064 竜狩り
064
翌日
ゴイランを出発してから3時間
クロト達はファモガナ火山地帯を訪れていた。
「暑いわね」
「だね……」
山々からは白い噴煙が吹き出しており、草木一つ生えていない。
足元もゴツゴツとした岩だらけで歩きにくい。
こういうのを溶岩石というのだろうか。ブーツがなければ今頃足の裏は血だらけである。
空を見上げると見えるのは青ではなく灰色の噴煙だ。
足元も悪ければ太陽の光もろくに届かない。
だが、遮蔽物がないおかげで視界は良好で、索敵に適した地形であることは間違いなかった。
現在クロトを含めた7人のメンバーは隊列を作って進行しており、
先頭はヘクスターが歩いて全員を誘導し、その後ろにはジュナとフェリクスが武器を構えて左右に視線を向け、モニカは好奇心の目で火山地帯を観察し、最後尾にはクロトとリリサとティラミスが並んで歩いていた。
例によってティラミスはクロトにべったりくっついており、今は半ば強引に腕を組んで満足げな表情を浮かべていた。
本来ならこんな布陣ではないのだが、まだ敵の気配がないので自由気ままに歩いているというわけである。
最後尾を歩くリリサは前を行くヘクスターに声を張って問いかける。
「ねえヘクスター、本当にこのまま進んでいればいいの?」
ヘクスターは歩きながら反転し、リリサに応じる。
「ええ。情報によればひたすら北に進めば必ず竜型ディードが襲ってくるとのことです」
「北……となると、あの山あたりが竜型ディードの縄張りってことね」
リリサは視線を少し遠くに向ける。
そこには黒々とした大きな山が聳え立っていた。
あそこに竜型ディードがいる。……そう思うだけで何だか緊張する。
「倒せる……よね?」
ごくり、と生唾を飲み込むクロトだったが、隣にくっついているティラミスは全く脅威を感じていない様子だった。
「楽勝ですよクロト様。新調したこのハンマーで竜の頭をぶち砕いてやります」
ティラミスはニコニコとした顔で物騒なことを口走っていた。
単純なパワーだけを考えれば、このメンバーの中で一番強いのはティラミスだ。
彼女には存分に働いてもらうことになるだろう。
見た目は小学生高学年とさほど変わらないのに、一体この小さな体のどこにあんな強大なパワーが秘められているのか……
流石はヒトガタなだけなことはある。
(ヒトガタか……)
クロトは歩きつつ改めてヒトガタについて考える。
ヒトガタはディードが人の形をしているものだ。その戦闘能力は高く、知能も高い。
クロトは一度そのヒトガタとケナンの山で戦闘したことがある。あのヒトガタは甲冑を身にまとい、ランスと盾を装備していた。
かなりの難敵だったが、例の力で楽に倒せることができた。
……あのヒトガタと比べると、ティラミスは随分と人間寄り……というか、人間と似ていると思う。
既に角は切り落としたが、尻尾や褐色の肌、そして黒い目は目立つ。が、それ以外は性格も含めて人間そのものである。
(……)
もしかして彼女はヒトガタとは違う存在なのではないだろうか。
人間でもなければヒトガタでもない、別の存在なのではないだろうか。
(……考え過ぎか)
クロトはベタベタとスキンシップしているティラミスに目を向ける。
彼女はメンバーの一員であり、愛らしい外見を持った仲間である。
それだけで今は十分だ。
じっとティラミスを見ていたせいか、ティラミスは不思議そうに首を傾げる。
「どうしたんです? クロト様」
「いや、何でもないよ」
クロトは視線を前に向け、意気込む。
「竜型ディード、頑張って狩ろうね」
「はい、任せて下さい」
その後も7名は行軍を続け、黒い山目指して着実に進んでいった。
更に歩くこと1時間
クロト達は黒い山の麓に到達していた。
「これは……思った以上に勾配がきついね」
黒い山は壁のごとく地面から隆起しており、それより先の進行を阻んでいた。
リリサは螺旋の長槍でその壁をつつく。
岩は意外にももろく、少しつついただけで破片がボロボロと崩れ落ちた。
「で、北の山まで来たわけだけれど……竜型ディード、襲ってこないじゃない」
ヘクスターはリリサの言葉にしどろもどろに応じる。
「いや、これは支部の狩人から聞いた話で……正確かどうかと聞かれると返答に困るといいますか……」
リリサは長槍を山の斜面にズッと突き刺し、ヘクスターを睨む。
「このまま竜型ディードが出てこなかったら困るのよ。なんでもいいからここに呼び出しなさいよ」
そう告げつつリリサは何度も何度も槍を突き立てる。山の斜面は既に穴だらけになっており、その穴の数はリリサの苛立ちの大きさを表しているように思えた。
「そんなに簡単に言わないでくださいよ……」
ヘクスターは困り果てているようで、肩をすくめていた。
クロトはリリサの機嫌を宥めるべく前に出る。
「まあまあリリサ、この火山地帯に竜型ディードがいるのは間違いないんだし、気長に探そうよ」
「……そうね。こっちが心を乱していたら相手の思うつぼだものね……」
「そうそう、冷静にならないと」
リリサは槍を引き、怒りを鎮めるべく大きく溜息をついた。
クロトも険悪なムードが晴れた事を悟り、溜息をついた。
実はクロトは竜型ディードが襲ってくるのではないかとドキドキしていたが、ここまで来て何も出てこないとなると肩透かしもいいところである。
しかし、ここまで来て襲ってこないとなると、竜型ディードの縄張りはこの山の向こう側ということなのだろうか。
「……で、結局どうすんだよ」
のんきな声を出したのはジュナだった。
「このままここにいてもどうしようもねーし、別の場所探そうぜ」
ジュナの提案にフェリクスも同意する。
「だな。あっちから襲ってこないならこっちが探すしかない。おい鍛冶屋、他に情報はねーのか?」
ヘクスターはう~んと唸る。
「すみません。俺が聞いたのは竜型ディードの外見と“北の山”って言うキーワードだけで、それ以外は……」
「ったく、つかえねーな……」
フェリクスは吐き捨てるように言う。
誰もがヘクスターを責めていたが、モニカだけは違っていた。
モニカはフェリクスの前に立ち、腰に手を当てる。
「フェリクスくん、さっきの言い方は酷いと思いますよ?」
「……へ?」
面食らうフェリクスにモニカは続け様に言う。
「狩人たるもの自らの力でディードを探して狩るべきでしょう。ヘクスターさんの情報に頼り切って自ら何もしようとしないなんて……狩人失格ですよ」
「うっ……」
フェリクスはモニカの言葉が心に突き刺さったのか、胸元を抑えてガクリと項垂れる。
ジュナやリリサもモニカの言葉に耳が痛かったのか、気まずそうな顔をしていた。
確かにヘクスターさんの情報が不確かだったことは残念だが、だからと言ってヘクスターさんを責めていいわけじゃない。
今は気持ちを切り替え、どうやったら竜型ディードを見つけられるか、それをみんなで考えるべきなのだ。
「……ごめんヘクスター、言い過ぎたわ」
リリサはいの一番に謝罪し、建設的な意見を述べる。
「みんな、もうちょっと周囲を探してみましょ。ディードは縄張り意識が強い化物……縄張りさえ見つけられれば問題ないわ」
リリサの言葉にジュナは「そうだな」と頷き、フェリクスも無言で頷く。
場の空気が和やかになったおかげか、ティラミスは笑顔でリリサの意見に同意した。
「そうですよね。今からみんなで探せばいいだけの話ですよね」
「竜型ディードは体も大きいらしいし、見つけるのはそんなに難しくないと思うよ」
天気は悪いが視界はいい。一度補足できれば追跡するのは簡単だ。
問題はどうやって探すかだが……
クロトは今一度全員で策を考えるべきだと思っていたが、ティラミスは考えるよりも先に体を動かしていた。
「ヘクスターさんの話だと北の山って言ってたんですし、とにかく私、登ってみますね」
ティラミスはそう言うと反対意見も聞かずに大きく飛び上がり、山の斜面を駆け上がり始める。
角度はきついがティラミスにとってはさほど難しくないようで、山羊のように軽やかにぴょんぴょんと壁面を登っていっていた。
ティラミスの姿を見て、モニカは考えを述べる。
「この山の向こうに竜型ディードがいる可能性もありますし、なんにせよ高い場所からだと周囲の状況を把握しやすいです。皆さん、とりあえず登ってみましょう」
モニカは登ることを提案し、早速自ら登り始める。
が、いかんせん運動神経が駄目なのか、最初の1mを登ったあたりから全く上に進めずにいた。
「……」
モニカは自分で提案した手前、他の人に助けを求められない様子だった。
そんな彼女に助け舟を出したのはフェリクスだった。
「モニカさん、よろしければ俺が背負って……」
が、モニカはフェリクスの言葉を無視してクロトに助けを求める。
「クロトさん、手伝ってもらってもいいですか?」
「わかった、後ろから支えてるから安心して登るといいよ」
「すみません」
「とりあえずそこに足を載せましょう」
「あ、はい」
早速クロトはモニカの隣に付き、次に手をかける場所を指南してみせる。
「いざとなれば背負いますから、遠慮しないでくださいね」
「いえ、頑張りますので……」
「……」
そんな微笑ましい様子を、フェリクスは恨めしそうに眺めていた。
「フェリクス、突っ立ってないでさっさと登るわよ」
リリサは槍を斜面に突き立て、ガシガシと登っていく。
ジュナも同じく大鎌をザイル代わりに強引に登っていく。
「くそう……」
フェリクスも両手に剣を持ち、交互に壁面に突き刺して登り始める。
結局モニカの提案に反対するものはなく、全員が急勾配の斜面を登ることとなった。
ひたすら登ること30分
一行は山の中腹にある平たい場所で休憩を取っていた。
広さはあまりない。おまけに平たいと言っても地面は凸凹している。
お世辞にも快適とはいえなかったが、文句は言っていられなかった。
「ようやく半分ってところかしら」
下を見下ろしながら呟いたのはリリサだった。
一歩でも踏み外せば確実に落ちる。素人だと落下死は免れない高さだが、クロト達狩人にとっては問題ない高さだった。
落下中に武器を斜面に突き立てれば落ちずに済む話だ。
素人のモニカはどうしようもないが、クロトが付いているので大丈夫だ。仮に落ちたとしてもリリサが槍につけている細糸でなんとかキャッチしてくれるだろう。
「はぁ……はぁ……」
そのモニカはと言うと、中腹地点に来てから5分経った今も肩で息をしていた。
紫のショートの髪は汗のせいで頬や項にべっとりと付いており、体中から汗が吹き出している。
座ってもいられないのか、銃を肩から外して横向きに寝転んでいた。
そんなモニカとうって変わって他のメンバーは汗一つかいていなかった。もっというと呼吸を乱している者もいなかった。
クロトはモニカに声をかける。
「大丈夫かいモニカ、どこか具合でも……」
「大丈夫……です……。少し、疲れただけですので……」
この様子だとあと20分位は様子を見たほうが良さそうだ。と言うか、場合によってはここにモニカを置いて行く選択肢もありうる。
ぐったりとしているモニカを見てリリサは皮肉たっぷりに告げる。
「だらしないわねえ。伊達に遺跡を調査してないってセリフ、嘘だったの?」
「……」
言葉を返す余裕もないようだ。
モニカは汗を流しながらひたすら荒い呼吸を続けていた。
全員がモニカを見守る中、ティラミスは提案する。
「しばらく動けそうにないみたいですし、私、先に上まで行って様子を見てきましょうか?」
ティラミスはつま先で地面をこんこんと叩き、上を見上げる。
元気が有り余っているのか、普段隠している尻尾がフリフリと動いていた。
「じゃあオレも行く。何かあった時一人より二人のほうがいいだろ」
ジュナも大鎌をペン回しのごとく腰の周りで回し、余裕のある表情を浮かべていた。
リリサは特に反対する理由はなかったのか、二人の提案を受け入れる。
「そうね、じゃあ二人には先に行ってもらって……」
「待った」
急に声を上げたのはヘクスターだった。
しかしそれはリリサの決定に対する反論ではなく、注意をひくための言葉だった。
ヘクスターの目は閉じられ、耳に手を当てていた。
「何よ、別に先に行くくらいいいじゃない」
「静かに。……何か聞こえませんか?」
ヘクスターのこの言葉に、モニカを除くメンバーは動きを止めて聴覚に集中する。
クロトも両手を耳の後ろにあて、感覚を研ぎ澄ませる。
すると、周期的に何かが空を裂くような音が聞こえたような気がした。
その音は次第に大きくなり、クロトはそれに似た音を具体例で告げる。
「そう言えば何か羽ばたくような……!!」
その言葉を口にした瞬間、クロトは気づいた。
この近くで竜型ディードが飛行しているということに。
他のメンバーもその事実を悟ったようで、慌てて周囲を見渡し始める。
相変わらず見えるのは灰色の空とゴツゴツした黒い地面、そして刺々しい山々だけだ。
ディードらしき影は全く確認できない。が、羽ばたき音は段々と大きくなり、こちらに接近してきているのは間違いなかった。
メンバーたちは武器を構え、お互いに背中を預け合う。
「クソ、どこにいるんだ……?」
「近くにいるのは間違いねーな」
ジュナは大鎌を両手で構え、フェリクスも同じく両手に双剣を構える。
「モニカ、銃の準備できてるかい?」
「はい、なんとか……」
クロトは刀を構えつつもモニカのフォローをし、モニカは慌てて銃床を肩にあて、銃口を空に向ける。
「しかし竜型ディードですか、実際どのくらいの大きさなんでしょうね」
「大きければ大きいほどいいわ」
「ですね。その分船に使える素材が増えますからね」
ヘクスターはナックルダスターを握りしめ、リリサは長槍を振りかぶって投擲の体勢を取っており、ティラミスも新調したハンマーをバッターボックスに立つバッターのごとく構えていた。
視界に入ったら戦闘開始。
誰もがそう思って臨戦態勢に入っていた。
だが、概して人生は上手く行かないものである。
“それ”は予想外の場所からやってきた。
「……!!」
まず異変を感じ取ったのはクロトだった。
先程まで涼しかった空気が妙に暖かくなってきたのだ。しかも急激に。
発生源は外側ではない。
だとすると答えは一つしか無い。
……それは山の壁側だった。
「伏せて!!」
クロトは叫ぶと同時に身を伏せる。
メンバーもクロトの言葉が本気であると本能で感じ取ったのか、構えを解いて瞬時に地面に伏せる。
同時に山の壁が真っ赤に変色し、熱い物体が山肌をぶち抜いて出てきた。
熱いそれは先程までクロト達が立っていた場所を通り抜けていく。
クロトは背中に熱さを感じつつ、それを目の端で捉える。
山肌をぶち抜いたのは太い光の線であり、それは空気を切り裂いて地面に到達した。
同時に爆発が起こり、命中した地点には小規模のクレーターが出来上がっていた。
太いオレンジ色の光の線……
一言で表すとビームという表現がピッタリ当てはまっているように思えた。
そして、それはこちらを狙った攻撃に間違いなかった。
「何なんだよ!?」
フェリクスは伏せたまま叫ぶ。
「多分竜型ディードの攻撃です。あの光で山をぶち抜いて死角から攻撃してきたんだと思います」
ヘクスターは冷静に状況を分析していた。
「この厚さの岩を貫通させるなんて……恐ろしいディードですね……」
モニカは壁にポッカリと開いた穴を見つめていた。
ビームが通過した場所はガラス質化しており、光を反射していた。
「流石はディード、頭がいいわね」
リリサは立ち上がり、不敵な笑みを浮かべる。
「確かにこれは難敵ですね」
ティラミスも弱気になるどころか逆にやる気スイッチが入ったようで、ハンマーを肩に担ぎ、脚に力を込める。
「裏側に行きます!!」
そう宣言すると高く跳び上がり、斜面を登っていってしまった。
確かに裏側から攻撃を仕掛けたとなると、山の反対側にいるはずだ。
クロトもティラミスをフォローすべく山を駆け上ろうとする。……が、敵は自ら姿を現した。
同時に咆哮が発せられた。
「――ッ!!」
咆哮は周囲の空気を激しく揺さぶり、山の斜面の小石を振動させ、それらは雪崩となって下へ落ちていく。
そんな咆哮とともに山の頂上に姿を表したのは大きく真っ黒い物体だった。
(あれが……竜型ディード!!)
それはクロトが想像していたドラゴンよりも大きく、そして雄々しかった。
体中をびっしりと覆う鱗は甲冑のごとく黒く光っており、長い両腕の先には鋼鉄をも切り裂けそうな太い鉤爪が3本付いている。重い体を支えるためか、脚は異様に太くしかし足先に向かうにつれて細くなっており、その先にも太い鉤爪が付いていた。
肝心の翼は両肩から4枚ずつ伸び出ており、それらは独立して動いており、機動性の高さが窺い知れた。
頭部には人間を10人単位で纏めて噛み砕けるほどの大きな口が付いており、腔内には鋭く黒い歯がびっしりと並んでいた。
全身真っ黒の中、瞳だけがルビーのごとく赤く輝いている。
その佇まいは美しくもあり、また恐ろしくもあった。
竜型ディードは山頂に着地するやいなや大きな口を開け、こちらに向ける。
それは明らかに攻撃の予備動作であり、本能的に危険を察知したメンバーはそれぞれがバラバラに回避行動を取った。
リリサとジュナは斜面に向かって右側に飛び、ヘクスターとフェリクスは左側に飛ぶ。
クロトも同じくビームの射線から回避するつもりだったが、モニカを連れて跳ぶことは難しいと判断し、先程の熱線で空けられた大きな穴にモニカと共に飛び込んだ。
全員が回避する中、ティラミスだけが敵めがけて突き進んでいた。
それに気付いたクロトは声を上げる。
「ティラミス!! 早く逃げるんだ!!」
空洞から顔を出し声をかけるクロトに対し、ティラミスは首を横に振った。
「いえ逃げません!! 先制攻撃します!!」
ティラミスはそう言うとさらに速度を上げ、次の瞬間には大跳躍していた。
もちろん向かう先は竜型ディードである。
しかし、ティラミスが竜に到達するよりも、竜が炎を吐くほうが早かった。
竜型ディードの腔内から赤い光が発せられる。
それは膨大な熱エネルギーとなって口から吐き出された。
吐き出されたそれは火炎放射器のような生ぬるいものではなく、まさに熱線と呼ぶにふさわしい圧倒的熱量を持った攻撃だった。
口から射出された眩しい光線は接近してくる敵……すなわちティラミス目掛けて一直線に伸びていく。
速度は速い。しかも点ではなく線の攻撃のため回避するのも難しい。
そう判断したのか、ティラミスはその光線を真正面から受けることを選択した。
「たあああ!!」
ティラミスは気合たっぷりに叫び、その光線を打ち返すべくハンマーを勢い良く振る。
光線はティラミスのハンマーに見事に命中した。……が、それでビームが打ち消せるわけもなく、ティラミスは瞬時にオレンジの光に飲み込まれてしまう。
「きゃああ!!」
ティラミスは先程の叫び声とは一転して悲鳴を上げる。
光線に飲み込まれたティラミスは一気にスピードを殺され、逆にビームに押し返されて下へ向けて落下していく。
その間もティラミスは熱線によるダメージを受けており、当然ながら服は一瞬で焼け焦げ、眼鏡のフレームもぐにゃりと曲がり、肌も焼かれていく。
地面に到達する頃には黒焦げになっており、最終的にほぼ全裸状態で地面に叩きつけられた。
ビームによる熱ダメージに加えて落下による衝突ダメージを受け、ティラミスはあっという間に戦闘不能状態に陥ってしまった。
「……よくもッ!!」
ティラミスがやられる様を見て竜型ディードに飛び掛かっていったのはリリサだった。
リリサは狙いを定められないよう、山肌を左右にランダムに跳びながら敵へと近づいていく。
その行動に触発されるようにジュナ、ヘクスターそしてフェリクスも始動する。
合計で4名、それぞれが別の角度から竜型ディード目掛けて山肌を駆け上っていく。
しかし竜型ディードが狩人達の接近を許すわけもなく、間隔を置かずに第3射が発せられた。
4人ならば狙いを付けられない。もし一人狙われたとしても残り3人がいる。
確かにあの熱線は強力だが、敵の懐に潜り込んでしまえば怖くない。
リリサ達4人はそう考えていた。が、その考えも敵にはお見通しだった。
竜型ディードは先ほどと同じく口から熱線を放つ。そして、首を左から右に動かしたのだ。
結果、熱線は山の斜面を舐めるように広域をカバーし、4人全員に熱線の脅威が襲いかかった。
「!!」
リリサはとっさの判断で斜面から離れて熱線を飛び越す。
ジュナは大鎌の側面を盾代わりにして何とかやり過ごす。
フェリクスは山の斜面にへばり付いて熱線を下をくぐる。
ヘクスターは自慢の足を活かして逆方向へ素早く跳び、何とか逃げ切った。
熱のせいで山の斜面はどろどろに溶け、出っ張っていた部分は綺麗サッパリ無くなっていた。
……圧倒的な力の差。
それを見せつけられた4名だったが、逃げ出すものはいなかった。
4名は一時は足止めされたものの、めげることなく敵めがけて突き進む。
「……一番槍、頂きます!!」
まず敵に到達したのは一番足の速いヘクスターだった。
竜型ディードはヘクスターの接近を阻むべく、鋭い爪を横に薙ぐ。
しかしヘクスターはそれをスルリと抜け、あっという間に竜型ディードの顔面にまで到達した。
ヘクスターは既に拳を振りかぶっており、次の瞬間には竜型ディードの側頭部に強烈なパンチが炸裂した。
しかしダメージはあまり通らなかったのか、竜型ディードの頭部は微動だにしなかった。
やはり圧倒的質量差は如何ともし難い。
続いて竜型ディードに到達したのはリリサだった。
リリサは急所の頭部を狙わず、足を狙って槍を突き出した。
下手に飛び上がって攻撃するよりも、地面をしっかりと踏んで攻撃したほうが貫通力が増すと考えたのだろう。
だが、この高速の突き攻撃も竜の硬い鱗の前には意味をなさなかった。
螺旋の長槍は鱗に突き刺さることなく、逆に弾かれてしまったのだ。
流石のリリサもこの展開は予想外だったようで、攻撃後、大きくバランスを崩してしまう。
その隙を付いてか、竜型ディードは大きな顎を開いてリリサに噛み付いてきた。
まさに絶体絶命……そんなリリサを救ったのはジュナとフェリクスだった。
ジュナとフェリクスはほぼ同時に竜型ディードに接近し、首を狙ってそれぞれの得物を振り下ろす。
フェリクスの双剣は全く歯が立たなかったが、ジュナの大鎌による攻撃は竜型ディードの首に大きな衝撃を与えることに成功した。
おかげで竜型ディードの首はその軌道を大きくずらし、リリサの真横の空間を通り過ぎていった。
リリサはこのチャンスを逃すことなく、長槍の穂先を竜型ディードの赤い目に向ける。
そして、慎重に狙いを定めると一気に突き出した。
穂先は音速を超える速度で空間を直進し、刹那の間に竜型ディードの眼に到達する。
しかし、その穂先が竜型ディードの眼を貫くことはなかった。
竜型ディードは穂先から逃れるように首をひねり、穂先を額で受け止めたのだ。
「……ッ!!」
攻撃は失敗に終わった。だが、リリサは諦めることなく自慢の突き攻撃を連続で行う。
しかし、それらも全て硬い鱗に弾かれてしまい、全くダメージを与えられなかった。
リリサに負けじとヘクスターも幾度となく頭部めがけて拳を打ち付けるも全く効果はなく、ジュナやフェリクスも関節や腹など、鱗の薄そうな部分を狙って攻撃していたが、刃は弾き返され、ダメージを与える与えない以前の問題だった。
竜型ディードは懐に入られて対処に困ったのか、小さな雄叫びを上げると翼を羽ばたかせ始めた。
計8枚の翼から発せられる風圧はかなり強く、4名は為す術もなく吹き飛ばされてしまう。
しかし4名はそれぞれ空中でバランスを取り、風にもまれながらも何とか山の斜面に着地し、落下ダメージを防いだ。
竜型ディードはと言うと空に飛び上がっており、明らかに攻撃圏外であった。
……手も足も出ないとはこの事を言うのだろう。
クロトは付近に着地したリリサに声をかける。
「どうだいリリサ、倒せそうかい?」
のんきな口調に苛立ったのか、リリサはきつい口調で返す。
「見ての通りダメージゼロよ。……というかクロ、あんたも攻撃に参加しなさいよ」
「ごめんごめん、モニカを守ることで頭がいっぱいだったんだ。……で、これからどうするつもりだい?」
「……」
リリサは滞空している竜型ディードを見上げつつ、悔しげに答える。
「全く攻略法が思い浮かばないわ」
「そうかい……」
攻撃が届かないとなると作戦もクソもない。
だが、この状況でも竜型ディードを倒すことができる方法をクロトは知っていた。
クロトはその方法をリリサに提案する。
「……じゃあ、僕が例の力を使おうか?」
「使えるの?」
「多分ね。……攻撃を受ければあの状態になれると思うよ」
正直に言うとそこまでの確信はなかった。
だが、ケナンのときもアルナのときも致命傷を受けることで覚醒状態に移行することができた。
今回に限って発動しないとは考えにくい。
それに、今ここで力を使わなければ全員が竜型ディードに焼き殺されてしまう可能性もある。
もう手段を選んでいる状況ではない。
クロトのこの提案に、リリサはすぐに乗った。
「わかった。それじゃあ私たちは後方で待機してるわ」
「だね。巻き込まれるかもしれないからね」
下手に共闘をすれば熱線に焼かれる可能性もある。ここは僕が単体で竜型ディードを狩るのが最も安全な方法だろう。
そうと決まると早速リリサは撤退命令を下す。
「みんな、ここから離れるわよ!!」
「了解です」
ヘクスターはリリサの命令を即座に受け入れ、竜型ディードに背を向け山を降り始める。
「確かに今の装備じゃ無理っぽいな」
「ここまで強いなんて聞いてねーぞ……」
ジュナとフェリクスもヘクスターの後に続いて山肌を滑り降りていく。
「それじゃモニカ、私と一緒に退散するわよ」
「……はい」
リリサは空洞内にいたモニカを抱えると、3人の後を追って山を降り始めた。
4名はあっと今に山を降り、地面に到達する。
地面には初撃でやられたティラミスが横たわっていた。
ティラミスは黒焦げで、死体だと言われても不自然でないほど焦げ焦げだった。
リリサはそんなティラミスに近づき、声をかける。
「大丈夫? ティラミス」
ティラミスは何とか首をリリサに向け、小さな声で告げる。
「……体中ヒリヒリしてます」
「……大丈夫そうね」
リリサはモニカを降ろすと代わりにティラミスを脇に抱え、山から距離を取るべく走り始めた。
一方、山に取り残されたクロトは不安を感じていた。
(あの力……今度もうまく使えるといいけど……)
あの状態になれば、現在山頂に陣取っている竜型ディードを簡単に狩れる自信はある。
問題はその状態に移行できるかどうかだった。
最悪、敵のビームに体を焼かれてそのまま死亡……なんて事もあり得る。
「……ま、なるようになるか……」
ティラミスが黒焦げになってまで頑張ったのに、自分が何もしないで逃げ帰るのは情けないというか男としてどうかと思う。
とにかく当たって砕けろだ。
自分の潜在能力を信じることにしよう。
(……よし)
クロトは強引に自分を納得させ、覚悟を決めると空洞から出て身を晒す。
山頂には相変わらず竜型ディードが居座っており、時折威嚇するように雄叫びを上げていた。
「いくか……」
クロトは黒刀を空洞に置き、ゆっくりと山頂に向けて歩き出す。
竜型ディードは即座にその動きに反応し、鋭い眼光をクロトに向ける。
それ以上近づくと攻撃する。……そんなセリフが聞こえてきそうな視線だった。
ディードは縄張りを重視する。あの竜型ディードにしてもあまり戦闘は望むところではないのだろう。
だが、こちらには戦う理由がある。
あの硬い鱗がなければ小型艇を造れないのだ。
それに、ティラミスをあんな目に合わせておいて、敵を討たない訳にはいかない。
……それにしてもディードと言うのは不思議な生命体だ。
自分の記憶が正しければ、ディードは地球外生命体だ。
夢で見たディードはかなり大きく、そして無差別に都市を破壊していた。
しかし現在地球にはびこっているのは動物の形状を模した物が多い。理由は色々あるだろうが、動物の形を真似するという理屈は筋が通っている。
問題はキマイラやドラゴンなどの伝説上の生き物の姿を再現している連中だ。
キマイラやドラゴンは実際の世界には存在しない。だと言うのに何故ディードはその形状を再現できているのだろうか。
人間の書籍を分析できるようなディードの親玉がいて、その親玉がディードを造っているのだろうか。
どうせ真似をするなら戦車や戦闘機の形を真似したほうが人間を攻撃するのに効率がいいと思うのだが……よく分からない生き物だ。
そんなことを考えながら歩いていると、竜型ディードに動きがあった。
クロトは下らない思考を中断し、ディードの動きに集中する。
……が、クロトの反応は遅すぎた。
竜型ディードは口を開けたかと思うと、即座に熱線をこちら目掛けて放射したのだ。
いきなりの攻撃を避けられるわけもなく、クロトは真正面からオレンジの熱線を受けてしまった。
熱線は一瞬にしてクロトの戦闘服を焼き、肌を焼いていく。
目も焼かれて肺にも高温に熱せられた空気が入り込み、クロトは激痛と苦痛をセットで味わう羽目になる。……が、痛みが続いたのも数秒のことだった。
心臓の鼓動が強くなる。
つづいて何とも言えない高揚感がクロトを支配していく。
気づくとクロトの皮膚表面は黒く硬質化しており、瞳は赤色に染まっていた。
どうやら今回も無事に覚醒状態に移行できたようだ。
しかし、以前のような破壊衝動は感じられなかった。至って平常心だ。
「よかった……」
クロトは安堵のため息をつく。少なくともこれで死ぬ危険性はなくなったわけだ。
後はこの力を使って竜型ディードを殺すだけである。
いつこの状態が解除されるかも分からない。ウツボ型ディードと戦闘したときは時間を見誤ったせいで無人島に漂着する羽目になった。
今回は一瞬で終わらせよう。
そう決めるとクロトは脚に力を込め、次の瞬間には跳躍していた。
向かう先は竜型ディードの頭部である。
熱線を真正面に浴びつつもクロトは高速で竜型ディードに接近し、まずは熱線を止めるべく横っ面を殴る。
頬を殴られ、竜型ディードは短い悲鳴を上げつつ顔面を逸らす。
ようやく熱線から脱したクロトはそのまま竜型ディードの頭部に着地し、間髪入れず脳に向けて貫手を放った。
貫手はいともたやすく竜の硬い鱗を貫通し、そのまま頭蓋骨を抜けて脳にまで達した。
……暖かく生ぬるく柔らかい感触がクロトの二の腕付近までを覆う。
しかし、これだけでは駄目らしい。竜型ディードはまだ動いており、クロトを頭から引き剥がすべく鋭い爪で攻撃してきた。
太く鋭い爪はクロトに命中する。が、爪はクロトの肌に傷一つ付けることができなかった。
「……トドメだ」
クロトは短く告げると脳にめり込んだ腕に力を込め、思い切りかき回した。
2度、3度、4度とクロトは腕を回し、竜型ディードの脳組織をぐちゃぐちゃにかき回す。
流石の竜型ディードもこれには対抗できなかったのか、小さな咆哮を上げたかと思うと体から力が抜け、そのまま山頂に倒れ込んだ。
クロトは竜型ディードの頭部から腕を抜き、ふうとため息をつく。
腕には真っ黒な脳組織がこびりついており、かなり気持ち悪かった。
クロトは腕を振ってその破片を振り払う。
そして軽くジャンプして竜型ディードの頭部から山の斜面に飛び降りた。
同時に竜型ディードは山の斜面を滑り落ち始める。
生命活動の停止した竜型ディードは重力に導かれるまま山を下っていき、10秒と経たないうちに地面まで到達した。
苦戦するかと思っていたが、ものの数秒で片付いてしまった。
誰一人として打ち破ることができなかった鱗も素手で貫いてしまったし、熱線でも全くダメージを受けることがなかった。
これに比べたらあの“トキソ”とか言うヒトガタのほうがよっぽど強敵だったかもしれない。
過去の事を考えていると、不意に肌の表面から黒い皮膚が剥がれ始めた。
どうやら今回はここで時間切れのようだ。
無駄なことをしないで一気に急所を狙って正解だった。
剥がれた黒い皮膚は砂よりも細かい粒となって霧散していく。
ここでクロトは新たな問題に直面した。
(服、どうしよう……)
戦闘服を始め、靴も下着も熱線のせいで一瞬で蒸発させられてしまった。
つまり現在クロトは素っ裸というわけである。
このままメンバーと合流しても問題があるわけではないが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。
クロトは膝を抱えて座り込み、布的な物がないか考えを巡らせる。
……と、山の中腹から声が聞こえてきた。
「クロトさん、大丈夫ですかー?」
それはヘクスターの声だった。
ヘクスターは軽い足取りで山の斜面を駆け上り、あっという間にクロトの目の前まで到達する。
「いやー、実に見事でしたね。あの竜型ディードを一瞬で倒してしまうなんて……やっぱりあなたは俺の見込み通りの最高の狩人ですよ」
ヘクスターは一部始終を見ていたようで、興奮気味に喋っていた。
クロトは「それはどうも」と告げ、ヘクスターに助けを求める。
「……それより何か着るものはないかい?」
「ああ、それなら上着をお貸ししますよ」
ヘクスターは戦闘服をババっと脱ぎ、クロトに差し出す。
クロトはそれを腰の位置でスカートのように巻き、下半身を隠すことに成功した。
かなり不格好だが、これなら見られても平気だ。
「クロトさん、体調とか悪くないですか?」
「……?」
ヘクスターは再度こちらの調子を伺ってくる。
何故そこまで心配する必要があるのだろうか。質問を返そうとするとヘクスター自ら理由を語りだした。
「すみません、リリサさんから“クロは力を使った後は必ず気を失って倒れるから回収しろ”と命令されまして……」
「そういうことだったのか……」
確かに、今までは力を使った後は極度の疲労を感じ、そのまま気を失っていた。
だが、今回は全くそんな予兆はない。
自分自身が進化しているのか、それとも元来の力を取り戻しつつあるのか……
どちらにしてもこの力を扱うことに慣れてきている実感はあった。
「大丈夫なら大丈夫でいいんです。……それじゃ下におりますか」
「うん、そうだね」
クロトは山の麓に目を向ける。
竜型ディードの死骸の周囲にはメンバーが既に集まっており、全員の視線がこちらに向けられていた。
これからあの巨大な死骸を運ばなければならない。切り分けようにも硬い鱗が邪魔になるだろうし、かなり面倒な作業になる。
メンバーだけでは到底運べそうにないし、人手を借りることになるだろう。
(運ぶだけで丸一日かかりそうだなあ……)
面倒だなあと思いつつも、クロトは山を下り、メンバーと合流することにした。




