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天球のカラビナ  作者: イツロウ
06-天球のカラビナ-
66/107

065 疑いの目


 065


 竜型ディードの討伐を終えて1週間

 クロトは無数にドックの並ぶ海岸線の端、静かな入江で昼寝をしていた。

(あれからもう1週間か……)

 クロトは目を閉じ、波の音をBGMに1週間前のことを思い出す。

 竜型ディードとの戦闘はあっけなく終わったが、それ以降がかなり面倒だった。

 まず巨大な死骸を運搬するために人を雇い、街に持って帰るのに丸一日かかった。

 街に戻ると野次馬が集まってきて大きな騒ぎになり、支部に持ち込むまでにかなりの時間がかかった。

 硬い鱗が全身を覆っていることもあって解体にも苦労し、造船に必要な鱗を必要数手に入れるまで実に4日もの時間を要したのだ。

 余った骨や鱗は支部が高値で買い取り、全額がモニカの手に渡り、カミラ教団に吸い上げられてしまった。

 元々活動資金はカミラ教団から出ていたので文句はないが、あれだけ苦労したのだからボーナスの1つや2つあってもいいように思う。

(まあ、お金をもらったところで使いみちはないんだけれどね……)

 装備は猟友会から無料で支給される。

 食事も美味しい料理が無料で食べられる。

 おまけに快適な部屋にも無料で宿泊可能だ。

 狩人がお金を使うとなればもっぱら防具か武器になるのだが、盾や鎧のような防具は自分には必要ないし、武器もこのキマイラの棘で間に合っている。

 それに、ヘクスターさんが竜の牙や爪を素材にして武器を造ってくれるとも言っていたし、装備面で困ることは全くなさそうだ。

 船が出来上がるまでにはまだまだ時間がかかる。

 今はしっかり休養を取って、本番に向けて気合をためておこう。

「んー……」

 クロトは腕をピンと伸ばし、欠伸する。

 その時、タイミングよく涼しい風が右から左に通り抜けた。

 ……それにしてもいい穴場を見つけた。

 寝るのならベッドが一番いいのだが、如何せん街中は工場の加工音がうるさくて落ち着かない。

 その点、その入江は街から離れているので騒音もなく、その代わりにアルファ波たっぷりの波の音が心地よく流れている。

 地面は砂浜なので若干硬いが、我慢できる範囲だ。

 入江で一人寝転んで黄昏れていると、不意に付近から足音が聞こえてきた。

 その足音は軽く、すぐに子供のものであるとわかった。

 足音はだんだん大きくなり、ついに話しかけられた。

「クロト様、ここにいましたか」

 クロトは目を開け、声がした方向を見る。

 そこには紺の髪に黒い目、浅黒い肌と白いワンピースのコントラストが眩しい少女、ティラミスの姿があった。

 クロトは上半身を起こし、ティラミスに応答する。

「よくここがわかったね」

「クロト様のことならなんだってわかります」

 ティラミスはドヤ顔を浮かべ、自分の胸をドンと叩く。

 相変わらず可愛らしい少女だ。

「服、新しく買ったんだね」

 クロトはティラミスの服装について指摘する。

 ティラミスの服は相変わらず白一色のショートワンピースだったが、以前のものとは違って長袖で、しかも袖とスカート裾にフリルがついていた。

 また以前は素足だったが今は白の膝丈のレギンスを履いていた。

 どちらともサイズはピッタリで、以前より動きやすい格好であることは間違いなかった。

 ティラミスは自分の服を見下ろし、恥ずかしげに告げる。

「リリサさんが選んでくれました」

「似合ってるよ」

「えへへ……」

 褒められて嬉しいのか、ティラミスは頬を赤くして控えめな笑みを浮かべていた。

 クロトはそんなティラミスに問いかける。

「ところで……怪我はもういいのかい?」

「はい。完全に完治しました」

 ティラミスはくるりと回り、腰に手を当て元気であることをアピールした。

 ……竜型ディードと戦闘した際、ティラミスはメンバー内で唯一大ダメージを受けた。

 服は丸こげになり、肌も真っ黒に焼けて火傷だらけだった。髪に至っては全て燃えてしまい、見るも無残な状態になっていた。

 しかし命に別状はなく、ティラミスの防御力の高さを思い知らされた。

 ……が、それよりもすごかったのは再生能力だった。

 黒焦げだったティラミスは半日もすると火傷が治り、肌は元通りになった。

 髪の毛も1日で頭皮を覆い隠すほどまでになり、3日目には元通りのショートカットの長さまで伸びてきた。

 眼鏡はどうしようもなかったが、新しいものを買ったのか、ティラミスの顔にはスクエア型の眼鏡が載っていた。

 ティラミスはその眼鏡を弄りながら報告する。

「かさぶたも全部剥がれましたし、髪の毛もリリサ様に整えてもらいました。武器はあの熱で駄目になってしまいましたけれど、ヘクスターさんが新しいものを造ってくれているので問題なさそうです」

「それはよかった。……しかし本当に凄い回復力だね」

「はい、モニカさんが言うには筋肉も溶けて骨まで見えていたそうです」

「そこまでひどかったのか……」

 深刻そうに告げるクロトだったが、ティラミスは全く気にしていなかった。

「モニカさんはヒトガタの再生力を間近で観察できて喜んでいましたよ」

「モニカらしいね……」

「全くです」

 ティラミスはそう言うとクロトの隣まで移動し、膝を抱えて砂浜に座る。

 そして、上目遣いで見つめてきた。

「クロト様、ちょっと頭を撫でてもらってもいいですか?」

「いきなりだね……」

 ティラミスが直接的におねだりをしてくるとは思っておらず、クロトは一瞬狼狽えてしまう。

 しかし断る理由もなく、クロトはティラミスに言われるがまま頭に手を優しく載せる。

 ……と、手のひらに硬い物体の感触を得た。

「これは……」

「角だと思います。体の機能が再生した際に角まで一緒に伸びちゃったみたいです」

 ティラミスの頭部からは2対の可愛い角が生えていた。

 どうやらティラミスはこの角を触らせるために先程の要求をしてきたようだ。

 しかし、クロトがティラミスの頭を撫でているのは事実であり、ティラミスはどことなく満足げな表情を浮かべていた。

 ティラミスは角に関してクロトに相談する。

「これからまた伸びるとも限りませんし……切ってもらってもいいですか?」

「いや、まだ髪で隠せるレベルだし慌てて切ることもないと思うよ」

「……そうですよね」

 ティラミスは自ら角に触れる。

 以前はそれはもう立派な角が付いていたのだが、死体を偽装するために二本とも根本から切ってしまった。お陰でヒトガタに間違えられることなく生活を遅れているが、まだ彼女には硬質な尻尾と黒い目の色と褐色の肌という特徴が残っている。

 尻尾はスカート内に隠せているし、目も眼鏡で何とか誤魔化しているし、肌の色も許容範囲内だ。

 尻尾を見られない限りはヒトガタに間違えられることはないだろう。

 これらティラミスのカムフラージュ作戦を行っているのはリリサだ。

 下手に弄ると逆にばれそうだし、ここは全てリリサに任せておくのだ正解だ。

 リリサの顔が頭に思い浮かび、クロトは何気なくリリサについて話題を振る。

「そう言えば最近リリサの姿を見ないけれど……何をしてるか知ってるかい?」

「リリサ様はジュナさんに頼まれて稽古を付けているみたいです。二人共船が出来上がるギリギリまで力を高めておきたいんだと思います」

「熱心だね……」

 竜型ディードとの戦闘で実力不足を感じたに違いない。

 向上心があることはいいことだが、物事には限界というものがある。

 無茶な特訓をして体を壊さなければいいのだが……

「ちなみにフェリクスは?」

 最近彼の姿も見ていない。

 ティラミスは知っているようで、フェリクスの近況について語りだす。

「フェリクスさんは……毎日街に出ては竜型ディードを狩ったことを自慢してまわってるみたいです」

「フェリクスらしいね……」

「ですね。フェリクスさんらしいです……」

 あれだけの強敵を倒したのだ。自慢したい気持ちは分かる。が、少しはリリサやジュナを見習ってほしいものだ。

(そういう僕も日がな一日寝てばっかりだけどね……)

 明日からは自分もカラビナ攻略に向けて何かしら特訓でもしよう。

 ティラミスは続けてヘクスターについても近況を語る。

「ちなみにヘクスターさんは寝る間も惜しんで武器を造ってます。昨日覗いてみたんですが、加工にかなり苦労してるみたいです」

「僕らも手伝えればいいんだけれどね……」

「下手に素人が手を出すと却って邪魔になりかねませんから、ここはヘクスターさん一人に任せるのがいいと思います」

「だね……」

 餅は餅屋とも言うし、ヘクスターから頼まれない限り、手を貸すことはしないでおこう。

「どんな武器を造ってくれるんだろうね……楽しみだなあ……」

 クロトは想像を巡らせる。

 あのヘクスターのことだ。個人個人にあった強力な武器を造ってくれるのは間違いない。

「でも、出発日までに間に合うかな……」

 100人規模の調査団の艦の完成も近い。

 小型艇はそれまでに間に合わせるとマンフレートさんは豪語してくれたが、ヘクスターさんの返事は芳しくなかった。

 僕の黒刀やリリサの長槍は元々強いからいいとして、最低でもティラミスとフェリクスとジュナの装備は強力なものに変えておきたい。

 ティラミスはクロトの考えを察したのか、肯定的な意見を述べる。

「多分間に合いますよ。もし間に合わなくてもクロト様さえいれば海棲ディードなんて怖くないですよ」

「……」

 ティラミスは例の力のことを言っているようだ。

 今回もあの力のお陰で竜型ディードを簡単に狩ることができた。

 未だ理屈も正体も不明の力……使えるのなら積極的に使っていきたいが、あれだけの力を使えるのにデメリットが無いというのは腑に落ちない。

 クロトは意見を求めるべくティラミスに話題を振る。

「そのことなんだけれど、実際どう思う?」

「何がですか?」

「僕の“力”についてだよ」

 クロトは自分の手のひらを見つめながら続ける。

「普通の人間じゃないってことは自覚してる。かと言ってヒトガタでもない。……僕は一体何なんだろうかと思ってね」

「クロト様はクロト様ですよ。例えクロト様がどんな人間であっても、私はクロト様に付いていきます」

 ティラミスの答えは単純明快だった。

 クロトはふとティラミスについても考える。

「今までティラミスはヒトガタだって思い込んでいたけれど……よく考えるとそうじゃないかもしれないね……」

「はい……?」

「だってそうだろう? 人間とこんなにも仲良くできてる。人を襲うっていうディードの定義から大きく外れてるわけだし、ヒトガタじゃないと思うよ」

「それじゃあ私は一体何者なんでしょうか?」

「僕にはわからないよ。でも、記憶を取り戻す手伝いはするつもりだよ」

「ありがとうございます……」

 ティラミスは微笑み、子猫の如く体を擦り付けてきた。

 これは間違いなく親愛の証である。嬉しいのは嬉しいが、ここまで懐かれると逆に不安だ。

 クロトはティラミスに問いかける。

「ティラミスは……記憶が戻ったらどうするつもりだい?」

 ティラミスは首を横に振る。

「わかりません。……でも、どんなことがあってもクロト様から離れたりはしませんので、そこは安心してください」

「心強いよ。でも、本当にそれでいいのかい?」

 クロトの問いに対し、ティラミスは真剣な目でクロトを見る。

「たとえ記憶が戻ったとしてもこれまでクロト様と過ごしてきた時間は本物です。クロト様に対する思いが記憶のせいで消えるなんてことは絶対にありえません」

「……」

 愛が重すぎる。

 この慕われっぷりは異常だ。

 例え命の恩人だとしてもここまで尽くす覚悟を持てる人間はそういない。

 ティラミスからの愛情をしみじみと感じていると、ふと付近から女性の声が聞こえてきた。

「あれー、人がいるなんて珍しいわねー」

 呑気な口調とともに現れたのは淡い桃色の髪に透き通るような肌の女性……猟友会会長のカレン・ソーンヒルだった。

 カレンは相変わらず半袖シャツにショートパンツというラフな出で立ちだったが、手には黒く巨大な武器……大身槍が握られていた。

 カレンは砂浜をゆっくりと移動しつつ喋る。

「ここ、私のお気に入りの場所だったんだけどなー」

 何やら面倒事の臭いがする。

 クロトはティラミスの手を握り、その場を去ろうとする。

「すみませんカレン会長。すぐに退きますので」

「いいわよー、一緒にのんびりしようじゃない、クロトくん」

 カレンは大身槍を真横に突き出しクロトたちの行く手を阻む。

 強引に入江から出ることもできたが、争いごとは好きではない。

 クロトはカレンのお願いどおり、一緒に砂浜で過ごすことにした。

 引き返したクロトはティラミスを隠すように隣に座らせ、自らも砂浜に座る。

 カレンは大身槍を砂にずぶりと突き刺すと、足を放り出すようにその場に腰を下ろした。

 カレンは「ふー」だの「気持ちいいー」だの言った後、視線をクロトに向けて話しかける。

「聞いたわよー、竜型ディードを狩ったんだって?」

 クロトは視線を海に向けたまま応じる。

「ええ、なかなかの強敵でしたがメンバーで力を合わせて狩ることができました」

「いやー……あのメンバーじゃ無理でしょ」

 カレンは笑いつつ、続ける。

「ちょっと調べたけれど、フェリクス・バートンとジュナ・アルキメル、それにモニカ・バーリストレームは戦力外。ヘクスター・ホルツとリリサちゃんは結構やるけど、それでも竜型ディードには敵わない……」

「でも、倒したのは事実ですよ」

「そこが問題なのよねー」

 カレンは下唇に人差し指を当てていたかと思うと、その指をクロトに向ける。

「あの竜型ディードを倒したのって、ぶっちゃけクロトくんでしょー」

 ……的中である。

 クロトは「イエス」とも「ノー」とも言えず返答に困ってしまう。

 クロトがたじろいでいる間もカレンの指摘は止まらない。

「それにそこにいるティラミスって娘にも興味あるわ。……何でも、竜の息吹ドラゴンブレスを真正面から受けたっていうのに、たったの4日で全快したそうじゃない」

 流石は猟友会の会長、最大限隠していたつもりだが情報は筒抜けのようだ。

「竜型ディードを単独で倒せるほどの戦闘能力、致死の怪我をたった数日で完治させる回復力……」

 カレンは満を持して二人に告げる。

「あなた達……ヒトガタでしょ」

 告げると同時にカレンから異常な殺気が放たれる。

 それはクロトとティラミスを回避させるのに十分な威圧感であり、実際二人は瞬時に立ち上がってカレンから距離を取った。

 カレンはと言うと大身槍に軽く振れているだけで、全く動く気配はなかった。

「やっぱり、そうなのね」

 カレンは微笑していた。

「そんなに大げさに逃げること無いじゃない。もし殺るつもりなら入江に足を踏み入れた時点で背後から斬りかかってたわよー」

 カレンは戦闘の意志がないことをアピールする。

 が、先程放たれた殺気は正真正銘本物であり、ティラミスは警戒心を露わにしてか、尻尾がピンと立っていた。

 クロトは遅れながら弁解する。

「いいや、僕たちはヒトガタじゃない。確かに人並み外れた力は持っているけれど……人を襲おうなんて考えたことは一度たりともないよ」

「そうでしょーね。そうでなければリリサちゃんたちとチームを組むなんてできないものね」

 カレンは顎に手を当て、うーんと唸りだす。

「さて、どうしたものかしら……。猟友会の会長としては見過ごせないんだけれど、個人としてはあなた達の戦力はとても魅力的なのよねー。やっぱり私の調査団に来ない?」

 2度目のスカウト。

 もし断れば自分たちの正体を周囲にばらされてしまうかもしれない。

 そうなったら今後僕とティラミスは奇異の目で見られ、最悪の場合狩人たちの狩りの対象になるかもしれない。

 しかし、クロトの意思は固かった。

「前も言ったはずだよ。僕はリリサのチームのメンバーなんだ」

「そう、残念。……ティラミスちゃんはどう? 私達と一緒に行かない?」

 クロトから返事を聞くやいなや、カレンはティラミスにも声をかける。

 しかし、ティラミスはクロトの影に隠れ、首を左右に何度も振っていた。

 それは明らかに拒絶の意志の表れであった。

「その娘もだめかー……」

 カレンは大身槍の柄を掴むと立ち上がり、それを軽く肩に担ぐ。

「気が変わったらいつでもいらっしゃい。特別待遇で迎え入れてあげるからねー」

 カレンはそう言うと来た道を戻り、入江から去っていってしまった。

 危機が去ったことを悟り、クロトとティラミスはため息をつく。

(何者なんだ、あの人……)

 あの解き放たれた殺気は尋常じゃなかった。

 今までに経験したことな無い殺気。下手をしたら竜型ディードを前にしたときよりも強いプレッシャーを感じたかもしれない。

 というか、仮にも猟友会の会長がヒトガタを目前にして放置していいものだろうか……。

 まあ、そのおかげで大事にならずに済んだのだし、彼女の朗らかな性格に感謝しておこう。

「何だったんでしょうか……」

「何だったんだろうね……」

 スカウトしに来たにしては随分とあっさりと引き下がったようなきがする。

 もしかして単に僕達に興味があっただけなのだろうか。

 ……今となっては知るすべもない。

 その後クロトとティラミスはゆっくりする気分になれず、入江から立ち去り早々に宿に戻ることにした。

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