071 覚悟の記憶
071
南アルプスシェルターから脱出し、輸送機に揺られること8時間。
真人は大勢の避難民とともに軌道エレベーターの海上基地に降り立っていた。
服装は検査着から戦闘服に着替えていた。……が、きっちりとは着ておらず、濃いグリーンの半袖シャツに迷彩柄のズボンを履いているだけだった。
(これが軌道エレベーター……)
真人は軌道エレベーターを見上げる。
ニュースや雑誌で何度か見たことはあったが、間近で見るとすごい迫力だ。
野太い一本の柱が天上に向かって伸びており、それは人類の英知の結晶と言っても過言ではなかった。
英知の結晶といえば、ゲイルと名乗ったロボットのことも気になる。
あのロボット……DEEDを倒せると言っていたし、高度な技術によって生み出された兵器で間違いない。
移動中に世界の現状をゲイルから詳しく聞くつもりだったが、ゲイルは他の同機種のロボットと合わせて9体で輸送機を守るように飛行し、会話することはできなかった。
乗組員から何か話が聞けるかと期待していたが、彼らも殆どが救助した人々のケアを行っており、とてもじゃないが雑談できる雰囲気ではなかった。
研究主任と律葉も彼らと同じく怪我人の世話や食料の配布で忙しくしており、結局、真人は飛行中、独りで後部デッキの隅っこに座り込み、円形の窓から外の景色を眺めていたというわけである。
地上に降り立った真人は振り返る。
輸送機の後部ハッチからは避難民が続々と降りており、彼らの表情は暗いものの、安堵の色が混じっているように思えた。
律葉はストレッチャーに載せられた怪我人に付き添っており、服装は白地のポロシャツに黒のスラックス、そして白衣を着ていることも相まってか女医に見えなくもなかった。
……結局助けられたのは3,611人だけだった。
残りは大半がDEEDに刺し殺されたり、瓦礫の下敷きになったり、火災に巻き込まれて苦しい最後を迎えたのだろう。そう思うと無念でならなかった。
「もっと早く僕が起きていれば……全員を助けられたかもしれなかったのに……」
真人は悔しげに呟き、彼らから視線をそらして俯く。
DEEDを退けるだけの力は十分にあった。もし1日早く……いや、1時間でも早く覚醒していれば誰も死なずに済んだ。
そう思うと悔しくて悔しくて堪らなかった。
ただ、律葉を守ることができたのは本当に良かった。
今こうやって律葉の死について考えているだけでも気分が悪くなるほどだ。もし律葉が死んでいたら悲観して自殺していたかもしれない。
……今ここで過去のことを考えていても仕方がない。
全滅せずに済んだだけで良かったと前向きに考えることにしよう。
真人が独り俯いていると、巨大人型ロボット……ゲイルが近づいてきた。
「君が気に病む必要はないでしょう」
どうやら先程の言葉を聞かれていたようだ。
ゲイルはアイカメラを輸送機に向け、抑揚のない合成音声で語りだす。
「シェルターの人々の死は我々の責任です。……“彼女”の理論をもっと早く採用していれば、我々の開発期間は2ヶ月は短縮できました。つまり、2ヶ月前に君たちは救助されるはずだったのです」
「“彼女”って?」
真人の問いかけにゲイルは何故か自慢げに応じる。
「ケンブリッジの天才学者、サタケ・レイナ博士です」
「……レイナ!?」
クロトは予想外の名前を耳にし、驚いていた。
佐竹玲奈……
彼女は中学高校と仲良くしていた4人のメンバーのうちの1人で、卒業と同時にケンブリッジ大学に留学した頭のいい少女だ。
彼女のことは鮮明に思い出せる。
後ろ髪は膝裏に届くほど、前髪は目を覆い隠すほど長く、常に暗い雰囲気を漂わせている少女だった。
見た目通り性格もかなり内気だったが、かと言って無口ではなく、ブラックジョークなどをよく口にしてみんなで笑ったものだ。
また、メンバーの中では飛び抜けて頭がよく、定期試験では毎度お世話になった。
頭脳明晰なのは当時から知っていたが……まさかこんな高性能なロボットの開発に携わっているとは思っていなかった。
昔のことを思い返していると、聞き覚えのある女性の声……玲奈の声が聞こえてきた。
「リツハー!!」
声を張り上げているのだろうがその声はあまりにもか細く、叫び声になっていなかった。
真人は声がした方向に視線を向ける。
玲奈は軌道エレベーター直下にある施設、その方角から長い黒髪をなびかせながら駆け足で輸送機目掛けて走っていた。
卒業後は全く会わなかったが、真人は彼女が玲奈であると一目で判断できた。
髪は相変わらず長く、どんくさい走り方も昔のままだ。服装も地味目で、黒いタートルネックシャツにグレーの膝丈のタイトスカートを履き、水色のカーディガンを羽織っていた。
名前を呼ばれて律葉も玲奈の存在に気がついたのか、目を丸くしていた。
が、驚きの表情を見せていたのも一瞬のことで、玲奈を迎える形で律葉も走り出した。
二人はどんどん近づいていき、やがて接触するとお互いに抱き合った。
「よかった。生きてた……本当に良かったよぉ……」
泣いているのか、玲奈の声は震えていた。
「玲奈こそ、よく生きてたわね」
律葉はそんな玲奈の背中を優しくポンポンと叩いていた。
真人も玲奈との再会を喜びたかったが、声を掛けられる雰囲気ではなく、少し距離をとった場所から二人の抱き合う様子を微笑ましく眺めていた。
二人はその後もしばらく抱き合っていたが、ゲイルのせいで離れることになる。
「玲奈博士、ただ今帰投しました」
ゲイルは空気を読まずに玲奈の近くまで移動すると、膝をついて頭を垂れた。
玲奈は目元を服の袖で拭い、ゲイルに応じる。
「報告は聞いてるわ。3体失ったのは痛手だったけれど、それだけ価値のある救出作戦だったと思う」
玲奈はゲイルを労うように向う脛あたりの装甲を撫で、言葉を続ける。
「とにかくご苦労様。後でハンガーでしっかりメンテしてあげるからね」
「よろしくお願いします。では」
ゲイルは玲奈への挨拶を済ませると立ち上がり、軌道エレベーターの方に向かって歩いていった。
玲奈とゲイルのやり取りを見て、律葉は興奮気味に玲奈の肩を揺らす。
「すごいじゃない玲奈、あんな兵器の開発に携わってるなんて……」
律葉の褒め言葉に玲奈は恥ずかしげに頬を掻く。
「……携わってるというか、私が設計したんだけれどね」
「設計を!?」
「うん、あのロボット……英国空軍兵器開発局とケンブリッジ大学の共同チームで開発したんだれど、実はその開発チームのリーダーを任されちゃって……」
玲奈はゲイルの後ろ姿を見つつ軽くスペックを説明する。
「重力制御装置を組み込んであるから機動性能は戦闘機以上。兵装にも重力制御装置を応用した技術が使われていて、その威力は絶大。……3年の開発期間を経て、ようやくDEEDを倒せるレベルにまで仕上げることができたの」
「すごいすごい!! あんなの造っちゃうなんて、やっぱり玲奈は天才ね」
「ありがと……」
褒められて嬉しいのか、玲奈は控えめな笑みを浮かべ指先を弄っていた。
……しかし冷静に考えてみてもあのレベルの戦闘ロボットを設計したというのは本当に凄い。
特殊な銃器での攻撃は勿論、格闘戦も行えるようだし、汎用性は抜群だ。
それに、推進機構なしに空を自由に飛行できるというのも驚きの技術である。
重力制御装置……間違いなくノーベル賞レベルの発明である。
玲奈の天才っぷりに改めて感服していると、不意に近くから男の声が発せられた。
「ホント、ガリ勉女子の称号は伊達じゃないよな」
そのセリフはかなり馴れ馴れしく、そして真人はこの声にも聞き覚えがあった。
少し粗暴でいて、男にしては少し高めの声……真人は確信を持ってその声の主の名を告げた。
「隼!?」
告げた後、真人は声がした方に目を向ける。
そこには赤い短髪の男……仲良し4人組の唯一のムードメーカー、西城隼の姿があった。
隼とはお互いに戦闘機乗りになることを約束した仲で、自分は士官学校へ進み、隼は米国のPMCにスカウトされて渡米した。
夢の実現の一歩手前でDEEDによる侵略が始まったわけだが……
隼は隼でこの苦境を乗り越え、自分達よりも早めにこの軌道エレベーターで玲奈と合流したようだ。
隼は柄にもなく黒のロングコートを着込んでおり、襟元には同じく黒のネックウォーマーを、そして手にも黒革のグローブを装着していた。ロングコートの裾は地面を擦るほど長く、靴は見えなかった。
全身黒コーデの隼は軽く手を挙げ気さくに話しかける。
「よう、よく生きてたな」
真人は親友が無事だったことに胸をなでおろしつつ、言い返す。
「それはこっちのセリフだよ。隼も玲奈に救助してもらったのかい?」
「いいや、自力でここまで来た」
「ということは、米国も何かDEEDに対抗できる兵器を造ったんだね……」
「まあな……」
何故か隼の歯切れは悪かった。
……米国の軍事費は世界一。当然、兵器の研究開発に掛ける金額も他国とは桁違いだ。
核ミサイル以上の威力を持つ兵器を極秘裏に開発していてもおかしくない。
一体どんな兵器なのだろうか。
気になった真人は挨拶も程々に隼に問いかける。
「どんな兵器なんだい?」
「……」
隼は即答せず、悩ましい表情を浮かべる。
極秘事項なので喋れないのだろうか。……いや、この緊急時に秘密も何もあったものではない。
数秒の沈黙の後、隼は自らの顔を指差した。
隼の行動が理解できず、真人は再び質問の言葉を口にする。
「……どういうこと?」
隼は「あー……」と間延びした声を発しつつ赤髪を掻く。
そんなにも話したくないのか。それとも説明が難しいのか。
更に数秒後、隼は意を決したようで、衝撃の事実を述べた。
「……俺自身が兵器なんだよ」
「え?」
真人の疑問符をスルーして隼は詳しく説明し始める。
「“超能力”……聞いたことくらいあるだろ」
「サイコキネシスとかテレパシーとかのことかい……?」
「そうそう。DEEDに勝つために米国は裏で行っていた研究を惜しみ無く発表し始めてよ、その中に超能力に関する研究もあったってわけだ」
興味深い話だ。
真人は隼の話に聞き入る。
「……で、軍関係者ってことで半ば強引に外科的な手術や薬を樽ほど体内に注入されてな。血液もネクタルとかいうよく分からないものに入れ替えられて……結果的にサイコキネシスやらサイコメトリーやらパイロキネシスやら、一通りの能力を発揮できるようになって、身体能力も強化されて歳も取らなくなっちまった」
隼はそう言ってふわりと体を浮かばせ、超能力を実演してみせた。
「おお……」
アニメや漫画などではよく目にするが、実物を見るのは初めてだ。
隼は早々に地面に足をつけ、肩をすくめる。
「ま、簡単に言うと“人間やめました”っつーわけだ。色々と思うところはあるが、お前らと再会できただけでもこの身体になった価値はあったかな」
隼は前向きに述べていたが、表情からは悲壮感が漂っていた。
3年間、こちらと同じく色々なことがあったのだろう。その殆どが悲しい出来事だったに違いない。
真人はこれ以上根掘り葉掘り聞くのはよくないと判断し、会話を終わらせようとした。……が、律葉と玲奈が割り込んできた。
「結局は人体実験よね? ……被験者はどのくらいいたの?」
「私も気になってたの。合流してから結構経つけれど、実験の内容については詳しく聞かせて貰ってなかったし……」
律葉と玲奈はいつの間にかこちらに近づいてきており、自然に会話に交じる。
研究者としての性なのだろう。二人共こういう話には興味津々なようだ。
二人に問われてか、隼は仕方なさそうに応じる。
「総数は知らないが成功したのは俺を含めて7名だ。……が、俺以外の仲間はDEEDとの戦闘で死んじまった。残ってるのは俺一人だけだ。残念ながらな」
今度こそ話を終えたかったのか、隼は話題を変える。
「それにしても真人に律葉、お前ら二人よく生きてたな。……そっちのガリ勉女子はお前らが生き延びてることを信じて疑わなかったが、俺は半分諦めてたんだぜ?」
隼らしい正直な言葉だ。
真人は笑みを浮かべつつ言い返す。
「実は僕も生き延びられるとは思ってなかったよ。でも、律葉の実験が成功したおかげで生き延びることができたんだ」
「そういやDEEDを撃破したって聞いたが……新兵器でも開発したのか?」
今度は隼が律葉に質問を投げかけた。
律葉は真人の隣まで移動すると小さく真人を指差し、答える。
「実は……マナトも“人間やめちゃった”のよ」
「あー、なるほど……」
隼は特に驚くことなく、真人を観察しつつ問いを続ける。
「見たところ外見は人間そのものだが……そっちもESP系か?」
律葉は首を左右に振り、呟く。
「毒をもって毒を制す……」
呟いた後、律葉は今度は真人の背中に回り込み、両肩を掴む。
「DEED因子を注入して後天的に遺伝子を変異させたの。……結果、真人はDEEDの能力の全てを獲得したわ。この目で見たけれど……シェルター内に侵入した100体近いDEEDをものの1分で全滅させた。戦闘能力はかなり高いわ」
「DEEDの遺伝子を……マジか……よく思いついたな」
隼の言うとおりだ。敵の遺伝情報を体内に取り込むなんて常軌を逸した方法である。
だがそのおかげで3,000人以上の人の命を救えたのだから良しとしよう。
真人は会話を流し聞きしつつ戦力について考える。
まずは玲奈が設計したゲイルを始めとする9体の人型ロボット。
続いて米国の実験により生み出されたサイキッカー、隼。
そして最後はDEEDマトリクス因子を埋め込まれた生体兵器の自分。
隼についての能力は未知数だが、このインド洋までたどり着けたということはDEEDを撃破できるだけの能力を保持していると考えていい。
真人は早速提案する。
「この戦力があればDEEDも怖くない。早く他のシェルターに避難してる人々を助けに行こう」
あの輸送機があれば大勢の命を救える。
自分たちには力がある。DEEDを退けるだけの力がある。
僕の力があればDEEDを近寄らせることなく、安全に避難民を救助することができる。というか、救助する義務がある。
そんな思いで述べた真人だったが、玲奈と隼の反応は芳しくなかった。
少しの沈黙の後、玲奈はカーディガンの裾を弄りながら告げる。
「それは……無理なの」
「どうして……」
聞き返す真人に玲奈は苦い表情で応じる。
「救助出動は今回で最後にすると決めてたから……」
「そんな……」
何故今回で最後なのか、その理由を玲奈に代わって隼が告げる。
「俺達も出来る限り人を救い出したい。だが、救助するためには莫大なエネルギーが必要になる上、大きなリスクも伴う。実際、今回の出動で12機いた自立型戦闘兵器も9機まで数を減らされちまった。これ以上のリスクを負うことはできないんだ」
確かに、と真人は一瞬納得してしまう。
この時勢、輸送機の燃料の確保は難しいし、ましてや高度な技術を要するゲイル達ロボットを新たに生産するのは不可能に近い。
今回救出できた約3,000名を始めとする民間人を守るためにも、軌道エレベーター周辺の守りも固めないと行けないし、外に出向いて救助活動する余裕は無いのだ。
だが、それを理解しても尚、真人はより多くの人を救いたいと願わずにはいられなかった。
しかし、そんな真人の考えを制するように隼は続け様に言う。
「それに、これ以上助けても全員を救うことはできないんだよ」
「助けても救えない? どう言う意味だい?」
理解不能な言葉に疑問をいだいていると、今度は玲奈が説明を始めた。
「……ここに集まった約4万5千人は軌道エレベーターで静止軌道ステーションまで退避して、そこに設置してある冷凍睡眠装置でロングスリープする予定なの」
「冷凍睡眠装置……そんなものが?」
「現代医学では治療不可能な患者を一時的に冷凍睡眠させ、治療技術が確立するまで寝ていてもらう目的で開発されたのが冷凍睡眠装置。……世間には試験段階と公表されてるけれど、実際は10年以上前から一部の金持ち連中が使用してる状況よ」
説明後、阿吽の呼吸で隼が説明を引き継ぐ。
「その装置、できるだけ調達したんだが……5万台が限界だった。だからこれ以上助けても全員をコールドスリープさせられるわけじゃない。だから“救えない”って言ったわけだ」
「そういうことだったのか……」
定員は5万人。現在この基地で避難している民間人の数は4万5千人。軍人もあわせると数的にギリギリと言ったところだ。
数勘定をしていた真人だったが、ふと純粋な疑問が思い浮かび、その疑問をそのまま口にする。
「でも、DEEDをどうにかしないとコールドスリープしても意味ないんじゃない?」
仮に数百年冷凍睡眠したとして、あのDEEDがこの地上から去ってくれるとは考えにくい。
この疑問の言葉に、玲奈は待っていましたと言わんばかりに少し早口で、若干自慢げに語りだす。
「その心配はいらないわ。実は現在、自己進化型DEED駆除マシン『クロイデル』を総力を上げて開発してるの。これはDEEDに対応して進化していく一種の駆除システムで、一度野に放てば自動で最適な形を形成し、何百、何千、何万もの試行を経てじわじわとDEEDを破壊していくように設計されてるの」
流石は天才博士。抜かりはないようだ。
玲奈は続いてクロイデルがDEEDを駆逐するのに必要な時間について告げる。
「このシステムがDEEDを駆除し終えるのには少なく見積もっても2000年掛かるの。だからその間、5万人にはコールドスリープしてもらうというわけ」
「正確には軍人も含めて4,7391人だけどな」
隼から正確な人数を聞きつつ、真人はこの計画に不安を抱いていた。
真人はその不安を玲奈にぶつける。
「それなら宇宙船内でコールドスリープしたほうが安全じゃないのか? なんでわざわざ静止軌道ステーションで……」
度重なる疑問に対し、玲奈は淡々と述べる。
「私も最初はそう考えてたんだけれど、宇宙船を飛ばせる設備がもうないの。軌道エレベーターに停泊していたテラフォーミング計画用のシャトルも全て使用されて船自体がないし、一から造るにしても部品も技術も足りない。……ということで、少なくとも地表よりは安全な静止軌道ステーションでコールドスリープしてもらう事になったの」
議論はしつくされているようだ。今更僕が何を言った所で計画は変更されないだろうし、今以上のいい案を考えつけるとも思えなかった。
それでも真人は自らの考えを玲奈にぶつける。
「玲奈の話は理解できたよ。でも2000年は流石に長すぎる。……DEEDを駆除するなら僕も手伝えると思うし、それならコードスリープも短い時間ですむんじゃないかな」
真人の意見に隼も同調する。
「だな。自分で言うのも何だが俺達は超強良い。……かなり時間は掛かると思うが、DEED共を地球上から殲滅するのはそう難しいことじゃないと思うぜ」
……2000年はあまりにも長過ぎる。
コールドスリープも技術が確立されているとはいえ、長時間駆動するとなると必ず不具合が出るはずだ。作戦期間は短かければ短いほどいいのは明らかだった。
DEEDの駆除の手伝いを志願した真人と隼だったが、玲奈はゆっくりと首を左右に振ってその意見を否定した。
「いや、真人と隼にはアース・ポートの防衛を頼みたいの。地表から離れているとはいえ、軌道エレベーターにDEEDの魔の手が伸びる可能性は十分にあるわ。9体の戦闘ロボットと一緒に護ってくれるなら間違いなく軌道エレベーターの安全は確保できると思うの」
「……」
人類の存続を考えるなら玲奈の考えは正しいのだろう。
しかし、せっかくDEEDを倒せる力を手に入れた言うのに、ここでじっとしているのは我慢できないというか、もったいな気がする。
それに『クロイデル』なんていうよく分からない兵器だけにDEEDの駆除を任せるのもどうかと思う。クロイデルが正常に作動しなかった場合のことも考えて、自分達が率先してDEEDを駆逐するべきだ。
まだ戦闘は1度しか行っていないが、自分の力についてはよくわかっている。
DEED因子から得たこの力は絶大だ。例えDEEDが1000体一気に襲い掛かってきても余裕で倒せるだけの自信がある。
そんな真人の思いを知ってか知らずか、律葉は告げる。
「私は……真人のやりたいようにしたらいいと思う」
「ちょっと律葉……」
玲奈は律葉の白衣を掴んで言葉を止めようとするも、律葉は気にすることなく続ける。
「真人にも隼にも力がある。その力をどう使おうと自由だと思う。それに、“攻撃は最大の防御”って言うでしょ? DEEDの数を減らすことは私達の安全にも直結すると思うんだけれど……」
DEEDは増殖に増殖を繰り返し、その数は予測できないほどだ。
もし数千ものDEEDが一気にアース・ポートに押し寄せてきたら防衛するのは難しい。ならばこちらから打って出て積極的に数を減らすのはまともな案のように思える。
「それに、2000年経ってもDEEDがいなくなる保証はないんでしょ? こっちから積極的に攻撃を仕掛けていけば、もしかしたら1000年くらいでDEEDを撲滅できるかも知れないわよ?」
せっかく“攻める”力を手に入れたのだ。その力を最大限有効利用しなければ力を持っている意味がないし、実験のために死んでいった被験者も浮かばれない。
律葉の言葉に根負けしたのか、玲奈はあっさりと諦めた。
「わかった、わかったわ。……もともと真人も隼も数勘定に入ってなかったわけだし、従来の計画通りクロイデルと9体のロボットだけでアース・ポートの防衛を行うことにするわ」
そういう玲奈の表情には不安の色が少し混じっていた。
そんな玲奈の頭を隼はグリグリ撫でながら告げる。
「ま、安心しろよ。俺のテレパスはかなり広範囲の念波を拾えるからな。ここが危なくなるようならすぐに駆けつけてやるさ」
玲奈は隼の手をはねのけ、訝しげに隼の顔を見つめる。
「本当でしょうね? 科学者としては超能力はいまいち信用できないんだけれど……」
「今更何言ってんだよ。真人と律葉がいるシェルターの位置を探し当てたのは俺だぜ?」
「それは、そうだけど……」
なるほど。何の連絡もなしにどうやってあの場所を突き止めたか疑問に思っていたが……こういうからくりがあったわけだ。
玲奈は咳払いし。今後の方針をまとめる。
「取り敢えず、クロイデルが完成したら私達は冷凍睡眠に入るわ。その間軌道エレベーターの護衛は9体のロボットとクロイデルが行う。真人と隼はDEEDの駆除と生存者の救助に尽力するってことでいいわね?」
「うん。できるだけ多くのDEEDを駆除して、できるだけ多くの人を助けるよ」
「俺も真人に同行する。ツーマンセルのほうが効率がいいだろうからな」
危険は承知だが、死ぬようなことにはならないだろうと真人はなんとなく思っていた。
楽観的な真人に対し、律葉は真面目に告げる。
「真人、くれぐれも気をつけてね」
「大丈夫。何があっても根性で切り抜けるよ」
律葉と会えなくなるのは正直寂しい。が、これも人類を守るため……律葉を守るためだ。
おそらくこれから長い間DEEDと戦い、世界中を転々としながら数え切れないほどのDEEDを駆除することになるのだろう。
……2000年も待たせない。
律葉の言うとおり1000年でDEEDを駆逐してやろう。
そう意気込む真人だった。




