063 上に立つ者
063
夜
猟友会ゴイラン支部の食堂にて
クロト達調査団一行は明日の竜型ディード討伐に向け、壮行会を開いていた。
食堂奥の大きめのテーブルにはごちそうが並べられ、メンバーは卓を囲んで飲み食いしていた。
座り順はクロトから時計回りにティラミス、モニカ、フェリクス、ジュナ、ヘクスター、そしてリリサだった。
クロトはリリサとティラミスに挟まれ3人で談話し、ジュナとヘクスターは黙々と料理を食べ続け、モニカはフェリクスと会話をしていた。
「モニカさん、本当についてくるんです?」
フェリクスはモニカに確認するように話しかける。
モニカは当たり前だと言わんばかりに応じる。
「私も調査団のメンバーです。自分の身は自分で守れます。……それに、竜型ディードは見たことがないので楽しみです」
軽く応じるモニカに対し、フェリクスは真面目な顔で告げる。
「俺は本気で言ってるんですよモニカさん」
フェリクスの言葉が真剣だと感じたのか、モニカも珍しく真面目に応じる。
「確かに私はメンバーの中では圧倒的に戦闘経験がありません。チームがピンチに陥った時、真っ先に死ぬのは私でしょう。皆さんが私を戦力としてカウントしていないのもわかっています」
「だったら竜狩りは俺達に任せて、モニカさんはゴイランでゆっくり……」
「舐めないで下さい」
モニカはフェリクスを睨む。
「こう見えて私は数十もの遺跡を調査してきました。ディードの特性や行動パターンについても書籍で熟知しています。それに私にはこの銃があります。中型程度のディードならば狩れる自信もあります」
モニカは床に立てかけていた銃を手に持ち、胸の前で構える。
「そんなに不安なら私の実力を試してみますか? フェリクスくん」
モニカの放つ言葉には妙な気迫があった。
その気迫にあてられてか、フェリクスはうっとりとした目でモニカを見つめる。
「素敵だ……」
「はい?」
「いや、何でもないです」
フェリクスは表情を切り替え、モニカに決意表明する。
「とにかく、ファモガナ火山に同行するとなれば俺が命に変えてでもモニカさんをお守りしますので、安心して下さい」
「あ、それは別にいいです」
モニカはそう言うとクロトに視線を送る。
「クロトさんに守ってらう約束をしてますので……ですよね?」
「あ、はい」
クロトはモニカの言葉に頷く。
確かについ先程“全力でアシストする”という約束はしたが……別にモニカを全面的に護衛すると言ったつもりはない。
「この野郎、いつの間に……」
フェリクスは恨めしそうにクロトを睨む。
困り果てたクロトだったが、それを助けてくれたのもモニカだった。
「フェリクスくんは前衛です。私のことが心配なら、前で精一杯戦って下さいね」
「……はい」
モニカから激励の言葉を受け、フェリクスは満足そうに頷いていた。
本当に分かりやすいというか何というか、扱いやすい男である。
そんなこんなで壮行会が始まってから30分。
腹具合も落ち着いてきたところでティラミスがヘクスターに話しかけた。
「あの、ヘクスターさん」
「なんですかお嬢さん」
ヘクスターは皿を置き、体をティラミスに向ける。
ティラミスは椅子に立てかけていた武器……漆黒のハンマーを取り出して礼を言う。
「このハンマー、造って下さったんですよね? ありがとうございます」
「いやいや、むしろあなたみたいな熟練者に使ってもらえて嬉しい限りですよ」
ティラミスの持っているハンマーは実に見事な仕上がりだった。
柄はもちろんディードの骨で、ヘッド部分も同じくディードの硬質な骨で構成されている。
ヘッド部分は片方は角度の浅い円錐状になっており、もう片方は少し丸みを帯びた形状になっていた。
そして最も特徴的だったのが、ハンマーヘッドの上と下に取り付けられている金属製の重りだった。
円柱状の大きな金属がディードの骨でしっかりと固定されている。あれを思い切り振ればどんなディードにも大ダメージを与えられることだろう。
ティラミスはその武器が大層気に入ったのか、胸元で抱きしめて笑みを浮かべていた。
そんな姿を見て、クロトもヘクスターに礼を言うことにした。
「僕からも礼を言わせてもらうよ。立派な鎚をありがとう」
「そこまで言われると恐縮してしまいますよ」
ヘクスターは謙遜し、後頭部に手を当てる。が、次の瞬間には野望に満ちた表情を浮かべていた。
「それよりもクロトさん、あなたにも俺の武器を使って大活躍して欲しいですね。クロトさんの名が広まれば俺の武器の価値も急上昇……晴れて俺は名匠を名乗れるってわけですよ」
「すごい野望だね……でも今はこの黒刀があるから大丈夫かな」
クロトは腰に提げた黒刀に目を落とす。
思えばこの刀との付き合いも長くなったものだ。アイバールを出てから色々と無茶をさせてきたが、未だに刃こぼれ一つ起こしていない。
ヘクスターは黒刀を恨めしそうに見つめつつ告げる。
「ですよね……キマイラの棘を超える素材は中々お目にかかれませんからね」
「そんなに珍しいのかい?」
「キマイラは個体数が少ない上に強敵ですからね……市場に出回ることは滅多にない……というか、今現在クロトさんしか持ってないと思いますよ」
「そうだったのか……」
確かにキマイラは強敵だった。が、クロトはそれを例の力で一瞬で倒してしまった。
キマイラの棘は強力な武器には違いないが、自分にとってはあの覚醒状態に自由自在に移行できる方法を見つけることのほうが強力な武器になるように思えてならない。
今回の狩りの対象、竜型ディードも強力な敵だと聞いている。
自分なりに自分の体についてもっと詳しく研究した方がいいのかもしれない。
そんなことを考えていると、リリサが話に割って入ってきた。
「そう言えば聞きたかったんだけれど……どうして鍛冶職人が狩人の真似事なんてしてるのよ」
リリサの質問にヘクスターは苦笑いで応じる。
「いや、真似事と言うか……実は俺、元々は狩人だったんですよ。でも何の因果か武器作りに嵌ってしまいましてね。今は鍛冶職人を名乗ってるってわけです」
そう言えばアルナの街でもそんな事を言っていたような気がする。
元々狩人ならばフェリクスとのあの一戦での動きも納得できるというものだ。
ヘクスターはリリサの問いかけに触発されてか、持論を展開していく。
「達人は武器を選ばないといいますけれど、結局は狩人の戦闘能力は武器の性能に依存しているところが大きい。そう思いません?」
「そうね、私もこの長槍にはかなりお世話になってるわ。並の槍だと衝撃に耐えられなくてすぐにボロボロになっちゃうのよね」
「でしょう?」
ヘクスターは急に立ち上がり、熱く語りだす。
「いい武器を作り、それを俺が見込んだ腕の立つ狩人に使ってもらう。俺の武器を使って彼らは名を挙げる。当然ながらその武器を作った俺の名も売れる。……これほど嬉しいことはないですよ」
武器マニアなんてレベルではない。
彼は間違いなく根っからの武器職人だ。
話を一通り聞き終え、リリサは結論を述べる。
「なんだ、あんたも結局は名声がほしいのね。……フェリクスと一緒じゃない」
「フェリクスさんと?」
「フェリクスは有名になりたいからこのカラビナ調査隊に志願したの。カラビナを攻略したとなれば歴史に名が残ること間違いないものね」
「そうですか。……なら、俺も頑張らないといけないですね」
ヘクスターは立ったまま更に意気込む。
「竜型ディードを狩ったあかつきには、その素材を使って皆さんに最高の武器を造って差し上げますよ。……俺の武器でカラビナを攻略したとなれば、俺も名匠として歴史に名を刻めますからね」
その理屈だと小型艇を造るマンフレートさんも歴史に名を刻めることになる。
まあ、成功すればの話だが……
(……)
竜狩りが上手くいくかどうかふと不安になったクロトはヘクスターに再確認する。
「ヘクスターさん、竜についてなんですが……」
「なんです?」
「本当にこの7人で倒せるんですよね?」
「もちろんですよ」
即答だった。
ヘクスターは卓を囲んでいるメンバーを眺めつつ言葉を続ける。
「リリサさんにフェリクスさんにジュナさん……3人も上級狩人がいる上に、怪力のティラミスさんもいます。そして極めつけはクロトさん、あなたですよ」
「僕ですか?」
「ええ、あのウツボを追い払ったあなたがいれば向かう所敵なしです」
「……」
どうやらヘクスターさんは僕のあの力をあてにしているようだ。
危険が迫れば十中八九覚醒するだろうが……まだ発動条件が不確かなのであまり当てにして欲しくないというのが本音だ。
そんな風にクロトが思っている中、リリサはヘクスターの実力について言及する。
「何よ、そんなこと言いつつヘクスター、あんたも相当な使い手じゃない。フェリクスにも完勝したし、討伐数も4桁超えてるんじゃない?」
「いやいや、狩人業に関しては皆さんには負けますよ」
飽くまで謙虚なヘクスターに対し、とうとうリリサは衝撃のセリフを告げた。
「そうだ……いっそのこと調査隊に加わったらどう?」
「!?」
このセリフにはメンバーたちも反応した。
ティラミスを始め、モニカやフェリクス、そしてジュナの視線が一斉にヘクスターに集まる。
「戦力としてはフェリクスよりも上。実力は申し分ないわ。是非とも調査団のメンバーとしてスカウトしたいんだけれど……どう?」
「……」
ヘクスターは先程までのにこやかな表情はどこに行ったのか、至極真面目な表情で卓を見つめていた。
十数秒後、ヘクスターはようやく反応した。
「ちょっと考えさせて下さい」
「考える要素なんて無いでしょ」
「いえ、カラビナの周囲には強力な巨大海棲ディードが大量にいます。それを相手にするのはこの戦力じゃ無理じゃないですか? ……流石に俺も自分の命は惜しいですよ」
「いちいちディードを相手にするつもりはないわ」
リリサは即座に答え、自分たちの目的をヘクスターに告げる。
「私達の最優先事項はカラビナへの到達……。竜の素材を使った小型艇なら奴らの目を盗んでカラビナに到達するのも難しくないと思うわよ」
「……」
リリサは更に誘惑的な言葉を並べてヘクスターを追い詰めていく。
「あんたも名を上げたいんでしょ? カラビナに到達した唯一の鍛冶職人となれば、周りから一目置かれること間違いないわよ」
相変わらずヘクスターは視線を卓上に向けたまま固まっている。……が、最後のリリサの言葉を聞き、ようやく反応を示した。
「……悪く無いですね」
ヘクスターは笑みを受けべていた。
「竜を狩った後の予定は未定でしたし、貴方達に付き合うのも悪くなさそうだ」
「よく言った。それでこそ名匠よ」
どうやらリリサのスカウトは成功したようだ。
これでメンバーは7名。リリサの目標の人数に達した。
戦力はこれで十分問題ない。あとは竜型ディードを狩り、その素材で小型艇を造り、他の調査団とタイミングを合わせて海へ漕ぎ出すだけだ。
「それじゃ改めて、ヘクスターのメンバー入りを讃えて乾杯ね」
リリサはスカウトに成功したことが余程嬉しかったのか、ジョッキを手に持ち肩の位置で構える。
メンバーも応じるように卓上からコップやジョッキを手に取り、肩の位置まで持ち上げる。
「ヘクスター、これからよろしく……乾杯」
「かんぱーい」
リリサの合図でメンバー全員がジョッキを打ち付け合う。
その後料理がなくなるまで、クロト達は壮行会を楽しんでいた。
「ふう……食べすぎたかな……」
壮行会後、クロトは腹ごなしに支部近くの道を散歩していた。
道の右手には町工場がずらりと並んでおり、左手には造船ドックが、そしてその向こうには海が広がっている。
海は夜の闇を吸収して黒く変色しており、その黒の中で月明かりが申し訳程度に反射していた。
ドックからはもう明かりも音も聞こえないが、右手側の工場からは金属を叩く音や作業音が聞こえていた。
夜も遅いと言うのに仕事熱心なことだ。
クロトは視線を左に向けつつ、つい先程までのことを思い出す。
壮行会は明日の竜型ディード討伐のこともあってか、早めにお開きになった。
ヘクスターは祖父の鍛冶屋に戻り、それ以外のメンバーはそのまま支部3階の部屋へ行ってしまった。
部屋は二人一部屋で、部屋割りはリリサとジュナ、モニカとティラミス、そして僕とフェリクスで3部屋だ。
フェリクスは飲みすぎたのか、部屋に入るなりベッドにうつ伏せになり、会話をする暇もなく眠りについた。
こちらもすぐに眠る予定だったが、腹が張ってどうにも寝付けそうになかったので、今こうやって散歩して消化を促しているというわけである。
(明日か……)
クロトは歩きつつ、明日の竜型ディード討伐について思いを馳せる。
竜型ディードは海棲ディードに匹敵するほど強力だと聞いている。狩りは困難を極めるだろう。
できるなら危険な狩りはしたくない。が、狩りをせねば小型艇が造れない以上、避けては通れない道だ。
竜型ディードが厄介なのは鋭い爪と牙、そして大きい体から発せられる重量感たっぷりの攻撃だと聞いている。
さらにヘクスターの話だと炎も吐くらしい。が……すべて回避すれば問題ない。こちらも伊達に狩人を続けていない。負けるつもりなど毛頭なかった。
布陣も既に決っている。
前衛はティラミスとヘクスターとリリサの三人、遊撃隊にはフェリクスとジュナの二人、そして後衛が僕とモニカの二人だ。
この内竜型ディードに攻撃を加えるのは前衛の三人だ。遊撃隊は周囲にいるであろう雑魚ディードの処理を行う。そして後衛は竜型ディードの翼を集中的に狙撃する。
僕の役目は射撃をするモニカの護衛といったところだ。
もちろん状況に応じてこの布陣は変わることもあるが、余程のことがない限りこれで問題ない。
特にティラミスの戦闘能力は新しいハンマーを手に入れたことで格段に上がっている。
ウツボ型ディードともタイマンでやり合えていたし、彼女の力があれば竜型ディードも敵ではないだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、ふいに背後に衝撃を感じた。
「……っと」
誰かがぶつかってきたらしい。
クロトは前のめりになりつつ前方に大きく踏み出し、制動をかける。
その後体勢を立て直し、振り返る。
そこには見慣れた女性の姿があった。
「リリサ……」
ぶつかってきたのはリリサだった。
リリサはいたずらっぽい笑みを浮かべ、クロトに話しかける。
「こんな夜中に何してるの? 明日のためにも早めに寝ておいたほうがいいわよ?」
リリサは戦闘服から部屋着に着替えており、ロングワンピースの上にカーディガンを羽織っていた。
髪も両サイドで留められており、ゆるいツインテールになっていた。
「……」
クロトは見慣れぬリリサの姿に一瞬見とれてしまう。
実際リリサは美人だ。いつもは戦闘服を着込んでいる上性格もきついので見失いがちだが、日本ならモデルと言われても十分通用するレベルだ。ファッションショーのランウェイを歩いていても不自然ではない。
(おっと、いけないいけない……)
美人には違いないがリリサはリリサだ。
クロトは平静を装い、リリサの問いかけに遅れて応答する。
「どうも胃の調子がよくなくてね。腹ごなしに散歩してるんだ」
クロトはお腹あたりをさすってみせる。
リリサはその手の動きを目で追っていた。
「ふーん。あんまり食べてるようには見えなかったけれど」
「僕は基本少食なんだよ……そういうリリサこそどうしてこんなところに?」
質問を返すと、リリサは手を後ろに回して視線を海に向けた。
「私も散歩よ……なかなか寝付けなくてね」
……寝付けない原因は一つしか無い。
クロトは再度リリサに問いかけた。
「明日のことが心配なのかい?」
「そんなわけ無いでしょ!!」
リリサはすぐさま否定の言葉を口にし、視線をクロトに向ける。
「……」
だが、すぐに視線を下に向けてしまった。
そして本音を吐露する。
「……そうね。少しだけ心配かもしれないわね」
「珍しく弱気じゃないか」
「弱気……、今の心境を表すならその言葉が一番しっくりくるかもしれないわね」
リリサは否定しなかった。
リリサからはいつものような覇気は感じられず、本当に竜型ディード討伐に不安を抱いている様子だった。
俯きがちにリリサはクロトに問いかける。
「……ねえ、私ってちゃんとリーダーできてる?」
「いきなり何だい?」
「いや、明日の狩りもヘクスターに言われるがままなし崩し的に決まっちゃったし、布陣だってモニカがぱぱっと決めちゃったし……私がいなくてもいいんじゃないかなって思って……」
そう言ってリリサはカーディガンの裾を弄る。
「……」
こうやって弱音を吐かれるのは2回目だ。
一度目はつい最近、アルナ海峡でウツボ型ディードと一戦交えた後。
あのときは自分の実力の無さを嘆いていたが……今回も同じような思考に陥っているようだ。
クロトはリリサを立ち直らせるべく、言葉を選んで答える。
「この前も言ったけれど、リリサはリーダーの資質をちゃんと持ってると思うよ」
「……そう?」
リリサは上目遣いでこちらを見る。
「竜型ディードの件については主導権を握られなかったけれど、ヘクスターという強力なメンバーをスカウトできたじゃないか。彼の加入は僕らメンバーにとって大きなプラスになった。それだけでもリーダーとしてきちんと仕事を果たせてると思うよ」
「そう?」
「そうだよ。リリサは立派にリーダーをやれてるよ」
「……」
リリサはクロトの言葉を噛みしめるように、ゆっくりと頷く。
そして、何を思ったか唐突に頭を抱えてその場に座り込んだ。
「あー、だめね。私……」
リリサは座り込んだまま続ける。
「クロに弱音を吐くなんてどうかしてるわ」
「僕は別に気にしてないよ。それに、むしろ嬉しいと思ってる」
「嬉しい?」
リリサは頭から手を放し、顔を上に向ける。
「うん。前までのリリサは他人を寄せ付けない冷たいオーラみたいな物があったけれど、今はあまり感じない。リリサとの距離が縮まったというか、リリサの本音を聞けて嬉しいんだ」
「……」
クロトは座り込むリリサに手を差し伸べる。
「これからも何かあったら無理しないで僕に話してほしいな」
「……生意気なこと言ってんじゃないわよ、クロのくせに……フフ」
リリサはクロトの手を掴み、すっくと立ち上がった。
既にリリサの表情に不安の色はなく、いつも通りのリリサに戻っていた。
(……)
クロトはリリサを元気づけたものの、心中は真逆のことを思っていた。
不安を打ち明けてくれるということは、自分のことを信頼してくれている証である。その事自体については嬉しく思う。リリサとは長い時間旅をしてきたし、絆のような物もあると感じている。
だが、クロトは弱気なリリサの姿を見たくなかった。
クロトの中のリリサは強くて冷静で、そして優雅な上級狩人だ。
決して同年代の男子に悩みを打ち明けるようなか弱い女子ではない。
これからも強いリーダーでいてもらうためにも、僕がサブリーダーとしてしっかり仕事を果たさねばならない。
「あー、話したらスッキリしたわ」
決意を新たにしていると、リリサはクロトを追い越して散歩を再開した。
クロトはリリサの後を追う。
「明日のことだけど、ピンチになったらまた頼むわよ。漆黒の狩人さん」
「なんだいそれ?」
「二つ名よ。私が考えたの」
リリサは体をくるりと半回転させ、こちらを向いたまま後ろ歩きし始める。
「あの異常な力を発揮する時、全身が真っ黒になるでしょ? だから漆黒の狩人。……ちょうど髪も瞳も黒だし、センス的にはいいと思わない?」
「何だか恥ずかしい二つ名だね……」
「私より随分ましだと思うけれど?」
「……たしかに」
もう狂槍という名前には慣れたが、改めて考えるとひどい二つ名だ。狂った槍使い、略して狂槍……それを考えると漆黒なんて名前はまだまだ生ぬるい部類である。
もし自分がリリサの立場なら、狂槍なんて呼ばれたくない。
そんな事を思っていたせいか、早速その名が通りに響いた。
「……あれ、狂槍じゃなーい」
間延びした女性の声。
クロトとリリサは声の出処を探すべく周囲を見渡す。
すると、道の向かい側に人のシルエットがあった。
暗くてよくわからないが、ボディーラインから察するに女性であることに間違いない。
クロトは誰だか全く予想もつかなかったが、リリサはすぐにわかったようで、驚きと疑問が混じったような声を出した。
「あんたは……どうしてゴイランに……?」
「それはこっちのセリフよー。なんでアイバール支部の狩人がこんな場所にいるの?」
話しながら女性はこちらに近づいてくる。
近づいてくるにつれ形しかわからなかった女性の姿ははっきりし始め、話し終える頃には女性の全貌が顕になっていた。
「……」
女性の姿を目にし、クロトは言葉を失ってしまう。
……身長、年齢はリリサと同じくらいだろうか。
淡い桃色の髪はポニーテールに結い上げられ、後頭部から腰辺りにかけて伸びている。
顔は幼さが残っていながらもはっきりとした目鼻立ちをしており、眼窩には赤みがかった金色の瞳が埋まっていた。
肌は透き通るように白く、玉の肌と形容するにふさわしい輝きを放っていた。しかし、だからと言ってひ弱なイメージは全く無かった。
服装は婦薄緑の半袖シャツに白いショートパンツというラフな出で立ちだった。
何にせよ、可憐という言葉がとても似合う美人さんだった。
リリサも美人には違いないが、彼女からはリリサと違って慈愛のオーラが感じられた。
クロトは遅れながらリリサに問いかける。
「……誰だい?」
リリサは視線を女性からそらすことなく答える。
「『カレン・ソーンヒル』……猟友会の会長よ」
「へー……って、会長!?」
予想外の肩書きにクロトは思わず声が裏返ってしまう。
リリサはカレンについて説明し続ける。
「二つ名は『純潔のカレン』……あの女、ディードとの戦闘で一度も怪我を負ったことがないのよ」
「私には勿体無い二つ名だよー」
桃色の髪の狩人……カレンはリリサとクロトの正面に立ち、ニコリと笑みを浮かべる。
「ま、強いっていうのは事実だけれどねー」
そう言って彼女は背中から武器を取り出してみせた。
彼女が持っていたのは槍でもなければ大剣でもない。その中間のような武器だった。
大身槍と言うのだろうか。長い柄の上半分は肉厚の刃が付いており、側面には血抜きの溝が彫られている。斬撃も刺突も行える、珍しい形をした武器であった。
もちろん色は真っ黒で、ディードの強固な骨から造られた武器であることは火を見るよりも明らかだった。
「相変わらずいつも持ち歩いてるのね、武器」
「当たり前でしょー。いつどこからディードが出てくるかわからないんだから」
カレンは黒い大身槍を軽く回転させ、優しく地面に突き立てる。
その動作はキレッキレであり、彼女の実力が本物であることを物語っていた。
クロトは小声でリリサに疑問を告げる。
「それにしても会長にしては若すぎやしないかい?」
リリサは小声で返す。
「猟友会は実力至上主義。強ければ強いほど地位も階級も上がるのよ」
「へー……」
リリサは付け加えるように言う。
「ぶっちゃけあの女の強さは異常よ。会長になる時も誰ひとりとして反対しなかったのよ」
「そんなに強いのか……だったら調査団にスカウトを……」
言いかけたクロトだったが、リリサにぴしゃりと遮られる。
「馬鹿ねクロ。……あの女、多分モニカが言ってた100人規模の調査団のリーダーよ」
なるほど、会長直々に指揮を取っているというわけだ。
……それにしてもこのカレンという狩人、猟友会の会長とは思えない可憐さだ。
体躯もそこまで鍛え上げているように見えないし、仕草も女の子そのものだ。
本当に会長なのだろうか。……そもそも本当に狩人なのだろうか。
そんな事を考えつつ眺めていると、カレンは何かを思い出したかのように手のひらを叩いた。
「あ、そうだ。今からでも調査団に加わらない? 狂槍のリリサがいれば私としても心強いわ」
「それは無理な相談ね」
リリサは攻撃的に告げる。
「私達もカミラ教団からの依頼でカラビナ攻略を目指してるの。言わばあんた達とはライバルの関係になるわね」
「ライバルだなんて……せっかくなんだし協力しましょうよー」
カレンは猫撫で声でリリサに近寄り、スキンシップを取ろうとする。
「やめて、馴れ馴れしくしないで頂戴」
しかし、リリサはカレンから逃げるように距離をとった。
異常なまでの逃げっぷりにクロトは違和感を覚え、質問せずにはいられなかった。
「どうしたんだいリリサ、彼女と仲が悪いのかい?」
「……」
リリサは何も答えない。
だが彼女の険悪な表情がイエスであると如実に表していた。
カレンはリリサの顔を見ても笑顔を絶やさず、ケラケラと笑う。
「あはは、もしかしてまだ気にしてるのー? あの時のこと」
「気にしてないわよ」
カレンは聞かれてもいないのに“あの時”の事を話し出す。
「当時のリリサちゃんは血気盛んでねー、いろんな狩人に勝負を挑んでは勝って自分の強さを証明してたの。私もターゲットにされたんだけれど……15戦やって一度も私に勝てなかったのよねー? ふふ……」
「……」
リリサは悔しさからか過去を知られた恥ずかしさからか、強気に言う。
「馬鹿にしないで。私はあの時よりも鍛錬を積んで強くなってる。今戦ったら……」
そんなリリサの言葉を遮るようにカレンは早口で述べる。
「私も常に鍛錬は怠ってないわ。そして多分だけれどリリサちゃんよりも速いスピードで成長してる。どんなに頑張っても私には勝てないわよ、リリサちゃーん」
語尾を伸ばしつつカレンはリリサに再度近づく。そして頬をつついた。
流石のリリサもこれには耐えられなかったらしい。
「触らないで!!」
リリサはそう叫ぶと隣りにいるクロトの腰から黒刀を抜き、その切っ先をカレンに向けた。
その動作はまさに刹那であり、コンマ2秒を切っていた。
だが、カレンのほうが一枚上手だった。
突き出された黒刀の切っ先を、カレンは瞬時に大身槍で地面に押さえつけたのだ。
結果、黒刀は地面に突き刺さり、深い溝を作った。
カレンはトーンを下げてリリサの耳元で告げる。
「……ここでは駄目だよ」
「……」
リリサは実力差を感じてか、何も言い返せないでいた。
……数秒後、カレンは大身槍を黒刀から離し、元通りの明るい声で話し出す。
「リリサちゃんにはぜひ調査団に加わって欲しかったんだけれど、無理なら無理で仕方ないわねー。お互い頑張ってカラビナを目指しましょうねー」
カレンはそう告げて大身槍で軽く黒刀を弾きあげる。黒刀は宙をくるくると舞い、ゆっくりと落下してくる。
クロトはタイミングに合わせて柄をキャッチし、流れるような動作で鞘に黒刀を納めた。
そんな妙技を見てか、カレンはクロトを見る。そして、思い出したかのようにクロトを指差した。
「あら、あなたは……もしかしてクロト・ウィルソン?」
「え、どうして僕のことを?」
「あは、やっぱり当たってた。……上級狩人試験に合格した黒髪の刀使いってあなたのことだったのねー」
カレンはクロトにぐいっと近づく。
「あの試験、編入で合格するのは難しいのよ。バスケスのお爺さんから推薦状を受け取った時は半信半疑だったけれど、言うとおりに試験を受けさせてよかったわー」
カレンの言葉は止まらない。
「確か、糸使いのダンシオの妹……ジュナ・アルキメルも合格していたはずよね。もしかして彼女も調査隊のメンバーに?」
「はい、エンベルでスカウトしました」
「そう。本当は彼女もこちらの調査団に迎え入れたかったんだけれど……リリサちゃんの仲間ならしかたがないわねー」
カレンはわざとらしく唇に指を当て、とんとんと叩く。
そして、とんでもない提案をしてきた。
「ねえクロトくん、今からでも良いから私の部下にならない? 貴方なら私の右腕になれると思うの」
この提案にいの一番に反論したのはリリサだった。
「カレン、いきなり何言い出すのよ!? クロは私の……」
「リリサちゃんは黙ってて」
カレンはリリサの抗議を無視し、クロトとの会話を再開する。
「どう? 良い提案だと思うんだけどー……」
「そんな……何を根拠に……」
「ベックルンでの山狩りの報告は受けてるわ。貴方がキマイラを倒したんでしょ? ……たった一人で」
「!!」
真実を告げられ、クロトは息を呑む。
確かにあのキマイラを殺したのは僕だ。
目撃した狩人は何名かいた。報告が猟友会本部に行っていてもおかしくはない。つまり、会長である彼女が知っていても何ら不思議ではないことだ。
普通の狩人ならここで自慢げに武勇伝を語るのだろうが、クロトの場合は事情が違う。
あの異常な力はなるべく人に知られるべきでないとクロトは考えていたからだ。
あの力を自在に仕えるならともかく、現時点では発動条件も持続時間も全くもって不明だ。そんな力に頼る訳にはいかないし、頼られるのはもっと困る。
クロトはカレンの誘いを断るべく、喋りだす。
「僕は……」
しかし、言いかけたところでまたしてもカレンは言葉を遮った。
「その刀が何よりの証拠よ。キマイラの棘なんてそうそう市場に出回るものじゃないもの。……貴方、実はすごく強いけれど実力を隠してる。間違いないわ」
カレンの言葉は止まらない。
「100人のうち50人をあなたに預けてもいいわ。カラビナに到達するのが目標なら私たちと一緒に行動したほうが成功する確率は高くなると思うわよ。どう?」
魅力的な誘いだ。
だが、その誘いに乗るつもりは毛頭なかった。
「それはどうですかね」
「え?」
「大勢で攻め入れば目立ちますし、それだけ海棲ディードに狙われやすくなる。少人数で向かうほうが作戦としては成功の確率が高いと思いますよ」
クロトはカレンの考えを否定した。
さらに理由をつけて断るつもりだったが、カレンは意外にもあっさりと引き下がった。
「そう、無理に誘うつもりは無いから安心していいわよ」
カレンはクロトから離れていく。
「さて、どちらが先にカラビナに到達できるのか……結果がたのしみねー。ふふ」
まるでこちらがカラビナに到達できないとでも言わんばかりの言い方だった。
少し頭にきたクロトは言い返すことにした。
クロトは一呼吸置き、挑発の言葉を送る。
「そうですね。あの大きな艦が棺桶にならないことを願っていますよ」
「!!」
カレンは一瞬目を見開く。
クロトに言い返されるとは思っていなかったのか、明らかに狼狽えている様子だった。
……が、すぐににこやかな笑顔に戻った。
「そんな易い挑発には乗らないわよー。……私の誘いを断ったこと、後悔しなければいいわね」
そう言い捨てると今度こそカレンは背を向け、立ち去っていった。
夜の道に静寂が訪れる。
しばらくするとリリサが言葉を発した。
「ありがとクロ」
いきなりの感謝の言葉にクロトは戸惑う。
「お礼を言われることなんてした覚えはないんだけれど……」
「カレンのあんな顔、見るのは初めてよ。見ていて爽快だったわ」
「そうですか……」
リリサはカレンに対しライバル意識を持っているようだ。
そんなライバルが狼狽える顔を見られたとなれば、喜ぶのも無理はない。
「クロ、絶対カラビナに到達するわよ」
「うん……」
その後二人は街の中を適当に散策し、日付が変わる前には支部に戻っていた。




