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天球のカラビナ  作者: イツロウ
06-天球のカラビナ-
74/107

073 不可解なヒト


 073


 ――千年後の地球はどうなっているのだろうか。

 多くの専門家や科学者、そして作家などがそれぞれ様々な未来を予想していた。

 ある者は第三次世界大戦が勃発し、万を超える核兵器のせいで人類は死滅すると予想し

 ある者は人類は宇宙に進出し、宇宙コロニーや火星や月で生活するようになると予想し

 ある者は地球が氷河期に突入し、人類は地中で生活するようになると予想し

 ある者は高度に発達したAIが人間に成り代わり世界を支配すると予想し

 ある者は人類は不老不死の技術を開発し、さらに高度な文明を築いていくと予想し

 ある者は人類はエネルギー問題を克服し、争いのない平穏な世界が訪れると予想し

 そしてある者は……地球外生命体との遭遇によって歴史が激変すると予想していた。

 これらの話は当時の自分にとってあまりにも非現実的に思え、まともに考えることもしなかった。

 どれもが起こり得ると思っていたし、逆にどれもが外れるとも思っていた。

 それだけ遠い未来について関心を持っていなかったのだ。

 千年後には自分は生きていない。そんな先の話を考えても自分には全く関係のない話だ。

 いろんな予想が出てきたが、結局はこれまで通りの生活が延々と続いていくのだろうと思っていた。

 ……だが、現実は違った。

 地球外生命体が出現し、世界は激変した。

 DEEDと名付けられた球状の怪物は人類に襲いかかり、数年足らずで世界を崩壊させた。

 これまで何千年と築き上げてきた人類の歴史を文明を文化を、一瞬にして葬り去ってしまったのだ。

 だが、人類は滅びていなかった。

 残された技術の粋を集め、DEEDに対抗するべく超兵器を造り出したのだ。

 それが自分……DEEDマトリクス因子によって遺伝子を書き換えられた人間兵器、玖黒木真人である。

 他にも特殊な薬品によってPK能力を使えるようになったパイロこと西城隼。重力制御装置を内包した人型自律戦闘兵器ゲイルなどが挙げられる。

 が、DEED殲滅において最も功績を残したのは天才学者、佐竹玲奈が製作した自己進化型DEED殲滅兵器『クロイデル』だった。

 クロイデルは兵器というよりは兵器プラントであり、洋上に設置されている巨大な工場だ。

 クロイデルは自ら思考して対DEED兵器を生産し、DEEDへ攻撃を行う。

 その戦闘時のデータを元にして、より効果的な兵器を自動で開発、生産することができるのだ。

 DEEDとの戦闘回数を重ねることで、より効果的に、より効率的にDEEDを破壊できる兵器を生み出す事ができるという仕組みである。

 最初の50年はDEEDに対して全く歯が立たなかった。

 だが100年を超えたあたりからDEEDに致命傷を負わせられるようになり、300年後には時間はかかるもののDEEDを撃破できるようになり、800年経った今では短時間でDEEDの群れを殲滅できるレベルにまで成長した。

 クロイデルの特徴は何と言ってもその“数”にある。

 個体個体の性能はそれほど高くないが、圧倒的物量による飽和攻撃でDEEDを安定的に破壊することができる。

 最初は数種類だったクロイデルも、800年経った今では数百種類にまでその数を増やしている。

 大きさや形状は様々で、総数は数千万にも及ぶ。そして、それぞれが隊を形成して世界中でDEEDを殲滅し続けているわけである。

 兵器開発に必要なエネルギーは海中に含まれる重水素を原料に核融合発電で賄え、パーツを製造するのに必要な金属は海底鉱脈から掘り出している。

 クロイデルプラントは洋上で移動可能なため、資源に困ることはない。つまり、半永久的に兵器を製造し、DEEDを攻撃し続けることが可能なのだ。

 クロイデルと連携を取れればもっと効率的にDEEDを殲滅できるのだが、クロイデルはどうやらDEED因子に反応して攻撃を行うようで、DEEDマトリクス因子を有する真人とは相性は最悪だった。

 クロイデルから攻撃を受けたことは2度や3度ではない。

 戦闘能力は圧倒的にこちらが上なので死ぬような目には遭わなかったが、それでも友軍から敵扱いされるのは気持ちのいいものではない。

 結果、真人は700年を越えた辺りからDEEDを殲滅し終えた区域で時間を過ごしていた。

 DEEDを大量に生み出していた拠点も殆ど潰したし、今後DEEDの数が劇的に増える心配はない。

 宇宙からDEEDの援軍が飛来してくれば話は別だが、現状、その気配はない。

 後はクロイデルに任せておけばいいだろう。

 ……しかし、この800年は忙しかった。

 湧いて出るDEEDを駆逐しながらDEEDの生産拠点を探すのは困難を極め、また、その拠点を陥落させるのにもかなり手間取った。

 百や千ではない、万単位で200m級のDEEDが波状攻撃を仕掛けてくるのだ。

 1週間や2週間の連続戦闘は当たり前、最も大きな拠点を潰した時は実に3ヶ月もの時間を要した。

 クロイデルが本格的に稼働し始めてからはそんな苦労は無くなり、今は群れからはぐれたDEEDを狩る日々を送っている。

 楽といえば楽だが、せっかく授かった力を存分に活かせない日々は真人にとっては少し苦痛だった。

 だが、一方で喜ばしいこともあった。

 それは生態系が回復してきたことだ。

 幾度となく行われた核攻撃により一時は動植物の数が激減したが、今はDEEDが襲来してくる前の状態まで回復している。

 海は魚などの海洋生物で溢れ、地上も昆虫や動物などが順調にその数を増やしている。

 今は野生の動物と触れ合うのが唯一の楽しみだ。

 この体になる前までは決して近付けなかったであろう肉食動物などとも容易にコミュニケーションがとれ、至近距離からクマやトラの生態を観察できる。

 しかし、やはり一番いいのは犬だ。

 他の動物に比べて好奇心が強く、結構な頻度で遊んでいる。

 現在も真人は核攻撃により穴ぼこになったオーストラリア大陸にて、数匹のディンゴと戯れていた。

 真人は草原に寝転がり、その周囲でディンゴ達は走り回って遊んでいる。

 隣には大型のディンゴが伏せており、真人は茶色の毛並みの美しい背中を撫でながら悠々とした時間を過ごしていた。

 日光浴をしながらのんびりとくつろいでいると、不意に上空から人影が降りてきた。

 その人影は黒いロングコートに身を包んでおり、隼に違いなかった。

 少し離れた場所に地面に音もなく着地すると、隼は赤毛を掻き上げながら歩み寄ってきた。

 ディンゴ達は隼に興味を持ってか、遊ぶのを止めて隼に群がっていく。

 隼はディンゴ達の頭を適当に撫でつつ真人の正面まで移動し、ようやく声をかけた。

「ここまで堂々とサボってると怒る気も起きねーな……」

 真人は肘を付いて上半身を若干起こし、応じる。

「仕方ないだろう? 僕が戦闘区域にちょっとでも近づくとクロイデルが反応してしまうんだから……。それに、僕はこの800年十分働いたと思うよ。少しだらけるくらい許してよ」

「お前の功績は十分認めてるさ。……だが、クロイデルの索敵範囲外からジャベリンを投げたり、援護攻撃くらいできるだろうに」

「できなくはないけど、それだと多分クロイデルも巻き込んじゃうよ?」

「だよなあ……」

「それに、僕が出る幕はもうないよ。それくらいクロイデルはよく頑張ってる」

「だな。クロイデルの威力は絶大だ。……あれは麦畑を喰らい尽くすイナゴの群れを彷彿とさせる」

 やはり数の力は恐ろしい。一つ一つが弱くても数千、数万と集まって統制の取れた行動を取ればどんな敵だって簡単に倒すことができる。

「それはともかくいいニュースがあるんだが……」

 隼は喋りつつ真人の隣に腰を下ろす。

 すると、ディンゴ達は隼に纏わり付くように身を寄せて伏せた。

「……」

 隼はPKで地面から土を少量掘り出し、テニスボール大の球体を造る。

 そして、それを手にすると遠くに放り投げた。

 ディンゴ達はその土のボールにつられ、隼の元を離れてボールを追いかけていった。

 ディンゴを追い払った所で、隼は改めて真人に報告する。

「改めてDEEDの総数を概算したんだが、ここ数年で指数関数的に数が激減してる」

「それはいいニュースだね」

「クロイデルの殲滅能力も年々上昇してる。DEEDが地上から姿を消すのも時間の問題だろうな」

「ここまで長かったね……」

 思い起こせば長い間戦ってきたものだ。

 それがあと少しで終わると思うと、感慨深いものがある。

 隼も何か思うところがあったのか、視線を広大な草原に向けつつ告げる。

「あれから800と11年か……お互い全然老けないな」

「そうだね。体も若い状態のままだし、歳をとったっていう実感は全然ないよね」

 時間が経てば喋り方も思考も老人っぽくなるかと思っていたが、以前と全く変わっていない。やはり精神年齢は外見に大きく依存しているようだ。

 隼は視線を真人に向け、言葉を続ける。

「あと、話し相手がいるのも良かったな。お前がいなかったらとうの昔に錯乱してたと思うぞ」

「僕もそう思う」

 人間は社会的な生き物だ。もし一人で行動していたら、体に問題は起きなくても精神に大きな異常をきたしていたに違いない。

 ここまで目立った問題もなくDEEDを殲滅し続けられたのは隼のお陰だと言っても過言ではない。

 そこから数分間、お互い無言で思い出に浸っていたが、ふと隼が再び喋り始めた。

「……さて、そろそろ本題に入ろうか」

「本題?」

「ああ、本題だ」

 隼の口調は先程までとは違い、真剣になっていた。

 真人は隼の本題とやらをしっかり聞くべく、身を起こして胡座をかき、背筋を伸ばす。

 真人が話を聞く姿勢になったのを確認すると、隼は単刀直入に重要な情報を告げた。

「……アルプス山脈の地下深くに巨大なDEEDコロニーを発見した」

「!!」

 DEEDコロニー……簡単に説明するとDEEDの生産拠点のことだ。

 コロニーはDEEDが安全に増殖するために形成した巨大な拠点であり、中心部には通常よりも数倍大きなDEEDが座しており、その周囲にはそれらを守るべく大量のDEEDが配置されている。

 地上に存在していたコロニーは全て破壊したと思っていたが……まだ残存じていたようだ。

 真人は驚きを隠せず、即座に問い返す。

「数は!?」

 隼はボリュームを押さえるように掌を真人に向け、落ち着いた口調で応じる。

「数自体は少ない……が、異常な大きさだ。まだDEEDを生産している気配はないが、あれが動き始めると下手をしたらキロメートル級のDEEDが出現するかもしれない。クロイデルでも押さえきれないだろうな」

「そんな……」

 新たな脅威の出現……クロイデルで対応できないとなると、自分が戦うしか無い。

 DEEDと戦闘するのは何年ぶりだろうか……無意識に拳を固く握りつつ、真人は隼の功績を称える。

「それにしてもよく見つけたね。もし発見が遅れてたらそれこそ大変なことになってたんじゃない?」

「ま、クロイデルがせっせと働いてくれてるお陰で索敵に専念できたからな。褒めるならクロイデルを開発した玲奈を褒めてやることだ」

 冷凍睡眠から覚めたら真っ先に褒めてあげることにしよう。

 そんな事を考えていた真人だったが、ふと重大な事に気がついた。

「ねえ隼、他にも同じようなコロニーがある可能性は?」

 地下深くに隠れることができるとなると、他地域にも同じような巨大なコロニーがあるかもしれない。

 だが、真人の心配は杞憂に終わることになる。

 隼は首を横に振り、真人の質問に応じる。

「いや、北極から南極までぐるぐる回りながら丁寧に索敵したが、発見できたのはそこだけだった。大方、こちらに対抗するために全戦力を一箇所に集めたんだろう」

「じゃあここ最近急激にDEEDの数が減ってるっていうのも……」

「戦力をそこに集中させてると考えるのが自然だな。一気に攻勢に出るつもりだろう」

 逆に考えればDEEDに余裕がなくなってきたと解釈できる。

「連中が本格的に始動する前に拠点を叩くぞ。あそこさえ破壊できればDEEDを完全に地上から一掃できる。勝利は目前だ」

 隼はそこまで言うと腰を上げ、真人に手を差し伸べる。

「さ、休暇は終わりだ。……多分これまでで一番激しい戦闘になるぞ」

「最終決戦ってやつだね」

 真人は隼の手をしっかり握り、立ち上がる。

 立ち上がっても尚二人は固く手を握っており、互いに見つめ合っていた。

 二人の目には闘志の炎が宿っており、気合は十分だった。

「……行くぞ、真人」

「……ああ、臨むところだよ」

 長きに渡ったDEEDとの戦闘に終止符が打たれる日も遠くない。

 その後二人はディンゴの群れと別れを告げ、アルプス山脈目掛けて移動を開始した。



 半年後

 二人は雲の上、アルプス山脈の頂にいた。

 峰から見える景色は実に爽快で、辺り一面険しい山々が連なっており、山頂は雪化粧で白く塗りつぶされている。

 視線を上に向ければ澄んだ青が見える。青は上に向かうにつれ色の濃度を増しており、そのグラデーションは言葉では言い表せないほど美しかった。

 そんな景色が堪能できる山脈の峰にて、二人の視線は山の一部に向けられていた。

「意外に時間がかかったな」

「でも呆気なかったね」

 二人の視線の先には山……ではなく、巨大なクレーターがあった。

 クレーターは標高4,000mを越える山をまるごと消滅させており、山どころか地下深くまでごっそりと掘り尽くされていた。

 白い景色が続く山脈の中に唯一黒い影を落としている巨大な穴……。

 異常な光景と言わざるを得なかった。

 ……こんな光景を生み出した犯人は真人だった。

 真人は地中に陣取っているDEEDのコロニーを潰すべく遠距離からジャベリンを連続で投げる作戦を提案し、それを実行した。

 高速飛翔するジャベリンの威力は絶大で、山一つを完全に消滅させるのは簡単だった。

 山を消滅させた後もジャベリンによる攻撃で地面を掘り続け、DEEDコロニーの姿を拝むまでそう時間は掛からなかった。

 だが、それからが長かった。

 地面から出現したDEEDは直径にしてゆうに100kmを越えており、ダメージを与えるのは中々難しく、結果、壊滅させるまで半年もの時間を要したというわけである。

 直接接近して攻撃を行っても良かったのだが、相手はこれまでに遭遇したことがないほどの巨大なDEED……殲滅速度よりも安全性を重視したというわけだ。

 その作戦もつい数分ほど前に終了し、二人は久々に気を緩めていた。 

「それにしても大きかったね。多分この半年で“でかい”“大きい”って単語、千回以上は言ったと思う」

「数を言うなら投げたジャベリンの総数も凄いことになってると思うぞ。ほぼ5秒に一投はしてたからな……1分で12、1時間で720、1日で17,280……半年で300万本以上投げた計算になるな……」

「そんなにも投げたのかい? 道理で疲れるわけだ……」

 この半年間、真人は不眠不休でジャベリンを投げ続けた。右手と左手で交代しながらの作業だったが、それでもやはり疲れた。

 が、疲れただけの成果は十分に上げられたと思う。

 巨大コロニーの消滅により、これから先どんどんDEEDの数は減少していくはずだ。

 もしもこのコロニーが稼働していたかと思うと……ぞっとする。

 だが、真人たちはそれをアウトレンジからの一方的な攻撃という戦略で阻止することができた。

 まさに完全勝利である。

 隼はポッカリと空いたクレーターを眺めつつ、呟く。

「でも“ただ大きいだけ”で良かったな。こっちが攻撃をしても動きもしなかったし、目立った反撃もなかった」

「不思議だよね……」

 真人の攻撃に対し、巨大DEEDは全く反応を示さなかった。

 普通のDEEDならば向こう側から積極的に攻撃を仕掛けてくるのに、なんだか肩透かしを食らったみたいで不思議というより不気味だ。

 が、破壊したのは事実だし、再生の兆しもない。そこまで深刻に考えることもないだろう。

 そんな考えでもって真人は告げる。

「でも、結果的に勝ったわけだし、それでいいじゃないか」

 隼は深く頷く。

「だな。あとは世界に散ってるDEEDを殺せばそれで終わりだ。クロイデルに任せていれば2,3年で終わるだろ」

 隼はクレーターから視線を逸らすと大きくため息をつく。

 ため息は白い吐息となり、風に流れて消えていく。

 真人は隼につられるようにため息を付き、しみじみと告げる。

「やっと終わったね……」

「ああ、人類の勝利だ」

 エイリアンが地球に攻め入ってくるという物語は多数存在する。が、その殆どの結末が人類の勝利で終わっている。

 人類は逞しい。

 かなりの被害を受け、文明も完全に破壊されてしまった。だが、生き残った5万人、全員で力を合わせれば元通りの生活を取り戻すことも難しくない。

 かなり困難な試練が待ち受けているだろう。元通りになるまで何世代かかるかも分からない。

 だが、確実に人類は再興できる。

 真人はそう信じていたし、信じたかった。

「……ん?」

 二人して勝利の余韻に浸っていると、不意に隼が猜疑の声を漏らした。

 声に反応して真人は隼に目を向ける。

 隼の視線はクレーターに向けられており、眉をひそめていた。

 まだ生き残りがいたのだろうか……

 真人は右手に黒の粒子で長いジャベリンを形成しつつ、隼に問いかける。

「どうかした?」

「地中の奥、まだ何かいる」

 やはり生き残りがいたようだ。完全に破壊し尽くしたつもりだったが……詰めが甘かったようだ。

「一応投げとこうか?」

 軽く告げ、真人はジャベリンを振りかぶる。が、隼は慌てて真人の攻撃を止めた。

「待て待て、DEEDにしては小さいし形状も球体じゃない。それに、相手の思考が全く読み取れない。……安易に攻撃するのは得策じゃない」

「……」

 何度も言うようだが隼のテレパス能力は広範囲かつ高精度、極めて強力な能力だ。

 その能力を持ってしても思考が読み取れないのは異常だ。

 下手に攻撃を加えて強力なカウンターをもらう可能性もある。

 800年でせっかくここまで来たのだ。安易な行動で全てを台無しにする訳にはいかない。

 ここは慎重に行動すべきだ。

 隼の指示に従い、真人はジャベリンから手を放す。ジャベリンは地面に落ちる前に黒い粒子となって霧散した。

 隼はPKを用いてふわりと宙に浮かぶとバリアを張り、今後の行動について告げる。

「テレパスで分からない以上、目視で確認するしか無い。対応もそのときに決める。……とにかく現地に向かうぞ」

「……わかった」

 真人も相手からの攻撃に備えて黒の粒子で鎧を編み、身に纏う。

 ……破壊するにしても目視してからでも遅くはない。

 二人は敵の姿を想像しつつ、クレーターに向かうことにした。



 クレーター最深部

 遠くから見るとそうでもなかったが、実際に中に入るとその深さがよく分かる。

 深度は500kmと言ったところだろうか。クレーターは上部マントルにまで到達しており、堅牢な岩盤が剥き出しになっていた。

 光は辛うじて届いているものの周囲は暗く、まさに深淵と呼ぶにふさわしい場所だった。

 ジャベリンによる攻撃を続けたかいがあってか、最深部は広範囲に渡って硬い岩盤を抉っており、広さはそれなりにある。

 球場くらいの広さはあるだろうか。

 ただ、地面がすり鉢状になっている上、岩のせいで地面は凸凹、DEEDの残骸のせいで邪魔が多く、野球をできる環境ではなかった。

 真人はどこから攻撃を受けても大丈夫なように警戒しつつ、隼に声をかける。

「……反応はこのあたりから?」

「ああ、かなり近い」

 隼はそう言うが、周囲を見渡してもそれらしい物体は確認できない。

 もしかして更に下の地層に隠れているのだろうか。

 そんな事を考えつつ歩いていると、ふとDEEDの残骸……硬い表皮の欠片がピクリと僅かに動いた。

「!!」

 真人は素早く反応し、全神経をDEEDの残骸に集中させる。そして無拍子で黒の粒子で野太刀を形成し、中段で構えた。

 隼も遅れながら反応し、掌をDEEDの残骸に向ける。

 その間も巨大な表皮の欠片は動き続けており、裏側で何かが動いているのは間違いなかった。

「隼、向こう側の状況、分かるかい?」

 この距離なら相手の形状も数も戦闘能力も、そして正確な位置も把握できるはずだ。

 位置さえわかれば障害物越しにでも攻撃を命中させることができる。

 敵を殲滅するべく情報の提供を求めた真人だったが、隼の反応は芳しくなかった。

 それどころか構えを解き、戸惑いと驚きの混じった表情を浮かべていた。

「マジかよ……」

 何がどうなっているのだろうか。

 何もわからない真人だったが、残骸の影から出てきた“モノ”を見て瞬時に隼が驚いていた意味を理解した。

「まさか、これって……」

 二人の前に姿を現した“モノ”


 ……それは紛うことなく“人間”だった。


 年齢は20代、服も何も着ていない素っ裸状態だ。

 彼はぼんやりと前方の空間を見つめており、真人と隼の存在に気付いている様子はなかった。

 頭が働いていないのか。錯乱しているのか。

 と言うか、真人と隼の脳内はクエスチョンマークで埋め尽くされ、これまでに遭遇したことがないほどの混乱状態に陥っていた。

「ヒト? なんでこんな場所に……?」

「分かるわけ無いだろ……」

 真人は混乱しつつも彼らが今ここにいる理由を考える。

 まず頭に思い浮かんだのは『避難シェルター』という言葉だった。

 日本でも山の麓にシェルターを建造していたわけだし、この場にシェルターがあってもおかしくはない。

 だが、この場所はジャベリンで飽和攻撃を仕掛けたせいで壊滅状態だ。仮にシェルターがあったとしても跡形もなく消し去っているはずだ。

 いや、ギリギリの所で攻撃を受けずに済んだのかもしれない。可能性としては雷に当たるより低いが、ありえない話ではない。

(いや……)

 仮にシェルターが無事だったとして、この800年間彼はどうやってこの地獄を生き抜いてきたのだろうか。

 シェルター内で子供を生み、世代を重ねたとでも言うのだろうか。

 それはありえない。だいたいここには食料も何もない。つまり、可能性として考えられるのは……

(冷凍睡眠装置……?)

 地下深くで眠っていた彼らだったが、こちらの攻撃がきっかけで目覚めてしまったのかもしれない。

 そう考えるのが自然だ。というか、現に、目の前に人間がいるのだ。それ以外に考えられなかった。

 素っ裸で立ち尽くす男を前に考察していると、残骸の影から二人目が顔を出した。

 その後も全裸の人間は年齢性別問わずどんどん現れ、真人と隼の前に集合し始める。

 隼は考えることを放棄したのか、自分の頬を軽く叩くと数を数え始めた。

「ひいふうみい……ここにいるのは11人。奥にいるのも合わせると……52人か」

「……」

 人々は言葉を発さず、只々ぼんやりとしていた。

 冷凍睡眠の後遺症だろう。じきに意識もはっきりしてくるはずだ。

 ふらふらと動く彼らを目の前にして、隼と真人は意見を交わす。

「隼の指示に従っててよかったよ。もしあのときジャベリンを投げてたらこの人達、間違いなく死んでいたよ」

「たしかにそうだな。……でも、今話すべきはこいつらがここに無事に居られた理由だ。いくら何でもありえなくないか? 頭がおかしくなりそうだ……」

 悩ましい表情を浮かべる隼に、真人は納得の行く説明を行う。

「多分地下シェルター内でコールドスリープしてたんだよ。僕の攻撃がきっかけで睡眠装置が解除されたのかもしれない」

「馬鹿を言え。地下500km……こんな地中深くにシェルターを造れるわけないだろ。それに、DEEDはどう説明するんだ? 連中がこいつらを見逃したとは考えにくいんだが……」

 確かに、あの巨大DEEDが地下シェルターを見逃すとは思えない。

 だが、彼らが生きているのは事実だ。

「……きっと特殊な方法で冷凍睡眠していたんだよ」

 電波遮断、完全密封、何らかの妨害電波。方法は分からないがDEEDから注意を反らせる装置があっても不思議ではない。

「考えてても仕方ないよ。とにかく彼らと話してみよう。事情を知るにはそれが一番手っ取り早い」

「……それもそうだな」

 二人は先頭にいた全裸の男に近づき、優しく声をかける。

「大丈夫かい? もう危機は去ったから安心していいよ」

「……」

 話しかけるも男から返事はなかった。

 相変わらず視線も前を向いたままだ。

 真人は更に近づくと彼の両肩を掴み、前後に揺らしつつゆっくり話しかける。

「ねえ、聞こえてる?」

「……」

 やはり返事はない……というか、反応が全くない。

 冷凍睡眠の後遺症とはいえ、ここまでぼんやりとしているのはおかしい気がする。

 その有様を見た隼は赤髪を掻きながらため息をつく。

「はぁ……こいつらまだ呆けてんぞ。まさかこのまま正気に戻らないなんてことはないよな……」

 真人は改めて全裸の人々に目を向ける。

 誰も彼も呆けた顔をしており、まるで糸の切れた人形のようだった。

 だが彼らが生存しているのは事実だ。

 真人は一旦彼らから離れ、隼に提案する。

「とりあえずアースポイントに連れて行こう。ゲイルなら何か知ってるかもしれないよ」

 冷凍睡眠の解凍シークエンスについては自分達はよく知らない。が、軌道エレベーターのデータに直接アクセスできるゲイルなら有効な方法を調べ出せることができるかもしれない。

 隼は特に真人の意見に反対することなく、呟く。

「あそこに戻るのも久々だな」

 そう告げると隼はPKを発動させ、その場にいる人々を空中に持ち上げ始める。

 地面から足が離れても彼らは微動だにせず、それはクレーンゲームでクレーンに持ち上げられるぬいぐるみを連想させた。

「さて、行くか」

「くれぐれも慎重にね」

 隼は全員をPKで浮かばせると500kmの竪穴から脱出するべく上昇し始める。

 真人も地面を蹴り、隼の後に続いた。

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