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天球のカラビナ  作者: イツロウ
05-橋上の悪魔-
55/107

054 兼業狩人


 054


 翌朝

 クロトは唐突に聞こえてきた暴力的な音で目が覚めた。

(何だこの音は……)

 ごうん、ごうん、と鳴り響く音は鐘の音にも聞こえる。

 しかしここ近辺には教会などなかったはずだ。と言うかこの世界に教会という施設など存在しない。

 クロトはテントから這い出し、音の発生源を特定するべく耳を澄ます。

 どうやら音は橋の入口の前の広場から発せられているようで、規則正しく一定のリズムで騒音を撒き散らしていた。

 一体何事だろうか。

 まさか狩人達が先走ってなにかやり始めたのだろうか。

 気になったクロトは慌てて猟友会支部から飛び出し、橋の前の広場へと向かう。

 道中、街の人達もこの音に驚いているようで、視線は音の発生源に向けられいた。

 クロトははやる気持ちを抑えつつ、なるべく急いで広場へと駆けていく。

 広場に到着すると、そこには数名の男性が集まっていた。

 全員が作業着に見を包んでおり、彼らが鍛冶職人だということがひと目で分かった。

 また、広場には巨大な鎖が……船に用いる錨鎖が大量に置かれており、通行の妨げになっていた。

 そんな錨鎖の群れをくぐり抜け、クロトは広場の中心部に到達する。

 ……そこには太い金属棒目掛けてハンマーを振り下ろす少女の姿があった。

 どうやら音の発生源はこれらしい。

 紺のショートカットに浅黒い肌、白のショートワンピースを身に纏っている彼女にクロトは声をかける。

「おはよう」

 クロトの声に反応し、ティラミスは叩く作業を止めた。

 そして衝撃でずれたメガネの位置を指先で戻し、クロトに顔を向ける。

「おはようございます、クロト様」

 クロトはさらに近付き、ティラミスが叩いていた物に目を向ける。

 太い金属棒は微妙に湾曲しており、熱せられているのか、一部が赤色に光っていた。

 クロトは純粋な疑問をティラミスにぶつける。

「朝から何やってるんだい?」

「錨鎖の加工です。複数の鎖を繋げる必要があるので今予備の鉄柱を曲げる作業をやってるんです」

「そうかい……」

 なるほど、金属を加工するとなるとこの大きな音にも納得できる。

「しかし、改めて近くで見ると太いな」

 金属棒は同じく金属の土台に固定されていた。

 興味を持ったクロトはもっと観察するべく顔を近づける。と、ティラミスはハンマーの柄でクロトを制した。

「あまり近づかないほうがいいですよ。曲げるためにかなり熱してます。もし触れでもしたら火傷じゃすみませんから……」

「おっと、ごめんごめん」

 クロトは慌てて後退し、ティラミスの斜め後ろに立つ。

 ティラミスはハンマーの先で金属棒をつつき、言われるでもなく説明し始める。

「今はこの金属棒の片方をJの字に曲げる作業をしています。十分曲がったら鎖を引っ掛け、もう片方も同じように曲げてOの字にします。あとは端同士を熱しながらくっつけて隙間を無くせば完成です」

 どうやら鎖同士を繋げる作業を行っているようだ。

「詳しいんだな」

「教えてもらいました」

 ティラミスはそう言って視線を右に向ける。

 少し離れた場所、そこには作業服を来た職人さんがいた。

 職人は手製のバーナーの様なもので太い金属棒の一部を熱しており、額には汗をかいていた。

 ティラミスの手が止まっていることに気付いてか、職人はティラミスに声をかける。

「お嬢ちゃん、お喋りもいいが手をとめないでくれ。冷めてしまうと曲がりにくくなるからな」

「あ、はい。すみません」

 ティラミスはハンマーを持ち直し、天高く振り上げる。

「ではクロト様、作業に戻りますね」

 ティラミスはニコリと笑うとハンマーを振り下ろし、太い金属棒を思い切り叩く。

 叩かれた部分からはオレンジの火花が散り、同時に金属棒も僅かではあるが湾曲した。

(しかし、ティラミスが手伝わされるとは……)

 ……ティラミスが怪力の持ち主だということはメンバーしか知らない。……多分、リリサあたりが作業を手伝うように指示したのだろう。

 でなければこんな可憐な少女に金属を打たせるわけがない。

 モニカも考えられるが、ティラミスを溺愛しているモニカがこんな力仕事をティラミスに強要するとは思えない。

 クロトはティラミスから少し距離を取り、作業を見学する。

 ハンマーが振り下ろされる度に甲高い衝突音が発せられ、それは振動となって周囲の地面を揺らし、クロト自身も揺らす。

 花火の時のあの感覚と似ている。体の内から振動する感覚……

 聞いているだけだとただの騒音だが、この感覚は嫌いじゃない。

 その後も作業は続き、その間クロトはティラミスの作業姿を側で見守っていた。

 ……数分後、ハンマーを振り上げたところでクロトはティラミスに声をかける。

「ティラミス、疲れないかい?」

 ティラミスは両腕を振り上げたまま小さくうなずく。

「はい、結構疲れます。それにそろそろハンマーも壊れそうです」

 頷いた後、ティラミスは視線を上に……ハンマーに向ける。

 ハンマーのヘッド部分は度重なる衝撃のせいで崩れてきており、接合部分も少しだけガタが来ているように見えた。

「たしかにこの調子じゃハンマーも保たないかもね」

 作業する分には問題無いだろうが、今後戦闘でこのハンマーを使うとなると不安がつきまとう。

 そう思ったクロトとはある提案をしてみることにした。

「……せっかくだし、この機会に武器を新調したらどうだい?」

「新調?」

「それ、もともとそれは猟友会に置いてあった二級品だろう? だからこの機会にティラミス専用の、攻撃に特化したハンマーを造るんだよ」

 クロトは新しい武器について、その構想を語り出す。

「ヘッド部分ももっと重量を上げて先を尖らせれば貫通力も上がるし、柄の部分も長くすれば遠心力でものすごい威力が出ると思うよ」

「それは……いいですね」

 いい案だと思ったが、ティラミスはあまり興味はなさそうだった。

 叩き潰せれば何でもいいと思っているのだろうか。

 クロトは戦力強化のためにも力説する。

「せっかく鍛冶職人がいるんだ。作業が終わったら造ってもらうといいよ。彼らも喜んで協力してくれると思うよ?」

「そうでしょうか……」

 疑問符を浮かべるティラミスだったが、その後すぐに背後から同意の声が聞こえてきた。

「そうですよ。クロトさんの頼みなら何だって聞いちゃいます」

 急に発せられた男の声に驚き、クロトとティラミスは振り返る。

 そこには分厚い前掛けを腰に巻いた若い鍛冶職人の姿があった。

 年齢は自分たちより一回り上だろうか。

 体つきは鍛冶職人にしては締まった体をしており、身長はクロトよりも少し高い。

 金髪は短く切り揃えられ、顔立ちはどちらかと言うと中性的だ。だからと言って女々しいという感じは全く無かった。

 ぱっと見はいい人そうだが、同時にしたたかな性格の持ち主のようにも思える。

 ……クロトこの鍛冶職人に見覚えがあった。

「あなたは……確かセントレアの鍛冶市にいた……」

「『ヘクスター』です。あの時は実に見事な丸太切りを見せてもらいました。今でもよく思い出せます」

 名を名乗ると彼はニンマリと笑みを浮かべ、クロトに手を差し伸べた。

 クロトは反射的に彼の手を取り、握手する。

 ……ヘクスターと名乗る彼はセントレアの鍛冶市で自分の店を構えていた鍛冶職人だ。

 あの時は彼の口車に乗せられてフェリクスと丸太切り対決をする羽目になった。今となっては気にするほどのことではないが、あの時はかなり迷惑させられた記憶がある。

 しかし、どうして彼がこの場にいるのだろうか。

 そんなクロトの疑問は言葉となって口から飛び出す。

「どうしてセントレアの鍛冶職人がこんなところに……」

「材料調達です」

 ヘクスターは聞かれていもいないのに語り出す。

「基本的にセントレアにいれば良質の品はいくらでも集まってきますが、高水準の素材となるとそう簡単に手にはいらないのです。ですから、職人自らこうやって外に出向いて材料の調達を行っているというわけです」

 見た目に反してなかなか気骨がある職人だ。それだけ武器作りに情熱を注いでいるということだろう。

「でも、道中大丈夫なんです? ディードに襲われたり……」

 クロトの当然の疑問にヘクスターは仰々しく剣を振る仕草をする。

「実は俺、元々は狩人でして……大抵のディードなら問題なく狩れるんです。武器の魅力に取り憑かれなければ今頃は有名な二つ名でも付けられていたかもしれませんね」

「そんなに強かったんですか?」

 ティラミスの問いにヘクスターは後頭部を掻く。

「まあ、強いか弱いかは別として……狩ったディードの数で言えばそこら辺の狩人より上だと自負してますよ」

 ヘクスターは応えた後、太い金属棒を指差す。

「お喋りはこのくらいにして……冷めないうちに打ってくれると有り難いのですが?」

「ああすみません。すぐに叩きますから」

 ティラミスは思い出したようにハンマーを振り下ろし、金属棒を湾曲させる作業に戻る。

 その隙にヘクスターはクロトを少し遠い場所に連れ出し、二人きりで話しはじめる。

「それより今から俺の部屋に来ませんか? そこそこいい武器がありますよ」

 このヘクスターという男、余程自作の武器を使って欲しいようだ。

 だが、クロトには黒刀という手に馴染んだ武器がある。ウツボ型ディードとの戦闘を前にして武器を変えるという選択肢はありえなかった。

「いや、大丈夫。それよりさっきのハンマーの件だけど……」

「任せて下さい。あのお嬢さんなら通常の倍の大きさの物でも簡単に使いこなせそうだ」

「恩に着るよ。お代は……」

 代金の話になるとヘクスターは首を激しく左右に振る。

「金はいいです。あの怪物を退治してくれればそれで十分ですから。……この作戦には全面的に協力させていただきます。他にも何か入り用があればなんなりとどうぞ」

「あ、ありがとう……」

「それじゃ、俺も作業に戻りますね」

 ヘクスターは軽く会釈をすると広場の中央に向かって行ってしまった。

(世界は狭いなあ……)

 まさかこんな場所であの鍛冶職人と再開するとは夢にも思っていなかった。

 ……その後クロトはティラミスの作業が終わるまで広場で時間を潰していた。


 2時間後

 ようやく3つ目の錨鎖を繋ぎ終え、ティラミスは疲労困憊状態にあった。

 白いショートワンピースは汗に濡れ、褐色の肌にぺたりとひっついている。

 これがリリサやジュナなら艶めかしいのだろうが、ティラミスからはそういうオーラは全く出ていなかった。

 クロトはそんなティラミスに冷たい水とタオルを持って歩み寄る。

「お疲れ様」

 クロトは労いの言葉とともに水とタオルを手渡す。

「あ、ありがとうございます……」

 ティラミスはハンマーを地面に置くと、手のひらを上に向けてその2つを宝石でも扱うかのように丁寧に受け取った。

 ティラミスはタオルを肘にかけると水の入ったコップを両手で持ち、口元へ持っていく。

 水を飲み込む度にティラミスの小さな喉仏は上下に動き、その速度は時を経るごとに早くなっていた。

 汗だくで水を飲む彼女の姿を見て、クロトは改めてこの作業の大変さを思い知る。

「大変な作業だね」

 クロトの言葉を聞き、ティラミスはコップから口を離して笑みを浮かべる。

「……この程度、戦闘に比べれば……朝飯前です」

 その笑みにも疲労の色が濃く反映されていた。

 力いっぱい、しかも2時間もハンマーを振り続けたのだ。疲労するのも当然である。

 が、それをやり遂げたティラミスはやはり凄い。

 そんな気持ちはクロトに正直な言葉を吐かせた。

「やっぱりティラミスは頼もしいね」

 クロトの言葉が嬉しかったのか、ティラミスはクロトに近付き胸元で拳を握る。

「どんどん頼ってください。いつでも私はクロト様の力になりますし、この身に代えてもクロト様をお守りします」

 ティラミスはハンマーに視線を向け、言葉を続ける。

「どんな敵が来ようとも、このハンマーで思い切り叩き潰してやります」

 ティラミスは得意げな表情を浮かべていた。

 ……事実、ティラミスはよく働いてくれている。ケナンの時もラグサラムの時も予想以上の成果を納めてくれた。

 特にラグサラムに関しては、彼女がいたからこそ門前の安全をキープ出来た。それに、負傷したリリサや気を失ったジュナをエンベルまで送り届けてくれた。

 ただ、クロトはティラミスに関して一つだけ疑問に思うことがあった。

 ……それは彼女の自分に対する過剰な忠誠心だ。

 一応はケナンで彼女の命を助けた恩人ではあるが、それを踏まえ考えても彼女は自分に対して献身的過ぎる。

 これから先、カラビナに近付けばトキソのような強力なヒトガタと遭遇する可能性は高くなる。

 その時彼女は間違いなく自分の命を投げ打ってでも僕のことを守ろうとするだろう。

 ……このままだと必ず彼女は僕のせいで危険な目に遭う。

 少し不安になったクロトはその点についてティラミスと話し合うことにした。

「ティラミス、話があるんだけれど、いいかい」

「なんでしょう?」

 ティラミスはタオルで顔を拭い、眼鏡を掛け直す。

 黒い眼球の中央には青紫の瞳があり、2つの瞳はこちらに向けられていた。

 クロトはその双眸を見つめつつ告げる。

「……辛くないかい?」

「何がですか?」

 首を傾げるティラミスに、クロトは詳しく説明する。

「いつも当たり前のように先陣を切ってくれてるけど、戦闘に対して、こう、抵抗感とかはないのかい?」

「はい、特には」

 即答である。

 面食らいつつもクロトは続ける。

「ラグサラムの時も休むことなくディードを駆逐してたし、精神的に疲れてないかなと思ってさ……。辛かったら辛いって言ってくれていいんだよ? 無理するのはよくないよ」

「そんな、私は全然無理なんてしてません。クロト様のためなら……」

 ティラミスの言葉を遮り、クロトは少々口調を強める。

「その様付けもそろそろ止めにしないかい。普通にクロトと呼んでくれたほうが僕としても……」

 言葉を遮ったクロトだったが、ティラミスは構わず単刀直入に告げた。

「本能なんです」

 一呼吸置き、ティラミスは長々と喋り出す。

「何故だかわからないんですが、私はクロト様に出会ったその瞬間から本能的にクロト様に仕えなければならないと感じてるんです。クロト様の命令を達成する度に、お手伝い出来るだけでとても幸せに感じるんです。自分でもどうしてこんな気持ちになるのか疑問に思っています。でも、幸せならそれでいいかなと思ってる自分もいます」

 喋っている間、ティラミスは視線を若干下に向け、左右の指の腹同士を押し合わせていた。

 ティラミスは指遊びを止め、改めてクロトの目を見る。

「多分……多分ですが、クロト様が“死ね”と言えば私は迷うことなく死ねると思います」

「ティラミス……」

 目が本気だ。

 冗談で言っているわけではないようだ。

 だからこそ恐ろしく、不思議でもある。彼女の忠誠心は何処から来ているのだろうか。

 ティラミスは続ける。

「本能なんです。逆らおうとも思いませんし、むしろこの状態を私は気に入ってます。クロト様に仕えられるだけで私は幸せなんです」

 そう言ってティラミスは微笑んだ。

 ……これはもう僕がどうこうできる問題ではない、とクロトは感じていた。

 彼女の信念は揺るがない。

 今後はそれを踏まえた上でティラミスに接することにしよう。

 そう決意したクロトはティラミスの肩に手を置く。

「わかった。……でも無理は禁物だよ、ティラミス」

「無理なんてしていません。全身全霊でクロト様のお手伝いをするだけです」

「それを無理してるっていうんだけれどなあ……」

 これ以上何を言っても無駄のようだ。彼女は彼女の基準で僕に奉仕し続ける。

 それが吉と出るか凶と出るか……

 今後を憂うクロトだった。

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