066 小型艇
066
竜型ディードを倒してから3週間後
クロト達一行は鍛冶屋ホルツに向けて街中を歩いていた。
この3週間は実に暇だった。
リリサやジュナのように何かしらトレーニングでもしようかと思ったが、変に目立つとまたあのカレン会長に絡まれるかもしれないし、そう思うと宿から一歩も外に出られなかったのだ。
ティラミスもクロト同様カレン会長や他の狩人に姿を晒すのが嫌だったのか、ずっと部屋で読書をしていた。
なぜクロトがティラミスの行動を知っていたかというと、そのティラミスがクロトの部屋に入り浸っていたからである。
ティラミスは毎朝大量の本を抱えてクロトの部屋に訪れ、午前午後と本を読み漁り、夜になると自室に戻っていくというパターンを繰り返していた。
たまにモニカが訪れて本を置いていくも、彼女は彼女でマンフレートの造船の様子に興味があったようで、鍛冶屋に入り浸っている様子だった。
ティラミスはクロトのベッドの上がお気に入りのようで、そこで本を読んでいた。
その間クロトは椅子に腰掛け、ティラミスの読書の様子を眺めつつぼんやりと考えに耽っていた。
思考の8割を占めていたのは自分の過去のこと、そしてあの黒衣の男の言葉であった。
ディードは宇宙から飛来したエイリアン、侵略者だ。
そのトリガーとなったのはそれより以前に飛来してきた小さな隕石。僕の彼女……近衛律葉が研究していたものだった。
小さな隕石は特有の電波を発し、ディードの群れを地球に呼び寄せた。
地上に降りたディードは巨大な黒い化け物となって、街を襲った。
……ここまでが夢で得た情報である。
黒衣の男は生き残った人間。そして彼の口ぶりだと僕と親しい仲だった。
彼が言うには僕は彼らの仲間であり、同士であったらしい。が、彼らを裏切り、罰を受け、その結果記憶を失う事態に陥ったようだ。
彼は詳しいことは教えてくれなかったが、唯一アドバイスをくれた。
それは「カラビナに近づくな」「彼らが目を覚ますまで待て」というアドバイスだった。
“彼ら”が何者なのかは分からない。個人か集団かすら不明だ。が、彼らが起きれば事態は一変するらしい。
“彼ら”が目を覚ませばディードが人を襲うことがなるかもしれない。と黒衣の男は言っていた。そして、同時に“彼ら”が僕の味方だとも言っていた。
クロトはこの3週間で“彼ら”がどういった存在であるか考えに考えていたが、結局のところ何も分からなかった。自分が何者かはっきりすれば推理のしようもあるのだが、思い出せないのだから仕方がない。
まあ、とにかく、つまりは……カラビナに向かうしか道は無いということだ。
「クロト様」
歩きつつ考え事をしていると、声と同時に左側から軽い衝撃が来た。
左を向くと、ティラミスの姿があった。
ティラミスは衝突すると同時にクロトの腕を組み、見上げる。
「悩み事ですか?」
流石はティラミスだ。なにか思い悩んでいることを感じ取ったらしい。
伊達に部屋に入り浸っていたわけではない。
クロトは無表情に近かった顔面の筋肉に少し力を入れ、愛想笑いをする。
「いや、ちょっとね。何でもないから心配しなくていいよ」
「そうですか……」
ティラミスは何故か残念そうな表情を浮かべていた。
少しでも僕の力になりたいのだろう。健気で可愛い少女だ。
「クロ、小型艇はどんな感じなの? 頑丈そうにできてる?」
二人の会話に割って入ってきたのはリリサだった。
クロトは前を歩くリリサに言葉を返す。
「いや、僕もまだ見てないんだ」
「そうなの?」
「モニカから“完成した”って言伝を受けたのが今朝のことだったからね」
「じゃあモニカ以外は誰も船を見てないのね」
「そういうことになるね」
伝言を聞いたのは今朝のこと。モニカは昨晩夜遅くに支部の事務員に言伝を頼んだようで、朝食を食べに食堂に降りたときに事務員からこのことを聞いたわけである。
「今朝伝言を受け取ったんだろ? なんですぐに行かなかったんだ?」
リリサに続いて言葉を発したのはジュナだった。
疑問口調のジュナに対し、クロトは昼まで待っていた理由を告げる。
「君らが確実に事務所の人から伝言を聞けるかわからなかったし……それに、リーダーより先に船を見るのもなにか悪いかなと思ってね」
「変な気遣いしないで見に行けばよかったのに……気持ち悪いわね」
「伝言を受け取れるか心配で待ってただと?……オレは狩人だぞ、そこいらの町娘じゃねーんだ。ガキ扱いするなよ」
「あはは……」
相変わらず口の悪いこの二人はこの3週間、一緒にハードな訓練を行っていた。
朝は日が昇らないうちから街道沿いの林に向かい、昼になると戻ってきて昼食を食べ、また林に向かい、返ってくるのは夜中だった。
実際に訓練を見たわけではないが、支部で見かける度に生傷が増えているし、服も汚れているし、何より汗だくだった。
壁に近い山の斜面を息も切らさず汗もかかずにヒョイヒョイと登るあの彼女たちが疲労しているのだ。
何をしているにせよ、易しい訓練であるはずがなかった。
会話の途中、ふとリリサは周囲に目を向ける。
「あれ、そういえばフェリクスは?」
「伝言を聞くやいなや一人でいっちゃったよ」
「ふーん……」
自分でフェリクスのことを言っておいて、当の本人は特に興味は無いようだった。
……フェリクスはモニカのことをとても気に入っている。
そのモニカから連絡を受け、居ても立っても居られなくなったのだろう。
それにしてもフェリクスはモニカのどこが気に入ったのだろうか……
顔は襟高のコートのせいで半分隠れているし、唯一見える目も隈だらけだ。
美人と言われると甚だ疑問だが……フェリクスには常人には感じ取れない何かを感じているのかもしれない。
「そろそろですね」
ティラミスの声を聞き、クロトは前方に目を向ける。
少し先にマンフレートの鍛冶屋、ホルツが見えた。
(竜の鱗で造られた小型艇……楽しみだな)
一体どんな感じの船なのか、想像をふくらませるクロトであった。
店に到着し、雑多な店内を抜けて鍛冶場を抜けると、海側に小さなドックある。
そこには竜の骨と鱗で造られた小型艇の姿があった。
クロト、リリサ、ジュナ、ティラミスの4名はその船を見て思わず声を漏らす。
「わあ……」
「すげえ……」
「芸術作品と言っても過言ではないですね」
「機能美ってこのことを言うんだね……」
形状は流線型、全面が竜の鱗で余すところなく覆われ、防御に関しては完璧だ。
全貌は……現代風に言うとプレジャーボートというのだろうか。釣りやクルージングなどの娯楽目的で使うような船の形をしていた。
操舵室も鱗でガードされており、中々に使い勝手が良さそうだった。
船の先端には竜の骨で造ったであろう鋭く尖った船首が取り付けられており、突破力に関しては問題なさそうだった。
帆はない。動力はどうなのだろうか。
感嘆の声を上げつつ小型艇を眺めていると、船上からモニカとマンフレートが姿を現した。
「ようやく来おったか。どうだ、中々の出来だろう」
マンフレートは船を降り、船体の横面をバシバシと叩く。
「中々なんてレベルじゃないですよ。本当にすごい船ですよこれは」
マンフレートに遅れて船から降りたのはモニカだった。
モニカは船から視線をそらすことなく船を褒めちぎる。
「装甲も効果的に配置されてますし、重量も速力との兼ね合いを考えて理想的なバランスを保っています。そしてなにより動力です。……まさか竜の筋肉を動力に使うなんて……常人にできる発想ではありませんよ」
「そんなに褒めるなよ、お嬢ちゃん」
マンフレートは満更でもないのか、頬を緩めてこめかみを掻いていた。
「竜の筋肉を動力に……?」
リリサの至極まっとうな疑問に応じたのはモニカだった。
「普通の船は帆に風を受けてその力で動きます。ですがこの船は水車を回して水を前から後ろに掻き出して動きます。……その動力に竜の筋肉が使われているというわけです」
(なるほど……)
この世界にエンジンはない。もちろんスクリューなどというものもない。
ならば、この機構は現状で考えられる最良な発想だろう。
スクリューの事を教えても良かったのだが、どうせエンジンは造れないと思い、いい留まっていた。が……竜の筋肉を動力に使うと知っていればスクリューの件も教えてあげておいたほうが良かったかもしれない。
全ては後の祭りだ。
この船でも十分速度は出るし、今更作り直すこともないだろう。
しかし、竜の筋肉をどうやって用いて円運動に変換させているのだろうか。
気になったクロトはマンフレートに質問する。
「もうちょっと詳しく教えてくれませんか?」
「……見たほうが早いだろう」
マンフレートはそう言うと船に戻り、船の床の一面を剥がし始める。
クロト達は船に乗り込み、マンフレートの手元を見る。
マンフレートは板を外す。その向こうは船底であり、そこには真っ黒で巨大な何束もの筋肉組織が棒につながれていた。
「見てろよ」
マンフレートは長い金属棒を取り出し、それで筋肉をつつく。
すると筋肉はゆっくりと収縮し、筋肉につながれた棒も動き、歯車などの簡素な機構を経て水車が回った。
「この筋肉は刺激を与えるとこうやって伸び縮みする。その力を利用して水車を回すというわけだ」
「なるほど……」
よく考えたものだ。モニカがべた褒めするのも頷ける。
この回転速度なら海棲ディードの群れを突っ切るのも難しくないだろう。
「これが竜型ディードの筋肉……ってことはこの船、竜型ディードを余すところなく使ってるってわけね」
リリサの言葉にマンフレートは応じる。
「そういうことになるな。まあ、筋肉はあと数週間もすれば腐るだろうからずっと使えるわけではないがな」
「そうですか……何だか勿体無いですね」
ティラミスは残念そうに呟く。
確かに勿体無いが、どうせカラビナに向かう以外の目的で使うこともないだろうし、問題ない。
マンフレートは約束通り最高の小型艇を造ってくれた。それだけで十分だ。
……その後、メンバー全員で船を眺めたり、中に乗って内装を観察していると、どこからともなくヘクスターの声が聞こえてきた。
「皆さんお待たせしました。武器ができましたよ」
声を聞き、全員がヘクスターに視線を向ける。
ヘクスターは鍛冶場の入り口に立っており、その手には無数の武器が抱えられていた。
メンバーは船から降りるとヘクスターの元に向かう。
「お、間に合ったのか」
ジュナはいの一番にヘクスターに近づき、武器をジロジロ見る。
数種類の武器はどれも真っ黒で、全てがディードの骨から……竜型ディードの骨や爪、そして歯などで作られているのが理解できた。
ヘクスターは持っていた武器を床に並べ、ふうとため息をつく。
そして、最初に長い槍を手に取った。
「リリサさんにはこの貫通力抜群のランスを差し上げます」
リリサに差し出されたのはとてもシンプルな形状の鋭い円錐状の槍、ランスだった。
長さは彼女の身長ほどあるだろうか、先端恐怖症には堪らないほど先端は鋭かった。
リリサは槍を手に取り、早速何もない空に向けてランスを振るう。
ヒュッと音がし、先端がピタリと止まる。重量バランスもいいようだ。
「……」
リリサは特に礼は言わなかったが、それなりに武器の出来に満足しているのか、少しだけ口角が上がっていた。
ヘクスターは武器の配布を再開する。
「ティラミスさんにはより堅牢性を追求したこの大槌をどうぞ」
リリサに続いて武器を配られたのはティラミスだった。
ティラミスは大槌を受け取り、「おお」と声を漏らす。
大槌はより大きく、そしてより攻撃的な形状になっていた。
こちらも形状はシンプルで、太く長い柄の先端に大きな重りがついていた。片方は円柱状で、もう片方は竜型ディードの爪をそのまま使ったのか、巨大なスパイクになっていた。
だが、シンプルだからこそ構造的に強く、耐久度も上がるというものだ。
ティラミスは大槌を持ち上げ、眺める。
目はキラキラ輝いており、気に入ったのがすぐにわかった。
「ジュナさんには一番大きな爪をまるごと利用した大鎌を用意しました」
ジュナに差し出されたのは真っ黒な大鎌だった。形状的には大槌と似ているが、先端部分が決定的に違っていた。
先端部には一際大きな爪が装着されており、鋭く研がれたそれは鈍い光を放っていた。
刃の面積は前の武器よりかなり大きくなっており、その分重量も増しているようだった。……が、ジュナにとっては問題ではないようで、早速受け取った武器をブンブン振り回していた。
ティラミスは力任せに振る感じだが、ジュナは遠心力を利用して振るタイプだ。
あの鎌で連撃を受ければ海棲ディードもひとたまりもないだろう。
「クロトさんはこれを使ってください。……爪の中心部をくり抜いて鍛え上げた刀です」
クロトはヘクスターから抜き身の刀を受け取る。
刀はキマイラの棘同様真っ黒だったが、厚みや反り具合、そして長さが違っていた。
(長いな……)
斬馬刀とでも言うのだろうか。ヘクスターが造ったそれはとても長く、柄も合わせるとクロトの身長を余裕で超えていた。
まあ、巨大なディードを相手にするのだから武器の巨大化も納得できるが、果たしてこの大物をうまく扱えるのだろうか……
ちょっと不安を感じるクロトだった。
「フェリクスさんには歯から削り出した双剣を……って、フェリクスさんは?」
ヘクスターは最後の武器、黒の双剣を手に持ったが、渡す相手がいないことに気づき疑問符を浮かべる。
メンバーも今の今までフェリクスがいないことに気付いていなかったのか、周囲を見渡し始める。
「あれ、いないわね」
全員がフェリクスの姿を探す中、モニカはフェリクスの情報をみんなに告げる。
「先程までここにいたんですが、“暇だから酒場に行く”と出ていってしまいました」
「あいつ、何やってんだか……」
ジュナは呆れた様子で告げる。
他のメンバーはため息をついていた。
この大事なときに酒場に行くなんて緊張感がなさすぎる。この3週間ずっと竜型ディードを倒したことを自慢していたらしいし、狩人以前に人間としてどうかと思う。
とりあえず近くの酒場にでも行ってフェリクスを探そう。
そう思ったクロトだったが、すぐにその必要はなくなった。
……何故なら、本人がこの場に現れたからである。
「おい、大変だぞ!!」
噂をすればなんとやらである。
フェリクスは切迫した様子だったが、そんなことは気にせずリリサはフェリクスを責め立てる。
「昼間から酒を飲むなんて……いい度胸してるじゃない」
普段ならここでフェリクスは「別にいいだろ」や「文句あんのか?」と反論するところだが、今日は違った。
「……すまん」
謝ったのだ。
あの強情でナルシストなフェリクスが謝るなんて珍しい。
そんなフェリクスの常々ならぬ態度に何かを感じ取ったのか、リリサは責めるのをすぐにやめてフェリクスに問いかけた。
「……で、何が大変なの?」
「酒場で聞いたんだが……どうやら調査団の連中、今からカラビナに向けて出港するらしい」
「!!」
それは衝撃の事実だった。
カレン会長率いる100人の狩人が大型艦に乗って出港する……。
真偽の程は定かではないが、これだけ真剣にフェリクスが言うのだから確かな情報なのだろう。
この情報を聞き、モニカは頭を抱える。
「うそ、まだ試験航行もまだなのに……」
小型艇は完成したが、まだ実際に動かしたわけではない。何度かテストをして手直ししていくのが普通だ。
だが、マンフレートは普通の鍛冶職人ではなかった。
「試験航行だあ?」
マンフレートはそう言うとモニカに告げる。
「そんなもの必要ない。儂の造る船は完璧だ。ほれ、さっさと出発せんか」
「しかし……」
「お前さん達はあの艦を囮にしてカラビナに向かうんだろう? ここで出遅れたら今まで築き上げてきたものが全部無駄になってしまうぞ」
マンフレートの言うとおりである。
ここで機会を逃してしまえばこの小型艇も、ヘクスターが造った武器も無駄になる。
手をこまねいている暇はない。
リリサもそれを理解してか、大きく頷いた。
「わかったわ」
リリサは自分を納得させるように小さく告げ、続いて全員に伝達する。
「今から10分後に出発するわ。全員準備に取り掛かってちょうだい」
「了解」
「オーケー」
メンバーは口々に返答し、新たな武器と共に小型艇へ乗り込んでいく。
ヘクスターも戦闘服に着替えるべく奥の部屋に行こうとした。が、マンフレートに呼び止められた。
「ヘクスター」
「何です、お爺さん」
マンフレートは逡巡した後、短く告げた。
「……死ぬなよ」
「これだけ強いメンバーが揃ってるんです。そう簡単には死にませんよ」
ヘクスターは軽く返事し、奥の部屋へと消えていった。
それから小型艇がドックを出るまで、場は緊張感に包まれていた。




