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天球のカラビナ  作者: イツロウ
05-橋上の悪魔-
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053 肩書とプライド


 053


 翌朝

 クロト一行は支部の食堂内でのんびりと朝食を食べていた。

 狩人であればここでの食事は基本的に無料だ。本来ならティラミスとモニカは狩人ではないが、猟友会という組織はあまり細かいことは気にしていないようで、彼女たちも美味しい朝食にありつけていた。

 道中はバリエーションも少なければ味気のないメニューばかりなので、食堂で食べる出来立ての料理はかなり美味しく感じられる。

 クロトとリリサは卵料理とベーコンとパンのセットを

 ティラミスは本を片手にサンドイッチを

 モニカはホクホクの芋料理とトマトメインのサラダを

 ジュナは一心不乱に分厚いベーコンとウィンナーを頬張っていた。

 リリサはグラスいっぱいのオレンジジュースを飲み干し、クロトに告げる。

「クロ、ウツボ退治の準備ができるまでどうせ暇でしょうし、稽古付き合いなさい」

「稽古ならティラミスとでも……」

「私がどうかしましたか?」

 ティラミスは名を呼ばれて本をたたむ。

「実は……」

 クロトはリリサの稽古の相手をティラミスに頼もうとする。が、クロトが言葉を発する前にリリサは説き伏せた。

「言い訳禁止。リーダーの言うことには従ってもらうわよ」

「……わかったよ」

 昨日の1件でリリサはリーダーとしての自信を取り戻したようだ。

 いつも以上に傍若無人……もとい、強気な感じがする。

 食事を終えていたクロトは椅子に立てかけていた黒刀を手に取る。その動きの応じるようにリリサも長槍を手に取り、一緒に外に出ようとする。

 しかし、それを阻むものがいた。

「……あの」

 それはモニカだった。

 モニカは申し訳無さそうにリリサに告げる。

「これから銛と巻取り装置の設計をみんなで考えるんです。クロトさんも同席してもらいたいんですが……」

「何でクロが必要なの?」

「以前お話したことがあるんですが、クロトさんは遺跡関係の知識に造詣があります。銛を作成するにあっていいアイデアを出してもらえるかなと思いまして」

「……なら仕方ないわね」

 却下されるかと思いきや、リリサはあっさりとモニカの意見を受け入れた。

 リリサは長槍を壁に立てかけ、ピッチャーからオレンジジュースをグラスに注ぐ。

「クロ、今日はモニカと一緒に行動していいわよ。大事な作戦なんだから大いに役立ちなさいよ」

「努力するよ……」

 モニカは席を立ち、クロトの席まで移動する。

「すみませんがクロトさん、よろしくおねがいしますね」

「力になれるといいけれど……」

「なりますなります。作戦会議は1階の支部長室で行います。もうすぐ集まるはずですから行きましょう」

 モニカはクロトの手を取り、食堂から離れる。

 食堂を出ると事務室の前を通り支部長室へと向かっていく。

 その途中、通路でオールバックの狩人……フェリクスが待ち構えていた。

 フェリクスはモニカを見るやいなや駆け寄ってくる。

「待ってましたよモニカさん」

 そして断りもなく隣を歩き始める。

「モニカさん、これから作戦会議ですよね? 俺も一緒に行ったほうがいいのでは?」

「今からする会議は銛と巻き取り装置についての会議です。バートンさんは別に同席しなくてもいいんじゃないです?」

 モニカは拒否の意を示したが、フェリクスが気にしていたのはそこではなかった。

「“バートンさん”だなんて余所余所しい。俺のことはフェリクスと呼び捨ててください」

 モニカは遠慮なしに早速フェリスクを呼び捨てる。

「じゃあフェリクスくん、あなたは別に来なくても……」

「そんなことないですよ」

 フェリクスは矢継ぎ早に告げる。

「このアイデアを出したのは俺ですし、俺が同席するのは当然だと思うんですけど」

 そんなことを話している間に支部長室の前まで来てしまった。

 中には既に人が集まっているようで、話し声がドア越しに聞こえてきていた。

 ここで追い払うのも面倒だと判断したのか、モニカは仕方なしに首を縦に振った。

「……わかりました。そこまで言うなら付いてきてもいいですけど……」

「……よし」

 フェリクスはモニカからの許可を得、ガッツポーズしていた。

(わかりやすいなあ……)

 明らかにフェリクスはモニカに好意を寄せている。

 どこが気に入ったのか気になるところだが、人の趣味趣向に口出しするつもりは毛頭なかった。

「それじゃ、入りますよ」

 モニカはクロトとフェリクスを引き連れて支部長室内に足を踏み入れる。

 中にはアルナ海峡北支部の支部長をはじめ、見るからに腕利きの狩人が数名、そして行商人も何名かいた。

 彼らは床に胡座をかいて座しており、床の上には粗雑ではあるが小さな木製の橋の模型も置かれていた。

 この模型を目にして、クロトは彼らが本気でウツボ型ディードを撃退しようと考えていると悟った。

 モニカは部屋に入るやいなや奥まで移動し、早速全員に向けて話し始める。

「それでは、昨日フェリクスくんが発案した作戦に基づいて必要となる物資や装置について話し合いを行いたいと思います」

 発言したことによりモニカに視線が集まる。

 モニカはこういう状況には慣れているのか、特に狼狽える様子もなく淡々と話しを進めていく。

「銛はともかく巻取り装置については綿密に設計を行う必要があります。今日は巻き取り装置に重点を置いて話し合いを進めていきましょう」

 このモニカの発言に早速行商人から意見が出る。

「話し合いについては異論はないが……どうしてお嬢ちゃんが取り仕切ってるんだ?」

 それはクロトも感じていたことだった。

 いきなり部屋に入ってきて責任者の如く勝手に話をし始める。それだけでも反感を買う行為なのに、それが年下の少女となれば彼らの意見ももっともだった。

 その場にいた狩人からも意見が出る。

「もっと適任がいるだろう。ここは手に職がある鍛冶職人が取り仕切ったほうが話がスムーズに行くと思うんだが……」

 狩人の視線の先、商人の中に混じってツナギ姿の鍛冶職人らしき人物がいた。

 が、モニカは狩人の言葉に反論した。

「私はカミラ教団の第一級考古学者です。私以外にこの作戦を潤滑に進められる人材がいるとは思えません」

「何だと?」

「すみません言い方が悪かったです」

 モニカはペコリと頭を下げた。……が、気持ちに変わりは無いようで、詳しく説明し始めた。

「私はこの中の誰よりも頭が良くて知識が豊富だと自負してます。なので、私がこの作戦の責任者にふさわしいかと思います」

「モニカ……」

 流石にこの発言は駄目だとクロトは思った。

 自信があることは大いに結構だが、他人の感情を逆撫でするような発言は良くない。

 そんなクロトの考え通り、別の狩人から苛立ったセリフが飛んできた。

「カミラ教団がなんだ。小娘が偉そうにしやがって……」

 狩人に続いて行商人もモニカに告げる。

「嬢ちゃん、こういう場面では頭の良し悪しよりも経験がモノをいうんだ。……引っ込んでな」

「そんな、私は皆さんの為を思って……」

 モニカはその場にいる全員から不信の目を向けられていた。

 ……確かにモニカは適任だ。だが最初の一言がまずかった。

 出来るならドアを開ける所からやり直したいが、あいにく自分にはそんな超能力はない。

 モニカが男たちに睨まれる中、騎士のごとく助けに入ったのはフェリクスだった。

「おい、か弱い女の子相手に何マジになってんだ?」

 フェリクスはモニカを庇うように前に立ち、場にいる全員を睨み返す。

 フェリクスの登場に、その場にいる狩人は立ち上がりフェリクスに詰め寄る。

「誰だテメーは。まさかその女に作戦指揮を取らせるつもりじゃないだろうな」

「その通りだよ。文句あんのか? あ?」

「ちょっと、落ち着いてフェリクスくん……」

 モニカはフェリクスの後ろで狼狽えていた。

 このままでは話し合いもクソもない。

 クロトはここで全員に落ち着いてもらうべく案を出すことにした。

「ちょっと、いいですか?」

 クロトは声を張り、全員の注目をあつめる。

 全員の視線が集まった所で、クロトは改めて言葉を発する。

「責任者を決めるいい案があります。聞いてくれませんか」

「誰がお前の話なんか……」

「聞いてください」

 クロトは声色を少し低くし、腰の刀に軽く手を触れる。

 その動作でクロトの本気度が伝わったのか、狩人は耳を傾ける姿勢を取った。

「……言ってみろよ」

 許可が出た所でクロトは案を告げる。

「もともとこの作戦を提案したのはそちらにいるフェリクスです。彼が責任者になるか、もしくは彼に責任者を決めてもらうのが筋だと思うんですが、どうでしょうか」

 クロトはこれが最善の案だと信じていた。

 フェリクスが責任者になってもモニカの言うことを聞くだろうし、フェリクスが責任者を選ぶことになれば必ずモニカを指名する。

 だが、狩人や商人達はクロトの案も納得してくれなかった。

「それとこれとは話が別だ」

「そうだ。確実に作戦を成功させるためにもここは慎重に適任者を選ばなくては」

(駄目か……)

 こんな事に時間を割いていては本題に入る前に日が暮れてしまう。

 クロトが悩んでいると、唐突にフェリクスが提案した。

「じゃあこうしよう。……俺の案が気に入らない奴はここから出て行け!!」

 フェリクスは部屋の出口を指差し、荒々しく続ける。

「そして永遠にここで足止めを食らってろ。俺たちにはあのディードたちを無視して強行突破って手段もある。親切心であのディードを橋から駆逐してやろうってんだ。つべこべ言わずに俺の言うことに従え!!」

 それは迫力のある、且つ説得力のある発言だった。

 この勢いに負けてか、狩人と商人たちは元いた位置に腰を下ろした。

「わかった。わかったよ……」

「ディードの駆除が最優先だ。それさえ達成してくれればこちらとしても文句はない」

「それじゃあ、この作戦の責任者は彼女、モニカ・バーリストレームで問題ないな?」

 フェリクスは確認するように全員に告げる。

 すると、全員が一同に首を縦に振った。

「ああ、彼女でいい。早く話を進めよう」

「皆さんありがとうございます」

 無事責任者として認められたところで、改めてモニカは話を進める。

「それでは、早速作戦概要について説明したいと思います。まずこの作戦では……」

 ……それから10分間。リリサは作戦について全員に説明することとなった。


 10分後。

 概要を聴き終えた狩人は自分なりに内容をまとめて発言する。

「話は分かった。つまり銛と錨の鎖を繋げる組、鎖を巻き取る装置を作る組、地雷を製作する組の3組に分かれて行動すればいいんだな?」

「はい。前者2つは商人さんと鍛冶職人さんが指揮をとり、地雷については材料となるディードの血を狩人さん達に集めてもらいます。あと、狩人さん達には綿密な攻略案も考えてもらいます。案ができたら一応私にも教えて下さい」

「了解した」

 モニカの完璧な説明に全員が納得したようで、もう反対意見や不満の声などは出てこなかった。

 それどころかモニカをリーダーとして認めている節すらあった。

 モニカは一度咳払いし、全員に告げる。

「では、とりあえず第1回目の会議を終わりたいと思います。皆さん各々の作業に取り掛かってください」

「わかった」

「よし、やってやるか」

 支部長室の中に集まっていた全員が出口のドアに向けて移動し始める。

 フェリクスは先にドアまで移動し、狩人連中に告げる。

「狩人はそのまま食堂に行って、引き続き会議するぞ。いいな?」

「オーケー」

「そうだな。作戦の方針が決まっていたほうが作業もしやすいだろうからな」

 フェリクスは数人の狩人を連れて、食堂へと行ってしまった。

 部屋に残されたクロトはモニカにねぎらいの言葉をかける。

「上手く纏まって良かったね、モニカ」

「ええ、これもクロトさんのお陰です」

「僕の? どちらかと言えばフェリクスのほうが……」

 モニカは小走りでクロトに近づくと、クロトの右手を両手で握りしめる。

「あの時、フェリクスくんに責任者の決定権を与える旨の発言がなければぐだぐだになっていたと思います。その点でクロトさんの功績は大きいです」

「そうかなあ」

「そうです」

 モニカはクロトに熱い視線を送っていた。

 クロトは恥ずかしながらもモニカに応じる。

「まあ、力になれてよかったよ」

 クロトはモニカから手を放す。が、モニカの視線はクロトに向けられたままだった。

「……クロトさんは、すごいですね」

「いきなりなんだい……」

「あの状況でも冷静でいて、しかも最も最適な言葉を私にくれました。やはり無理を言って連れて来ておいて良かったです」

「必要なら気兼ねなく呼んでくれていいよ。いつでも力になるから」

「はい。遠慮なく頼らせてもらいます」

 モニカはそう告げるとようやくクロトから視線を外し、支部長室から出て行った。

 ……どうやら自分はモニカから厚い信頼を勝ち取れたようだ。

(大したことはしてないんだけれどなあ……)

 自己評価と他者からの評価は総じてズレが生じるものである。

 今はモニカからの感謝の言葉を素直に受け止めておこう。

 そう思うクロトだった。


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