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天球のカラビナ  作者: イツロウ
05-橋上の悪魔-
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056 雨宿り


 056


 山岳地帯に到着してから3時間

 クロトとジュナは順調にヘビ型ディードを駆除していた。

 結構手間取るかと思っていたが、ヘビ型ディードはかなり巨体で見つけるのは容易であり、しかも大半が向こうから襲ってくるので索敵の手間もなかった。

 岩山の手前で大声で会話しているだけで向こうからやってくるのだ。これほど楽な狩りはない。

 しかしそれも実力あってのことだ。

 もし自分たちが素人狩人ならば大蛇からの攻撃を防ぎきれず、一匹も狩ることなく撤退していたことだろう。

 それはそれとして……3時間経った現在、時を経るごとにディードが襲い掛かってくるペースは落ちており、気配も希薄になっていた。

「……襲ってくる気配はないね」

 クロトは山を見上げ、呟く。

「狩り尽くしたんじゃねーの?」

 ジュナは近くにあったちょうどいい高さの岩の上に乗り、胡座をかいて座っていた。

 大鎌からも手を放しており、警戒していないのがまるわかりだった。

「いやそれはないと思うよ。奴らは賢い。僕らが岩山に入ってくるのを待ち構えているのかも」

「臆病な奴らだな……」

「臆病というか……ディードは基本的に縄張り意識が高いからね。縄張りに入らない限り攻撃してこないんじゃないかな」

「つーことは奴らの縄張りに入らなきゃ駄目ってことか……面倒だな」

「だね……」

 岩山を登るということは、荷車から離れるということである。

 クロト達の目的はディードの駆除と血の収集だ。

 荷車から離れても前者については問題ないが、後者は大きな問題だ。

 血を集めるためにはディードを樽の近くまで移動させる必要がある。

 今は向こうから襲ってきているので問題ないが、こちらから出向くとなると面倒極まりない。

 作戦としては樽のある場所まで誘い出して殺すことになるだろうが、その作業も面倒といえば面倒だった。

 上で殺した死骸をそのまま下まで転がり落とす事ができれば楽なのだが、生憎ここは岩場だ。途中で引っかかるのは明らかだった。

 他に方法がないか考えていると、ジュナが話題を変えてきた。

「それにしてもクロ、手慣れたもんだな」

 ジュナの視線の先、そこには肘まである厚めの革手袋を付け、同じく革製のエプロンを身に着けているクロトの姿があった。

 そして、クロトのすぐ隣には頭部を失った大蛇の死骸が転がっていた。

「うん、アイバール支部の解体場で10日間くらい働いてたからね。勝手はわかってるつもりだよ」

 ……現在クロトは数分前に仕留めた大蛇の血抜き作業を行っていた。

 作業と言ってもそんな複雑なものではない。

 頭を切り落とし、断面から流れ出る血を漏斗で受け止めるだけだ。

 あとは漏斗に接続したホースを伝わって樽の中に血が貯まるという仕組みである。

 本来ならフックを使って大蛇を吊るし上げたいところだが、生憎全長20mの大蛇を持ち上げる力もなければ引っ掛ける場所もない。

 一応この辺りはなだらかな斜面になっているので血が流れるには流れるのだが、その速度はゆっくりと言わざるを得なかった。

 3つあった樽も既に2つが満杯になり、最後の一つも満杯になりつつあった。

 黒い血の流れこむ音でそれを悟ってか、ジュナはクロトに確認するように問いかける。

「どうだクロト、そいつで樽いっぱいになりそうか?」

「なると思うよ。これは頭を突き刺して殺したからね。効率よく血を集められた」

「何だよ、それじゃまるでオレの殺し方が効率悪いみたいな言い方じゃねーか」

「実際そうだよ……」

 クロトは漏斗を片手に持ったまま説明する。

「これまで狩った大蛇の数は16匹。そのうちジュナが殺したのは12匹」

「オレの勝ちだな」

「勝ち負けの問題じゃない、問題は殺し方だよ」

「殺し方……」

「そう。ジュナの殺し方は輪切りにしたり胴体を上下にバッサリ切ったり胴の中途半端なところを切ったり……無駄が多いんだ。一匹あたりの血の量は最大限絞りとって樽半分程度……ジュナが正確に頭を狙ってれば6匹か7匹で樽いっぱいになってたと思うよ」

 クロトの言葉に対し、ジュナは言い訳をする。

「仕方ないだろ、お前の黒刀と違ってオレの大鎌は細かい狙いを付けるのは苦手なんだ。……それに大半が血抜き作業中に襲ってきたんだ。お前を守るためにも速攻で殺す必要があった。頭を正確に狙う余裕なんてなかったんだよ……」

 そう告げた後、ジュナは何故か顔を赤くして俯いた。

 僕を守るために必死なっていたことを知られて恥ずかしさを感じているのだろう。

「……」 

 クロトはジュナの大雑把な攻撃を容赦なく責め立てるつもりでいたが、この理由を聞いて、そしてジュナの現在の姿を見て何も言えなくなってしまった。

 ……お互い気まずくなり、暫くの間沈黙が流れる。

 だが、数十秒もしないうちにジュナがその沈黙を破った。

「……それにしても、よくもまあこれだけ正確に頭を貫けるもんだな」

 ジュナの視線は血抜きのために切り落とされた大蛇の頭部、その脳天に向けられていた。

 頭部は綺麗な状態で、傷があるのは脳の真上に位置する部分だけだった。

 あの小さな傷から黒刀が差し込まれ、一突きで大蛇の脳を破壊したというわけである。

 話を振られ、クロトは遅れながら言葉に応じる。

「だね。数ヶ月前の自分が見たらびっくりすると思うよ」

「数ヶ月?」

「ああ、僕が狩人になってからまだ半年も経ってないからね……」

 ジュナは驚きの声を上げる。

「半年で遺跡のヒトガタを追い払えるレベルまで成長するなんて……お前、ディードよりも化け物じみてるな」

「僕もそう思うよ」

 自分でもこの数カ月間の成長っぷりには驚いている。

 黒刀を調整してもらってから更に戦闘能力に磨きが掛かっている気がする。

 強くなって困ることはないが、このまま強くなり続けたらどうなるのだろうか。

 火事場の馬鹿力の件も今だ不明だ。

 ……一体自分は何物なのだろうか。

 記憶が戻ればすべて分かることだ。だからこそ今自分はリリサと共に唯一の手掛かりであるカラビナに向かっている。

 そのためにはアルナ海峡を越えなければならない。

 今はその目的のためにも目の前のことに集中することにしよう。

 そんなことを思っていると、樽の注ぎ口から黒い血が溢れ出してきた。

「……っと、もうこの樽もいっぱいだ」

 クロトは慌てて漏斗を下げ、樽の注ぎ口に蓋をした。

 大蛇の首の断面からはまだ血が流れていたが、それを収めるべき樽はもうない。

 もったいないが、このまま地面を黒に染めてもらうことにしよう。

 3つの樽が満タンになり、ジュナはようやく岩から腰を上げる。

「よし、樽もいっぱいになったし帰るか」

「いや、せっかくだし岩山を登って残りも駆除してしまおう」

「何でだよ。もうこれ以上血は集められねーぞ?」

「忘れてないかジュナ、僕達の目的は脅威となるディードの駆除だ。血の収集を気にしなくていいから心置きなく駆除に専念できるだろう」

「確かにそうだな」

 ジュナはクロトの意見に同意し、大鎌を手に取り足先を岩山に向ける。

 と、ジュナが歩き出した途端岩肌に水滴が付着した。

 水滴は乾いた岩肌を濡らし、色を濃く変色させる。

 それは一度では終わらず、2度、3度と別の場所にも水滴が付着していく。

 やがて水滴は周囲の岩肌に無数に付着し始め、ここでようやくクロトはこれが天から降る雨だということに気がついた。

「……雨か」

 クロトは天を見上げる。

 雲は薄いが確かにある。この様子ならすぐに上がるだろう。

 そう判断したクロトはある場所を指差し、ジュナに告げる。

「一旦あの岩陰で休憩しよう」

 クロトが指差した先には平べったい形をした大きな岩が地面に斜めに突き刺さっており、その下には雨宿りに丁度いいスペースがあった。

「オーケー」

 ジュナも雨宿りに異論は無いようで、クロトの言葉に素直に従った。

 二人は小雨に打たれつつ10m程を移動し、岩陰に入る。

 岩陰は二人が座るには十分過ぎる広さがあり、クロトとジュナは少し距離をおいて隣り合うように座り込んだ。

 雨は岩肌を打ち、下へ下へ流れていく。

 小さな水滴はやがて水流となり、幾つもの箇所で合流と分岐を繰り返し地面へと染みこんでいく。

 岩には所々苔が生えている。

 雨が上がった後の狩りでは足元が滑らないように気をつけることにしよう。

 そんな風に今後の事を考えていると、不意にジュナが声をかけてきた。

「なあクロト」

 名を呼ばれ、クロトは左に顔を向ける。

 ジュナは少し雨に濡れてか、橙の髪はしんなりしていた。

 服も少し濡れている。が、ジュナはそんなことは気にしていないようで、要求を述べた。

「今更だがその刀見せてくれねーか」

「ああ、別にいいけど」

 クロトは鞘ごと腰から刀を外し、ジュナに手渡す。

 ジュナは受け取るやいなや鞘から刀を抜く。すると黒い刀身が姿を現した。

 ジュナは胡座をかいて腿の上に刀を寝かせ、刃部分をまじまじと観察する。

「キマイラの棘……やっぱ綺麗な刀だな」

 刀を褒めると今度は柄を片手で持ち、切っ先を前方に向ける。

 切っ先は全くブレない。

 流石は上級狩人といったところだろう。

 しばらく刀を掲げていたかと思うとジュナは素早く刀を手の内で半回転させ、なれた手つきで鞘に刀身を納めた。

 その仕草は素人のそれとはかけ離れており、ジュナが鎌だけではなく刀剣類の扱いにも慣れていることが窺い知れた。

 ジュナは鞘を握ったままクロトに告げる。

「なあ、雨が上がったら武器を交換して狩らねーか?」

 思いもよらぬ提案だったが、悪くない提案だ。

 実際、あの鎌でディードをバッサリ斬ってみたい気持ちもある。他の武器に慣れておくのも悪くないし、交換してもいいかもしれない。

 そう思ったクロトだったが、改めて冷静に考え、その要望を断ることにした。

「……遠慮しとくよ、一応相手は腐ってもディードだ。ちょっとした気の緩みが大きな事故になりかねないからね」

「そうか……そうだよな」

 ジュナは特に駄々をこねるでもなく、素直にクロトに黒刀を返す。

 黒刀を受け取ったクロトは鞘を腰に提げ、ふうと溜息をついた。

 ……またしても沈黙が流れる。

 聞えるのは岩肌を打つ雨の音。

 雨は嫌いだが、雨音は好きだ。明らかに索敵の邪魔になるノイズなのに、何故か聞いていると心が安らぐ。

 記憶を失う前の自分も雨音が好きだったのだろうか。

 クロトは目を閉じて雨音に集中する。すると、途端に眠気が襲ってきた。

(おかしいな、そんなに疲れていないはずなのに……)

 睡眠は十分取っているし、特に疲れるような労働はしていない。

 今回の狩りも自分は殆ど血抜き作業を行っていて、大半のディードはジュナが殺した。

 疲れる要素などどこにもない。

 単にリラックス状態にあるのだろうか。

 クロトが船を漕いでいると、ジュナがまたしてもクロトの名を呼んだ。

「なあクロト」

「なんだい……?」

 クロトは寝ぼけ眼で応じる。

 ジュナは言葉に詰まっていたが、しばらくしてようやく要件を述べた。

「お前さ、リリサと付き合ってたりするのか?」

「……え?」

 この言葉でクロトは完全に目を覚ました。と言うより眠気が吹き飛んだ。

 今ジュナは何と言ったのだろうか。

 聞き間違いかと思い、クロトはジュナに問い返す。

「ジュナ、今なんて……」

「いや、なんでもねー。馬鹿なこと聞いたな」

 何でもないで済む問題ではない。

 リリサと僕が付き合っているなんて冗談、ジュナに勘違いされたままでは沽券に関わる。

 クロトは疑念を晴らすためにもジュナに問いかける。

「リリサと僕が付き合ってるように見えるかい?」

 ジュナはクロトをちらりと見、体を前後に揺らしながら語る。

「この間も……アルナで宿探ししてた時も二人きりで何処かに出かけてたし、一応は二人で始めた旅なんだろ? そういう仲でも不思議じゃないかなと思ってな」

「それは勘違いだよジュナ。神に誓ってそれはない」

 リリサとはパートナーの関係だ。仲間意識はあるが、恋愛感情は全く無い。

 それは他のメンバーにも言えることだった。

「じゃあさ、他に好きな女とかいたりするのか?」

「それは……」

 ジュナに問われ、クロトの脳内に一瞬ミソラの顔が思い浮かぶ。

 彼女とは長い時間を過ごした。家族同然で接してくれて、こんな自分を好いてくれた。

 だがそれも過去の話だ。カラビナに到達できるか不明だし、もし到達できたとしても無事に帰れる保証はない。それどころか記憶を取り戻せるかも怪しいものだ。

 そんなことを考えていたせいか、反応が遅れてしまい、ジュナに付け入る隙を与えてしまった。

「いるんだな」

 ジュナはクロトをじっと見る。その視線に耐えられず、クロトは素直に白状することにした。

「……一応、アイバールの農村に」

「ふーん……」

 ジュナは視線を前に向ける。これでこの話は終わり……かと思いきや、ジュナからの質問は止まらない。

「かわいいのか、そいつ」

 やはり気になるみたいだ。

 ミソラは可愛い女の子だが、どのくらいのレベルの可愛さなのかは判断しかねる。

 クロトは伝聞形式でジュナに告げることにした。

「親父さんいわく村一番らしい」

「そうか。なら好きになるのも仕方ないな」

 なぜだか言い方がぶっきらぼうになっていた。

 気に喰わないことでもあるのだろうか。

 そう感じたクロトはジュナの言葉を訂正するように告げる。

「いや、好きというよりも家族って感じかな。あの時間は人生の中でも一番穏やかな時間だった気がするよ」

「……」

 告げた後、クロトはジュナの反応を窺う。

 ジュナは憂いに満ちた表情で、目前の空間を眺めていた。

 全くもって謎だ。やはり女子の考えることは理解できない。

 かと言ってこのままの空気では気まずい。

 謎を解明すべく、今度はクロトがジュナに質問をすることにした。

「ところでジュナ、どうしてそんな話を?」

「別に。ただの暇つぶしだ」

「暇つぶしにしては随分と熱心に質問された気がするけれど……もしかして恋愛に興味があったりするのかい?」

「……ッ!!」

 クロトの的確な突っ込みにジュナは狼狽えつつ俯く。

 頬は赤く染まっており、クロトの質問が図星だったということは明白だった。

 ジュナは暫く何も言うでもなく俯いていたが、呼吸を整えると改めてクロトに視線を向けた。

「なあクロト……」

 一瞬視線をそらすも、ジュナは自分を奮い立たせるように視線をクロトに向け直す。

 そして、真剣な口調で述べた。

「この旅が終わったら……エンベルの屋敷で一緒に暮らさないか」

 それはクロトにとって予想外過ぎる提案だった。

 クロトは至極冷静にジュナに応じる。

「それはまた随分と気が早いね。まだ船も調達できてないのに」

「でも、後のことか……今のうちから考えておいても損はないだろ。で、どうなんだ?」

「急に言われても……困るよ」

「いいから答えろよ」

 すべてが終わった後どうするか。それは自分の記憶次第だ。

 記憶が全て戻った時、自分は何をするのだろうか。全く想像もつかない。

 だが、もし記憶も手がかりも見つからなかった場合。その場合はアイバールの村に戻りたい。

 親父さんやミソラとまた穏やかな日々を過ごしたい。

(いや、それはないか……)

 自分は、自分が思っている以上に記憶に執着している。もし何の手がかりが得られなくても記憶を呼び覚ます方法を何とかして考え、その考えを実行するだろう。

 記憶を取り戻すことが今の自分の第一目標だ。そう簡単に諦めるとは思えない。

 だが、正直なところはその時になってみないとわからない。

 ……うじうじ考えていても仕方ない。

 今はあの橋を突破することだけを考えよう。

 悩める時間はまだまだあるのだ。記憶も案外簡単に取り戻せるかもしれないし、もっとポジティブに考えたほうがいいかもしれない。

 長々と考えた後、クロトはジュナの質問に改めて答える。

「旅が終わらないことには分からない。だから、悪いけど今の時点では答えられないよ」

「……ま、そうだよな」

 ジュナはふうと溜息を付き、再び雨が降る外に顔を向ける。

 先ほどの告白、かなり勇気が要っただろう。

 僕を屋敷に住むように誘ったのも子供たちのために違いない。それだけジュナにとってあの屋敷は大事な場所なのだ。

「ジュナは……旅が終わったらやっぱり屋敷にもどるのかい?」

「そりゃそうだろ。ガキどもの面倒をみなくちゃならねーからな」

「しっかりとしたビジョンがあっていいね。だからこそジュナは強いのかもしれないな……」

「なーに言ってんだよ。オレからすればクロトのほうがしっかりしてると思うぜ?」

「ほんとかい?」

「ああ、こんな生真面目で謙虚な狩人、世界のどこを探したっていやしねーよ。……だからもっと自信を持てよ。クロト」

 ジュナは腰を上げたかと思うと、クロトの正面に立つ。

 暫く見下ろした後、ジュナはおもむろに腰を下ろした。

「それ相応の立場の狩人にはそれなりの態度が要求される。いつまでもそんな優男じゃ舐められっぱなしだぞ」

 正面から説教をされ、クロトは言い返す。

「僕は別にいいよ。フェリクスみたいにやたらめったら喧嘩を売るつもりはないからね」

「ああいう極端なやつを引き合いに出すなよ……」

 ジュナは悩ましげに首を傾け、目を瞑り、こめかみをトントンと叩く。

 数秒後、ジュナは目を開けると同時にこちらを指差す。

「まずはその口調。どうにかならないのか」

「それ、前にも言われたね……」

 自分で言うのも何だが、僕は常に丁寧口調だ。乱暴な口調は決して使わない。

 それもこれも無駄ないざこざを避けるためだ。

 どんな言葉がきっかけで面倒なことになるか分からない。その可能性がある以上、常に丁寧な言葉を使っていたほうがいいのだ。

 この口調のせいで相手からは舐められるかもしれないが、争いを回避できるならそれに越したことはない。

 ジュナはそれが気に食わないらしい。

「ちょっと試しに言ってみろよ。口調変えるだけで性格も変わるって言うぜ?」

 ジュナは余程クロトの乱暴な口調が聞きたいのか、肩を叩いたり、揺すったりする。

 ここで断るともっと面倒なことになりかねない。

 そう判断したクロトはジュナの口車に乗ることにした。

「そうかい? じゃあちょっとだけ試してみるよ」

 クロトは頭の中でワイルドな自分を想像してみる。そのイメージが固まったところで、早速クロトはジュナに対して話しかけることにした。

「ジュナ、さっきは屋敷で一緒に住もうとか何とか言ってたが……」

 言葉と同時にクロトは立ち上がる。

 クロトの動きにつられてジュナも立ち上がる。

「“一緒に住む”って言葉の意味、分かってるんだよな?」

 告げた後、クロトはジュナの腕を掴むと引っ張り込み、岩の壁に押し付ける。

「へ……」

 ジュナは唐突な展開についていけないようで、呆けた顔でされるがままになっていた。

 そんなジュナに対し、クロトは攻めるのを止めない。

「お前、俺のこと好きなんじゃないか?」

「ちょっ、待っ……」

 ジュナはクロトの言葉から逃れるように横に逃げようとする。しかし、クロトは両手を壁につき、ジュナを腕の間に閉じ込めた。

「正直に言えよ。ほら、早く」

 クロトは更に攻め立てる。

「オレは……その……」

 逃げ場をなくしたジュナは、オロオロしつつも、目はクロトの顔に釘付けになっていた。

 クロトもジュナの目を見て繰り返し告げる。

「はっきり言えよ。俺のことが好きなんだろ?」

「そ……そんなわけねーだろ!!」

 ついに我慢できなくなったのか、ジュナは両手を前に突き出してクロトを押し飛ばした。

 クロトは勢いのまま岩陰から飛び出し、雨に濡れた地面に転げてしまう。

 クロトは服を泥で汚しながらも、表情は朗らかだった。

「ふふ……」

 クロトはすっくと立ち上がり、笑いながら岩陰に戻る。

 ジュナは警戒を強め、クロトに対して半身で構えていた。

 クロトは泥を払い落としながらジュナに告げる。

「……どうかな? 頼もしく見えたかい?」

「はへ?」

「実は、ダンシオさんからジュナが僕のことを気に入ってるんじゃないかって聞いてね。でも、その様子だとそうでもないみたいだね」

「クソ兄貴め……」

 ジュナはクロトへの警戒を解き、長い溜息をついた。

 しかし、あんな狼狽えたジュナの顔を見たのは初めてだ。いつも乱暴でツンツンしているが、意外と押しに弱いというか、可愛いところもあるようだ。

 ジュナはブツブツと文句を言っていたが、何かに気付いたのか、顔を外に向ける。

「雨、上がったみたいだな」

「……ほんとだ」

 いつの間にか雨は上がっていた。雲の合間から太陽の光が線となって降り注ぎ、周囲は少しずつ明るくなっていく。

 雨に濡れた岩々はその光を反射し、眩しいほどの輝きを放つ。

 来た時は鬱蒼な岩山に見えたが、陽に照らされた今の岩山は少し足を止めて見惚れてしまうほどの情景を生み出していた。

 二人はしばし岩山を眺めた後、前へ歩を進める。

「……じゃ、狩るか」

「うん」

 二人は武器を構え、残りのヘビ型ディードを狩るべく光る岩山に登ることにした。

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