051 突破口
051
猟友会アルナ海峡北支部
その1階にある食堂にて
リリサ達は夕食を食べながらウツボ型ディードの攻略法を考えていた。
テーブル上には新鮮な魚を使った鍋料理やグリル料理やサラダが並んでおり、各々が好きな料理を食べていた。
料理も半分になった所で、リリサは唐突に単純明快な攻略法を告げる。
「ねえ、夜中に一気に駆け抜けるのはどう?」
リリサの策に異論を唱えたのはモニカだった。
「駄目です。ディードは夜目が効きます。それに、どんなに早く走っても道を塞がれている以上、通りようがありません」
モニカは一気に告げるとサーモンを一口食べる。
「それじゃ、橋は諦めて船で向こう岸まで……」
「何のために橋を造ったと思ってるんですか? 海に出れば海棲ディードの思う壺、即座に船を壊されて沈没です」
モニカは2度リリサの案を否定し、二口目を食べる。
……橋を渡るには2つの方法しかない。
ウツボを倒して渡るか、ウツボを無視して渡るか。
前者は現状では困難だ。今の戦力で敵う相手ではない。また自分が覚醒すればどうにかなるのだろうが、あの状態で戦闘するとなると確実に橋に被害が及ぶ。
後者は比較的現実的な案だ。ばれないようにこっそりと渡るのもいいだろう。が、それだと橋は封鎖されたままになってしまう。
仮にも自分たちは狩人なのだ。ディードを放置して向こう岸に渡ってしまうというのは狩人としてどうかと思う。
クロトはふとジュナを見る。
ジュナは全く何も考えていないようで、視線は魚料理に釘付けになっていた。
話し合いに参加しろといいたいところだが、粗雑で乱暴者のジュナから良い意見が出るとは到底思えない。
彼女には戦闘だけに専念してもらうのが得策だろう。
ここでティラミスが妙案を出した。
「遠くから攻撃するのはどうでしょう。橋の上から動かないなら、攻撃し放題じゃないですか?」
「あの距離よ? 矢なんて通らないわよ」
リリサは否定するも、ティラミスは食い下がる。
「いえ、モニカさんの銃があるじゃないですか。銃なら多少距離があってもダメージを与えられるのでは?」
ティラミスの言葉を受け、モニカは脇に立てかけていた銃を手に取る。
「確かにティラミスちゃんの考えは一理あります。ですが、この一丁しかありません。弾もそう多くありませんし、ダメージを与えられたとしても、ほんの少ししか効果が無いでしょうね……」
「なら、いっそのこと大砲を作るのはどうです? 複数の大砲で集中砲火を浴びせれば……」
「大砲ですか……」
モニカは銃を脇に立てかけ、首を左右に振る。
「仮に大砲を使うとなると、調達するためにセントレアまで戻る必要があります。それにそんなことをすれば橋自体が壊れてしまいます」
「それは……駄目ですね……」
ティラミスはガクリと肩を落とす。
橋は重要なライフラインだ。ディードを退治することも重要だが、そのために橋を壊してしまったのでは意味が無い。
どうしたものか……
テーブルを囲んで悩んでいると、聞き覚えのある声とともに男が乱入してきた。
「クロト、俺と勝負しろ!!」
テーブルに強引に割り込んできたのはオールバックの双剣使い、フェリクスだった。
フェリクスの登場にメンバー全員がげんなりした表情を浮かべる。
「あんたもしつこいわね……」
リリサの言葉にフェリクスは大声で言い返す。
「勝負は時の運ともいうしな……さっきのは運が悪かっただけだ。今度こそ俺の強さを証明してやる」
フェリクスはリリサからモニカに視線を移し、拳を握って意気込んでみせる。
「見ていてくださいモニカさん、必ずや勝ってみせます」
「は、はあ……」
モニカは反応に困ってか、苦笑いを浮かべていた。
フェリクスの粘着さにうんざりしてか、ジュナは食べる手を休めてリリサに提言する。
「なあ、もう仲間にしてやっていいんじゃないか? ゴイランも近いし、それまでに手練の狩人をスカウトできるとは思えないんだが……」
ティラミスもほぼ同意見のようで、同じくリリサに告げる。
「ジュナさんの意見も一理あると思います。腐っても上級狩人なんですし、囮くらいには使えますよ」
「囮って……」
明らかにティラミスはフェリクスを戦力としてカウントしていないようだった。
リリサはフォークを置き、フェリクスに問いかける。
「何でそこまでして調査団に加わりたいの?」
フェリクスは待っていましたと言わんばかりに堂々と告げる。
「カラビナに到達したとなれば一躍有名人。更に名を挙げて俺は歴史に自分の名を残す!!」
「欲望丸出しね……」
冷ややかな態度で応じるリリサだったが、ジュナはそうでもなさそうだった。
「別にいいじゃねーか。わかりやすくていいと思うぜ? オレは」
まあ、目的が単純明快だと制御しやすいしこちらとしては助かる。名誉が目的ならそこまで金銭も要求してこないだろうし、途中で抜けることもないだろう。
ただ、モニカに対して下心がありそうに思えて仕方がなかった。
「とにかく、今は邪魔だからあっち行って頂戴。こっちは今重要な話し合いをしてるの」
リリサはフェリクスを追い払うように手を振る。
だが、フェリクスはその場から頑として動かなかった。
それどころか、隣のテーブルから椅子を取り、強引にモニカとティラミスの間に割り込んできた。
「……その話し合い、どうせあの橋の上のディードについてだろ」
「そうだけれど?」
「俺にいい案があるんだが……教えてやってもいいぜ?」
フェリクスのこの言葉に全員が注目する。
これまでろくな策は出てこなかった。藁にもすがりたいこの状況下でフェリクスの話を無下にすることなど出来るわけがない。
リリサはふうと溜息を付き、フェリクスに告げる。
「……どんな案? 言ってご覧なさい」
フェリクスは満を持して作戦を述べ始める。
「あのウツボが橋の上にいるから問題なんだよな? だったら陸側に上げちまえばいんだよ」
確かに。
橋の上にいるのが問題なのだから、フェリクスのこの考えは合っている。
だが、どうやって陸に上げるのか。
リリサは重ねてフェリクスに問いかける。
「どうやって橋から引き剥がすの?」
「頑丈な縄を巻きつけて、こっち側まで引き摺り出すんだ。幸いな事にこちら側には足止めを食らってる狩人が50人はいる。引き摺り出した後は投石だろうが爆弾だろうがやりたい放題だ」
「そんな長い縄どこにあるのよ。それに、仮にあったとしても縄なんて噛み千切られて終わりじゃない」
「それは……」
そこまで深く突っ込まれる事を想定していなかったのか、フェリクスは狼狽える。
フェリクスの案も廃案になるのか。そう思った時、予想だにしない所から助け舟がやってきた。
「……面白そうな話をしてるじゃないか」
フェリクスに続いてテーブルに乱入してきたのは別の狩人だった。
若くて背の高いその狩人は有益な情報を告げる。
「縄はないが、鎖なら腐るほどあるぞ」
「ほんとか!?」
フェリクスの言葉に背の高い狩人は頷く。
「ああ、俺は陸運の護衛をやってるんだが……荷物の中に船の錨鎖が幾つかある。同じような連中が少なくとも5組いる。全部つなぎ合わせれば橋の中腹にも十分届くだろうよ」
この情報は現時点のクロト達にとってかなり有り難い情報だった。
それでもリリサはフェリクスの案に文句をつける。
「あったとしてもどうやって巻きつけるのよ。もたもたしてる間に攻撃されちゃうわよ」
この問題に対して解決案を出したのはティラミスだった。
「それは銛を作ればいいと思います。刺してしまえばこちらのものです」
「そりゃいい。口の中にでも突っ込めばあのウツボも簡単に外せないだろ」
ティラミスに続いてモニカも案を出す。
「陸に引き上げた後はディードの血を使った地雷が有効だと思います。大量に仕掛ければ流石のあのウツボもひとたまりもないかと」
「おお、なかなかいい作戦じゃねーか。こりゃあマジであのウツボを倒せるかもしれないな……」
背の高い狩人は二人の話を聞き、完全にやる気になっていた。
「あんたらの話に乗ったぜ。とりあえず商団のリーダーにこの話を伝えてくる」
「いいんですか?」
「橋が渡れないことには商売上がったりだからな。錨鎖でも何でも使わせてくれると思うぜ。じゃあな」
背の高い狩人はそう告げるとテーブルから離れ、どこかへ行ってしまった。
狩人が去った後、フェリクスはドヤ顔をリリサに向ける。
「どうだ? 我ながらいいアイデアだと思うが?」
「……そうね。それで行くしか無いみたいね……」
鎖の話がなければ作戦も何もなかっただろうが、案自体はフェリクスが出したものだ。
それは認めるしかなかった。
リリサはフェリクスを含めた全員に告げる。
「それじゃ、鎖を使ってウツボを引き摺り出して、陸の上で集団リンチ……この作戦で橋を突破するわよ」
全員異論はなく、小さく頷いていた。
フェリクスは作戦が採用されて嬉しいのか、意気揚々としていた。
「仲間になった以上は全力でやらせてもらうぜ」
「……ん? 仲間にした覚えはないわよ」
「え……?」
フェリクスのテンションが一気に下る。
流石のモニカも可哀想に思えたのか、リリサに苦言を呈する。
「リリサさん、せっかく打開案も出してくれたのですし、仲間にしてあげても……」
「実際お金を出すのはモニカだし、モニカが決めていいわよ」
「私が……」
モニカはちらりとフェリクスを見る。
フェリクスは期待のこもった目でモニカを見る。
モニカはその視線に耐えられず、顔を逸らしてリリサに向けなおした。
「……いえ、でも、一応このメンバーのリーダーはリリサさんですし、やっぱりリリサさんが決めてください」
「じゃあ、クロ倒せたら仲間にしてあげるわ」
「結局そうなるか……」
フェリクスは肩を落とす。
そんなフェリクスにリリサは追い打ちをかけるように告げる。
「当然でしょ。クロ程度に苦戦するようじゃこの先やってけないわよ。一流の双剣使いさん?」
「クソ……」
フェリクスはクロトを睨みつける。
クロトはフェリクスからの熱い視線を受け、とりあえず苦笑いしつつ手を振ってみせた。
フェリクスは重いため息を吐き、リリサに再度提案する。
「なあ狂槍、お前じゃ駄目なのか」
「何が?」
「お前と戦って勝てば仲間にしてくれるかって聞いてんだよ」
「何よ、クロじゃあ不満だって言うの?」
フェリクスは腕を組み、思う所を正直に述べる。
「……正直クロトとはやり難い。だが、お前相手なら勝機もあると思ってな」
このセリフにリリサは過敏に反応した。
「それ、どういう意味? 私よりクロが強いって言いたいの?」
「今更何言ってんだ?」
フェリクスは周知の事実であるかのように言葉を続ける。
「クロトはキマイラを倒した男だぜ? 狩人としての“強さ”は明らかにお前より上だろ。 本気出されたら勝てるわけ無いだろ」
「……!!」
リリサは言い返そうと席を立つ。が、返す言葉が見つからなかったのか、そのままゆっくりと腰を下ろして静かに告げた。
「……そうね。でも約束は約束よ。仲間に入りたいならクロに勝ちなさい」
「はいはいそうですか……」
フェリクスはリリサの条件を飲んだ上でクロトを指差す。
「おいクロト。明日の朝、支部の広場で決闘だ。いいな」
また戦わなければならないのか……。とクロトが思ったのも束の間。
リリサはフェリクスに短く告げる。
「駄目よ」
「おい狂槍……」
「明日から早速橋の上のディードを倒すために準備にとりかかるのよ? そんなことやってる暇ないわ」
「じゃあいつこいつと戦えってんだ」
「橋を渡り終えてからよ」
「……」
フェリクスは不満な表情を浮かべていたが、ここで何を言っても意味が無いと早々に察したのか、席を立つ。
「わかった。忘れんじゃねーぞ!!」
そして、クロトに向けて指を差したままテーブルから離れて行った。
リリサはフェリクスが去るとすぐに全員に告げる。
「さて、作戦も決まったことだし食事を楽しみましょ」
「はい」
「そうですね」
箸が止まっていたティラミスとモニカはリリサの言葉をきっかけに魚料理を食べ始める。
……その後クロト達は魚料理をゆっくりと味わい、穏やかな夕食時を過ごした。




