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天球のカラビナ  作者: イツロウ
05-橋上の悪魔-
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052 力の使い方


 052


 夕食後、リリサは街の宿屋にいた。

 しかし、室内には入っておらず、1階のカウンターで宿屋の従業員と対話していた。

「ここも部屋はいっぱい?」

「はい。足止めを食らっている行商人で満室です。……この辺りで空いてる部屋はないと思いますよ」

「困ったわね。支部の部屋も一杯だったし……」

 現在リリサは寝床の確保に困っていた。

 猟友会支部の狩人用の滞在部屋はかなり前から満室で、街中にある宿屋も橋を渡れずに困っている行商人でいっぱいだ。

 あぶれた行商人は馬車の荷台で寝泊まりしており、その数は尚も増え続けている。

 リリサは一縷の望みに賭けて従業員に提案する。

「だったら物置でもいいわ。ちゃんとお金は払うから泊めてくれない?」

「すみません。物置も既にお貸ししている状況でして……」

「参ったわね……」

 リリサは溜息をつき、カウンターから離れる。

「迷惑かけたわね。ありがと」

「いえ、こちらこそお部屋をご用意できずにすみませんでした……」

 従業員の謝罪の言葉を背中で聞きつつ、リリサは宿屋から出る。

 宿の前にはクロトを始めとする調査団のメンバーが待ち構えていた。

「どうでした?」

 モニカの言葉に対し、リリサは首を左右に振る。

 このリアクションですべてを悟ったのか、メンバー全員が重い溜息をついた。

「ここで最後だったよな。どうすんだ?」

 ジュナの疑問にクロトは答える。

「どうするもなにも、他の行商人と同じように野宿するしかないよ」

「最悪ですね。……せっかく街にいるというのに野宿とは……」

「まあまあみなさん、そんな悲観すること無いじゃないですか。いつも通りのことですし。……ディードを警戒しないでいいだけでも安心して眠れますよ」

「気楽な連中だな……ま、仕方ねーか」

 ジュナは諦めたように呟いた。

 全員の覚悟が決まった所でリリサが改めて宣言する。

「じゃ、今から支部前の広場に行ってテントを立てるわよ。他にもテント立ててる連中もいたし、猟友会から文句は言われないでしょ」

「だね。支部が近いと色々便利だし賛成」

 クロトの言葉に納得したように頷き、全員が移動を開始する。

 しかし、リリサだけが逆方向へ向かって歩き出した。

「それじゃ任せたわよ」

「おい、どこ行くんだよリリサ」

 ジュナの言葉にリリサは橋を指差し応じる。

「橋の様子を見てくる。……日が落ちるまでには帰ってくるから、それまでにちゃんと準備しとくのよ」

 リリサは一方的に告げると、クロトたちに背を向けてすたすたと去っていってしまった。

 リリサがいなくなり、ティラミスが何気なく呟く。

「何だかリリサ様、様子がおかしいですね」

「そうですね。何だか焦ってるように思えます」

「そうか?」

「そうだね。夕食の作戦会議の時も口調が苛立ってたし……」

 クロトは途中で足を止め、踵を返す。

「僕、様子を見に行ってくるよ。テントの設営は任せていいかな」

 リリサの後を追いかける事を告げると、いの一番にティラミスが了承してくれた。

「お任せくださいクロト様」

「いつも任せっきりですし、今日くらいは手伝いましょうか」

 ティラミスに続いてモニカも珍しく協力的な発言をした。やはりリリサのことが心配なのだろう。

「……ジュナもいいかい?」

「任せろ。その代わり、片付けは全部お前がやれよ?」

 ジュナは了承してくれたものの、条件はかなりきつい物だった。

 それでも今はリリサのことが心配だ。

「……わかった。それじゃ行ってくる」

 クロトはジュナの条件を了承すると、リリサの後を追いかけるべく駆け出した。



 走ること5分とちょっと

 リリサは橋の入り口、岬との境目の部分に立っていた。

 視線は前に向けられている。手には螺旋の長槍が握られており、石付きは地面に押し当てられ、穂先は天に向けられていた。

 遠くには巨大なウツボ型ディードの姿が見える。それは橋に巻き付いて一種のオブジェのようにも見えた。

 やはり遠くから見ても巨大だ。よくもまああれに挑もうと考えたものだ。

 夕刻ということもあり、リリサは地面に長い影を落としていた。

 その影を踏みつつ、クロトはリリサに近づいていく。

 近づいていくとリリサの表情が顕になってきた。

 リリサは険しい顔でウツボ型ディードを睨んでいた。

 明らかに敵意を飛ばしており、今にもウツボ型ディードに向かって走り出しそうな勢いだった。

 クロトは更に近づいてく。すると気配を感じたのか、リリサはゆっくりと振り返りクロトに目を向けた。

「……何でここにいるのよ」

「気になってね。……まさか一人で行く気かい?」

 クロトは長槍に目を向ける。

 リリサは長槍を軽く上下に動かし、その後肩をすくめてみせた。

「……まさか。私一人でどうにかなる相手じゃないでしょ」

「でも、今にもあの橋の上のディード目掛けて走って行きそうだったけど?」

「……」

 リリサは視線をウツボ型ディードに向け直し、暫く見つめる。が、数秒ほどで視線を地面に落とし、深い溜息をついた。

「……クロ、私ってどのくらい強いと思う?」

「いきなり何を……」

「答えて」

 いきなりの問いかけに動揺しつつ、クロトは正直に答える。

「……僕らの中では一番だと思うけれど」

 リリサは狂槍の二つ名を持つ有名な狩人だ。腕は確かだし、槍の扱いに置いて彼女の右に出るものはいないだろう。

 そんな思いで答えたクロトだったが、リリサはすぐにクロトの言葉を否定した。

「嘘ね」

「そんな、嘘なんて……」

 リリサはクロトの言葉を遮りある少女の名を出す。

「まずティラミス……あの娘の腕力は異常よ。その上素早い。あの娘とサシで勝負したとして、私が勝てる可能性は低いでしょうね」

「そりゃあ彼女は人間じゃないからね。……でも、技量はリリサの方が上だし、戦いようによっては勝てるんじゃないかな」

「勝てないわよ。……この間のラグサラムでの戦闘、見たでしょ?」

 リリサはその時の事を思い出しているのか、視線は斜め下に向けられていた。

「あの娘、一人で大型ディードの群れを余裕で鏖殺してたわ。……ものすごいスピードで戦闘技術を身に着けてる。……出会った頃ならまだしも、今の彼女には……」

 ネガティブな発言をするリリサに、クロトは問いかける。

「どうしてそんなことを考える必要があるんだい? リリサは僕らのリーダーだ。強さなんて関係ない。頼りになるのは間違いないよ」

「それも嘘よ」

 リリサは顔を上げ、クロトを指差す。

「クロ、あんたがいなければベックルンの時もケナンの時も、そしてラグサラムの時も、私は間違いなく死んでいたわ」

「……」

「あんたは危険な場面で異常な力を発揮して、強力なディードを一瞬で殺してきた。……メンバーの中で一番強いのはクロ、あんたよ。……いや、狩人の中でも一番強いでしょうね」

 リリサは指を降ろし、腕を組む。

「それに私と違ってティラミスやモニカ、そしてジュナにも信頼されてる……正直、あんたのほうがリーダーに向いてるんじゃない?」

「そんなことは……ないよ」

「また嘘をついたわね」

 リリサはクロトにずいっと歩み寄り、至近距離でクロトに告げる。

「正直に言いなさいよ。“お前じゃ頼りにならない”“僕がリーダーになったほうがいい”ってね」

 リリサの口調は攻撃的、且つ投げやりだった。

 いつもは冷静なリリサがここまで感情を露わにするのは珍しい。というか初めてだ。

 クロトはリリサから離れて問いかける。

「何だかおかしいよリリサ、疲れてるんじゃないか」

「疲れてる?」

 リリサは首を傾げ、くすりと笑う。

「フフ、そうね、疲れてるのかもしれないわね……」

 リリサはそう言いながらクロトに再度近付き、今度は腕を引っ張る。

 そして、橋の前にクロトを立たせ、橋の先……ウツボ型ディードに穂先を向けた。

「クロ、今から橋の中央に行ってあいつ倒してきなさいよ」

「え?」

「あのヒトガタを倒せたあんたなら余裕でしょ。身に危険が迫れば超強くなるんでしょ? あのウツボにひと噛みでもされれば……」

「やめてくれ」

 クロトはリリサの腕を振り払う。

「あの時は偶然そうなっただけで、今回も身体能力が飛躍的に向上するとは限らない。だから……」

「何が偶然よ。……3回よ3回。3回も覚醒したんだから、間違いないわよ」

 リリサはクロトの背後に回り込むと背中を押し始める。

「ほら、行って来なさい。そして一人でウツボを殺しなさい。これで問題は解決。……みんな大喜び、あんたはみんなから感謝されるでしょうね」

「何言って……」

「ほらほらさっさと行きなさいよ。あんたなら楽勝でしょ?」

 リリサはそう言うとクロトをどんと押し出す。

 流石のクロトもこの状況を異常だと判断し、リリサを諌める。

「リリサ、いい加減にしてくれ!!」

 声を張った後、クロトはリリサの肩をつかんで引き寄せる。

 そして琥珀の瞳をじっと見つめる。

「……リリサ、気をしっかり持つんだ。お父さんに会いに行くんだろう?」

 クロトは肩から手を放し、続いてリリサの左腕を握り目の高さまであげる。

 リリサの手首には黒のブレスレットが付けられていた。

 それはリリサの父が残した唯一の手がかりであり、クロトとリリサを引き合わせたキーアイテムでもあった。

「お父さん……」

 ブレスレットを見たことで気が落ち着いたのか、リリサの体から力が抜ける。

 リリサは無言でクロトの手を引き剥がし、橋の欄干まで移動する。

 欄干まで移動すると背を預け、大きく溜息をついた。

「……私、思ってたのよ」

 リリサは落ち着いた口調で淡々と語り始める。

「私ならどんなディードでも狩れる。父親も絶対に見つけられるって。……でもとんだ勘違いだったわ」

 先程までの態度はどこに行ったのか、リリサの放つ雰囲気はどんどん暗くなっていく 

「海棲ディードもそうだけど、世界には私じゃ狩れないディードが何匹もいる。そして、私よりも強い狩人も何人もいる。……それが悔しくて悔しくて堪らないのよ」

 リリサは長槍の石付きで橋を叩く。

「私は最大限の努力をしてきた。槍術も極めて上級狩人にも簡単になれた。……でも上には上がいるのよ」

 ここでようやくリリサはクロトに話を振る。

「クロ、私はどうすればいいの? どうすれば強くなれるの? 教えてよ……」

 リリサは情緒不安定状態にあった。

 ここ最近色々とありすぎた。ラグサラムでもヒトガタ相手に全く歯が立たなかったと聞いているし、フェリクスからも“クロトのほうが狩人として優れている”なんてセリフを吐かれてしまった。

 リリサは今自分を見失っている。

 決意が揺らいでいる。

 狂槍と呼ばれていても彼女も年頃の女の子なのだ。ちょっとしたことで不安な気持ちになるのは当たり前だ。

 このままではリリサが駄目になってしまう。

 そう思ったクロトはなんとかしてリリサを元気付けることにした。

「別に強くなる必要なんて無いよ」

 クロトはリリサに近付き、根本的な目的を告げる。

「だって、リリサの目的は父親を探すことだろう?」

「目的……」

「確かに、父親を探すためには強くなる必要があるかもしれない。でも、最強になる必要なんて無いんだ」

「……!!」

 リリサにとってこの言葉は青天の霹靂だったようで、真剣な表情をクロトに向ける。

 クロトはそんなリリサに話し続ける。

「リリサには仲間がいる。僕の力もティラミスの力もモニカの力もジュナの力も、それは全部リリサの力だ。リリサが“使える”力なんだ。……だから、自分が強いとか弱いとか、悩む必要なんてこれっぽっちもないと思うよ」

 このクロトのセリフに大いに納得したのか、リリサの表情に自信が戻ってくる。

「……確かにそうね。個人の力には限界があるし、私がどんなに強くなった所でカラビナにはたどり着けないものね」

「そうだよ。そもそも、強い狩人をスカウトしているのもチームとしての戦力をあげるためだろう?」

「そうね。馬鹿なことを言ったわ。さっきのことは忘れて頂戴」

 リリサは我に返ったようで、これまでの自分の言動を思い返してか、恥ずかしげな表情で視線を逸らしていた。

 そんなリリサを可愛らしいと思いつつ、クロトは強く同意する。

「うん。誰にも言わないから安心していいよ」

 これで一段落だ。

 それにしてもリリサがここまで思い詰めているとは思ってもいなかった。

 きっかけは多分フェリクスの言葉だろうが、それがなくともいつかはストレスが表面化していたはずだ。むしろゴイランに到着する前に悩みを解決できて良かったと前向きに考えておこう。

 あのリリサがこんなにも悩みを抱えているのだし、他のメンバーのストレスも相当なものかもしれない。

 今後は色々と気を配っておく必要があるだろう。

「でも、あんたをあのウツボに放り込むのも作戦としては結構イケると思うんだけれど……」

 リリサはクロトをチラチラ見ながら再度告げる。

 悩みは解決したようだが、作戦についてはまだ諦めていないようだ。

「リリサ……」

 クロトは呆れ口調で返す。

 その口調でクロトの気持ちを察したのか、リリサは「あはは」と笑ってごまかす。

「ま、それは最終手段としてとっておくわ」

 リリサは長槍を肩に担ぐと橋に背を向け、来た道を戻り始める。

「さ、そろそろテントもできてるでしょうし帰りましょうか」

「そうだね」

 いつの間にか太陽は水平線に浸かっており、あたりも薄暗くなり始めていた。

 クロトも橋を離れ、リリサの隣を歩く。

 すると、隣から小さな声が聞こえた。

「……がと」

「ん、何か言ったかい?」

「なんでもないわ。ほら、ボサッとしてないで帰るわよ」

 リリサは歩く速度を上げて先行する。

 クロトは何を言われたのか気になりつつも、リリサの後を追いかけた。

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