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天球のカラビナ  作者: イツロウ
06-天球のカラビナ-
73/107

072 駆逐の記憶

 072


 ……5年後

 真人と隼は軌道エレベーターから離れ、世界各地を移動しながらDEEDの駆逐と人命救助に勤しんでいた。

 “人間をやめた”二人にとってDEEDの駆逐はそれほど難しいことではなく、むしろ圧倒的な実力差でもってDEEDの数を順調に減らしていた。

 DEEDはその大半が直径100m以上の球体状の化物だ。連中の攻撃方法は球から高速で伸びる棘だけであり、それ以外の攻撃手段を持っていない。

 とは言え、その棘自体が現代兵器を凌駕する威力を有しているのだが、真人は堅牢な肉体によって、隼はPKによるバリアによって、それぞれ簡単にその攻撃を防ぐことができた。

 DEEDの防御力に関しては、核攻撃を防ぐことができるほど硬くて分厚い特殊な素材でできているのだが、それも二人にとっては問題ではなかった。

 真人はその表皮を拳で撃ち抜ける程の絶大的なパワーを有しており、おまけに黒い粒子を自在に操り巨大な刀や槍を形成し、それを用いて攻撃することでDEEDを瞬時に屠ることができた。

 隼のPKは一撃でDEEDを殺せるほど強力なものではなかったが、それでも5回も衝撃を与えるとDEEDを粉微塵にすることができた。が、隼はPKの中でも発火能力(パイロキネシス)を好んで使っていた。

 このパイロキネシスは隼の得意分野であり、鋼鉄を瞬時に蒸発させられるほどの出力を有していた。パイロキネシスによる攻撃は単なるPKと違って、同時に10体近いDEEDを燃やす尽くすことができ、隼は戦闘において好んでパイロキネシスを使っていた。

 ……この5年間、DEEDの姿を見ない日は無かった。

 平地、山地、砂漠、森林、熱帯地帯、寒冷地帯……DEEDはあらゆる場所に存在し、その場所に存在する人工物を破壊し続けていた。

 彼らは非常に好戦的で、休む間もなく真人と隼に攻撃を仕掛けきた。

 その度に二人は応戦せざるを得ず、この5年で撃破数は軽く300万を超えていた。

 隼は能力を使用し続けているせいか、ここ最近は常に疲労困憊状態にあり、顔に生気が感じられない。

 しかし真人は疲れている様子はなく、むしろどんどん力が強まっていくのを感じていた。

 DEED退治に関しては問題なかったのだが、人命救助に関してはその成果は芳しくなかった。

 隼の超能力は実に便利で、テレパス能力を使用することで人の位置を簡単に特定することができた。しかし、日本の南アルプスシェルターのような巨大なコロニーは全く存在せず、多くても50人、ひどい時は1人しか避難民を見つけることができなかった。

 しかも彼らの殆どが生きることに絶望しており、結局この5年で軌道エレベーターまで運ぶことができたのは200人にも満たなかった。

 200人でも十分な成果と言えるかもしれないが、もっと救えると思っていた真人はかなり落ち込んでいた。

 そんな真人とは違って隼はリアリストで、人命救助に関してはほぼ諦めていた。

 例え救い出せたとしても殆どの人間が放射能に体を侵されており、冷凍睡眠しても放射性物質は体を蝕み続け、睡眠中に死んでしまうことは明らかだったからだ。

 そうと分かっていても何故隼は人命救助を止めないのか。

 それはDEEDに串刺しにされて殺されるよりも、睡眠中に安らかに死ぬほうがマシだと考えていたからだった。

 核シェルターに避難できていなかった時点で死は確定している。安らかな死を選ばせてあげるのはせめてもの情けであった。

 ……そんな二人は現在中東の砂漠地帯、露国の国境付近を移動していた。

「どうだい隼、生存者の反応は?」

 真人は地面を強く蹴り、キロメートル単位で大跳躍を行い、時速1,000kmほどの速さ……亜音速で移動していた。

 隼はPKを使って真人と同等の速度で飛行しつつ、質問に応じる。

「だんだん近づいてきてる。多分500人はいるぞ」

「500人か……全員助けられるといいんだけれど……」

 真人は呟きつつ、1週間前に発見した核シェルター内での出来事を思い出していた。

 アラスカの山脈の地下深くに建造されていたその場所はDEEDに襲われておらず、綺麗な状態だった。

 しかし、食料がなくなったのか、はたまた病気が蔓延したのか、その場所に残っていたのは人骨のみだった。

 DEEDに殺されて死ぬよりかは穏やかに逝けたとは思うが、何かできることはなかったのかと思うとやりきれない気持ちになる。

 アラスカの時は手遅れだったが、今回は違う。隼が言うには生命反応があるし、その数も多い。

 今度こそ全員を救出しよう。

 そんな意気込みで跳んでいると、不意に周囲に紫色の濃い霧が立ち込め始めた。

 予期せぬ出来事に真人は警戒を強める。

「何だろうこれ、DEEDの仕業かな……?」

「いや違うな」

 隼はそう告げると飛行速度を落とし、体の周囲に球状のバリアを張る。

 紫の霧はバリアに弾かれて隼の体に届くことはなく、霧の中で無色透明のバリアはくっきりと浮かび上がっていた。

 真人も体を広げて空中で制動をかけ、速度を落とす。

 すると、唐突に刺激臭が嗅覚を襲った。

「……っくしゅん」

 思わず真人はくしゃみをかましてしまう。

 同時に本能的に体が危険を感じてか、黒の粒子が鎧となって体中を覆い尽くした。

 どうやらこの紫の霧、人間に優しい成分では無いようだ。

 真人は鼻を啜りつつ、隼に問う。

「一体何なんだい? これ」

 隼は即答する。

「猛毒だ。濃度も高い。……これじゃあDEEDも近づけないだろうな」

 周囲をよく見ると先程まで見えていた植物の姿はなく、辺り一面砂で覆われていた。

 岩も点在していたはずなのに、岩も全く見当たらない。毒というより溶解霧と言ったほうがいいかもしれない。

 ぼんやり周囲を眺めていると、隼は呆れ口調で告げた。

「つーか、くしゃみだけで済むなんてすげーな。普通の人間なら一瞬でドロドロに溶けるレベルの毒だぞ」

「それはすごいね……」

 改めて自分がとびっきり優秀な兵器だということを思い知らされる。

 これだけの防御性能があれば溶岩の中で水泳することだって簡単かもしれない。

 隼は毒霧の中を進みつつ新たな情報を真人に告げる。

「発生源は500人の位置と重なってるみたいだ。……多分DEEDを接近させないために散布してるんだろうな」

「なら戦闘が発生する危険はなさそうだね。取り敢えず行ってみよう」

 真人は500人のもとになるべく早く向かうべくスピードを上げる。

「おい、あんまり先行するなよ……」

 隼は真人に合わせてスピードを上げ、二人は目的地へと急ぐことにした。



「――到着、っと」

「――ここが目的地か……」

 毒霧の中を移動すること10分。

 真人と隼は500人が避難生活を送っているであろう施設……毒霧の発生源に到着していた。

 相変わらず周囲は砂だらけで、施設はその中にぽつんと建っていた。

 外観は平べったく、長い壁面には無数の換気口が備え付けられ、毒霧はそこから噴出していた。

 よく見ると換気口からは青っぽい霧も出ている。これが中和剤となって施設は溶けずに済んでいるのだろう。

 そんな事を考えつつ二人は歩を進め、施設の正面まで移動する。

 真人は相変わらず黒の鎧を全身に纏ったままで、隼も球状のバリアを張って完全に毒を遮断していた。

「どうしようか?」

「取り敢えずノックすればいいんじゃねーの?」

 真人は隼の指示通り施設の正面玄関、両開きの門をノックする。

 その音はゴンゴンと鳴り響き、静寂に包まれた周囲の空気を振動させた。

 ……返事はない

 真人は扉越しに声を上げる。

「すみませーん、誰かいますかー?」

 このまま強引に扉を開けてもいいが、下手に刺激すると警戒されるおそれがある。

 ここは飽くまで紳士的に対応するべきだ。

 その後しばらく待っていると、扉が少し開いた。

 開くと同時に紫の霧が漏れ出し、真人と隼にぶつかり、後方へ抜けていく。

 扉の隙間からは女性の顔が覗いていた。

 ブルネットのロングヘアーに青い瞳、陶器のような白い肌、そしてその肌の色に映える薄紅色の唇。

 全体像は見えなかったが、美人であることは間違いなかった。

 女性だと分かるやいなや、隼は目を輝かせグイッと前に出る。

「うわー、すごく綺麗だね君。俺も散々いろんな女性を見てきたけれど、レベルが違うっつーか格が違うっつーか……君ほどの美人は見たこと無いよ、マジで」

 歯が浮きそうなセリフを吐きつつ、隼は赤髪をファサッと掻き上げ、扉にもたれ掛かるように手をつき、キリッとした眼差しで告げる。

「……君、名前は?」

 青い瞳の女性は隼の質問に対し、無表情で言葉を返す。

「……相手に名を聞く時は自分から名乗るのが礼儀だろう?」

 女性の声は少し低めだったが、耳触りの良い澄んだ声だった。

 口調は女性らしいとはいい難いが、粗野な感じでは全く無く、むしろ高潔な印象を受けた。

 女性の冷静な対応に対し、隼は飽くまで二枚目を演じ続ける。

「悪い悪い……俺はパイロ、で、こっちはククロギだ」

「『パイロ』?」

「軍にいた時のコードネームだよ。日本名を名乗るより覚えやすいし分かりやすいだろ。覚えて貰いやすい名前ってのはナンパで有利に働くもんだ」

「こんな時にナンパって……隼は昔から全然変わらないなあ」

 まあ、久しぶりに見る女性だし、しかも美人とあっては隼のテンションが上がるのも理解できなくはない。

「パイロ、ククロギ……」

 名を呟く女性に対し、隼は尚も話し続ける。

「俺達はこう見えてかなり高い戦闘能力を持っていてね。俺は米国で改造手術を受けた高レベルのサイキッカーで、発火能力(パイロキネシス)でDEEDを同時に10体蒸発させることができる。おまけにテレパスで敵の位置も正確に把握できる超有能な超能力者だ」

 自慢げに話した後、隼は真人の能力についても紹介する。

「……で、こっちの黒いのは特殊な遺伝因子を埋め込まれた改造人間で、1秒と掛からずDEEDを粉々に破壊できるほどの戦闘能力を持ってるヤバい男だ。こいつなら1億匹のDEEDだって……いや、10億匹を殺すことも難しくないだろうな」

「それは言い過ぎだよ……」

 意中の女性を前にして過剰な自慢をする男の心理はよく分かる。が、いくら何でも話を盛りすぎだ。

 隼の度を超えた説明に釘を差した真人だったが、当の本人は大真面目だった。

「いや、俺はマジで言ってるぜ? 『10億殺し(ビリオンキラー)』……お前の戦闘能力を表現するにはピッタリの二つ名だと思うぜ?」

「ああ、もう……」

 隼のお調子者っぷりは出会った頃から変わらない。

 それがいい点でもあり悪い点でもある。

 今回は悪い方向に行かなければいいのだが……

「……」

 女性は隼と真人を交互に観察していたが、害はないと悟ったのか半開きだった扉を開けてくれた。

「話についてはともかく、君達に害意がないのは良くわかった。こんな所で立ち話も何だし、中に案内しよう」

 扉を開けたことで女性の体が露わになる。

 女性は黒のチューブトップに、丈の短いレギンスという露出度の高い格好をしていた。

 特に胸の下からお臍までの健康的でいて引き締まった腹部は魅力的であり、隼の視線はその部位に釘付けになっていた。

 そんな視線を気にも留めないで女性は簡単に自己紹介する。

「私のコードネームは『トキソ』。このシェルターの護衛の任に就いている」

 話しつつ、女性は真人達に背を向けて屋内に入り、奥へ進んでいく。

 真人達も扉を抜けて女性の後に続く。

 扉は自動的に閉まり、外界の空気を遮断する。が、紫の霧は相変わらず屋内にも充満していた。

「話を聞く限り君達はDEEDの殲滅作戦を行ってるようだが……ここに何のようだ? この周辺にDEEDがいないことはそっちの赤毛……パイロのテレパスとやらで分かっていたはずだろう?」

 ……隼の冗談のせいで本来の目的を忘れるところだった。

 真人は気を取り直し、トキソと名乗る女性に自分達の目的を告げる。

「僕たちがDEEDを殲滅しているのは事実だけれど、それと同時にシェルターを回って避難民の救助活動を行ってるんだ。ここには500人程度いるみたいだけれど、無事なのかい?」

 話している間に3名は通路を抜け、少し広くなっている場所に出た。

 広さは20畳ほど、四方を囲む灰色の壁には金属製の扉があり、そして天井には巨大な換気口があり、オレンジ色の巨大なファンが重低音を響かせながら回っていた。

 部屋の中央には一人がけのソファがぽつんと置かれ、それ以外何も無かった。

 トキソはそのソファに腰掛け、先程の真人の問いに答える。

「全員無事だ。流石のDEEDもこの毒霧を抜けられない。ここ以上に安全な場所はこの地上には存在しないだろう」

「大した自信だね」

「DEEDが如何に堅牢な外皮を持っていようと私の毒の前では意味を成さない。それ程私の生成する毒は強力というわけだ」

「“生成”って……もしかしてこの紫の霧、君が出してるのかい?」

「私自身が毒の影響を受けていないことを考えれば自明の理だろう」

「そう言えばそうだね……」

 真人はこのエリアに入ってからずっと黒の粒子で造った鎧を身に纏っており、隼はPKでバリアを張って霧を防いでいる。

 普通の人間の女性がこの環境下で、しかも露出の高い服装で無事でいられるわけがない。

 彼女が自分達同様、“特殊な”人間であることは間違いなかった。

 その事実に気づくやいなや、隼はナンパ口調を止めて普通に話し始める。

「あんたも改造された口か……」

 トキソは小さく頷き、自身の特性について語る。

「その通り。私は露国が技術の粋を集めて開発した人体兵器。ありとあらゆる化学物質を体内で合成し、任意に放出することができる。……さしずめ、歩く化学兵器と言ったところか……」

 トキソはそこまで言うと視線を上に向ける。

 真人と隼も釣られて天井を見る。

 天井には巨大なファンがあり、紫の霧をすごい勢いで吸い上げていた。

「あのファンを通じてかれこれ7年間猛毒を放出し続けている。そのおかげでこれまで一度もDEEDの襲撃を受けたことはない」

「凄い能力だね……」

 彼女の言うとおり、この場所は完全無欠の要塞だ。

 余程のことがない限りDEEDに襲われることはない。

 感嘆の言葉を述べた真人だったが、トキソも二人の能力には感心しているようだった。

「いや、この毒に耐えられる時点で君たちも相当な化物だ。……一体どこの所属だ?」

「所属と言うか……軌道エレベーターは知ってるかい?」

 トキソは数秒間視線を泳がせ、思い出したように応じる。

「軌道エレベーターと言うと、あのインド洋の?」

「そうそう。今約5万人の人間があの軌道エレベーターの上部に位置する静止軌道ステーションでコールドスリープしてるんだ」

「コールドスリープ……なるほど、考えることは皆同じだな……フフ」

 トキソの薄紅色の唇が弓なりになり、乾いた笑い声が漏れた。

 この意味深な言動に、真人は質問せずにはいられなかった。

「どういう意味だい?」

 トキソはソファの上で足を組み、顎に手を当て語る。

「……実はこの施設も冷凍睡眠用の施設だ。500人全員が眠りについている。……DEEDを殲滅する算段がつくまでこの施設を守るのが私の任務だ」

 トキソは顎に当てていた手を扉に向け、指差す。

「扉の向こう側には地下に続く階段がある。冷凍睡眠装置はその最深部に設置してある。セキュリティも万全で、護衛の任に就いている私ですら中に入れない」

 説明を終えた後、トキソは軌道エレベーターの話に戻った。

「それにしても5万人か……凄い規模だな」

「凄い科学者がいてね。彼女のおかげでそれだけの数の人間を避難させることに成功したんだ」

 凄い科学者とは無論、玲奈のことである。

 彼女が人型の自律型戦闘兵器を開発していなければ5万人どころか1人も助けることができなかっただろう。

 玲奈の功績を改めて心の中で賞賛しつつ真人は続ける。

「彼らが眠っている間に地上のDEEDを一匹残らず殲滅するって計画なんだ」

「……無謀だな」

 トキソは真人の言葉を否定した後、憂いの表情でネガティブな言葉を続ける。

「DEEDは史上最悪の化物だ。今も尚増殖を続けている。たった二人で殲滅できるわけがないだろう」

「僕ら二人だけじゃない。クロイデルっていう自己進化型の殲滅兵器も駆動していて、徐々に成果を上げてる。かなり時間は掛かるけれど、DEEDを地上から消し去るのは不可能じゃないと思うよ」

 そう思わないとやってられない。

 何より、律葉と約束したのだ。例え無謀だと言われようが、DEEDの殲滅を止めるつもりは毛頭なかった。

 トキソのネガティブな発現に少し苛ついたのか、隼はナンパのことも忘れてトキソに冷たく言い放つ。

「そっちこそ、さっき“殲滅する算段がつくまで”とかなんとか言ってたが……この状況からどうやってDEEDを殲滅するつもりだ?」

 確かにそうだ。

 ただ単に引き篭もっているだけではDEEDは殲滅できない。

 他に仲間がいる気配もないし、この状況からどうするつもりなのだろうか。

 疑問に対してトキソはまたしても上を向く。しかし、視点は天井ではなくその遥か上、宇宙に向けられていた。

「同胞が宇宙(そら)に上がっている」

「シャトルで宇宙に逃げたのか」

「違う。研究に集中するために安全な宇宙空間に移動しているだけだ。……いずれ彼らはDEEDを完璧に殲滅できる兵器を携えて地上に戻ってくる。私はそう信じている」

 トキソの目は本気だった。

 何年掛かるかわからない。戻ってくる保証もない。連絡手段も多分無い。

 そんな状況下で1人、この施設を守るのは精神的に辛いに違いない。

 今も冷静沈着そうに見えるが、心中では不安でたまらない状況かもしれない。

 トキソの精神状態を心配する真人だったが、隼は違った。

 隼はトキソに対し非情な現実を突きつける。

「本当に戻ってくると思ってるのか? めでたい奴だな」

「何だと?」

 トキソは勢い良くソファから立ち上がり、隼を睨みあげる。

 隼は動じることなく提案する。

「保証のない殲滅兵器を待つより、お前のその強力な能力でDEEDを地道に殺して回ったほうが確実だと思うぞ。お前自身、そうは思わないのか?」

「……」

 多少なりとも思っていたようで、トキソは隼から視線をそらした。

 だが、3秒後には再び隼を睨みつけていた。

「私にはこの施設を守るという任務がある。ここから離れるという選択肢はあり得ない」

 力強く言い放ったトキソだったが、今度は真人がいい案を提案した。

「それなら問題ないよ。その500人、僕達が静止軌道ステーションに避難させるよ。そうすれ君は自由に動ける。君の毒はDEEDにとって強力な武器になる。どうだい? 僕らと一緒にDEEDを地上から一掃しないかい?」

 彼女の能力は使い勝手が悪そうだが、それでも現代兵器の何千倍も役立つ。早くDEEDを全滅させるためにも戦力に加えておきたいというのが本音だった。

「……」

 真人の提案に対し、トキソはまたしても視線を逸らして斜め下に向ける。

 じっくり考えた後、トキソは答えを告げた。

「……いや、駄目だ。やはり私はここから動かない」

「どうして……」

 何とかして言いくるめようと頑張る真人だったが、セリフを告げる前にトキソが決定的な理由を口にした。

「ここに家族がいるんだ」

 その声は慈愛に満ちており、初対面で受けた冷徹な印象とはかけ離れていた。

「……」

 何も言えない真人を無視してトキソは長々と語る。

「ここから出すためにはまずこの毒霧を消さないといけないし、500人の輸送となると相応のリスクが伴う。……私は家族を、恋人を絶対に死なせたくない。リスクがある以上、私は動けない。分かってくれ」

「そう、なんだね……」

 無理強いはできない。

 本人にその気がない以上、これ以上勧誘しても無駄だろう。

 そもそも自分と隼の二人でDEEDを殲滅しようと決めたのだ。プラスにはならなかったが、マイナスにもなっていない。

「……ま、頑張れよ、トキソ」

 隼は話は終わったと言わんばかりに別れを告げ、施設から出るべく踵を返す。

 取り敢えずこの施設の500人の無事は確認できたのだし、当初の目的は果たせた。

「無事を祈ってるよ」

 真人も隼の後を追ってトキソに背を向ける。

 トキソは特に二人を追うことなく、飽くまで淡々と別れを告げる。

「……できるだけ多くのDEEDを殺してくれ。期待してるぞ」

 そんなトキソの言葉を背後に聞きつつ、二人は施設を後にした。

 ……二人が去った後、トキソは改めてソファに腰掛け、長いため息をつく。

「『ククロギ』に『パイロ』か……」

 人と話したのは実に7年ぶりだ。長年言葉を発していないとうまく言葉を喋れなくなると聞いたことがあったが、私に関してはそうでもなかったらしい。

 それよりも驚きべきは二人の戦闘能力だ。

 実際に私の毒を事も無げに防いでいたのだから、“10体のDEEDを同時に蒸発できる”、“1秒でDEEDを粉砕できる”という赤毛の男の話は本当なのだろう。

 ……米国を始めとする先進国諸国が対DEED兵器を開発していることは知っていた。

 大方、マイクロブラックホールや反物質を用いた超兵器か強力なBC兵器を作っているのかと思っていたが……自分と同様、改造人間を作っていたとは思わなかった。

 いや、様々な兵器を作っていたが、結局実用化にこぎ着けたのは改造人間だけだった、ということなのかもしれない。

「む、そう言えば……」

 トキソは真人が『クロイデル』という兵器について語っていたことを思い出す。

 彼はクロイデルを自己進化型の殲滅兵器と説明していたが、実際はどんな兵器なのだろうか。

 ……あの時に詳しく聞いておけばよかった。

「後の祭りか……」

 何にせよ、DEEDの数を減らしてくれることは有り難いことだ。彼らには頑張ってもらおう。

 そんなことを思いつつ、トキソは毒の散布作業に戻ることにした。

 

 

 トキソに別れを告げてから30分後

 毒霧が立ち込める区域を抜けた二人はそれぞれ黒の鎧とバリアを解き、山腹の岩場で休憩していた。

 周囲にDEEDの気配はなく、二人は安心して新鮮な空気を味わっていた。

「――それにしても美人だったなあ……」

 山脈の向こう側を遠い目で見つめつつ、ぽつりと呟いたのは隼だった。

 隼は黒のロングコートをPKで椅子状に変形固定させ、背もたれに背を預けて脚を伸ばし、リラックスしていた。

 一方、真人は何か思い悩んでいるようで、地面に胡座をかいて座り、ぼんやりと地面を見つめていた。 

 そんな真人に隼は話しかける。

「なあ、真人もそう思うだろ?」

「え? 何?」

 真人は顔を上げ呆けた顔を隼に向ける。

 そんな顔を見て隼はため息混じりに告げる。

「聞いてなかったのかよ……」

「ごめん」

 真人は軽く謝罪した後、聞き返す。

「……で、なんの話?」

「いやいい。それより何悩んでんだ? 言ってみろよ」

 隼はロングコートの椅子から立ち上がると、真人の正面に移動し、膝を立てて座る。

 真人は再び視線を地面に向け、悩ましく告げる。

「あの施設にいた500人、軌道エレベーターに避難させなくて本当に良かったのかなと思ってね……」

「やっぱりその事で悩んでたのか……」

 隼は真人の悩みを払拭するべく、自らの考えを正直に告げる。

「あの毒霧があれば襲撃される心配はないだろ。それにトキソが言った通り輸送にはそれなりのリスクが伴うからな。あの時のあの判断は最良だったと思うぞ?」

「最良、か……」

 真人は掌から黒い粒子を出し、拳ほどの大きさの球を形成する。

 その球体を手遊び感覚で立方体や正十二面体などに変形させながら、真人はある可能性を指摘する。

「DEEDも僕らと同じ生命体だ。あの毒霧を抜けられる個体が出現する可能性も否定出来ない。そう考えると多少のリスクを負ってでもゲイル達が守りを固めてる軌道エレベーターに移動させたほうがよかったと思わないかい?」

 実際、DEEDマトリクス因子を持つ真人はいとも簡単にあの毒霧を切り抜けることができた。

 真人にできるということは、即ちDEEDにもできることなのだ。

 不安にかられている真人に対し、隼は楽観的に告げる。

「そうかもな。……でも可能性は可能性だ。あの施設のことはあいつに任せて俺達はDEEDの殲滅に専念すりゃいいんだよ」

 確かに、小さな可能性に考えをとらわれていたら何もできなくなる。

 隼の言うとおりトキソは500人の移送を拒否した。

 彼女の決意は尊重するべきだし、部外者の僕達が口出しする権利もない。

 それに、僕たちにはDEEDを殲滅するという大きな目標がある。些細な事を気にしている余裕はないのだ。

「……そうだね。今こうやっている間もDEEDは増殖し続けているわけだし、余計なことは考えないほうがいいかもね」

 真人の悩みが解消された事を悟ってか、隼はロングコートで作った椅子に座り直しDEEDについて語りだす。

「しかしDEEDってのは本当に厄介だよな。唯でさえ戦闘能力が高いのに増殖するんだもんな」

「兵器としては優秀と言わざるをえないよね」

 DEEDは増殖する。

 当初DEEDの総数は1万とされていたが、8年経った現在は1億を越えると推定されている。

 隼が真人に『ビリオンキラー』という二つ名をつけたのもこれが理由だ。

 この1億という数は隼が割り出した数だ。

 隼のテレパス能力は任意の物体の数と位置を正確に捉えることができる。索敵範囲も広く、殲滅戦にはもってこいの能力だ。

 この能力を使って隼は複数箇所でDEEDの数を計測、その数から地球上にいるDEEDの数を概算したというわけである。

 たった8年で1万倍……恐るべき増殖能力である。

「こっちの殲滅速度がDEEDの増殖速度を上回らなければ永遠に終わらねーな……」

「だね……」

 ここで真人はふと疑問に思った。

 一体DEEDはどうやってその数を増やしているのだろうか。

 ここ5年間DEEDと戦闘してきたが、分裂する場面や増殖する場面に出くわしたことがない。

 真人は早速その疑問を隼にぶつける。

「ねえ隼、DEEDでどうやって増殖してると思う?」

「そりゃお前――」

 隼は語尾を伸ばしたまま視線を斜め上に向ける。が、結局わからなかったのか、顎に手を当て下を向いた。

「……そういや見たこと無いな」

 隼はその体勢のまま数秒ほど思考し、予想を告げる。

「俺らの見えてない所で分裂してるんじゃねーの?」

「僕らがどこにいるのかDEEDは分からないはず……こっそり分裂してるとしても、一度もその場面に出くわしたことがないのはおかしいと思わない?」

「確かにそうだな……」

 DEEDに関しては不明な点が多すぎる。

 一応、玲奈や律葉からDEEDに関するデータは教えてもらったが、殲滅戦に役立ちそうな情報は殆どなかった。

 真人は現実的な予想を立ててみる。

「もしかしてDEEDを生産している個体がいるのかもしれないね」

「女王アリみたいな?」

「そうそう」

 DEEDは基本的に同じ形状をしているが、大きさや攻撃パターンに違いがある。

 小さいものは10mから、大きいものは300mまで、攻撃も遠距離から棘を伸ばす個体もあれば、棘を全身にびっしり生やしてタックルしてくる個体もある。

 もし単なる分裂で個体数を増やしているならここまでのバリエーションはないだろうし、どこかで生産されていると考えるのが現実的だ。

 だが、隼は真人のこの考えを否定する。

「でもよ、この5年で世界中をあらかた回ったが……それらしき場所はなかったぞ」

「そう簡単に見つからないから厄介な敵なんだよ」

「それもそうか……」

 もしDEEDの生産拠点があるとして、そこを潰すことができればDEEDの殲滅はかなり楽になる。

 隼のテレパス能力でも察知できないとなると、地中深くにあるか、海の底にでもあるのかもしれない。

 何にせよ、これからも隼の索敵能力はDEED殲滅において必要不可欠だということだ。

 今後は地上にいるDEEDを殲滅しつつ、DEEDの生態系についても研究していく必要があるかもしれない。

 これまではただ闇雲にDEEDという怪物を殺戮してきたが、これからは駆除しつつも一つの種属として慎重に観察した方がいいだろう。

 そんな事を考えていると急に隼が立ち上がり、山の向こうに視線を向けた。

 真人も立ち上がり、隼に問う。

「DEEDかい?」

「ああ、まっすぐこっちに向かってきてる。距離は約20km、数は38、全部100m級だ」

 流石は隼、視界を山に遮られていても敵戦力を正確に把握できている。

 情報は戦闘において重要なファクターだ。敵の位置が分かっていれば先制攻撃も容易だし、安心して戦闘できるし、効率的に駆除することもできる。

 真人はDEEDを迎え撃つべく黒の粒子でジャベリンを形成し、肩の位置で構える。

 槍投げは視界内に入れば百発百中だ。まずは遠距離攻撃で数を減らして、残りは接近戦に持ち込めばどうにでもなる。

 隼人も戦闘を間近にしてか、先程まで座っていたロングコートをPKで手元に手繰り寄せ、羽織った。

 しかし、隼は明らかに疲労状態にあり、覇気が全く感じられなかった。

 本人もそれを自覚してか、真人に謝罪する。

「すまん真人、発見が遅れた」

 いつもは100km圏内に入ればすぐに察知できるのだが、今回は20kmでようやく気付くことができた。

 真人は隼を責めることなく、むしろ優しい言葉を投げかける。

「仕方ないよ。昨日はパイロキネシスで200体近く蒸発させたし、今日も高速飛翔に加えて毒霧を防ぐためにバリアを張りっぱなしだったからね……」

 それにここ最近はろくに睡眠も取れていない。

 隼は僕と違って24時間連続行動できない。脳を休めるために普通の人と同様、睡眠が必要なのだ。

 ここで無理をして体を壊されては困る。

 そう判断した真人は一人で敵を倒す事を決めた。

「今回は僕だけでやるよ。隼はこのまま広範囲を索敵して、増援がきたらテレパスで伝えてくれないかい」

「わかった。あんま無茶すんなよ」

「大丈夫、すぐ終わらせるよ」

 ……まだDEEDは視界内に入らない。

 ジャベリンを構えたまましばらく待っていると、沈黙に耐えられなかったのか、隼が話しかけてきた。

「しかし真人、改めて思ったんだがお前スペック滅茶苦茶だな」

「そうかな?」

「トキソにも話したが、俺の場合パイロキネシスでDEEDを蒸発させるのに最高でも10体が限界。しかも戦闘行動は最大でも8時間がいいところだ。でもお前は一匹あたり1秒……下手したらコンマ5秒も掛からずに殺せて、しかも不眠不休で戦闘行動が可能だ」

 事実である。

 だが、今更そんな事を言って何のつもりだろうか。

 隼はこの事実を踏まえて今後の采配について提案してきた。

「……で、だ。今考えたんだが、役割を分担しないか」

「分担?」

 真人はジャベリンを構えた状態で顔だけ隼に向ける。

 隼は赤髪を弄りながら役割の分担について説明し始める。

「俺のテレパスは広範囲でDEEDや人間の位置を把握できる。援護にはもってこいの能力だ。今後は戦闘に参加せずこの能力をメインで使っていく。……で、お前は俺の情報を元にDEEDの破壊に専念してくれ。そうすればこれまでの数倍のスピードでDEEDを殲滅することができるだろ」

「……」

 隼の提案を聞き、真人は改めて考える。

 今までは敵を発見次第、二人で適当に殲滅してきた。同じ目標を攻撃することもあったし、危うく攻撃に巻き込まれそうになった事もあった。

 それに、隼のパイロキネシスは強力だが燃費が悪い。

 一人でなら隼の位置取りを気にすることなく力を発揮できるし、隼も効率的にESP能力を使うことができる。

 今後数百年とDEEDと戦闘していくのだ。

 戦闘の効率化は必須だし、改善できる点は積極的に行ったほうがいい。

 そう判断した真人は隼の提案を受け入れることにした。

「わかったよ。隼」

「サンキュー。じゃ、後はよろしく」

 隼は軽く告げると再びロングコートを椅子状に固定し、「ふう」とため息を漏らしながら座った。

 本当は楽がしたいだけじゃなかろうか……

 提案を受け入れたことを若干後悔していると、ようやく黒い球体が……DEEDが山の峰から姿を現した。

 空を浮遊するそれは横に広がり、高速でこちら目掛けて迫ってきていた。

「さて、戦闘開始だ」

 真人は気合を入れるとジャベリンを振りかぶり、投擲する。

 手から放たれた黒いジャベリンは瞬時に音速を越え、ぱん、という小気味のいい音を響かせ衝撃波を発生させる。

 ジャベリンは15kmの距離を放物線を描くことなく一直線に飛翔し、コンマ2秒で右端のDEEDに命中、貫通した。

 攻撃を受けたDEEDは後方に大きく仰け反り、衝撃に耐えてみせた。……が、続けざまにジャベリンが爆発し、内部からの衝撃には耐えられなかったのか、DEEDは四散した。

「まずは一匹……」

 真人は呟くと同時に黒い粒子でジャベリンを形成し、再び肩で構える。

 ……その後DEEDが全滅するまで3分と掛からなかった。


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