 カミラ教団のトップが誰なのかは知らない。が、彼、あるいは彼女と交渉できる自信はある。

 律葉は質問を続ける。

「審問会では聞きそびれたけど、カミラ教団って具体的にはどんな組織なの? 3000万を統率してるって言ってたけれど」

 クロトは蒲鉾を食べつつモニカから聞いた話をそのまま律葉に伝える。

「地上に残された本から知識を得て文明を発展させてきた立役者だよ。色々と研究もしてて、オートマチックのライフル銃を再現させられるだけの知能はある」

「そんなものまで作れるのね……」

 武器の話題になり、隼は無念そうに呟く。

「なるべく武器類の資料や文献は発見されないように潰してきたつもりだが……やっぱ限界があったか……」

「それでもライフル程度だよ。僕達の敵じゃない」

「まあな……」

 DEEDには秀才はいても天才はいない。人類が残した知識を参考に文明を作って1200年経ってもいまだ中世レベルだ。

「……で、話を戻すけれど、本当に交渉できそう?」

 律葉の度重なる問いにクロトは真面目に応じる。

「カミラ教団のトップに取り次いで貰えるのは確実だと思う。彼らは頭もいいし、ある程度の事情も把握できてると思う。スヴェンの話をすれば信用も得られると思うよ」

「でもDEED達が私達の話を真実として受け入れてくれるかどうか……」

「そう悪い方に考えるなよ。何とかなるさ」

 隼の脳天気な言葉に律葉は棘のある口調で告げる。

「お気楽ね」

「そりゃ交渉がうまくいくに越したことはないけどよ、仮に失敗しても力で脅せば簡単に3000万の奴隷をゲットできるだろ」

 暴論である。

 クロトはすぐさま隼に反論する。

「それは駄目だよ。反乱でも起こされたら大問題だ」

「そうか?」

「もし複数箇所で反乱を起こされたら5万人全員を守りきる自信がない。使役するにしても、友好な関係を結んでおくに越したことはないよ」

 僕はあまり政治に詳しくはない。が、力で抑圧すれば反発が起きるのは必至だ。

「ま、真人がそう言うんならそうなんだろ」

 隼はあっさりとクロトの意見を受け入れ、思い出したように告げる。

「そういや期限は1週間だったよな。間に合いそうか?」

「間に合わせるよ」

 クロトは蒲鉾を一気に頬張るとろくに咀嚼もしないで飲み込み、席を立つ。

「取り敢えず今日中に地上に戻るよ。交渉にどのくらい時間がかかるか分からないし、彼らにも色々と説明しなければならないからね」

「彼ら?」

「僕と一緒に軌道エレベーターの広場まで来た人達だよ」

 リリサを始めとする調査隊のメンバーのことである。

 彼らとは今後も協力関係でいたいし、そうあるためには事情を説明する必要があるだろう。

 特にモニカにはしっかりと状況を把握してもらいたい。

 何故ならモニカはカミラ教団のトップと繋がる唯一の橋渡し役だからだ。

 そしてリリサにも別件で話しておかねばならないことがある。

 それは彼女の父、スヴェン・アッドネスについてだ。

 リリサはスヴェンの行方を探すべくカラビナまで来た。

 父親の死を伝えるのは非常に辛いが、思い出してしまった以上、しっかりと伝える義務がある。

 スヴェンは僕にとって人類とDEEDの共存の道を示してくれた偉大な人物だ。

 もし彼と出会わなければ今頃地上のDEEDは一人残らず殺されていた。貴重な3000万の労働力が失われていた。

 それを護った彼の功績は大きい。

 しかし、彼らに人類についてどう説明したらいいものか……

 立ったまましばしの間考えていると、不意に律葉がとんでもないことを言い出した。

「……ねえ真人。よかったら私も地上に連れて行ってくれない?」

 突拍子もない発言に、クロトはすぐさま否定の言葉を告げる。

「駄目だよ律葉、地上は危険だ。……大体、君には5万人の解凍作業の仕事があるだろう?」

「それは榎谷主任に任せる」

「任せるって……」

 律葉はどうしても共に行きたいのか、席を立ってクロトの正面まで移動する。

 そして、まっすぐな目でクロトを見つめ、重ねて言う。

「真人が必死に守ろうとしている人達、私もこの目で見ておきたいの」

 律葉は頑固だ。こうと決めたらてこでも動かない厄介な性格の持ち主だ。

 だがそれは強い意志の持ち主とも言える。僕はそんな彼女に惚れてしまったのだ。

 今ここで僕が何を言おうと彼女は地上に降りるだろう。

 彼女を置き去りにしても強引についてくるに違いない。

 ならば、そばに置いておくのが一番安全である。

 そういう結論に至ったクロトは律葉の提案を渋々受け入れることにした。

「……わかったよ」

 クロトが了承すると、ティラミスが嬉々として発言する。

「もし危険が迫っても私が律葉様をお守りします」

 ティラミスはすっかり律葉の事を気に入ったようで、自ら護衛を買って出た。

 律葉は「ありがとうね」と言いつつも持論を述べる。

「でも、大丈夫よ。と言うか逆に私といたほうが安全よ? クロイデルは人間を攻撃しないようにプログラムされているんですもの」

「それもそうか……」

 自分とティラミスはDEED因子を持っているのでクロイデルの攻撃対象になる。

 もしクロイデルに襲われても一蹴できる自信はあるが、戦闘行為はなるべくなら避けたい。というかクロイデルは形式上は一応は味方だし、交戦したくない。

 その点、人間である律葉と一緒にいれば攻撃されることはない。

 これは大きなメリットだ。

(いや、違うだろう……)

 そもそも律葉を外に連れ出す時点で危険なのだ。

 彼女を守れる自信はある。が、絶対に守りきれるかと問われると答えに困る。

 不安は拭えない。が、こちらが了承してしまった以上は連れて行くしかない。

 律葉は蒲鉾を食べ終えると席を立ち、オープンカフェから離れていく。

「それじゃ、お出かけの用意をしてくるわね」

 手を振りながら告げると律葉は駆け出し、あっという間に姿が見えなくなってしまった。

 隼は遅れて先程の律葉のセリフに突っ込みを入れる。

「“お出かけ”って……緊張感ねえなあ」

「それだけクロト様が信頼されているということです」

 ティラミスは何故か自慢げに隼に告げる。

 そんなティラミスに隼は言い返す。

「そういうことじゃねーよ。あいつは普通の“人間”だ。頑丈な俺達と違ってちょっとした事故で死ぬ可能性もある。あいつのことが大事ならここで待機させておいたほうがいいんじゃねーのか?」

「その意見には同意だよ。でも律葉が行きたいって言っているし、僕としても紹介したい人達がいるんだ。DEEDと対話する前に彼らと顔合わせしておくのも悪くないだろう?」

 リリサやジュナ、モニカにフェリクスにヘクスター……

 ティラミスと仲良くなれた律葉ならば彼らとも簡単に打ち解けることができるだろう。

 律葉もメンバーに興味があるようだし、問題なくコミュニケーションを取れるはずだ。

 隼はクロトの答えを聞き、小さく頷く。

「……ちゃんと考えてるならいいんだ。でも、飽くまで連中はDEED、人類を絶滅寸前にまで追い込んだ怪物だ。……そこのところ肝に銘じておけよな」

「わかってるよ」

 言われなくとも分かっていることだ。

 それに律葉は僕の大切な人だ。何が起きようとも彼女のことを最優先に考えるのは当然のことである。

(何事もなければいいんだけどね……)

 クロトは紙コップの水を少し飲み、話題を変える。

「ところで隼はどうするつもりだい? 暇なら僕らと一緒に……」

「あいにく暇じゃねーんだ」

 隼はクロトの言葉を遮り、指先でテーブルをトントンと叩き出す。

「俺は解凍作業の手伝いと5万人分の食料調達で忙しくなる。悪いが同行はできねーな」

「5万人分……大変だね」

「いや、PKを使えば魚の10トンや20トン楽勝で獲れるんだが、加工に時間がかかるんだよ。徐々に人手が増えれば作業も楽になるだろうが、現時点ではお前らのお出かけに付き合ってる暇はないってことだ」

「そうかい。わかったよ」

 隼には隼の仕事がある。

 本来なら僕も手伝う義務があるのだろうが、今はDEEDとの対話のほうが重要だ。

 期限も1週間しかない。

 人類の再興のためにも、DEEDが虐殺されないためにも準備を急がねばならない。

 クロトは席を立ち、隼に別れを告げる。

「行ってくるよ」

「ああ、気をつけてな」

 隼は拳をこちらに突き出す。

 クロトはその拳に対し同じく拳を突き出し、軽く打ち付けあった。

「行こう、ティラミス」

「はい、クロト様」

 クロトはティラミスの手を取るとテーブルを離れ、先程律葉が去っていった方角に向けて歩き出す。

(ここからが正念場だね……)

 DEED3000万の命は僕の手に委ねられている。

 責任は重大だ。だが、この程度のプレッシャーで押しつぶされるほど僕はヤワではない。

 ……必ず平和的解決に導いてみせる。

 そう意気込むクロトだった。



 クロト達がエレベーター発着場のカフェで蒲鉾を齧っていた頃。

 玲奈は一人、格納庫内でゲイルのメンテナンスを行っていた。

 ――格納庫

 現在玲奈がいる格納庫はもともとは航空戦闘機のために作られた場所であり、静止軌道ステーション内でも外縁部に位置している。

 なぜ軌道エレベーターに戦闘機のハンガーがあるのか。

 それはエレベーターを外敵から守るためであった。

 ……軌道エレベーターの建設には莫大な資金が投入された。その資金の出処は個人投資家や財閥や基金団体など様々だったが、複合国家プロジェクトとあってその大半は各国の拠出金によって賄われた。

 つまりは国民の税金によって建てられたのだ。

 これを良しとしない団体も多く存在し、特に環境保護団体は軌道エレベーターの建造に強い反発を示した。

 はじめは船上から拡声器を使って反対を叫んでいたが、数カ月もすると高速艇から火炎瓶を投げつけるなど過激な行動に出るようになり、最終的には重火器やロケット砲などの武器を用いて建造の妨害を行い始めた。

 これに対処するべく各国は護衛艦で防衛ラインを敷き、空からの攻撃にも備えて戦闘機も準備した。

 ここまでしても反対派による過激な妨害は収まらず、結局軌道エレベーターが完成するまで小競り合いは続いた。

 だが、小競り合い以上に戦闘が発展することはなく、完成と同時に反対派の勢いも弱まり、とうとう環境保護団体は抗議活動の停止を発表した。

 完成してからも軌道エレベーター内でテロが起きる兆候はあったものの、その全てが優秀なエージェントによって事前に排除され、内部の治安は非常に良い状態で保たれた。

 つまり、戦闘機の出番はやってこなかったというわけだ。

 戦闘機の配備と同時に数千億かけて宇宙仕様の拡張パックも開発されたのだが、それも無用の長物と化してしまったというわけである。

 もったいない話だ。

 ……格納庫には戦闘機の面影はなく、ただ固定具と少しのメンテナンス器具が置かれているだけで、もぬけの殻だった。

 壁は床天上壁全てが金属で覆われ、床には誘導用のカラーテープが無数に貼られ、外に……シャッターに向けて伸びていた。

 広さは戦闘機が2×4列の8機ほど格納できるスペースがあり、高さもそれなりにあった。

 そんなハンガー内にゲイルの姿はなく、玲奈は部屋の隅っこ、壁に背を預けて床に座り、タブレット端末とにらめっこしていた。

 白衣を纏った玲奈は両膝を閉じ、その上にタブレット端末を置いて作業していた。

 俗に言う三角座りである。

 玲奈は長い前髪を指先でくるくると弄りながら呟く。

「……流石は私がメンテしたプログラム。目立ったバグは見当たらないわね」

 その独り言は何もないハンガー内で反響し、静かな空気に溶け込んでいく。

 ゲイルのメンテナンスをしているのに、なぜゲイル本体がこの格納庫内にいないのか。

 それは玲奈が行っているメンテナンスがハードではなくソフトに関するものだったからだ。

 しかも作業自体もタブレット端末一つだけでできるほど簡単なもので、プログラム内にバグが発生していないか目を通すだけの、言わば確認作業のようなものだった。

 ……もともとゲイルはメンテフリーの人型戦闘兵器だ。

 ハード面のメンテナンスは躯体中に配置されているナノマシンが行い、ソフト面のメンテナンスも専用のAIソフトが定期的に行うように設計されている。

 もし敵からダメージを受けても外部装甲なら自分で換装できるし、フレーム部の損傷も軽度であればナノマシンが修理してしまう。

 致命傷を受けるとどうしようもないが、それ以外は自分で自己修復できる優秀な戦闘兵器だ。

 これだけで十分優秀な兵器なのだが、特筆すべきは内蔵されている重力制御装置である。

 この装置によりゲイルは高い機動性と高い出力を発揮でき、飛行することもできる。

 また重力場を任意の場所に発生させシールドを張ることもでき、攻撃の際にも重力加速によって砲弾や斬撃を従来の兵器ではなし得ない速度まで加速させることができる。

 まさに人類が生み出した最高傑作だ。

 しかもゲイルは本来ならば1機につき1ユニットの重力制御装置を9ユニットも搭載している。

 鬼に金棒とはこの事を言うのだろう。

 もしこれがDEEDの侵略の前に完成していたら世界の勢力図は書き換えられていたかもしれない。

 それ程の戦闘能力を持った兵器なのだ。

 だが、これほどのスペックを有していても真人には敵わない。

 この事実は科学者である玲奈にとって不可解であり、同時に悔しくもあった。

 DEED因子を体内に注入しただけであれ程の能力を発揮できるのだ。DEEDも真人か真人以上の戦力を身につける可能性がある。

 だからこそDEEDは確実に駆逐せねばならない。でなければ人類は本当に滅んでしまう。

 真人の桁外れの戦闘能力がDEEDという敵の危険性を体現している。だというのに審問会でブレインメンバーはDEEDと対話するために真人に1週間の猶予を与えた。

 もしDEEDと共生することになったらと思うと怖くて夜も眠れない。

(DEEDは皆殺しに決まってるでしょ。みんなどうかしてるわ……)

 ……ブレインメンバーの決定に不満を抱きつつ作業していると、不意に格納庫のドアが開く音が響いた。

 玲奈はその音に過敏に反応し、体をビクリと震わせてしまう。

 同時に視線をタブレット端末から格納庫のドアに向けた。

 ドアを開けて入ってきたのはブルネットのロングヘアーに淡い青の瞳を持つ女性だった。

 服装はかなりラフで、色白の肌はチューブトップとスパッツでしか覆われておらず、なんとも言えない色気を感じた。

 格納庫内に入ると彼女は内部を一通り見渡し、最終的に視線をこちらに向ける。

 そして、特に何を言うでもなく近付いてきた。

(……誰かしら?)

 冷凍睡眠から覚めて、ここまで迷い込んできたのだろうか。

 はじめは軽く考えていた玲奈だったが、あるものを目にして考えを改める。

 何故なら、彼女が武器を携帯していることに気付いたからだ。

 左腰にホルスター……多分中には拳銃が収められているのだろう。

 一体彼女は私に何をするつもりなのだろうか。

 薄いタブレット端末を盾代わりにドキドキしていると、女性は薄紅色の唇を動かし、凛とした声を発した。

「解凍早々仕事か。精が出るな」

 言い終えると彼女は目の前で止まり、腰に手を当てこちらを見下ろす。

 玲奈は彼女を恐る恐る見上げ、問いかける。

「……誰?」

 女性は自分のことを私が知っていると思っていたらしい。

 女性は目をつむって小さくため息を付いた後、自己紹介し始めた。

「トキソだ。私は露国の……」

 言いかけたところで玲奈は“トキソ”という名前を報告書で読んだことを思い出し、言葉を引き継ぐように彼女についての情報を簡素に述べた。

「ああ、露国で人体改造を受けた毒人間ね。隼の報告書で読んだわ」

 女性の正体がわかり、玲奈はひとまず安心する。

 彼女……トキソについては不明瞭な点が多いが、露国にいた彼女が何故この軌道エレベーターにいるのか、その理由についてはよく分かっている。

 記憶喪失状態の真人がDEEDと手を組み、彼女が死守していたコールドスリープ施設を破壊してしまったのだ。

 隼はその現場に居合わせ、彼女を救出。その後ここまで連れてきたというわけだ。

 報告書の内容を思い返していると、彼女の特徴について隼が記述していた内容を思い出し、玲奈は意図せず笑ってしまう。

「……フフ」

 いきなりの微笑を不可解に感じたのか、トキソは首を傾げる。

「どうした? 私の顔に何かついているのか」

「いいえ、隼の報告書通り“ロングヘアーが超似合う白肌の超美人”だと思って……」

「あの男、そんなふざけたことを書いていたのか……」

 トキソは視線を斜め下に向け、呆れた表情を浮かべる。

 そんな彼女に玲奈は追い打ちをかける。

「他にも“クールな視線にハートを奪われた”とも書いてたわね」

「全く……」

 トキソは深い溜め息をつき、首を左右に振る。

 施設を破壊されて精神的に不安定な状態にあるかと思っていたが、この反応から見るに平常心を保てているようだ。

 玲奈はタブレット端末を脇に置くと足を伸ばし、両手を上に上げてストレッチする。

 凝った筋肉を解しつつ、玲奈はトキソに問う。

「それで? 私に何か用事?」

「いや、特に用事というわけではない。散歩していただけだ」

 本当にそうだろうか。

 この区画は適当に歩いていてたどり着けるような場所ではない。

 ……が、彼女が散歩していたと主張している以上、無理に問いただす必要もないだろう。

 それに、私もちょうど話し相手が欲しかったところだ。

「……隣、いいか?」

「え、別に構わないけれど」

 玲奈の許可を得るとトキソは「失礼」と断りを入れ、隣にスッと座る。

 片膝を立てて左脚を抱え込むような体勢になると、再びトキソは語りだす。

「それにしてもこのステーションは凄いな。DEEDに対する防御態勢は完璧だ」

「そうね。海中にはクロイデルが防衛戦を張ってるし、それを抜けてきてもゲイルがいる。もしゲイルがやられたとしても5万人は宇宙にいる。そう簡単に手出しできないわね」

 玲奈の説明を聞いた後、トキソは視線を上に向けて物憂げに告げる。

「……ここがこんな場所だと知っていれば私の護っていた500人もこちらに移送させていたのだが……今それを言っても後の祭りだな……」

 やはり施設が破壊された件、後悔しているようだ。

 ……と言うか、2000年護ってきた施設を破壊されて後悔しないわけがない。

 2000年という時間がどれほど長いか玲奈には想像ができなかった。が、慰めの言葉をかけることくらいはできた。

「……災難だったわね。同情するわ」

「……」

 トキソは無言でこちらを見る。その淡い青の瞳には憂いの色が濃く映っていた。

 だがその瞳を見られたのも数秒のことで、トキソはすぐに正面を向いてしまった。

 重い空気に耐えられず、玲奈は矢継ぎ早に言葉を投げかける。

「トキソ、あなた真人のこと……ククロギのこと、恨んでる?」

 言った後で玲奈は後悔する。

 トキソが真人を、施設を破壊した張本人を恨んでいないわけがない。

 しかし、そんな玲奈の予想に反してトキソは静かな、そして明瞭な言葉で応じる。

「……確かに、施設を襲撃された時は気でも狂ったのではないかと思ったが、記憶喪失だったのなら仕方がない。あれは事故だった。……そう納得するしか無いだろう」

「冷静なのね」

「終わったことは終わったことだ……」

 自分なりに折り合いを付けたのだろう。トキソの横顔からは哀愁が漂っていた。

「一応、私からも謝らせてもらうわ。真人が記憶喪失になったのは私が造ったゲイルによる頭部への攻撃が原因で……っ!?」

 言葉の途中、唐突にトキソがこちらに手を伸ばし、喉元をがっしりと掴んだ。

「っ……!?」

 いきなりの出来事に玲奈は対応できず、為す術もなく首を絞められてしまう。

(ちょっ、苦し……)

 玲奈は食道に、そして気道にトキソの指が食い込んでいく感触を得ていた。

 やばい。このままだと殺される。

 そう思った瞬間、トキソは叫んだ。

「謝って済む問題ではない!!」

「……」

 玲奈は辛うじてトキソの手をタップする。

 するとトキソは我に返ったのか、すぐに首から手を放した。

 玲奈はすぐに自分の首を押さえ、止まっていた呼吸を再開させる。数秒ほどの出来事だったが、死ぬほど苦しかった。と言うか死ぬかと思った。

 これは間違いなく傷害罪だ。しかもブレインメンバーである私の首を絞めるなんて……重罪である。

 しかし、トキソは謝る素振りすら見せず思いの丈をぶちまける。

「先程の言葉、訂正しよう。……私はククロギが憎い。殺したいほどに憎い。あのカプセルの中には私の家族が、友人が、そして……恋人がいた。それをあの男が殺した。2000年近く守り続けてきた私の愛しい人達を、奴は殺したんだ!!」

 トキソはそこまで一気に言うと床を思い切り殴る。

 格納庫内に鈍い音が響くも床は全く凹んでおらず、逆にトキソの拳の方が擦り切れて出血していた。

 床に付着した赤を眺めつつ、玲奈は言い返す。

「報告書を読む限りでは真人はDEEDに協力しただけよ。……そもそも、あの500人が冷凍睡眠装置に入る羽目になったのも、あなたが改造手術を受けたのも、全てはDEEDによる襲撃のせい。……諸悪の根源はDEED……そうでしょう?」

 この言葉を告げると、トキソは鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべていた。

 そして玲奈はこの時、トキソの怒りの矛先が真人個人からDEEDにも向けられたことを悟った。

 そして、いい手駒にできるかもしれないとも考えていた。

 トキソは目を見開いたまま右手で顔を覆い、確認するように、自分に言い聞かせるように呟く。

「確かにそうだな。悪いのは全てDEEDだ。……何があろうとも絶対に殺す。恨みを晴らしてやる……」

 いま彼女は憎しみという感情に支配されている。

 今すぐにでもDEEDを殺戮したくてたまらないはずだ。

 その憎しみを利用しない手はなかった。

「そうよね。迷う必要も話し合う必要もないのよね。DEEDは殲滅。それ以外の選択肢はあり得ないわ」

 玲奈は未だ痛む首筋を撫でながら自分の考えを述べる。

「ブレインメンバーなんてあてにならない。私は当初の計画通り、DEEDの殲滅作戦を実行するわ」

 この反逆行為とも取れる玲奈の発言を聞いて気を取り直したのか、トキソは先程までと打って変わって不安げに告げる。

「実行するって……そんな勝手にいいのか?」

「さっきまでの威勢はどこにいったのよ、トキソ。DEEDは侵略者以外の何物でもない。排除するのは当然のことよ」

 玲奈はおもむろに立ち上がり、乱れた前髪を手櫛で整える。

「絶大な力に為す術もなく蹂躙される……奴らにも私達と同じ恐怖を与えてやるわ。そうでなければDEEDに殺された100億の命が報われないわ」

 そうだ。私は何を迷っていたのだろうか。

 DEEDは殲滅する。これは決定事項だ。共生なんてありえない。納得できるわけがない。

「目には目を歯には歯を。殺戮には殺戮を。……DEEDは全て一匹残らず死すべし」

 呪文のように物騒な言葉を唱えていると、トキソが恐る恐る声を掛けてきた。

「ドクターサタケ、あなたの……」

「玲奈でいいわ」

 玲奈の言葉を受け、トキソは言い直す。

「レイナ、あなたの考えは理解できた。しかしブレインメンバーが納得するとは思えない」

「納得させる必要なんて無いわ。クロイデルをアクティブモードにすればそれだけで事は済むのだから……」

「いいや、レイナ。あなたは重要な事を忘れている」

 トキソも立ち上がり、血に染まった拳を握りしめる。

「ククロギの存在だ」

「……!!」

 そう言えば真人がDEEDに寝返る可能性を全く考慮していなかった。

 味方にすれば心強いことこの上ないが、敵にすると厄介なこと極まりない。

 トキソもそれを重々承知のようで、意見を述べる。

「クロイデルのスペックデータは見せてもらったが……ククロギの戦闘能力をもってすればクロイデルなどほんの数時間足らずで壊滅だ」

「そうね……」

 まさにトキソの言う通りであった。

 クロイデルを最大稼働させても真人には敵わない。北極と南極のクロイデルプラントを潰されてしまったら勝負にもならないだろう。

「ククロギを無力化しない限り、DEEDを殲滅するのは不可能だ」

 トキソの言葉は事実であり、玲奈は自分の無力さに打ちひしがれていた。

 切り札だったアンチDEED因子弾も2年前にゲイルが使ったと聞いている。既に抗体もできて2度目は効果はないだろう。

 いっその事律葉を人質に取るというのはどうだろうか。

(……馬鹿か私は……)

 DEEDを殺すために親友を危険にさらしていいわけがない。そもそも、律葉を人質に取ることで真人が逆上する可能性もある。

 何とか現状の戦力で真人を無力化できないだろうか。

 色々と考える必要があると思っていたが、意外にも策はすぐに思い浮かんだ。

「……!!」

 やはり私は天才だ。いや、運がいいと言うべきか……。

 とにかくこの策ならあの真人を無力化できるはずだ。

 玲奈は不敵な笑みを浮かべ、トキソに告げる。

「いえ、方法はあるわトキソ。協力してくれるわよね?」

 玲奈の自信満々の表情に勝機を見たのか、トキソは疑う様子もなく即答した。

「DEEDを殲滅できるのなら何でもやる。遠慮なく命令してくれ。私はお前に従おう」

 彼女はDEEDにも真人にも憎しみを感じている。……私にとってこれ以上理想的な手駒はない。

 玲奈は手を差し出し、握手を求める。

「……一緒にDEEDを駆逐しましょう」

「ああ」

 トキソはその手を握り返す。

 玲奈の脳内は如何にしてDEEDを駆逐するか、その算段で埋め尽くされていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ