074 先行投資
074
アルプス山脈のクレーターから脱出してから2時間後
真人と隼、そして竪穴の底から救出された52名は軌道エレベーターの搬入口前の広場に着陸していた。
この場所に来るのも久しぶりだ。50年ぶりくらいだろうか。
当時は綺麗だったこの場所も今は錆びついており、真人は800年という時の流れをしみじみと感じていた。
塗装は剥げ、木製のベンチや所々に置かれてた装飾品は朽ちて変形している。
しかしメインの部分は自己メンテナンス機能のおかげでしっかりと駆動しており、目立った異常は見られなかった。
軌道エレベーター自体は問題ない。だが、軌道エレベーターを守護する9体の自律戦闘兵器は1体にまで数を減らされていた。
理由はDEEDによる攻撃ではなく“故障”だった。
重力を自在に操る最強兵器と言えど、メンテナンス無しでは連続行動できない。
ハード面では自己修復用のナノマシンがきちんと駆動していたので問題なかったのだが、ソフトウェア部分に問題があった。
いくら優秀なAIでも長時間駆動し続けていれば必ずエラーが発生する。
些細なエラーであれば問題ないが、塵も積もれば山となる。
そんな小さなバグの積み重ねにより、人型自律戦闘兵器は機能不全に陥ったり問題行動や異常行動を起こしたりし、壊れてしまったのだ。
いまや残っているのはゲイル1機のみである。
何故、ゲイルのみがバグやエラーから逃れられたのか。それはゲイルのAIの最終調整を行ったのが佐竹玲奈という完全無欠の天才科学者だったからだ。
彼女のプログラムには脆弱性は全く無く、そのおかげでゲイルは800年間問題なく軌道エレベーターの護衛の任務を行ってこられたというわけである。
さらにゲイルは機能停止に陥った同機種から重力制御ユニットを回収、自機内に組み込み、自ら戦闘能力を強化した。
単純計算で出力は8倍。重力制御能力も比例して強化されており、守護者という名に恥じぬ程の高い戦闘能力を有していた。
とは言え、クロイデルや隼や真人の活躍のおかげでDEEDと戦闘する機会は全く無く、俗に言う宝の持ち腐れ状態だった。
彼が戦列に加わってくれていたならもっと効率的にDEEDを駆除できたのだが、軌道エレベーターの防衛の方が重要な任務だ。
というわけで、絶大な力を有しつつもゲイルはこの800年間、一度たりとも軌道エレベーターの防衛ラインから外に出ることはなかったというわけである。
ゲイルは真人と隼の帰還に気付くやいなや、広場の中央に降りてきた。
ふわりと降りてきた機械の巨人は音もなく広場に着地し、合成音声で二人に挨拶する。
「ククロギにパイロか、久しぶりだな」
真人と隼は視線を上に向け、黒い装甲を身に纏っている10mの人型兵器に挨拶を返す。
「ゲイルこそ久しぶり。元気にしてた?」
「至って元気だ。全身くまなく正常に稼働している」
隼人も真人に続いて声をかける。
「ステーションの方はどうだ? 全員異常はないか?」
「現時点で冷凍睡眠装置に目立ったエラーはない。安心してDEEDの駆除に励むといい」
「……」
ゲイルは故障することなくきちんと任務を全うしている。……が、ここ数百年の間に若干性格の変化が見られた。
以前は自分達に対し敬語を使っていたのだが、いつからか使わなくなり、今現在はタメ口どころか命令口調だ。
AIなので自己学習することは理解しているが、どういった心境の変化があったのだろうか。……結構気になる。が、矯正するつもりは全く無かった。
意思疎通ができればそれで問題ない。
ゲイルは挨拶を済ませた後、早速52名について説明を求めてきた。
「ところでその人たちは?」
「ついさっき救助してきたんだ」
真人は改めて52名をざっと見渡す。
相変わらず全員ぼんやりしており、事情聴取できるレベルにまで回復するにはまだまだ時間がかかりそうだった。
真人は説明を続ける。
「たぶん冷凍睡眠で生き延びてたと思うんだけれど、後遺症か何かのせいでまともにコミュニケーションが取れないんだ」
「確かに、少し様子がおかしいな。心ここにあらずといった感じだ」
ゲイルは感想を述べつつ、その大きな金属の手で一人の男性の背中を軽く押す。
普通なら転けないように踏ん張るところだが、男性はそのままふらっと前に倒れてしまった。
が、転ける前に隼がPKで男性の動きを制御し、床に激突することはなかった。
と言うか、普通の人間ならゲイルの姿を目にしただけで驚くはずである。
だと言うのに52名全員無反応でぼんやりしている。
これは異常としか言いようがなかった。
倒れかけた男性をそのまま床に座らせたパイロはゲイルに告げる。
「こういう時の対処法はお前の方が詳しいと思ってな。どうにかできねーか?」
ゲイルは後方に位置する軌道エレベーターのメインフレームを指差し、言葉を返す。
「……冷凍睡眠装置の仕組みや人に対する影響についてはアーカイブに記録されている
。今からサーバーに接続して役立ちそうな情報を探してみよう」
「うん。安心して調べてきなよ。その間ここの守りは僕達が……」
アシストを申し出た真人だったが、その必要はなさそうだった。
ゲイルは一瞬動作を止めたかと思うと、すぐに喋り始める。
「解凍シークエンスについてのマニュアルが数種類見つかった。どちらにしても検体検査装置と医療キット、それにマニピュレーターマシンが必要だ。都合のいいことに全て医療区画にある。……パイロ、取ってきてくれ」
どうやら無線通信で一瞬で情報を手に入れたようだ。
指示受けたパイロは不満げに呟く。
「なんで俺が……」
「ククロギのほうが戦力が上だ。こういう雑務は下っ端が行うのが当然だろう」
「何だと?」
流石の隼も機械に下っ端呼ばわりされてご立腹らしい。
隼はゲイルを指差して言い返す。
「この中で一番の下っ端はお前だろ。お前が取ってこいよ」
「確かにそうかもしれないな。だが、この巨体で医療区画に入れると思うか?」
「……」
ゲイルの全長は10mを越える。何をどう頑張っても建物内部に入れるわけがなかった。
隼もそれを承知してか、ため息をつく。が、何か思いついたのか、代替案を告げる。
「待てよ、わざわざ医療器具を持ってこなくても、この52人を医療区画に移動させればいいだけじゃねーか。ゲイル、お前の権限があればここにいても医療区画の医療器具を操作するのも簡単だろ?」
「その案は良いとは思えないな」
「何でだ?」
「その52名が何らかの感染症に侵されている可能性もある。医療区画は冷凍睡眠から覚めた5万人がいずれ利用することになる区域だ。もしそこが汚染されてしまうと後々面倒なことに……いや、パンデミックが起こって5万人にかなりの被害が及ぶ可能性もある。安全を優先させるなら、彼らの検査はこの場所で行ったほうが良い」
全く持って合理的な判断だった。
それに、彼らがいつまでも大人しくしているとも限らない。屋内に入るやいなや暴れだす危険性もある。
この開けた場所で作業を行うのが安全であることは明白だった。
「取ってくりゃいいんだろ。取ってくりゃ……」
隼はゲイルの話に納得したのか、赤髪を掻き上げるとPKを発動し、宙に浮かぶ。そして、施設内部へ続く搬入口目掛けて飛んでいった。
隼がゲイルに指示された物を持ってきてから1時間
ゲイルはマニピュレーターマシンを遠隔操作し、救出した52名から採血し、そのサンプルを順次検査装置に投入していた。
マニピュレーターマシンからは人の腕ほどの大きさのアームが6本生えており、その先端には精密作業に適した指に似たユニットが取り付けられている。
本来は遠隔通信で手術を行う際に用いられる高価な装置だ。
精密機械なのでなるべくなら外気に触れさせないほうがいいのだが、52名を内部に入れるわけにもいかないので、こうする以外に方法はなかった。
52名も相変わらずぼんやりしたままで、血を抜かれてもとくにリアクションはなく。ただただ虚空を見つめていた。
作業を観察していると、不意に隼が呟いた。
「こいつら、マジで何者なんだろうな」
「どうしたんだい、急に」
「いや、さっきからテレパスで思考を読み取ろうとしてるんだが、全く反応がねーんだよ」
「それは冷凍睡眠の副作用のせいじゃないの?」
「いや、それにしたって外部からの刺激に対して反応が無いってのはおかしい」
隼は彼らの存在について納得出来ないのか、悩ましい表情を浮かべていた。
真人も気にならないわけではなかった。
地下500kmに人間がいたというのは常識的に考えてあり得ない。もしかしてDEEDが人間を攫って、長きにわたり隠していたのだろうか。
だが、もし仮にそうだとしても人間を攫う理由が分からない。
それに人の寿命は長くても精々100年だ。800年も生きられる人間は存在しない。冷凍睡眠以外に考えられない。
(いや……)
DEEDが人間を意図的に繁殖させていた可能性もある。
アルプス山脈の500km地下、あそこには冷凍睡眠装置らしきものは見当たらなかった。もしかすると繁殖させていたという考えは当たらずとも遠からずかもしれない。
DEEDは多かれ少なかれ知性を持っている。人間を研究目的で攫うというのはありえない話ではない。
現に、人間側もDEEDの残骸を回収し、研究していた。DEEDも同じことをしていても不思議ではない。
(考えすぎかな……)
真人は掌で顔を拭いつつ、考え続ける。
もし仮にDEEDが人間を研究したとして、彼らはその情報をどう使うのだろうか。
DEEDは能力的に人間を上回っている。人間を研究した所でその情報に有用性があるとは思えない。
DEEDにはDEEDなりの考えや策略があるのかもしれないが、理解できそうにないし理解したくもない。
「……まあ、何にしても検査が終わればすべて分かるさ」
「そうだな。何にせよ52人を救えたって事実は変わらない。結論を急ぐ必要もないか……」
冷凍睡眠から目が覚めたのか、それともDEEDに飼われていたのか。
どちらにしても人間には変わりない。隼の言うとおり、52名を救えたという事実が重要なのだ。
その後も真人と隼はゲイルの作業風景を観察していたが、不意に動きが止まった。
何か意外な結果でも出たのだろうか。
二人は立ち上がり、ゲイルの元へ移動する。
「ゲイル、何かわかったのかい?」
真人はゲイルに問いかける。
ゲイルはアイカメラをこちらに向け、合成音声で応じる。
「ああ、予想外の結果が出た。その画面を見てくれ」
ゲイルはそう言うと検体検査装置のモニターを指差す。
二人はゲイルに言われるがままモニターを覗き込む。が、そこには検査項目とその数値がびっしりと表示されているだけで、素人の二人には何を意味しているのか全く理解できなかった。
隼はゲイルに文句を言う。
「これじゃわかんねーよ」
「そうか。では口頭で説明しよう。まずこの数値だが……」
長い説明になると早々に予感した隼はゲイルの言葉を遮る。
「細かいことはいい。結果だけをわかりやすく教えろ」
ゲイルはすぐに説明を中断し、アイカメラを52名に向ける。
そして、隼の要望通り単刀直入に告げた。
「結果から言うと……あいつらは人間じゃない」
ゲイルの意外すぎる言葉に隼は半笑いで応じる。
「人間じゃない? じゃあ何なんだ?」
隼の質問に対し、ゲイルは予想外の解答を告げた。
「――DEEDだ」
ゲイルの合成音声が広場に響く。
その声は真人の耳にも隼の耳にも勿論届いていた。が、二人共その言葉の意味を一瞬理解できず、反応が遅れてしまった。
まず言葉を発したのは真人だった。
「え……?」
何かの聞き間違いじゃないだろうか。今ゲイルは52名のことをDEEDだと言った。しかし、彼らはどこからどう見ても人間だ。
人間とDEEDを見間違うなんてあり得ない。とうとうゲイルも壊れてしまったのか。検体検査装置が壊れているのか。それとも自分の耳がおかしいのか。
確認の意味を込めて、真人はゲイルに問いかける。
「ゲイル、彼らは人間だよね?」
「いや、間違いなくDEEDだ。私も結果を信じられず3回も検査した。が、3回とも結果は同じだった。重ねて言う、彼らはDEEDだ」
ゲイルのこの説明に、ようやく隼は反応する。
「待て待て待て、どういうことだ? あいつらがDEEDって……何を根拠に?」
ゲイルはアイカメラを52名の集団に向けたまま説明する。
「確かに彼らは人間の形をしているが、臓器や骨を構成している物質が人間のそれと全く違う。それどころかDNAはDEEDのそれと完全に一致している。……人の形をしたDEEDとしか表現のしようがない」
「マジかよ……」
隼はこの結果に動揺を隠せないのか、頭を抱えていた。
無論、真人も驚いていた。
彼らにDEEDが何らかの形で関わっているかもしれないと考えていたが、まさか彼ら自身がDEEDだったとは予想外だった。
しかし、彼らからは敵意は感じられない。救出してからずっと虚空を見つめてぼんやりしている。
攻撃の意思があるなら即刻排除していたところだが、彼らは違う。
本来ならDEEDは問答無用で排除だ。が、今回ばかりは事情が複雑すぎる。
……これは自分たちの手に負えない。
そう判断した真人は隼とゲイルにあることを提案することにした。
「これは僕達だけじゃ判断できない。一旦律葉たちを起こして詳しく調べてもらおう」
餅は餅屋だ。
52名のことを見なかったことにして排除するのが一番手っ取り早いが、彼らを研究することで人類にとって有益な何かを手に入れることができるかもしれない。
幸い彼らは今のところ大人しくしている。しかも数も揃っている。危険性は殆ど無いだろう。
真人の提案に対し、隼は疑問を返す。
「起こすって……起こしていいのか?」
この問いに答えたのはゲイルだった。
「駄目だ。DEEDを一匹残らず完全に排除できるまで冷凍睡眠装置の解除は認められない。もし解除したいならDEEDを……」
流暢に話していたゲイルだったが、唐突に言葉が途切れた。
その後もゲイルは固まったまま、続きを喋る気配はない。
しびれを切らした隼はゲイルに近寄り、足を軽く蹴る。
「どうした? 故障か?」
隼の言葉に数秒遅れてゲイルはようやく応じた。
「……いや、今クロイデル・プラントから連絡が入った」
ゲイルは再び喋り始める。
そして、クロイデル・プラントからの連絡内容を二人に告げた。
「DEEDの完全排除に成功したとのことだ」
この報告は二人にとって最高級の朗報だった。
「マジか!! やったな!!」
隼は拳を握りしめ、ガッツポーズを何度も繰り返す。
真人もゲイルの報告を聞き、思わず笑みをこぼしてしまう。同意に安堵感を覚えた。
だが、真人は平静を装い、ゲイルに再度確認する。
「本当に? よく調べたのかい?」
「世界中に散らばっている偵察用のクロイデルからの報告だ。まず間違いない」
ゲイルに便乗するように隼も告げる。
「間違いないと思うぜ。前にも言ったが、俺も地球をぐるぐる回って丁寧に索敵したんだ。信じていい」
「そうかい……」
DEEDの脅威は去った。
ついに人類はDEEDに勝利したのだ。これからも侵略してくる可能性は否めないが、クロイデルと僕達の戦力があれば地球に降りてくる前に撃退できるだろう。
「これで問題ないね。ゲイル、冷凍睡眠の解除を頼めるかい?」
「了解した。限定的にブレインメンバーを解凍しよう」
残された問題はこの52名の人間を模したDEEDである。
彼らの問題が片付けば晴れて人類は地球の主に返り咲き、新たに文明を築き上げる事ができる。
(800年ぶりかあ……)
冷凍睡眠していた律葉にとっては800年も一瞬の出来事だが、こちらはそうではない。
再会した時、何と声を掛けたら良いだろうか。
真人はそんな事を考えつつ、エレベーターが降りてくるのを待っていた。
3日後
ゲイルに守られながらエレベーターが降りてきた。
エレベーターは地表に降りると同時に扉が開き、中から10名の人が出てきた。
彼ら10名が人類を代表するブレインメンバーである。10名の内5名が学者で、3名が軍関係者、残り2人は財閥関係の資産家、そして政治家である。
このメンバーは軍関係者が独善的に決定したメンバーで、再興時にはこの10名がそれぞれの分野でリーダーシップを取ることになっている。
重要案件もこの10名で話し合って決めることになっている。
彼らはまだ冷凍睡眠の後遺症が残っているのか、表情は芳しくなく、足元もおぼつかなかった。
そんな10名の中、見覚えのある女性が二人ほどいた。
一人は人型自律戦闘兵器の開発に大きく貢献した天才科学者、佐竹玲奈
そしてもう一人は地上最強の生体兵器を生み出した科学者で真人の恋人、近衛律葉だった。
真人は律葉の姿を確認するやいなや彼女に近づき、声をかける。
「おはよう律葉」
声に反応してか、律葉は地面に向けていた視線を正面に向ける。
その視線の先には真人の姿があった。
「マナト……?」
律葉はトレードマークのカチューシャを付けておらず、顔にも生気がなかった。
が、真人の姿を認識するやいなや、目をぱちりと開き、真人に飛びついた。
「マナトー!!」
律葉は真正面から真人に抱き付き、顔を胸元に埋め、腰に手を回してギュッとホールドする。こうすることでお互いの体が密着し、真人は律葉の体の感触、体温、そして鼓動を感じていた。
律葉の抱擁……懐かしい感触だ。
そして心地よい。いつまでも抱き合っていたい気分だ。
律葉も真人に再会できたことが嬉しいのか、人目も気にしないで抱擁し続けていた。
律葉は顔を埋めたまま真人に問いかける。
「……全部、終わったの?」
「終わったよ。約束通り1000年以内……800年で終わらせたよ」
「流石ね……ゴホッ……」
律葉は言葉の途中で咳き込み、一旦真人から離れる。
真人は苦しそうに咳をする律葉の肩を優しく掴む。
「大丈夫かい?」
「大丈夫。それよりも……」
律葉は顔を上げ、微笑む。
「とんだ年の差カップルになっちゃったわね。フフ……」
「それだけ冗談を言える余裕があるなら大丈夫そうだね」
冷凍睡眠装置は問題なく作動してくれたようだ。この咳も一時的なものだろう。
律葉は笑い終えた後、真人に感謝の言葉を告げる。
「……ありがとう真人、辛かったでしょ?」
「辛くなかったと言えば嘘になるね。でも、その辛さを打ち消すくらい、誇らしさも感じていたよ。律葉がくれたこの力でDEEDを倒すことができたんだからね」
「真人……」
律葉は再度真人に抱きつく。
真人はそんな律葉を可愛らしいと感じつつ、頭を撫でる。
「……さ、取り敢えず今はみんなと合流しよう」
「そうね」
真人は律葉の手を引き、広場の中央へと移動していく。
その途中、玲奈とゲイルが何やら話していた。
「ゲイル、お疲れ様」
玲奈は後遺症は殆ど無いようで、ボリュームは小さいものの声はしっかりしていた。
「報告書は読んだわ。1機でこの場所を守るのは大変だったでしょう」
「いえ、ククロギとパイロ、それに貴方が開発したクロイデルの活躍のおかげでこの軌道エレベーターが襲撃されることは一度もありませんでした」
玲奈はゲイルの脚部装甲を撫でる。
「それでもお礼を言わせて。ゲイル、ありがとう」
「私にはもったいないお言葉です……」
真人たちにはタメ口だったゲイルだったが、玲奈には敬語を使っていた。玲奈は言わばゲイルにとっての生みの親、神に等しい存在だ。彼女を敬うのは当然のことのように思えた。
「おいおいガリ勉女子ども、真人とゲイルには礼を言っといて俺には労いの言葉もなしか?」
再会早々に突っかかってきたのは隼だった。
玲奈と律葉は隼を見るやいなやため息をつく。
「あのね隼、お礼っていうのはせがむものじゃないのよ」
「何だよ……」
玲奈の至極まっとうな意見に隼は恨めしそうに呟く。
そんな反応を見て律葉は吹き出す。
「あは、拗ねてる拗ねてる。800年も歳を取ってるのに何も変わってないわね」
「お前ら……俺がどれだけ苦労したかと……」
隼は言葉を途中で止め、ため息混じりに下を向く。
そんな哀れな姿に流石に同情を禁じえなかったのか、律葉は真人から離れて隼の元へ向かう。
「仕方ないわね。……玲奈」
律葉は玲奈にアイコンタクトを送る。
「わかったわ」
律葉の考えを理解したのか、玲奈もゲイルの元を離れて隼の元へ歩いて行く。
やがて二人は同時に隼の前に到着し、隼を挟み込むように左右に立つ。
そして、特に合図もなく両側から隼に抱きついた。
「ッ!?」
急に抱きつかれた隼は顔を上げ、体を硬直させる。
そんな反応が面白かったのか、律葉と玲奈は微笑みつつ隼に告げる。
「……隼もお疲れ様。大変だったね」
「あんたがいなかったら5万人も救えなかった。……感謝してるわ」
二人は数秒間ハグした後、同時に離れた。
離れた後もぼんやりしていた隼だったが、すぐに気を取り直して文句を言い続ける。
「ハグだけかよ。こっちは800年頑張ったんだぜ? もっとご褒美があってもいいんじゃねーの?」
下心丸出しの隼に玲奈は呆れ口調で告げる。
「はぁ……だからあんたはモテないのよ……」
「……別にいいさ。なんてったって俺は人類を救った救世主だからな。再建した暁には嫌でも女が寄ってくるさ」
「そうなるといいわね」
玲奈は冷たく言い放ったが、真人は実際そうなるだろうと思っていた。
救助された人々にとって超能力を使うことができる隼はまさに救世主だ。モテるかどうかは別として大多数の人が彼のことを慕うことになるだろう。
そんなことをしていると、広場中央から低い男性の声が聞こえてきた。
「君たち、再会を喜びたい気持ちも分かるが重要な案件があるのだろう? 早く済ませてしまおう」
真人は広場に目を向ける。
そこには円卓に座る8名のブレインメンバーの姿があった。
この木製の円卓は話し合いのために用意したもので、隼が適当な木材をPKで切り貼りして10秒足らずで造ったものだ。椅子も同じく木製である。
「す、すみません」
「すぐ行きます」
男性……軍服を着た壮年の男に呼ばれ、律葉と玲奈は慌てて円卓へと歩いていく。
やがて二人が席につくと話し合いが始まった。
「……まずはDEEDを地上から一掃できたことを喜ぼう」
壮年の軍人はテーブル上においてあったグラスを持ち上げる。
その動きに同調するように全員がグラスを持ち上げた。
全員が持ち上げたことを確認すると軍人は「……勝利に」と呟き、グラスを軽く傾け、中に入っていたサイダーを飲み込んだ。
他のメンバーも同じ動きをし、サイダーを飲む。
……本当はお酒を用意したかったのだが、生憎倉庫内の酒は殆どが味が飛ぶか蒸発しており、飲むに耐えない味になっていたのだ。
ということで、結局砂糖水に炭酸を吹き込んだサイダーになってしまったというわけである。
サイダーについて何か言及されるかなと思っていた真人だったが、メンバーは特に気にする様子もなく話を続ける。
「しかし、本当にあの怪物を倒せるとは思っていなかったな」
「無限に増殖する核攻撃にも耐える化物……あの時の絶望が嘘のようだ」
「私も勝てるとは思っていなかった。だが、我々は勝利した。これも彼らの活躍のおかげだな」
円卓に座るメンバーの視線が真人たちに向けられる。
真人は軽く会釈し、隼は腰に手を当て満足気に笑みを浮かべ、ゲイルは……特に動く気配はなかった。
「ミス近衛にミス佐竹、君たちの発明には感謝の言葉もない。これからもその頭脳を人類の再興のために存分に役立ててもらいたい」
男性の言葉に、律葉は淡々と応じる。
「……感謝の言葉なら研究に志願してくれた被験者の方々にお願いします。彼らの犠牲がなければ私達の研究は完成していませんでしたから……」
律葉は当時のことを思い出しているのか、辛そうな表情を浮かべていた。
そんな憂いに満ちた律葉を見てか、他のメンバーは今後について発言する。
「うむ……我々は多くを奪われ、そして失った。全人類100億の無念を晴らすためにも、我々は一刻も早く再興する必要がある。そのためには……」
「待って下さい」
言葉を遮ったのは玲奈だった。
玲奈は一呼吸置き、言葉を続ける。
「再興プランについてはまた後ほど話し合いましょう。今は優先するべき問題があります。その問題のために我々は招集されたはずです」
玲奈の言葉に続くように学者が……ボサボサ頭に痩せ型の中年男性が告げる。
「優先するべき問題……人の形をしたDEEDの件かい」
「その通りです」
例の52体の人型DEEDは今は空の倉庫に移動させている。
あれから3日経っても彼らはぼんやりしたままだ。
「取り敢えず映像を出しますね」
真人はタブレット端末を各人に配ると倉庫内の監視カメラ映像とリンクさせる。
すると、タブレット画面に倉庫内の映像が映し出された。
倉庫内には52名の全裸の男女がぼんやりと立っており、動きも特になく、代わり映えのない映像だった。
彼らの血液や体液のデータは既に学者さんの端末に転送済みだ。
データを見れば明らかに人間でないことは分かるだろう。
だが、素人目では人間にしか見えず、知識のない軍人やその他のメンバーは若干動揺しているように見えた。
玲奈はボサボサ頭の学者……律葉の上司にあたる人物に問いかける。
「主任さん、専門家のあなたの意見を訊いても?」
主任は小さく頷き、やや早口で喋りだす。
「道中データを見せてもらったが間違いない。外見も中身も人間のそれと酷似しているが、DNAは全くの別物。彼らはDEEDに間違いない」
主任の説明に、メンバーは動揺を隠せないようで様々な意見が飛び交う。
「人の形をしたDEED……DEEDがどうしてこんなものを造ったのか……意味がわからないな」
「形は人間だがDEEDなんだろう? 何かが起きる前に殺してしまったほうが良い」
「何とかして意思疎通できないのかね。彼らの意見を無視して殺処分するというのは人権に反するのでは……」
「人権も何もない。あいつらはDEEDだ。姿形に惑わされては駄目だぞ」
「私は早々に処分することを提言する。何かがあってからでは遅い」
「しかし、かなり興味深い研究対象です。彼らを調べればよりDEEDについての知識を得ることができるかもしれない」
「いまさら知識を得てどうする。既にDEEDは全滅させたのだぞ」
「またこの地球に飛来してくるとも限りません。その時にDEEDに関するデータが有れば有利に戦えます。例えば、彼らに有効なBC兵器を造ることも可能です」
「いいや、ここは安全を優先させるべきだ。連中がいつ破壊行動を始めるかわかったものじゃないんだぞ」
様々な意見が飛び交う中、律葉は凛とした声で告げる。
「DEEDがこのような物を造ったことには何か意味があるはずです。その意味を考えませんか」
この問いかけに咄嗟に答えることができず、メンバーは押し黙る。
真人もこの点について大いに疑問を持っていた。
しかし、考えても考えても全く理由がわからなかった。
そもそもDEEDは何のために地球を侵略しにきたのか。そこから考える必要があるのではなかろうか。
一人で考えていると、主任がふと考えを述べた。
「……思うに、DEEDは一種のテラフォーミング装置なのではないか」
主任はボサボサ頭を掻き、机の一点を見つめていた。
「興味深い意見だ。続けてくれ」
軍人は主任の意見を促す。
主任は机に肘をつき、またしても早口で考えを述べていく。
「その星の文明と生命体を破壊し、破壊が終わったら再生を行う。……想像だが、DEEDは無数に探査装置を発射し、その星が生命活動に適していると判断した場合のみ信号を発信し、破壊のための部隊を送り込む。破壊が済めばその星の主として種の繁栄を行い始める。あの52体は繁栄のために造られた個体なんじゃないか」
「でも、それならなぜ人間の形状を?」
予想していたのか、玲奈の質問に対し主任は間をおくことなく答える。
「我々人間の文明をトレースするつもりだろう」
「なるほど。それは大いに有り得るわね……」
「……詳しく教えてくれ」
軍人の要望に応じ、主任に代わって玲奈が簡単に説明する。
「地球上で最も繁栄した種は人間だった。DEEDも繁栄を目的としているなら、人間という手本を真似るのが最も効率的ということよ」
玲奈の説明に他のメンバーはまたしても勝手に意見を述べ始める。
「じゃあなんだ。奴らは俺たち人間に成り代わろうって腹づもりか?」
「地上には我々が遺した文献や文明の残滓が大量に散らばっている……奴らがもし繁栄とやらを始めたら、我々よりも速いスピードで進化をとげるのは間違いない」
「ですな、もしかしたら我々以上の文明を築き上げる可能性も……」
「やはり今のうちにあの52体、全部殺処分しておいたほうが……」
メンバーが好き勝手意見を言う中、玲奈は手を挙げて場を制する。
「待って、提案があるんだけれど」
「……提案?」
メンバーの視線が玲奈に突き刺さる。
玲奈は全員の注目が集まったことを確認すると、大胆な案を提示した。
「彼らを野に放って様子を観察しませんか? もし彼らが人間と同じ文明をトレースするなら、ある程度まで繁栄したところでインフラ設備や建物類を乗っ取るのもいいかもしれません」
「また何でそんなことを……」
「我々人類の再興のためです」
玲奈は海の向こうにあるであろう大陸を指差し、言葉を続ける。
「環境が回復しているとはいえ、未だ地上は人が住める環境ではありません。インフラ設備も生活基盤もたった5万人でゼロから生み出すのは一苦労です。ならいっそのこと彼らに文明を築いてもらい、それをまるごといただきましょう」
この玲奈の大胆な案に、メンバーは意表を突かれている様子だった。
黙って訊いていた隼は一言告げる。
「えげつない事考えるなぁ……」
「先にやったのは向こう側よ。責められる言われはないわ」
(確かに……)
真人は玲奈の案が現実的且つ、効率がいい案だと思っていた。
文明を築くには時間も労力もかかる。仮に今5万人を目覚めさせたとして、地上には何もない。倉庫にはある程度の備蓄品があるが、十数年もすれば原始時代の生活を強いられることになる。
だが、DEED共に1200年も時間を与えればそれなりの文明を築かせることができるはずだ。しかも世界各地にはこれまでの人類の文明の残滓が残っている。それらを有効に活用すれば中世……いや、産業革命時代くらいまで文明や文化を作り上げることも可能だ。
基盤さえできてしまえば後は簡単だ。人間を模したDEEDを根絶やしにし、本物の人類がそこに住み、新たな人間社会を作っていく。
この玲奈の案にメンバー内から反対意見は出ず、むしろ建設的な意見が出始める。
「その計画を実行するのならクロイデルは停止させたほうがいいな」
「そうですね。でも増えすぎても困りますし、生活圏が広がり過ぎないように監視役程度に抑えておきましょう」
「できるのか?」
「クロイデルの活動レベルを下げることは可能です。細かい設定もできます」
「流石は天才科学者だな」
玲奈が褒められている間、主任は52体の能力に関して言及する。
「データを見るに彼らの身体能力は人間とさほど変わらない。……絶滅しないよう、安定するまでは護衛が必要になるだろう」
「その程度なら俺一人で大丈夫だ。連中が生態系の頂点に立つまで監視しててやるよ」
「いや、監視にとどまらず積極的に彼らに教育を行ってもいいくらいだ。発達速度が上がれば上がるほど我々が目覚めた時、再興が楽になるのだからな」
「となるとバランスが難しいですね。間引きするのはクロイデルを使えば簡単だが、増やすのは大変そうだ」
「外敵は全て排除するんだ。嫌でも数を増やしていくだろうさ」
メンバーがガヤガヤと騒ぐ中、壮年の軍人は声を張る。
「……とりあえず冷凍睡眠装置はあと1000年と150年は駆動できる。その間に彼らには我々の生活基盤を存分に造ってもらう。……それでいいな?」
「そうですね」
「異議なし」
「私も異議なしだ」
その後も反対意見は出ず、玲奈の案は採用されることになった。
「それでは、改めて細かい点を詰めていこう」
……その後小休止を挟みながら会議は続き、計画の決定案が完成するまで1週間もの時間を要した。
「――また眠るのかい?」
「そういうことになるわね」
決定案が完成してから2日後、ブレインメンバー達は再び冷凍睡眠に戻るべく軌道エレベーター内で待機していた。
勿論その中には律葉も含まれており、真人は律葉と別れの挨拶をしていた。
「寂しくなるよ」
真人はそう言うと律葉に軽くハグする。
「ごめんね真人……」
律葉は謝罪の言葉を述べ、真人のハグに応じた。
これまでの800年はDEEDを殲滅するという明確な目標があったから寂しさもあまり感じることなく日々を過ごすことができた。
だが、これからの1200年は何もすることはない。ただヒトモドキを監視するだけだ。
退屈で詰まらない。その分昔のことを思い出すだろうし、律葉のことも頻繁に想うことになるだろう。
酒でも飲んで気を紛らわせることもできるかと思ったが、生憎自分の体は酔を感じさせる間もなくアルコールを分解してしまう。
……多分、自分は1200年も耐えられない。
抱き合ったまま、真人は告げる。
「もう少し一緒にいられないかい? せめて1ヶ月……いや、1週間でも良いから」
少しでも思い出が欲しい。思い出があれば耐えられるかもしれない。
しかし、律葉は首を横に振り、軽く真人を押して距離を取った。
「長ければ長いほど別れが辛くなるわ」
「律葉……」
そんな二人のやり取りを見てか、玲奈は提案する。
「いっその事真人もいっしょに冷凍睡眠しちゃえば? そしたら寂しくないと思うわよ」
「だな。DEEDの脅威も去ったわけだし、ゲイルと俺とクロイデルがいれば問題ねーよ」
「……」
いや、問題はある。
DEEDがまた宇宙から飛来してくるかもしれないし、そうでなくとも予期せぬトラブルが発生する可能性もある。
自分はメンバーの中で最も高い戦闘能力を有する兵士だ。
万全を期すためにもこの場に残ったほうが良いし、残らねばならない。
真人は首を左右に振って頬を叩き、律葉に謝罪する。
「……ごめん。さっきのは我儘だったね」
真人は一歩二歩と律葉から離れていく。
「僕は残るよ。これまで通り、この場所を守り続けるよ」
やがて真人がエレベーターから降りると、エレベーターは動き出す。
ブレインメンバーを載せたエレベーターは太い柱に沿って天へと昇っていく。
その途中、律葉が身を乗り出して真人に向けて叫んだ。
「大好きよ真人!! また1200年後に逢いましょう!!」
その叫びはすぐに霧散し、エレベーターは急加速してあっという間に雲の上へ消え去ってしまった。
「……うん、1200年後」
地上に残された真人は噛みしめるように呟く。
その言葉は虚しく周囲の空気に溶け込み、律葉に届くことはなかった。




