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天球のカラビナ  作者: イツロウ
06-天球のカラビナ-
76/107

075 狂槍の男


 075


 ――人の形をしたDEEDは予想を越える速度で進化した。

 彼らはブレインメンバーの危惧などよそにあっという間に環境に適応し、50年足らずで言語コミュニケーション能力を会得、100年もすると大型肉食動物などの天敵から身を守る手段を確立し、200年で経済観念を会得し、社会を形成し始めた。

 300年もすると地上の各所でしっかりとしたコミュニティができ、400年後には『カミラ教団』なる組織を頂点とした文明社会を築き上げた。

 教団はブレインメンバーの予想通り、過去の遺物から得られた情報を元に急速に科学文明を発達させ、同時に豊かな文化を生み出し、あっという間に中央集権型の国家を作り上げた。

 何故ここまで急速に彼らが完璧な社会を築けたのか。

 それはクロイデルという“外敵”の存在があったからだ。

 クロイデルは彼ら人型DEEDの領土が広がりすぎないよう、彼らに襲いかかる。

 現代国家でも言えることだが、外からの脅威は内部の結束力を強める。

 クロイデルに対抗するべく『猟友会』という組織も出現し、クロイデルから領土や領民を守るために微弱ではあるが力を行使し始めた。

 言わば猟友会は外敵から国を守るための組織、日本で言う自衛隊のようなものである。

 だが、その猟友会も700年も経つと領地を防衛するだけでなく、クロイデルを“得物”として狩り始めた。

 狩人と呼ばれる個体は人間離れした身体能力を有しており、偵察用のクロイデルを容易に破壊できるほどだった。

 彼らは元はDEEDだ。高い戦闘能力を有する個体が出現するのも不思議ではない。

 それから時を経るごとに狩人たちの戦闘能力は向上していき、レベルの高いクロイデルをも狩れるほど進化していった。

 だが、進化と言っても些細なもので、人類を破滅にまで追いやったあの100mを優に超える球体の化物とは比べ物にならないほど小さなものだった。

 とは言え、クロイデルを圧倒できる力を身に着けたのは事実であり、結果、クロイデルは彼らの格好の資源となり、文明社会の進化速度を飛躍的に向上させた。

 経済活動は活発化し、それに応じるように科学技術も驚くべきスピードで発達していった。

 クロイデルから身を守るために広大な城壁を築いたり、大陸と大陸を結ぶ巨大な橋を建造したり……彼らは人類が長年掛けてきた進化の過程をたったの1200年でやってのけたのだ。

 まあ、人類が遺した教科書がそこら中に散らばっていたのだから、当然といえば当然の結果かもしれない。しかし、それを抜きにしても彼ら人型DEEDの進化には眼を見張るものがあった。

 彼らは実に温厚な性質を持った生き物だった。

 小競り合いは起きても戦争までには発展せず、殺人事件や窃盗事件なども殆ど起きない。

 治安を維持するための組織すらない。

 観察すればするほど人間よりも人間らしい生命体のように思えた。

 そんなこんなで彼らを見守り続けること1200年。

 真人は隼と共にセントレアと呼ばれている都市の上空から、成熟した社会のもとで豊かな文明生活を送っている彼らを眺めていた。

「1200年でこれか。順調だな」

「正確には1188年だよ」

 真人は隼のPKによりリラックスした体勢で宙を漂っており、隼本人も同じくゆらゆらと宙に浮かび、二人で地上を眺めていた。

 二人の目に映るのは人間と寸分違わない形をした“DEED”だ。

 DEED因子のお陰で彼らをDEEDだと判別できているが、目で見ただけだと人間そのものだ。

 隼はDEEDを観察しつつ呟く。

「……あと12年か」

「ようやくだね」

 あと12年で冷凍睡眠装置の維持エネルギーが切れる。

 つまり、あと12年で律葉にようやく再会できるというわけだ。

(長かったなあ……)

 この1188年間は実に長かった。

 最初の頃は人型DEEDの観察もそこそこ楽しめたが、300年くらいで飽きてしまった。

 宇宙からDEEDの援軍が来ないか心配したりもしたが、その心配も500年を過ぎたあたりから止めることにした。

 結局行き着いたのは野生動物との触れ合いである。

 やはり動物は良い。

 DEEDの侵略のせいで多くの種が絶滅してしまったが、それでも数百年間という膨大な時間で数多くの動物の生態を観察することができた。

 今ならかの有名な動物王国の動物研究者よりも動物の生態系に詳しい自信があるし、

 魚をこよなく愛し、自身の頭上に魚の帽子を被っていた魚マニアよりも海の生態系に詳しい自信がある。

 そんな生活を続けていた真人だったが、5万人が目覚める期日が迫ってきたこともあり、今はこうやって人型DEEDに怪しい点や不審な動きが無いか確かめるべく隼と行動を共にしているというわけである。

 真人は都市部を一通り観察した後、感想を述べる。

「……色々頑張って文明を発展させたみたいだけれど、元通りの文明レベルには到達しなかったみたいだね」

「まあ、連中の知能レベルは高い水準にあるが、いわゆる天才ってレベルの個体は全く出現しなかったからな。それでも生活するには十分なインフラが整ってる。上出来だと思うぜ?」

 戦争は文明を急速に発展させる。が、彼らは全くと言っていいほど争いを起こさなかった。

 確かに、この結果は上出来と言えば上出来かもしれない。

 隼は続けて告げる。

「あと12年。……そろそろ駆除の準備に入ったほうがいいかもな」

「……駆除か」

 真人は駆除という言葉にほんの少し違和感を覚えた。

 確かに彼らはDEEDだ。人類を絶滅寸前にまで追い込んだ化物の遺伝子を持つ憎むべき存在だ。

 だが、外見は人間そのものである。

 そんな彼らを簡単に駆除することができるのだろうか。

 ……抵抗感がないと言えば嘘になる。が、5万人が安心して暮らすためにも彼らDEEDを駆除するのは必須だ。

 色々と考えていると、隼がぽつりと告げた。

「どうした、情でも湧いたか?」

「……」

 図星である。

 隼はテレパスで人の心を読むことができる。が、隼は人の心を覗き見するほど趣味の悪い男ではない。

 つまり、単に表情を読み取られただけだ。

 それほど表情に出ていただろうかと思いつつ、真人は言い返す。

「……いや。あいつらは世界を破壊した侵略者だ。容赦はしないさ」

 どんな事情があったとしても冷凍睡眠中の5万人の命が最優先だ。

 そのためなら地上にいる人間もどきを駆除するのに何の迷いもない。

 真人が考えを改めている間、隼は話を進めていく。

「ゲイルによればクロイデルをアクティブモードに変更すれば3年くらいでDEEDを全て駆除できるらしい。……切り替えのタイミングはゲイルと俺とお前で話し合って決めようぜ」

「うん、そうだね」

 目算で3年なら追加で2年くらいマージンを取っておいたほうが良いだろう。

 なにせ相手はDEEDだ。土壇場で驚異的な力を発揮する可能性も否めない。

 まあ、そのあたりも含めてゲイル達と相談することにしよう。

「……さて、それじゃ次の監視ポイントに移動するか」

 隼はPKを使い、自身と真人の体を東へと移動させ始める。

 ……と、不意に真人の懐から電子音が鳴り響いた。

 真人は音の発生源……小型通信機をポケットから取り出し、応答ボタンを押す。

「もしもし、どうしたんだいゲイル?」

 この通信機はゲイルと交信するためのものだ。ちなみに隼とはテレパスで会話できるので通信機は必要ない。

 真人の問いかけの後、通信機から男性の合成音声が……ゲイルの声が発せられる。

「アース・ポートに接近する船舶を確認した。対処してくれ」

 相変わらずの命令口調に苛ついたのか、隼はこちらの手から通信機を奪い、乱暴に言い返す。

「ご自慢のロングレンジライフルで撃ち殺せばいいだろ」

「もうあのアイフルは経年劣化で使い物にならない。かと言ってこの場を離れるわけにもいかない」

「……ならクロイデルに任せりゃいいだろ。防衛ラインを越えれば自動で攻撃するんだから、心配することねーだろ」

 隼の言葉は正論だった。

 わざわざ自分達が対処しなくても船の1隻や2隻簡単に対処できるはずだ。

 何故こちらに連絡してきたのか、ゲイルはその理由を告げ始める。

「相手は間違いなくこの軌道エレベーターについての情報を収集する目的で接近してきている。クロイデルの攻撃を逃れて情報を持ち帰る可能性もある。……とにかく連中に情報を与えたくない。確実に駆除するためにも早めの対処を乞う」

 心配性もここまで来ると病気である。

 が、心配しすぎて悪いということはない。

 ちょっとしたミスが大きな事故に繋がる可能性もあるのだ。

 それを重々理解してか、隼は赤髪を掻き上げる。

「しかたねーな……」

 隼はそう呟くと東から南へ方向転換する。

 しかし、真人は隼の動きを制した。

「僕が行くよ、隼はスケジュール通り次のポイントに向かって」

「いいのか?」

「テレパスも何も使えない僕が現場に行っても意味が無いだろう? それに、久々に自分で空を飛びたい気分なんだ」

 真人は隼に告げると、黒い粒子を体から発生させ、円盤状にして空中で固定し、その上に立つ。

 真人は飛行できないが、跳躍はできる。

 この円盤を足場にして超跳躍し、空中も海上も高速で移動することが可能だ。

 黒い粒子で構成された高密度の円盤を見、隼はコメントする。

「ホント、お前のその黒いやつ便利だよな」

「隼のPKほど万能じゃないけれどね」

 黒い粒子は武器にも鎧にも糸にもなるし、広域に散布すれば簡易レーダーの役割も果たしてくれる。

 この2000年で扱いには十分慣れたつもりでいるが、まだまだ色々使いみちがありそうなほど応用力の高いツールだ。

 真人は円盤の上で3度屈伸して準備運動をすると、大跳躍を行うべく腿に力を込める。

「じゃ、サクッと終わらせてくるよ」

「おう、任せたぞ」

 隼が応じるやいなや真人は円盤を強く蹴る。

 次の瞬間には真人はその場から消え去っており、遠い水平線の彼方まで移動していた。

 点になった真人を眺めつつ、隼は感慨深く告げる。

「あれで本気じゃないんだよなあ……」

 真人の力は本当に底知れない。

 DEED掃討作戦のときにも常に余裕を持って殲滅していたし、あいつが追いつめられた場面を今まで一度も見たことがない。

 もし真人が本気の本気を出したらどうなるのだろうか……

(今後、そんな事態は絶対に起こらないだろうけれどな……)

 圧倒的な実力差をしみじみと感じつつ、隼は東へと向かうことにした。



 インド洋、赤道直下のとある海域に軌道エレベーターは聳え立っている。

 その軌道エレベーターを守るため、周囲には3段階の防衛ラインが設置されている。

 まず第1段階が外敵の補足だ。1段階目のラインを越えた時点でその物体はマークされ、以後防衛エリアから出るまで監視を受けることになる。

 次、2段階目のラインを越えると問答無用でクロイデルが襲いかかる。このクロイデルは海棲生物を模しており、シャチからダツからイカからウツボまで様々だ。

 この段階でほぼ確実に軌道エレベーターに近づく物は排除できる。これまで何度か2段階目のラインを越えてきた船舶があったが、どの船もクロイデルの圧倒的な戦力を前に為す術もなく沈没した。

 そして3段階目、最後のラインを越えるとゲイルが直接排除に向かう。

 幸いなことにこれまで一度も最終ラインを越えた船舶はなく、ゲイルはずっと軌道エレベーターに張り付いて護衛と監視の任務についている。

 これだけ万全を期していれば軌道エレベーターは完璧に安全だ。

 だが、今回初めてゲイルは真人と隼に助けを求めてきた。

 ……想定外の事態が起きているのだろうか。

 何にせよ目視すれば全て分かるはずだ。

 そんな事を思いつつ真人は空中に固定した黒の円盤を蹴って空を跳び、第2次防衛ラインにまで到達していた。

 防衛ラインには確かにゲイルの言うとおり船舶の姿を確認できた。

 が、船舶は軌道エレベーターには向かわず、防衛ラインぎりぎりのところをウロウロと彷徨っていた。

(これは……)

 思っていた以上に人型DEEDは頭がいいらしい。

 完全に防衛ラインの位置を把握し、そのギリギリから軌道エレベーターを観察している様子だった。

 ラインを越えない以上、クロイデルは目標を攻撃できない。……かと言って長い間放置しておくわけにもいかない。

 だからゲイルは対処に困っていたのだろう。

(まあ、とにかく破壊するか……)

 疑わしきは罰す。事情も何も知らない彼らには気の毒だが軌道エレベーターの安全のため消えてもらおう。

 真人は上空でジャベリンを構え、特に考えることなく船舶目掛けて黒く尖ったそれを投げ下ろした。

 ジャベリンは見事に船の中央を貫通し、海面と衝突した衝撃で大きな水柱を上げた。

 水柱は海面からおよそ100mほどまで天に伸び、十分な時間を経て再び海面に降り注いだ。

 ジャベリンが命中した箇所……そこに船の姿は見当たらず、数枚の木屑だけが残されているだけだった。

(やりすぎたかなあ……)

 せめて何匹乗っていたかだけでも確かめても良かったかもしれない。

 先程の衝撃で遠くへ飛んでいったかもしれないが……クロイデルが全て綺麗に片付けてくれるだろう。

 そんなことを思いつつ海面付近でのんびりしていると、不意に付近から声が聞こえてきた。

「……ようやく出てきたか。2週間も罠張って海に潜ってた甲斐があったってもんだ」

 声に反応し、真人は左後方の海面に目を向ける。

 そこには潜水服まがいのぶかぶかのスーツを身に纏った男の姿があった。

 クロトは咄嗟に黒い粒子でランスを形成し、その男の顔面に切っ先を伸ばす。

 が、男の額に切っ先が到達する寸前で真人は攻撃を中断した。

 間違いなくこの男は人型DEEDであり、排除対象だ。普段の自分なら迷うことなく刺殺している。

 ……ならば何故攻撃を中断したのか。

 それは、男が“英語”を喋ったからだった。

 真人は切っ先を男の額にあてがったまま英語で問いかける。

「……お前、英語が話せるのか?」

 こちらが英語を話すと、男は驚いたような、それでいて嬉々とした表情を浮かべた。

「おお、マジで通じた。知性を持ち、ディードを統べる存在……エヴァーハルトの仮説は正しかったわけだ……」

 男は死の危機に瀕しているというのに、余裕の態度で呟いていた。

 真人は英語を話すDEEDを見て驚いたものの、数秒後には冷静な思考を行っていた。

 地上には様々な文献が残されている。その殆どが英語で記されたものだ。頭の良い個体ならそれを解読し、喋ることもできるはずだ。

 むしろ、文献を読み解いて文明を加速させてきたのだから、喋れない個体がいないと考えるほうがおかしい。

 真人は自分で納得し、改めて男を殺すべくランスに力を込める。

 と、殺気を感じ取ったのか、男は慌てた様子で話しかけてきた。

「ちょっ!! まあまあ、慌てなさんな。俺はただの冒険屋、何もあんた達と戦うためにここに来たわけじゃない」

 男は両手を挙げて戦意が無いことを証明すると、船の残骸に捕まって一息つく。

 そして、聞かれてもいないのに持論を展開し始めた。

「……この海域にいるディードがあのカラビナを守るために存在していることには気付いていた。だが、ディードがここまで正確に一定の海域を守れるとは思えない。だから俺達はディードに何らかの形で指示を出している存在がいると予測した。その存在の証明をするためにこうやって距離をとってウロウロしていたんだ。……ディードを操っている者に会うためにな」

「……囮だったわけか」

「そういうことだ」

 つまり、簡単に言えば一杯食わされたわけである。

 DEEDごときの策略に嵌り、まんまと彼らに姿を晒してしまったわけだ。

 だが、まだ正体を知られたわけではない。

 この男さえ殺してしまえば謎は永遠に謎のまま。今回の教訓を活かしてクロイデルの防衛エリアも拡大したほうが良いかもしれない。

 真人は今度こそ男を殺すべく再度ランスに力を込める。

 すると、男は命乞いをし始める……わけでもなく、感慨深い表情で語り始めた。

「俺はこの世界の謎を知りたい。だから狩人になって危険を冒してまでここまで来た。……なあ、あんたは全て知っているんだろう? 殺す前に少しでもいい、この世界について教えてくれないか?」

 男の目は本気だった。

 死ぬとわかっているのに琥珀の双眸からは絶望は感じられず、むしろこの状況に興奮しているのか、爛々と輝いている。

 ただの阿呆か、それとも本当に知的好奇心を満たしたいだけなのか。

(面白い奴だなあ……)

 真人は素直にそう思っていた。

 どうせこいつは死ぬ。ならば死ぬ前に少し余興に付き合うのも悪くない。

 それに、この1200年間は暇すぎた。

 そんな暇の中に現れた面白い存在……

 暇つぶしするには最適すぎる相手だ。

「……分かった」

 気付くと真人はそう答えていた。

 この男に敵意はないし、もしあったとしても瞬時に殺せる。

 ならば、暇つぶしがてら束の間の会話を楽しむのも悪いことではない。

「いいのか!?」

 男は真人の返事を聞き、笑顔を浮かべる。

 その無邪気な笑顔を眺めつつ、真人は早速行動に移る。

「ああ、ただここは場所が悪い。エリア外に移動しよう」

 未だこの海域はゲイルの監視下にある。DEEDと接触し、あまつさえ会話したとなれば後で面倒くさいことを言われるに決まっている。

 真人は黒い粒子で男を包み込むと小脇に抱え、適当な島を探すべく海域から離脱することにした。



 無人島に到着してから3時間後

 真人は琥珀の双眸を持つ男に2000年前からこれまでに起きた出来事を全て語った。

 ……地球を襲った怪物、DEEDのこと

 ……DEEDに対抗するべく生み出された人体兵器のこと

 ……5万人が軌道エレベーターの衛星軌道ステーションで冷凍睡眠していること

 ……DEEDを殲滅した経緯

 ……人の形を模したDEEDに荒廃した地上に文明を築かせる計画。

 ……そして、彼らが作り上げたインフラ設備やその他の建造物を全て頂くこと。

 

 ――その際に彼らを漏れなく駆除すること。


 男は何も言わずただひたすら真人の言葉に耳を傾けており、全てを話し終えても10分間ほど何も言わずに俯いて自分の中で情報を整理している様子だった。

 男はあぐらを掻いていた腿を両手でぱんと叩き、3時間と10分ぶりに言葉を発する。

「――なるほどなるほど。合点がいった」

 男は白い砂浜を木の棒で弄りつつ、言葉を続ける。

「一度文明が滅びたとは予想していたが、まさかその犯人が俺たちの先祖だったとはな」

「信じるのか。今の話を」

「信じるさ。全ての説明に矛盾点がなかったからな」

 普通の人間なら絶対に信じない話だ。もし自分がこいつの立場なら鼻で笑っているところだ。

 ……楽観的な男だ。だが、思考を放棄しているようには見えない。

 彼は彼なりに考え、こちらの話が真実であると判断したようだ。

 男は木の棒を海に投げ捨てると、唐突に頭を下げた。

「……すまないとしか言いようがない。人類を代表して謝らせてくれ」

「お前が謝ったところでお前らDEEDを皆殺しにする計画は止まらないぞ」

 真人は冷たく言い放つ。

 男は真人の言葉を正面から受け止めた上で話を続ける。

「確かに俺が謝罪した所で意味は無いだろうが、あんたの心中は察することができる」

 男は顔を上げ、顔を真人に向ける。

「……俺も妻をディードに殺された。理不尽な暴力に大切なものを奪われる気持ちは痛いほど分かる。だから俺達が殺されても仕方ない。いや、当然の結果だ」

 随分と物分りの良い男だ。

 最初に地球に襲来したあの球体の化物にこの男のような良心が数%でもあれば人類は絶滅の危機に瀕しなかったかもしれない。

 まあ、仮定の話をしていてもしかたがない。

 全てを話したし、暇も潰せた。

 後はこの男を殺すだけである。

 男も死期を悟ってか、砂浜に仰向けに倒れる。

「さ、殺してくれ。この世界の謎を知れた以上、思い残すことは何もない」

「……」

 この男の思考回路が理解できない。

 普通はなんとしても生き延びたいはずだ。命乞いでもするかと思っていたのに、この男は簡単に死を受け入れている。

 やはり阿呆なのか、自分の人生に価値など無いと悟っているのか、それとも予め死ぬ覚悟でこの海域に乗り込んできたのか。

 ……気になる。

 なぜだか分からないがこの男には何か魅力を感じる。

 頭では殺さねばならないと思っているのに、心のどこかで殺すには惜しいと思っている。

 1200年前の自分なら……DEEDを殲滅する使命に燃えていたあの頃の自分ならば迷うことなく男を串刺しにし、殺していただろう。

 だが、1200年という月日は人を変えるのに十分過ぎた。

 ……ここでもまた真人の悪い癖が出てしまった。

 真人は男の傍らに立ち、見下ろしつつ告げる。

「……こちらが教えたんだ。そちらも情報を渡してもらおうか」

「へ?」

 男は間の抜けた声を上げ、真人を見上げる。

「……殺さないのか?」

「気が変わった」

 真人は男の腕をぐいと掴むと強引に立たせる。

「今話しただろう。5万人で世界を復興するためにも、現在の文明レベルを詳しく知っておくのも悪く無い。現在地上で行われている産業の種類や総生産数、建造物の数から各地域の特性まで、あらゆる情報を教えてもらうぞ」

 これは彼を殺さないための言い訳、こじつけだった。

 情報など隼の力があれば簡単に手に入る。

 男は呆然としつつも真人に確認する。

「それは、つまり、あんたは俺を見逃すってことか?」

「殺さないだけだ。その代わり定期的に情報を持ってきてもらう。これは取引だ」

「……そうか。取引か……」

 男は小難しい表情を浮かべていた。が、真人の命令には逆らえないと早々に悟ってか、早速話を進めてきた。

「情報を集めるのは簡単だが……どうやってあんたに渡せばいい?」

「……」

 言われてみればそうだ。

 この件はゲイルにも隼にも知られたくないし、秘密裏にこちらからこの男に会いに行くのが最適な方法だろう。

 となると、男の位置を常に知っておく必要がある。

 そう判断した真人はあるものを男に渡すことにした。

「この腕輪をつけるといい」

 真人は左手に付けていた黒いブレスレットを外すと男に差し出す。

「これはビーコンだ。……と言っても分からないか。とにかく、これをつけていればお前の位置を常に把握できる」

「……どんな仕組みで場所が分かるんだ?」

「言ったところでわからないさ」

 ちなみにブレスレットは左右合わせて二つある。どちらともゲイルから支給されたものだ。このブレスレットから発せられる信号は少し特殊で、これさえつけていればクロイデルに襲われる心配がなくなる。

 ……クロイデルはDEED因子をもつ生命体を攻撃するようにプログラムされている。

 つまり、DEEDマトリクス因子を持つ自分もクロイデルの攻撃対象になっている。

 それを防ぐために予備と合わせて二つ支給されたわけだ。

 一つなくなった所で自分は困らないし、男も今後クロイデルに攻撃しない限り、クロイデルから襲われることはなくなる。

 男は黒いブレスレットをしげしげと見つめた後腕に装着し、思い出したように掌を叩く。

「あ、そう言えば名前を聞いてなかった。教えてもらってもいいか?」

 急に馴れ馴れしく喋りだした男に釘を差すべく、真人はキツめに言い返す。

「……慣れ合うつもりはない。お前たちが人類を滅亡の危機に追いやった張本人だってことを忘れるなよ」

「それは理解してる。だが、お互い名前を知らないと何かと不便だろう?」

 確かに多少不便かもしれない。それに何だかんだで真人も男の名前を知りたいと思っていた。

 真人はふうと溜息をつくと名字を名乗る。

「……ククロギだ」

 真人が名乗ると男は近付き、手を差し出してきた。

「俺はスヴェン……『スヴェン・アッドネス』だ。……仲良くやろう」

 琥珀の双眸に短い白髪が目立つ男、スヴェンは強引に真人の手をつかみ、握手する。

 先程まで死と隣り合わせだったというのに、もうそんなことは忘れたのか、満面の笑みを浮かべている。

 やはりこいつは面白い男だ。

 握手しつつそう思う真人だった。


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