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天球のカラビナ  作者: イツロウ
06-天球のカラビナ-
63/107

062 有望な職人


 062


 鍛冶屋『ホルツ』に到着するまでは5分と掛からなかった。

 ホルツ周辺はこぢんまりとした工場が密集しており、ホルツも軒先はとても狭かった。

 店の両隣は船のパーツを造っている工場らしく、同じ形をした物体が軒先にずらりと並べられていた。

 周囲の工場も同じように様々な形状の部品を専門に造っているようだったが、ホルツだけは違うようだった。

 店の軒先には艦載用の銛の射出機がどしりと構えており、隣には狩人用の武器……槍や大剣などが乱雑に陳列されていた。

 看板も汚く、錆びている部分が多くを占めていた。

 こんな店が小型艇を造っているとは思えないが、壮年の職人が迷うことなくいの一番にこのホルツという店の名前を挙げたのだから、この店の職人の腕は確かなのだろう。

 壮年の職人は店の前まで来ると足を止め、耳に手を当てる。

「……何か叩いてるみたいだな。とにかく気さくな爺さんだから変に気を遣うことはないぞ」

 そう言うと壮年の職人は店内に足を踏み入れ、迷う様子もなく奥へと進んでいく。

 店内にも様々な武器が置かれていたが、全く陳列されておらず、種類も大きさもバラバラにまとめられていた。

 更に奥に進むと鍛冶場が見えてきた。

 鍛冶場は明るく、壁面は赤の焔を受けて鈍く光り輝いていた。

 そして、鍛冶場の中央、赤い金属に向かって鎚を振り下ろす老人の姿を発見することができた。

 規則正しいタイミングで鎚を振り下ろす老人に対し、壮年の職人は背後から声をかける。

「おい爺さん、客連れてきてやったぞ」

 声に反応してか、老人は作業を中断する。

「……客だあ?」

 返ってきたのはしわがれた声だった。

 老人は鎚を作業台の上に置き、おもむろに振り返る。

 ここでクロト達は初めて鍛冶屋ホルツの店主の姿を見ることができた。

 老人とあって背はあまり高くない。が、背筋はしっかり伸びており老いは感じさせなかった。髪もフサフサで、金色のそれは後頭部に纏められている。

 筋肉もそこそこついており、体型も痩せすぎず太り過ぎずでバランスがいい。

 これだけを見れば中年と大差ないのだが、くすんだ肌が、顔の皺が、そして濁った瞳が、彼が老人であるということを如実に表していた。

 視力が悪いのか、老人は目を細めてクロトたちを見る。

「何だ狩人か。……武器を調整してほしいなら他の連中に頼め。ワシはそういうのはやらん」

 雰囲気だけでこちらが狩人集団だと判断したようだ。流石は年の功とでも言うべきか。

「いや、武器じゃないんだよ爺さん」

 壮年の職人はそう前置きし、船について告げる。

「どうやらこの狩人さんたち、小型艇を造ってもらいたいようでな。このあたりで頑丈な小型艇を造れるのはあんたしかいないと思って紹介しに来たってわけだ」

「小型艇だあ?」

 店主の老人は作業台から離れ、クロト達に歩み寄ってくる。

「お前ら、もしかしてカラビナを目指しているんじゃなかろうな」

「ええ、はい。そのとおりですけど……」

「この人数でか?」

「はい、少人数で一気にあの海域を通り抜けようかと……」

 クロトは正直に答える。

「……」

 老人は険しい表情でクロトを睨み、続いてメンバー全員の顔をジロジロと眺め始める。

 ……もしかして断られるのだろうか。

 そんな心配は杞憂に終わった。

「……いい度胸をしとるじゃないか」

 老人はニヤリと笑みを浮かべ、言葉を続ける。

「同じ目的でカミラの調査団も来ておるが、あいつらは好かん。金に糸目をつけずあんな馬鹿でかい船を造りやがって、しかも大人数でカラビナを目指そうなんざ邪道も邪道。男気の欠片も感じんわい。どうせ大将は肝っ玉の小さいタマ無し野郎に違いない」

 随分と下品な言葉だ。

 全員無言でスルーするつもりだったが、約一名ほどが意味を理解していないようで首を傾げていた。

「たまなし……?」

「ティラミスちゃんは知らなくていいのよー」

 モニカはティラミスに言って聞かせる。

 老人はそんなやり取りも気にしないで語る。

「やはり冒険にしろ調査にしろ、危険やリスクを承知で未開の地に飛び込む……これこそ冒険の醍醐味ってもんよ」

 老人は快活に喋り、クロトの肩をバシバシと叩いた。

 クロトは衝撃に耐えつつ、老人に問いかける。

「えーと、それじゃあ船を造ってもらえるんですね?」

「ああもちろんだ。あんな連中なんて出し抜いて先にカラビナに到達しちまえ」

 まさかこんなにも交渉がうまく運ぶとは思っていなかった。

 こちらから頼みに来たつもりだったが、この様子だとこの老人のほうがカラビナに到達するに値する狩人を待っていたような気もする。

 まあどちらにしろ同じことだ。

「うまく話がまとまったようで良かったじゃないか」

 言葉を発したのは壮年の職人だった。

 クロトは慌てて礼を言う。

「あ、紹介してもらってありがとうございました」

「いいってことよ。……それじゃ、俺はおいとまさせてもらうぜ」

 壮年の職人は軽く手を振ると鍛冶場から出ていってしまった。

 しかしいい人に巡り会えてよかった。もし彼がいなければ今頃船を造ってくれる造船所を探して回っていたところだ。

 小型艇を造ってくれる造船所が無かったかもしれないことを考えると、かなりラッキーな出会いだったに違いない。

 そんな事を考えていると、唐突に老人が手を差し出してきた。

「ワシは『マンフレート・ホルツ』。鍛冶屋を初めて50年の大ベテランだ。よろしく頼むぞ」

 クロトは握手を交わし、自己紹介を返す。

「僕はクロト・ウィルソンです。刀使いの上級狩人です。で、こちらが調査隊のリーダーの……」

 クロトはリリサを紹介するべく視線を背後に向ける。

 すると、リリサはクロトの意を汲んでか、自己紹介してくれた。

「私がリーダーのリリサ・アッドネスよ。巷では狂槍なんて呼ばれてる長槍使いよ」

「狂槍……おお、聞いたことがあるぞ」

 マンフレートの反応を無視し、リリサは他のメンバーも簡単に紹介していく。

「あとは大鎌使いのジュナに大槌使いのティラミス、そしてカミラ教団の学者さんのモニカよ」

 リリサに紹介され、ジュナは特に何もしなかったが、ティラミスは軽く会釈し、モニカは丁寧にお辞儀していた。

「女だらけだけど、全員相当の使い手よ」

「そんなことは言われんでも分かっておるわい」

 マンフレートは男女比について指摘することなく話を先にすすめる。

「……さて、本題に入るか」

 ようやく小型艇の話になり、モニカは早速造りについて注文をつける。

「あの、船の装甲はできれば木じゃなくて金属に……」

「それは無理だな」

「……へ?」

「どこかの誰かさんがあの馬鹿でかいのを造ったせいで今金属の流通はほぼ停止状態だ。かき集めようにも質の悪い粗悪品しか手に入れられんぞ」

 初っ端から手詰まりである。

 海棲ディードが出現する海域では硬い装甲が必須だ。それが得られないとなれば船を造る造らない以前の問題である。

「じゃあどうするのよ」

 リリサの苛立った声に、マンフレートは余裕を持って言葉を返す。

「安心せい。船は必ず造れる。……お前さん達の協力が必須だがな」

「どういうこと?」

 マンフレートの言葉にリリサもモニカもティラミスも首を傾げる。

 ジュナは端から考えるつもりはないのか、店内にある武器類を手にとって弄っていた。

 クロトもマンフレートの言葉の意味を考える。

(協力……僕達の……あ)

 クロトは20秒ほどで言葉の意味を理解し、全員に聞こえるように告げた。

「なるほど、僕達が船の材料を手に入れればいいんですね」

「そういうことだ」

 マンフレートは深く頷く。

 クロトは更に推理を進める。

「狩人の僕達にしか手に入れられないもの……ディードの骨か皮か、何にせよ“僕達”の協力が必要だということは、並の狩人では狩ることができない難敵なんですね」

「ご名答。流石は上級狩人だな」

 マンフレートはクロトのほぼ完璧な推理に拍手を送っていた。

「なんだ? ディードを狩ればいいのか?」

 拍手の音に反応してか、ジュナが鍛冶場に戻ってくる。

 そのタイミングでマンフレートは狩りの対象……ディードの種類を宣言した。

「お前さん達には(ドラゴン)型ディードを狩ってもらう」

「竜……」

 通常の動物を模したディードではないとは思っていたが……まさか空想上の生物、竜が出てくるとは思っていなかった。が、クロトはそこまで驚いていなかった。

 なぜならクロトは一度ベックルンの山中でキマイラを見たことがあったからだ。

(しかしドラゴンか……)

 竜と聞いてクロトはそのディードの姿形を頭の中でイメージする。

 まず思い浮かぶのが体中にびっしり生えている硬い鱗だ。続いて鋭い牙、切れ味のいい爪、大きな翼、そして長い尾だ。

 ゲームでは口から火を吐くシーンをよく見るが、ディードの場合はどうなのだろうか。

 クロトが竜のことを考えていると、マンフレートは竜型ディードの生息地について語り始めた。

「ここから西に行ったところにファモガナ火山地帯がある。そこに竜のディードが棲んでいる。竜の骨や皮を使えば金属製の船よりも頑丈で足の速い船が造れる。特に脊柱は船の竜骨に最適だ。なるべくダメージを最小限に抑えて狩ってくれると有り難い」

「……竜が何だって?」

 急に男の声がしたかと思うと、店の入口にフェリクスの姿があった。

 フェリクスは乱雑な店内を抜け、鍛冶場に入ってくる。

 リリサはフェリクスに対し軽く労いの言葉をかける。

「おかえりフェリクス。早かったじゃない。というかよくこの場所がわかったわね」

「あのおっさんから聞いたんだよ。で、話はどうなってるんだ?」

 何も知らないフェリクスに、モニカは簡潔にこれまでの経緯を告げる。

「小型艇を造ってくれることになったんだけど、その材料に竜型ディードの骨や鱗が必要なんです。それで、今はその竜の情報をこの方……マンフレートさんから聞いているところです」

「なるほど竜狩りか……こりゃあ成功したあかつきには二つ名がつくな」

 フェリクスは顎に手を当て、ニヤリと笑う。

「“竜殺しのフェリクス”……ううん、悪くない」

 竜がどの程度強いのかまだ不明な段階なのにこの言葉……本当に調子のいい男である。

 取らぬ狸の皮算用とはこの事を言うのだろう。

「倒せる前提で話を進めてるけど、実際どうなの?」

 リリサはマンフレートに竜型ディードの戦闘能力について質問する。……と、意外な所から答えが返ってきた。

「……竜はべらぼうに強いらしいですよ」

 その声はクロト達の背後から……正確には鍛冶場の入り口から聞こえてきた。

 入り口には短い金髪に中性的な顔立ちが特徴の鍛冶職人……ヘクスターの姿があった。

 クロトは思わず彼の名を呼ぶ。

「ヘクスターさん!?」

 クロトに名を呼ばれ、何故かヘクスターは驚きの表情を浮かべる。

「……え、クロトさん? 生きてたんですか!?」

「生きてますよ!!」

 どうやらアルナ海峡での戦闘で死んだと思われていたようだ。

 あの状況で生きていると考える人間はほぼいないし、ヘクスターさんを責めることはできないだろう。

「……それで、べらぼうに強いってどの程度強いのよ」

 リリサはヘクスターに問う。

 感動の再会も間もなく、ヘクスターはリリサの問いかけに正確に答える。

「大きさこそ海棲ディードに劣りますが、戦闘能力は海棲ディードにも匹敵するらしいです。あと空を飛べるので飛び道具が無いと苦しいですね」

 やはり竜のイメージは大体合っていたようだ。

 ディードは漏れなく全身が黒く、瞳は赤い。当然竜も全身が黒い鱗に覆われ、瞳の色も真っ赤だろう。ゲームでもそんな姿のドラゴンを見たことがあるし、実際に竜型ディードを見て驚くことはなさそうだ。

 クロトが竜についてのイメージを固めている間にも会話は続く。

「……飛び道具ならモニカが銃を持ってるからなんとかなりそうね」

「そうですね。翼に穴を開けるくらいならできそうです」

 リリサに言われ、モニカは背中に回していた銃を手前に持ってくる。

 その姿形が珍しかったのか、ヘクスターの視線は銃に釘付けになっていた。

「銃? ちょっと見せてもらってもいいですか?」

 ヘクスターは興味からか、モニカに近づいて銃に触れようとする。と、それを阻止するように間にフェリクスが割り込んできた。

「お前、気安くモニカさんに近づくなよ」

 フェリクスはモニカを庇い、ヘクスターを睨む。

 すると顔を見て何かを思い出したのか、フェリクスはヘクスターを指差した。

「……ってお前、よく見りゃあのときの職人じゃねーか」

「覚えていてくれましたか」

「忘れるわけねーだろ。クワガタの鋏だっけか? あんな不良品を売りつけやがって……」

 今から1ヶ月とちょっと前くらいだろうか。

 僕とフェリクスはセントレアの鍛冶市場にて丸太切り対決をすることとなり、その武器にクワガタの鋏が使用された。

 フェリクスは繊細なクワガタの鋏を乱暴に扱い、結果壊してしまい、弁償する羽目になってしまったのだ。

 値段も結構高かったし、フェリクスの懐にとっては大ダメージだったことだろう。

 ヘクスターも加わりみんなでわいわいと話していると、マンフレートがヘクスターに声を掛けた。

「……挨拶も無しか、ヘクスター」

 マンフレートの言葉に全員が会話を止め、注目する。

 口調から察するにどうやらヘクスターとマンフレートは知り合いらしい。

 ヘクスターは一歩前に出てマンフレートに近づき、軽く会釈した。

「ただいま“お爺ちゃん”」

「お爺ちゃん!? ってことはお前は……」

「俺はヘクスター・ホルツ……マンフレート爺の孫ですよ」

 衝撃の事実である。

 ……が、よく見ると髪の色も同じだし鍛冶職人も共通してるし雰囲気もどことなく似ている気がしないでもない。

 全員がマンフレートとヘクスターを交互に見る中、ヘクスターは思いの丈を述べる。

「……でもまさかクロトさん達がここにいて、しかも竜について話しているとは思いもしませんでしたよ。運命すら感じますね」

「運命?」

「ええ、俺も竜を狩ろうと思ってるんですよ」

「!!」

 ヘクスターの告白に全員が驚いていた。

 唯でさえ竜型ディードは強いのに、それを鍛冶職人が狩ろうという発想自体が驚きだ。

 ヘクスターはその場の空気を気にすることなく話を続ける。

「そこで、勝手なお願いで悪いんですが、皆さんの竜狩りに俺も同行させてもらえませんか?」

「無理だな」

 即座に否定の言葉を述べたのはフェリクスだった。

「竜型ディードは強敵なんだろ? 狩人でもないお前を連れて行くことはできないな」

 フェリクスの言葉にリリサも同調する。

「そうね。死なれでもしたら目覚めが悪いし……諦めてここで待ってなさい」

 クロトも口にはしなかったものの、リリサと同じ意見だった。

 ディード狩りは狩人の領分だ。鍛冶職人が興味本位で同行するべきではない。

 そういう意味ではモニカも同行させるべきではないのだが……今のところ銃を上手く扱えるのは彼女しかいないし、何より彼女はチーム内で唯一の知恵袋だ。戦力にはならないが頼りにはなる。

 ヘクスターは納得できないようで、文句を言う。

「ちょっと皆さんバカにしてません? 確かに肩書は鍛冶職人ですけど、俺、結構強いんですよ?」

 そう言いつつヘクスターはその場で拳を前に突き出す。

 軽い口調とともに出された拳だったが、クロト達の予想に反してその正拳突きは疾く、そして鋭かった。

 何らかの武術を修めているのは間違いなく、結構強いという彼の言葉も嘘ではないようだった。

 見事な正拳突きを見てか、リリサは思わずヘクスターに質問する。

「確かにそれなりに強そうね。……で、武器は何を使うの?」

「これです」

 ヘクスターはリリサの言葉を待っていたかのように自分の得物を懐から取り出す。

 出てきたのは手に装着して使うタイプの武器……所謂ナックルダスターだった。

 リリサはもちろんその武器を知っていたようで、武器の名称を呟く。

「……ナックルダスター」

「そうです。ナックルダスターです」

 ヘクスターは嬉しげに応じつつ、対になったナックルダスターを指に嵌めていく。

 ナックルダスターはディードの骨から削り出されたもののようで、色は真っ黒だった。

 形状は一般的なもので装飾も特にない。本当にシンプルな形状をしていた。

 攻撃面に棘でもつければ殺傷力も上がるだろうに、なぜノーマルにしたのか……

 クロトには理解不能だった。

 リリサもクロトと同じ感情を抱いたようで、ヘクスターに不満げに告げる。

「それが武器って……舐めてんの? 明らかに対人用じゃない」

 ヘクスターは「いえ、舐めてないですよ」と言うと拳同士を打ち合わせ、ナックルダスターでの戦い方について説明し始める。

「確かにリーチはかなり短いですが、一気に張り付いて急所を殴打。……このパターンで大体のディードは狩れますよ。まあ、硬いウロコを持つ竜にこの戦法が有効かどうかは甚だ疑問ですが……」

 もう竜型ディードと戦うつもりでいるらしい。

 狩人の苦労も知らないで簡単に言ってくれるものだ。

「自信満々だけれど……敵の攻撃を掻い潜って接近するのがどれだけ難しいか分かってる? その上正確に急所を狙うだなんて……そんな芸当、上級狩人でも難しいわよ」

 相手がそこら辺の雑魚ディードならともかく、海棲ディードと肩を並べるほどの戦闘能力を持つ竜型ディードを相手にしてヘクスターの言う戦法通りに戦えるとは思えない。

 しかし、リリサに言われてもなおヘクスターの自信は揺らぐことはなかった。

「難しいことは分かってますけど、俺にはその能力があると思ってます。……そんなに疑うなら試してみます?」

 ヘクスターはナックルダスターを打ち鳴らし、視線を店の外に向ける。

 どうやら試合で自分の実力を証明するつもりらしい。

「ええ、試してあげるわ」

 売り言葉に買い言葉である。

 リリサは店の外に出る……と思いきや、フェリクスに声を掛けた。

「フェリクス、ヘクスターとタイマン勝負してちょうだい」

 てっきりリリサが直々に手合わせするかと思っていたが……フェリクスを当て馬にするようだ。

 客観的に見たほうが正確な実力を計れると考えてのことだろう。

 指名されたフェリクスは待っていましたと言わんばかりに快く応じる。

「いいぜリリサ。……狩人と鍛冶屋、実力の差ってもんを見せてやるよ」

 クワガタの鋏の件もあってか、フェリクスはやる気満々の様子だった。

「じゃあとりあえず表に出ましょうか」

 対戦相手が決まったところでヘクスターは鍛冶場から出ていこうとする。

 しかし、マンフレートがヘクスターを引き止めた。

「おい、ヘクスター」

「なんですか、お爺ちゃん」

「くれぐれも周りの店に迷惑をかけるなよ」

「分かってますよ」

 ヘクスターは軽く応じ、改めて鍛冶場から出ていってしまった。

「ボロボロにして恥をかかせてやるよ」

 フェリクスは三下が吐くようなセリフを口にしつつ、その後を追う。

「私達も行きましょ」

 リリサの言葉にメンバーも店の外に出る。

 店の外に出ると既に通りの中央でヘクスターが構えていた。

 構えと言っても緊張している様子はなく、かなり自然体だった。

 フェリクスに勝てると思っているのだろうか。

(まさかね……)

 フェリクスはああ見えて上級狩人だ。実力は申し分ないし、リーチに劣るヘクスターを相手に負ける要素は無い。

 すぐにフェリクスも通りの中央に立ち、メンバーも軒先で対戦を観戦する態勢に入る。

 ヘクスターとフェリクスの距離は5m。近くもなければ遠くもない、そんな距離だった。

 準備が整うと、ヘクスターがフェリクスに声を掛けた。

「いつでもいいですよ」

 そのセリフからは余裕と自信が読み取れた。

 フェリクスはそれが気に食わなかったようで、言い返す。

「そっちこそ、試合をやめるなら今が最後のチャンスだぞ。ボコボコにされても知らねーからな?」

「止めるつもりなんて無いですよ。そんな提案をしてくるなんて、もしかしてそっちのほうが試合をやめたいんじゃないですか?」

「大口を叩くのもそれくらいにしておけよ……行くぞ!!」

 まず前に飛び出したのはフェリクスだった。

 フェリクスは前傾姿勢を取ると地面を蹴り、同時に両腰の双剣に手を伸ばす。

 流石は上級狩人、動きに無駄もないし綺麗な出だしだ。

 これなら相手が構える前に斬撃を打ち込むことができるだろう。

 ……しかし、そんなクロトの予想は裏切られることになる。

「あれ?」

 ふと気づくとヘクスターがフェリクスの真正面に出現していたのだ。

 目の錯覚かと思ったが、確かにフェリクスはヘクスターの正面に潜り込んでおり、今にも拳を突き出さんと腕を引いていた。

 ……ヘクスターは特に構えることなく棒立ちしていたはずだ。

 しかも後手に回ったはずだ。

 まさか、フェリクス以上の速度で動いたとでも言うのだろうか。

 にわかには信じられない。が、目の前の光景が嘘でも幻でもないことは確かだった。

 この接近にはフェリクス当人も驚いたようで、双剣を抜くタイミングが一瞬遅れてしまう。

 その一瞬をヘクスターは逃さなかった。

 ヘクスターは瞬速で動き、フェリクスの右側の刀の柄を押さえ込み、抜刀を阻止する。

 そして、がら空きになった左脇腹目掛けて拳を繰り出した。

 フェリクスの左脇腹は完全に死角となっており、刀で受け止めることも回避することも不可能だった。

 恐ろしく速度の乗ったボディブロー。

 アレをもらえば内蔵に甚大なダメージを受け、暫く動くことができなくなる。

 フェリクスはそれを悟ってか、拳を体から遠ざけるべくヘクスター本体に向けて慌てて前蹴りを放った。

 しかしこれは予想の範囲内だったようだ。

 ヘクスターは稚拙な前蹴りをサイドステップで軽々と回避する。

 そして、改めて脇腹目掛けて拳を繰り出した。

「……ッ!!」

 絶体絶命のフェリクスだったが、なんとか左側の剣を抜刀することに成功し、早速その刃でヘクスターの拳を受け止めた。

 武器同士がぶつかり合い、甲高い音が周囲に響く。

 ヘクスターのナックルダスターはフェリクスの剣に阻まれ、当然攻撃も届くことはなかった。

 フェリクスはその拳の反動を利用してヘクスターから距離をとり、改めて二本の剣を両手に構える。

 ここから反撃開始……と思ったのも束の間、既にヘクスターはフェリクスの懐に潜り込んでおり、握りの甘かった右手の剣を易々と弾き飛ばした。

「!!」

 やはり疾い。スピードでヘクスターが上回っている以上、フェリクスが態勢を立て直す余裕はない。

 フェリクスはそれを悟ってか、ダメ元で左の剣をまっすぐに突き出す。

 しかし刃はヘクスターの顔の真横をすり抜け、逆にカウンターパンチが襲いかかってきた。

 ヘクスターの拳はフェリクスの顎を正確に捉えており、この時点で勝負は決した。

「ストップ!!」

 リリサの声が通りに響き渡る。

 同時にフェリクスとヘクスターの動きが止まる。

 ヘクスターの拳はフェリクスの顎下目前で止まっていた。 

 ……誰の目から見ても試合はヘクスターの圧勝だった。

「まあ、こんなところです」

 ヘクスターはフェリクスの顎をこんこんと叩くと構えを解く。

 フェリクスは負けた事実が受け入れられないのか、動きを止めたまま何も言葉を発さなかった。

 ヘクスターの動きは実に見事だった。とにかく「速い」の一言に尽きる。

 もし僕が戦っていても、あのクロスレンジから繰り出される拳には対応できなかっただろう。

 あのスピードならディードの攻撃をかわして懐に潜り揉むことも簡単だ。

 鍛冶職人にしておくには勿体無いほどの技量の持ち主である。

 リリサはヘクスターの実力を認めたようで、先ほどとは態度を一変させ、竜狩りについて話し始めた。

「確かになかなかやるみたいね。……竜狩り、連れて行ってあげてもいいわよ」

 むしろこちらとしては戦力を増強できて願ったり叶ったりだ。

 リリサの許可を得ることができ、ヘクスターは嬉しげに礼を言う。

「ありがとうございます。で、竜を狩ったあかつきには爪と歯を貰いたいんですが…… 

「いいわよ。私達が欲しいのは背骨と鱗だけだから」

「それはよかった。……うまい具合に利害が一致しましたね」

「そうね」

 クロト達は頑丈な小型艇を造ってもらうために

 ヘクスターは最強の武器を作るために竜型ディードを狩る。

 理想的な協力関係の出来上がりである。

 ヘクスターはリリサからメンバー全員に視線を移し、改めて会釈する。

「では皆さん、改めてよろしくお願いします」

 ヘクスターはそう言うとナックルダスターを片方だけ外し、手を差し出す。

「こちらこそよろしく」

 クロトは握手を交わす。

「強い方の協力を得られるんです。こっちがお礼をいいたいくらいです」

 ティラミスは両手でヘクスターの手を握る。

「だな。それに引き換えフェリクスの野郎は……」

 ジュナは冷ややかな視線をフェリクスに送っていた。

 フェリクスは飛ばされた剣を拾い上げると鞘に納め、言い訳し始める。

「うるせー。俺は狩人だ。ディードを狩る技術に関してはあいつに負けてねーよ」

「そうですね。期待してますよフェリクスくん」

「モニカさん……」

 モニカに期待されて嬉しいのか、フェリクスはすっかり上機嫌になっていた。

 挨拶も終わったところでリリサは早速今後の予定を決めていく。

「で、ファモガナ火山にはいつ出発するつもり? 船の工期も考えて早めに行きたいんだけれど」

「そんなに急ぐ必要が?」

「100人規模の調査団の艦の完成があと1月くらいって聞いたのよ。リスクを分散させる意味でもなるべく出港のタイミングは同じにしておいたほうがいいでしょ?」

「なるほど、あの大きな艦を囮に使うわけですね」

「そういうこと」

 リリサの作戦にクロトは感心していた。

 確かにあれだけ目立つ艦がカラビナに近付けば、敵の攻撃もあちらに集中するはずだ。

 その隙に小型艇で素早くカラビナを目指す……いい作戦である。

 ヘクスターはリリサの話を聞き、出発の日時を提案する。

「情報も十分集まってますし、出発は明日の昼あたりでどうですか?」

「ん、わかったわ。みんなもそれでいいわね?」

 リリサはメンバー全員に問いかける。

 反対意見は出てこなかった。

「よし、それじゃ支部に行きましょ」

 話も決まり、リリサは部屋を取るべくゴイランの猟友会支部に向かって歩き始める。

 メンバーもリリサのあとに続いて移動し始める。

 ……明日に向けて十分体を休めておこう。

 みんなの後を追いかけながらそう思うクロトであった。


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